終末世界における最も身近なご馳走はツナ缶である   作:ツナマヨおにぎり

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正直、コンビニのおにぎりで一番美味しいのって昆布ですよね


一宿一飯の恩って結構デカいよね

 

『2XXX年、世界は核の炎に包まれた』

 約200年前に刷られた、愛の尊さを謳った偉大なる本のキャッチフレーズに似た戯言を、脳裏に思い浮かべてみる。

 

 10年前、数十年に及ぶ核戦争の末に血迷った各国の指導者達は、自国の核ミサイルを敵国に向けてバンバン発射し、結果、大地は荒れ果て、地表から植物の緑は消え失せた。今まさに現在進行系で、命の星から死の星に変生し続けているこの星は、あの『愛をとりもどせ!!』な物語の舞台に負けず劣らずの世紀末だ。

 

 もしここを北斗の世界とするならば、あてもなく荒野を彷徨っている自分は、さながら第一話のケンシロウだろうか、とふざけたことを考えたりもしてみるけれど、いや本当に笑えない。

 別に僕は水を一生飲まなくても死なないけれど、永劫の時を何も食べずに生きることが出来るけれど、それはそれとして、飢えも乾きもする。

 人造(ツクリモノ)で、不老不死のこの身体も、一丁前に、三代欲求は有している。

 

「お腹、減った」

 

 最後に食べ物を胃に入れたのはいつだったか。少なくとも一ヶ月以上前なのは分かる。なんせ一ヶ月前から、僕はこの砂漠で遭難しているのだから。

 いくら綺麗な朝日でも、30回も見れば飽きがくる。気休めに砂を口に含んで歩くのも、もう散々だ。

 

 ただ、いくら僕が空腹を疎もうとも、足が棒になるまで歩こうとも、都合良くオアシスは見つからない。

 

「……よし、寝よう」

 

 僕は一ヶ月ぶりに、睡眠をとることを決意した。温かい布団も柔らかい枕もない砂漠に、倒れ込むように寝っ転がるとすぐに、気絶するように眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 ▲▼▲

 

 砂漠で遭難してから、3回目の満月を見た。そこから3回ほど夜を超えたある日、僕が砂嵐の中でいつものように眠っていると、偶然砂漠に来ていた男性が、僕のことを救助してくれた。

 

「びっくりしたよ。楽園(ヘブン)からの帰り道に砂嵐に遭ったと思ったら、その中で娘と同じくらいの歳の少年を見つけたんだから」

 

 男は曲野(まがの) 奈須(なす)と名乗った。奈須さんは、僕に手持ちの水と、そしてツナ缶を分け与えてくれた。

 3ヶ月ぶりの食事の感想は、言うまでもないだろう。

 

「本当にありがとうございました。アナタに助けられなかったら、空腹でどうにかなってましたよ」

「いやいや、困った時は助け合いだからね。そんなことより、キミみたいな若い子が、どうしてあんな所に一人で?」

「えっとぉ〜」

 

 言えない。

 人間が嫌いだから、試しに人のいない砂漠に行ってみたら迷った、なんて言えない。

 

「あぁ! あぁ! 答えたくないなら、別に無理して答えなくていいよ。人間、他人に言いたくないことなんていくらでもあるしね。それを強引に聞き出そうとは思わないよ」

 

 僕が言い淀んでいると、奈須さんがそう言ってくれた。

 

「……」

 

 その後ツナ缶を食べながら、奈須さんと色々な話をした。

 好きな食べ物のこと、家族のこと、戦争のこと。

 久しぶりの人との会話は、まぁ、悪くなかった。

 ただ、奈須さんには僕と違って帰る場所があるらしいので、家に着く時間が遅くなってはいけないと思い、夕方になる前にさっさと別れようと、太陽が空のど真ん中を少し過ぎた辺りの頃に僕は立ち上がった。

 すると……

 

「ねぇキミ、私の村の住民にならないかい?」

 

 奈須さんはそう言って、僕のことを引き止めてきた。

 僕としては、この奈須さんの言葉には正直困った。人間嫌いの僕からすれば、人間のたくさんいる村に住むなんて、罰ゲーム以外の何物でもない。

 とはいえ、水とツナ缶を分けてくれた恩がある以上、僕は奈須さんに強く出れない。せっかくの誘いを、きっぱりと断るのは憚られる。

 

「キミは、楽園(ヘブン)に行く気はないんだろう?」

「まぁ、そうですね」

「あそこは、たぶん現状、日本で最も核戦争の被害から復興した地域だ。楽園(ヘブン)の住民になれば、水も食料も、飢えるのに困らない量が支給されるらしいじゃないか。そんな豊かな場所、日本の他の場所には、いや、世界的に見ても、ほとんどないはずだ」

 

 まぁ、確かにその通りだろう。遠くからしか見てないが、あそこには中々の高さのビルも立っていた。巨大建造物なんてものは、そのどれもが核ミサイルにぶち壊されたから、あのビルは、戦争終結後の10年で建てられたということなのだろう。

 この世界には飢えて死ぬ人達がまだまだたくさんいるっていうのに、そんなビルを建てるような余力がある地域が、そんなにポンポンあってたまるか、という話だ。

 いやまぁ、それじゃあ戦争前の世界はどうだったのか、と問われたら、僕は閉口するしかないけれど。

 

「しかもキミは、こんな砂漠のど真ん中で倒れていた。それも、そんな所にいた理由も言えないという。つまりキミは、ワケありなんだろ? 盗みか、傷害か、殺人を犯したのか、あるいは冤罪か。詳しくは聞かないけれど、何か理由があって、大きな街に入れないんだ」

 

 ご名答!! 

 名推理だぜ!! ……と、言いたいところだけれど、正直、全くそんなことはない。

 さっきも言ったが、僕が街に入ろうとしないのは、単純に人間があんまり好きじゃないからだ。

 

「もう一度聞く。私の村の住民になってくれないか? 私が村長を務めさせていただいている所では、キミのようなあぶれ者でも受け入れているんだ」

「……」

 

 そうは言われても。その村にも人はいるんだろう? 

 もし、その奈須さんの村が、僕達が砂漠のど真ん中で話しているまさに今この時に、盗賊かナニカに襲われて、住民が皆殺しにされたとする。例えそんな荒唐無稽なことが起きても、それでも、今僕の目の前にいる奈須さん本人が無事である以上、最低でも一人は、僕以外の住民がいるワケで、そんな村で暮らすのは、殺人兵器の僕には無理だ。

 

 意志ある兵器と人間が共存出来るワケがない。僕は、奈須さんの村の住民になんかなりたくないし、ならないべきだ。

 

 ただ、やっぱり砂漠で遭難していたところを助けてもらった恩があるという引け目が、僕にはある。そうなると、おそらく善意から行われているこの勧誘を、雑に拒絶するのは申し訳ない。それに、気になることも一つある。

 

「……『住民になった方がいい』でも、『住民になれ!!』でもなく、『なってくれないか』って言うんですね」

「……そりゃあ、そんな上からは言わないさ。私が出来るのは、あくまでお願いだよ」

「いや、水とツナ缶を与えた貸しがアナタにはあるんだから、上から命令口調で言う権利がアナタにはあるんじゃないですか?」

「そうかもしれない。でも単純に、そういうのは僕の性に合わないんだ」

「……」

 

 ……借りがある相手にお願いされて、それを断るってのは、流石に出来ないよなぁ。例え僕が兵器だとしても、それはそれとして、礼儀はわきまえるべきだ。

 

 兵器と人間の同居なんて、すぐに限界が来るだろうが、その時は、僕が村から出ていけばいい。

 僕が、今と同じ一人ぼっちに戻ればいい。

 

「分かりました。今から僕はアナタの村の住民です。これからよろしくお願いしますね、村長」

「うん、よろしくね……えっとぉ、今さらだけど、キミの名前はなんていうの?」

「あ〜、そうですねぇ、僕のことは適当に、ヨンとでも呼んでください」

 

 実験体NO4だから、ヨン。

 昔の僕の呼び名から咄嗟に取ったけど、流石に安直過ぎただろうか? 

 

 

 

 

 

 

 

 ▲▼▲

 

 曲野家の召使いの朝は早い。

 なぜなら朝の6時前には、お嬢様である曲野 奈七(ななな)を起こさないといけないからだ。 

 

「お嬢様!! お嬢様!! 起きてください!! もう朝食が出来ております!!」

 

 朝から大声を張り上げながら、僕は手に持ったシンバルを何度も鳴らす。

 奈七の寝室に、高く鋭い音が何度も響いた。

 

「うるさい! うるさい! うるさーい!! そんなに大仰にしなくても、すぐに起きますよ」

 

 白く長い髪をはためかせながら、奈七はベットから飛び出した。

 それを見て僕はため息をつく。

 

「お嬢様……アナタ自分の年齢を知ってます? 14歳ですよ? 人によってはもう働き始める頃です。それなのに、一人で起きることすら出来ないなんて、恥ずかしいとは思わないんですか?」

「いや何私が変で悪いみたいに言ってるんですか!? 今の時間分かってます!? 朝の5時半ですよ!? こんなに早く起こす必要はないじゃないですか!? 私の勉強が始まるのは8時半からなんですよ!? 7時に起きてからゆっくり朝ご飯を食べても、十分間に合うじゃないですか!?」

 

 まぁそれはそうだ。

 奈七への授業はこの曲野家の……奈須さんの屋敷で行われるから、本当はこんなに早く起こす必要はない。

 

「しかも、私を早く起こす理由が、私が早起きで苦しむ姿が見たいからって、アナタふざけてますよね!?」

「我ながらいい性格してるでしょう?」

「本当にね!! 一昨日と昨日はなぁなぁにされて逃げられちゃったけど、今日という今日は許しません!!」

「というと?」

「お父様に頼んでアナタをクビにします」

 

 したり顔で、奈七は指で首切りのジェスチャーをした。

 

 ……ただ、そんな得意顔の奈七には悪いが、こういう時の対応は、既に準備済みだ。

 

「そ、そんなぁ……」

「へ?」

 

 僕がわざと情けない声を出すと、奈七は意外そうな声を発した。

 

「……僕は麦作りと茄子作りが体質のせいで出来なかったから、奈須さんにこの屋敷の使用人という仕事を工面してもらったのに。その職すら失ってしまったら、僕は路頭に迷ってしまう。ニートの僕は、この村で居場所を無くし、砂漠に出て、そして餓死するんだ。遺骨すら、砂に呑まれて見つからないんだぁ!!」

 

 僕は大袈裟に、絶望したように顔を両手で覆う。

 

「お嬢様が僕をクビにしたせいで、僕は死んでしまうんだ」

「ッ……」

 

 奈七は息を詰めた。

 僕が1ヶ月この屋敷の使用人を務めて分かったことの一つとして、奈七は恐ろしいほどに良い子だ。こういう風に人に言われれば、例えそれが演技だと薄っすら分かっていても、切り捨てられない。

 

「……クビは言い過ぎました」

 

 案の上、奈七は一瞬で自分の発言を覆した。

 奈七お嬢様、チョロすぎるぜ。

 

「お嬢様の慈悲深さに感謝を……」

 

 一つお辞儀をして、僕は振り返ってドアの側まで逃げるように歩く。

 

「それじゃあ、身だしなみが整ったら、食堂に来てください。二度寝はダメですよ。二度寝したら、今度はトランペットの音で起こしますから」

 

 そう言って僕は、退室しようとお嬢様の寝室のドアを開けた。

「あ、ちょっと待ちなさい! 話はまだ……」、そんな声が聞こえた気がしたが、きっと幻聴だろう。

 僕は外の廊下に出て、寝室のドアを閉めた。

 

「……」

 

 廊下の窓から、屋敷の庭を見る。

 砂漠での奈須さんとの出会いから一ヶ月が経った。

 僕は色々とあって、今は茄子さんの屋敷の使用人をやらしてもらってる。業務の内容としては、家事全般と、奈須さんの娘である奈七の指南係だ。

 奈須さんは、いずれは自分の跡を継いで奈七に村長になって貰いたいらしく、そのためには奈七に学を身につけてもらうことが必要だと考えたらしい。

 僕の故郷である研究所でインストールされた知識が、思わぬところで役に立った。

 

「……」

 

 奈七の寝室を出て廊下を歩くと、すぐに食堂に着く。

 食堂の中のテーブルには、生の食パンとサラダ、そしてバターが置いてある。

 奈七を起こす前に僕が用意したのだ。あとはオムレツを用意するだけである。

 

 ちなみに、この屋敷の主である奈七の父、僕の雇い主であり、僕にこの村の住民になるようお願いしてきた曲野 奈須さんは、ただいま熟睡中だ。

 

「……」

 

 食堂の脇にあるコンロに火をつけて、バターを入れたフライパンを温め、そこに卵とか諸々を混ぜた液を入れる。周りが固まってきたら、形を整えてひっくり返す。

 

「ここだぁ!!」

 

 そう勢い良く言ってフライパンを振る。

 

「……あ」

 

 ベチャッと、イヤな音が鼓膜に届く。フライパンの上の惨状は、見るまでもなかった。

 ちょっとした絶望感が僕を襲う。

 いや、違う、絶望するにはまだ早い。

 

「……そういえば、僕はスクランブルエッグを作ってたんだ」

 

 現実逃避のために僕は、自己欺瞞を行った。

 少しの恨みと憎しみと怒りを込めて、僕はフライパンの上にあるモノを菜箸でかき回す。そうして出来た完璧なスクランブルエッグ(我ながら見事なスクランブルエッグだ。もしかした僕にはスクランブルエッグ職人の才能があるのかもしれない)を、皿の上に盛り付ける。

 すると丁度、奈七が食堂に入ってきた。

 

「ねぇヨン、さっきの話の続きだけど……」

 

 席に着いた奈七は、まだ小五月蠅いことを言おうとしたので、スプーンで掬った出来たてのスクランブルエッグをその開いた口に突っ込んで、無理矢理黙らせた。

 

「ムグムグ……このスクランブルエッグ美味しいわね?」

「それはよかった、僕の自信作なんですよ、それ」

「そう……そんなことよりも、私を起こす時間、遅くしてくださいよ」

「……」

 

 今日はいつもより、しつこいな。

 

「そもそも私は、使用人を雇うなんて反対だったんです。いやまぁ今さら、アナタを解雇しろとかはもう言いませんよ。アナタを殺したいワケじゃないので。ただ、アナタが来てから私の生活は勉強三昧。これまでは教える人がいなかったらほとんど勉強しなくて済んだのに……ねぇヨン、知ってます? 私は勉強が大嫌いなんです。今日の授業、お父様に内緒でサボらせてください」

 

 奈七は上目遣いで、首を傾げて、可愛らしく僕にお願いしてきた。

 

 奈七、お前のお父様は……奈須さんはそうすればなんでも言うことを聞いてくれたのかもしれないが、僕みたいな奴にそんなことをしても、逆効果でしかないぞ? 

 僕は14歳のガキのお願いよりも、アラフォーのおじさんのお願いを叶えたくなるタイプの人造人間だ。

 

「勉強が大嫌いって……そうは言われても、僕にはどうも出来ませんよ。お嬢様に勉強を教えるのが僕の仕事であり、それをサボればお給料がもらえませんから。それに、お父様が僕を雇ったのも、お嬢様を思ってのことなんですよ?」

「私を?」

「えぇ、奈須様は、お嬢様を次の村長にしたいんです。村長は、住民の個人情報をまとめたり、村全体の作物の収穫量を集計したり、楽園(ヘブン)との橋渡しをしたりする、村に必要不可欠な存在です。だけど、今のこの村には、奈須さんの跡を継げる人間がいない。なんせこの村の住民のほとんどが、奈須さんが砂漠から拾ってきた盗賊あがりですから。みんな学なんて無いに等しい」

 

 まぁ、僕には村長を務められるだけのスペックがあるけれども、そこに関しては奈須さんと話がついている。

 

「お嬢様に、村長になるに足る知識を身につけてもらえば、もし奈須さんに何かあったとしても、ほぼ確実に、お嬢様が次の村長になれます。なんせ村長の仕事をこなせるのが、奈七お嬢様しかいないということになりますからね」

 

 もちろん、血縁だという要素が手伝うところもあるけれど。

 

「村長になれば、お嬢様の将来は安泰、少なくとも、餓死することはありません。お嬢様も、ひもじい思いはしたくないでしょう? どうです? 村長になるために、勉強をしようという気持ちになってきませんか?」

「なりませんよ。だって私、村長になんかなりたくないですもん」

「……」

 

 ……まぁ、そりゃそうか。

 

「私は楽園(ヘブン)に行きたいんです。あそこで、お父様の力無しで、私の力で、何者かになりたい。こんな、茄子と麦しかないような、泥臭い村から抜け出したいんです」

「泥臭い村って、そんな風に言うことないでしょう。確かにこの村は、ひいき目に見ても都市的とは言えませんけど、それでもいい村だと、僕は確信をもって言えますよ」

「そうなの?」

「そうですとも、なにせ食べ物が美味しいですからね。この村の特産品の茄子と、同じく特産品の麦から作ったパン。どっちも絶品ですよ。それに、ここにはツナ缶もたくさんありますしね」

「……食いしん坊。悪いけど私は、アナタほど食い意地が張っていないの」

 

 あらら手厳しい。

 そうそう。

 ちなみにだが、この村で大きく行われている茄子の生産。これは、村を作ったばかりの奈須さんが、幼少期の奈七に、自分の娘に自分の名前の着いた野菜を好きになって貰いたいと、自分で作り始めたのが始まりである。

 

 この話を聞いた時は、流石の僕もちょっと引いた。

 自分と同じ名前のモノを積極的に娘に食べさせるって、こう、なんかアレじゃないか? 

 カニバリズム的というか、ちょっとグロデスクな、半歩倫理から踏み外れている感じ。

 

 人間誰しも、二つの大きい短所があるというが、奈須さんの場合その一つは、娘が好き過ぎるということなのだろう。いやまぁ、これは長所でもあるんだろうけど。

 

「食べ物以外で、この村の良い所ってあるんですか?」

 

 ナスについて僕が考えていると、怪訝そうに、奈七は僕に問いかけてきた。

 

 ……コイツ、どれだけ自分の村が好きじゃないんだ。やはり、故郷の素晴らしさというモノは、一度も故郷を出たことのない人間には分からないものなのだろうか。

 

 しかし、食べ物以外でこの村の良い所、ねぇ。

 あるよ一つ。とっておきが。

 

「この村は、住民がみんな良い顔をしてます。あんな良い笑顔で溢れている場所、世界中探しても中々ありませんよ。地球上のあらゆる所を放浪して彷徨してきた僕が言うんだから、間違いないです」

 

 この村の人間は、そのほとんどが元盗賊だ。金を持たず、飢えに耐えきれず、故に盗みに手を出した人間達。元はみんな良い人だったのに、戦争のせいで道を少し踏み外した人達。

 彼らはそれ故に、「当たり前」の大切さを深く知っている。ご飯を食べて畑仕事をして寝て、そんな当たり前の暮らしを、彼らは存分に謳歌している。

 それもこれも、全部彼らを当たり前に引き戻した奈須さんのおかげだ。

 

 僕的には、そんな奈須さん自身と、奈須さんが作ったこの村を、奈七にはもっと誇りに、もっと好きだと思って欲しいのだが、今僕の目の前でピンと来てなさそうな顔をしている奈七には、そんな期待は出来なさそうだった。

 

「……皆が良い顔してる、ですか。でもそれ、私には関係ないですよね。だって私が、そういう顔になれてないんですから」

 

 ……おっと。

 良いことを言った気がしたんだが、失敗したかな? 

 

「私は、私が笑顔になれないこの村が嫌いです。だから私は絶対に村長の職を継ぎません。絶対に、この村を出る」

 

 ……なんか、説得するどころか逆に、決意を改められてしまった。

 ゴメン奈須さん。僕余計なことしたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▲▼▲

 

 曲野家の召使いの朝は早い。

 なぜなら朝の6時までには、自分の朝支度を終わらせて、曲野家の朝食を作らないといけないからだ。

 だけど、今日はいつもよりも更に早く目が覚めた。身体が興奮し過ぎて、勝手に意識が覚醒した。

 僕の脳髄か心のどっちかにある、食欲でも性欲でも、勿論睡眠欲でもない、もっと根源的な欲求を司る部分が、歓喜の悲鳴をあげている。

 

「……いい匂い」

 

 僕の好きな、火の匂いがする。

 いや、火だけじゃない。火に、アクセントで死と狂気が混ざった匂いだ。

 

「だけど……どうしてこんな」

 

『この匂いの発生源はどこなのか?』

 そんな当たり前の疑問は、窓の外を見ればすぐに解消された。

 

「……」

 

 曲野家の、奈須さんと奈七が住んでいる屋敷が燃えていた。

 赤に包まれる屋敷。

 それを見た僕は、即座に僕が寝泊まりをさせてもらっている曲野家の屋敷のはなれを飛び出した。

 外に出ると、夜の闇の中に、いくつかの松明の光を見えた。その光の周りには、夏の虫のように、ガソリンを持った人間達が立っている。

 彼ら彼女らの顔に、僕は見覚えがあった。

 この村の住民達だ。

 

「……なるほどね」

 

 そう呟いた僕は、彼らに見つからないように、曲野家の二人と、召使いの僕しかしらない裏口から、絶賛炎上中の屋敷の中に入った。食堂、浴室、仕事部屋、勉強部屋、書庫を超えて奈須さんの寝室。その中に、頭と腹から大量の血を流した奈須さんが倒れていた。

 

「……」

 

 その出血量は、致死を優に超えていた。

 

「ヨンくん?」

 

 奈須さんには、まだ意識があるようで、部屋に入ってきた僕に気づくと、少し意外そうに声を発した。

 僕は、そんな奈須さんに近づいて問いかけた。

 

「住民達にやられたんですか?」

「……うん。まぁ、自業自得だよ」

「そんなことはないですよ。アナタはただ、善良過ぎただけです」

 

 最近奈須さんは、砂漠で子供だけで構成された、50人程度の盗賊団を見つけた。奈須さんはそれをいつものようにこの村に迎え入れようとしたのだが、住民達はそれに猛反発したのだ。

 理由は言うまでもない。単純に、そんな人数を養えるほどの力が、もうこの村にはないからだ。

 

 この村では、麦と茄子を作っているが、核戦争で荒廃した土地じゃあ、その生産量もたかが知れてる。

 この村の人口は、現在150人。

 この村で作られたパンと茄子と、政府から配給されるわずかな缶詰。それを、貯蔵なんて考えず、ある分は全部消費してようやく、150人全員がギリギリ飢えない程度の食事量を保っていたのが、この村の現状だった。

 卵やバターなんかを使った豪華な食事を取れていたのは、曲野家の二人くらいのものだったろう。

 そんな村に、追加で50人も、それも労働力の乏しい子供を受け入れる余力はない。もし無理に受け入れれば、この村の未来は真っ暗だ。住民全員が餓死する可能性すらありえる。

 そんな未来を予想した住民は当然、盗賊団の子供達を拒絶し、しかし奈須さんは、それを許さなかった。

 子供を見捨てられないその善性故に。

 

「全員救けられるワケなんてないのに。欲張った末にあるのは破滅だけって、分かってたはずなんだけどなぁ」

 

 どこか恥ずかしそうに、奈須さんは言った。

 村長と住民の対立。その末に起きたのが、この革命なのだろう。

 屋敷を燃やし、奈須さんを殺そうとしたその野蛮さは、所詮は元盗賊ということか。

 

「ねぇヨンくん、キミは僕に借りがあると思うんだけど、どうかな?」

「ありますよ。色々」

 

 砂漠で助けてもらった恩とか、この村での仕事を工面してもらった恩とかね。

 

「それじゃあ、恩返しだと思って、奈七を守ってくれないか? 書庫の隠し金庫の中に隠してきたから、住民達はまだ奈七を殺してないはずだ。それこそ、奈七をあぶり出すために、彼らはこの屋敷に火をつけたんだろうしね」

「……分かりました。奈七お嬢様は、僕に任せてください」

「ありがとう、本当に」

「それはこっちのセリフですよ」

 

 奈須さんを置いて、僕は駆け出す。

 その時、後ろから声が聞こえた気がした。

 

「ごめんなぁ。奈七」

 

 僕はそれに、気づかなかったフリをした。

 そしてそのまま、燃え盛る廊下を辿って書庫に行く。その途中、火が僕の身体を焼くけれど、何の問題もない。火傷なんて、負った瞬間に治癒する。

 僕の不老不死の身体は既に、生物が持つ火への根源的恐怖も克服している。

 

 そして幸い書庫には、まだ火の手が及んでいないようだった。

 書庫に着いた僕は、入口から右に5番目の所にある本棚を押した。すると本棚が裏返って、僕の体は隠し金庫、もとい隠し部屋に通された。

 そこには、缶詰や重要な書類、そしてこの屋敷の主の一番の宝であった、白い髪をした少女がいた。

 ただそんな彼女は、僕がここに入って来たことに気づいているだろうに、ピクリとも動かない。

 

「逃げるぞ」

「……」

 

 僕が何度そう言っても、一言も発さない。それならばと、僕がムリヤリ奈七を逃がそうと手を引いても、奈七は頑なに動かない。

 

 まぁ、父親が殺されたんだ。冷静な方がおかしい。狼狽して当たり前。ただ、だからここで悲しんで泣いて蹲っててもいいって言うほど、僕は甘くない、甘い状況に僕らはいない。屋敷の火の手は、もうすぐに書庫(ここ)にも届く。

 

「僕は、奈須さんにお前を守ることを約束してここに来た。だけど、そもそもお前に助かる気がないのに、守ってやるってのものもバカバカしい。約束のためにお前と一瞬に火達磨(だるま)になってやるほど、僕は律儀じゃないんだ。ここで立たないなら、お前を置いて僕は逃げるぜ」

 

 僕がそう言うと、奈七の肩が少し動いた。

 だけどそれだけだ。立たないし、顔を上げもしない。

 

「……ガキめ」

 

 はぁ、全く。

 死者の感情を勝手に推測して利用するのは、僕の趣味じゃないんだけどな。

 

「あ〜あ、娘がこんなんじゃ、奈須さんが浮かばれねぇぜ。自分の身を省みずに、先に娘を隠したっていうのに。結局、そのせいで死んじまったていうのに。その肝心の娘が自殺志願者なんだからな」

 

 わざと嘲るような調子で、僕は戯言を並べる。

 

「奈須さんは、お前に幸せになってもらいたかったんだろうに」

 

 僕がそこまで言ってようやく、奈七は顔を上げた。その瞳からは、ボロボロと涙が零れている。

 

「うるさい。そんなこと、言われなくても分かってます」

「……ハッ、そうかい。だったら、お前がするべきことはなんなんだよ」

 

 座る奈七に、僕は手を差し伸べる。奈七はその僕の手を掴んで、立ち上がった。

 

「逃げて、生き延びて、幸せになること」

「いいね、正解だ」

 

 それが分かってるなら、十分だ。

 ホント、奈須さんは親孝行な娘に恵まれたよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▲▼▲

 

 脅威に遭った時、一体どうするのが正解なのだろうか? 

 逃げる? 話し合う? 降参する? 諦める? 

 違う違う全然違う。正解は、その脅威の根源を叩き潰すことだ。

 その脅威に、死んでもらうことだ。

 

「……」

 

 僕は、燃える屋敷の中を通って正面玄関から外に出た。

 

 燃える屋敷の中を通ってと言うと、僕が素っ裸なんじゃと思うかもしれないが、心配無用。今の僕は、真っ黒な衣を(まと)っている。その黒い衣はどっから持って来たのかって? まぁ、ちょっとした実験体マジックだ。

 

「……」

 

 玄関の目の前。そこにはたくさんの住人達が……村の主に(たて)突いた反逆者達がいた。

 

「ヨン!? お前どうしてそんな所から!?」

 

 僕の存在に気づいた住民達が驚きの声をあげる。

 

「お前達こそ、こんな真夜中ににそんなに大勢で集まってどうしたんだ?」

 

 元盗賊の住民達、ヤツらは全員、鎌や包丁等、何らかの武器を手にしていた。中には、どこから拾ってきたのか、銃を持ってるヤツすらいる。

 

「……分け前が欲しいのか?」

 

 僕が少し感心していると、住民達の一人、盗賊の元リーダーだった男が、訝しげに声を発した。

 元リーダーの男は、刃先に血の着いたナイフを持っていた。

 

「分け前?」

「土地だよ土地。お前も、これからもこの村で平穏に暮らしたいってクチじゃないのか?」

「……いやぁ、違うよ違う」

 

 平穏なんて、僕ごときが手に入れるには、身に余る幸福だ。

 

「それよりもさ、一応確認しとくけど、これやったのはお前達か?」

 

 後ろの燃える建物を指さして僕は問う。奈須さんを殺したのはお前達か? 、と。

 

「…………そうだよ」

 

 一瞬黙った後、元リーダーの男は、刃を食いしばりながら僕の疑問を肯定した。

 

「俺達が、やったんだ。だけどよ、悪いのはあの村長だと思わねぇか? 働けねぇクソガキ共を受け入れるなんて、そんなことをしたら、この村がどうなるか、あの人も分からなかったワケじゃないだろうに」

「……」

 

 男は、一丁前に苦しそうな顔をしている。奈須さんを殺したのは、自分達のくせに。

 ホント、お前ら、コントでもしてるのか? 

 

「お前は……」

「ん?」

 

 僕が腹から込み上げてくる笑みを堪えていると、男はうらめしそうに、かすれた声を発した。

 

「お前は、奈須さんの仇討ちに来たのか?」

「まさか。そんなワケないだろう」

 

 そんな風に思われるなんて心外だ。

 

「僕はただ……」

 

『奈七を守ってくれないか?』

 そう言った、愚かな男の顔が脳裏をよぎった。

 

「ツナ缶をくれた恩人との約束を守りに来ただけだよ」

 

 僕の纏っていた黒い衣が膨れ上がる。

 

「お前ら全員、死に至る病に罹患しろ」

 

 黒い衣は質量を増すと同時に、凄まじい勢いで回転を始める。やがて、黒い嵐とも呼べる代物になったそれは、僕ごと、住民達を飲み込んだ。

 

「な、なんだこれは!?」

 

 住民達がそれぞれ、驚きと困惑の声をあげた。

 そんな中で僕は、一人笑って語り出す。

 

「不老不死の病を持つ人造人間が、致死率100%の病に感染したらどうなると思う? 不死と必死、その矛盾の先にあるのはなんだと思う? まぁ、答えは未だに僕自身も良く分かっていないけれども、結果として僕は、その死に至る病を、自分の血液を媒介にして操れるようになった」

 

 僕は頭上に手を掲げた。

 すると、炸裂していた黒い嵐が、僕の手に吸い込まれていく。その膨大な質量はほぼ消え失せ、残ったのは最初と同じ、僕の身を包む黒い衣だけだ。

 僕の目の前で住民達は、呆然と立っている。

 

「撫でようとしては殴り、抱きしめようとしては首を絞め、愛を謳おうとしては傷つける、そして最後には無気力になって、ひとり孤独に死んでいく。それが人間ってモノらしい」

 

 兵器である僕には、分からない習性だけれど。

 

「この黒の病は、それを早送りにするモノだ。さぁお前達、戦争を開始しろ」

「……ッ、何を言って」 

 

 真っ先に正気を取り戻した元リーダーの男が、僕に向かって手に持つ血のついたナイフの切っ先を向ける。だけどもう遅い。お前以外のヤツらは、既に狂気に陥った。

 

「……は? お前ら何して……」

 

 僕の目の前で、住民達が殺し合いを始めた。

 その鎌で味方を切り裂く。その包丁で仲間を突き刺す。その銃で家族を撃ち抜く。

 あっという間に、立っているのは、僕と元リーダーの男だけになった。

 

「後はお前だけだな」

「ッ! お前ぇ!! 何をしたぁ!!」

 

 元リーダーの男が叫びながら、額に青筋を立ててこちらに向かってくる。

 だが……

 

「…………アレ?」

 

 僕に辿り着くのにあと半歩というところで、男は立ち止まる。そしてカランと音を立てて、手に持っていたナイフを落とした。

 

「言ったろ? 黒の病の症状は、早送りだって」

 

 諭すように、呆然と立つ目の前の男に、いや、既に立っていることすら億劫(おっくう)になったらしい、足下で座り込む男に、僕は語りかける。

 

「傷つけ合い、殺し合った末にあるのは無気力だよ。ってもう、生きる意味すら見失ったか」

 

 男の心臓は、停止していた。

 死んでいた。

 

「あ〜、楽しかった」

 

 眼前に転がる150人の死体を見ながら、僕は笑う。

 いつも通り、いつも通りだった。殺人兵器(ぼく)が通った後には、誰も生きてはいなかった。僕は一人だった。

 

「あ、いや、今回は違うのか」

 

 さっきまで泣いていた、白い髪をした少女のことを思い出す。

 彼女は泣き止んだのだろうか? 

 確認するために、彼女に逃げるよう指示した、村の畑の隣にある農具入れに行こうかと一瞬思ったが、やっぱりやめた。

 

「娘を守ってくれっていう、奈須さんとの約束は果たしたんだ。もう僕と奈七の間には、何の縁も義理もない。だったら、会わない方がいいだろ」

 

 せっかく、僕という病から生き延びたんだ。これ以上、彼女の幸せを邪魔するようなことはしちゃいけない。

 

「さて、それじゃあ、彷徨の旅を再開するとしますか」

 

 星空を見ないようにしながら、砂漠に向かって僕は歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▲▼▲

 

 砂漠を放浪しながら僕は、喉に魚の小骨が引っ掛かっているような、そんな感覚に苛まれていた。しかも、自分がそんな風に感じている理由が、皆目見当もつかなかった。

 

 奈七に何も言わずに別れたことを気にしているのだろうか、と一瞬思ったが、そんなはずはないとすぐに思い返す。人間との別れを、惜しんだり悲しんだりするような機能は、僕には備わっていない。

 

 しかし、一体全体、どうして僕はこんな感覚を……

 

「……あ」

 

 とあるバカ親の横顔が、脳裏によぎった。

 

「そうだ、期限を決めていないんだった」

 

 娘……奈七を守る。

 それが、僕と奈須さんがした約束だった。そして僕はその約束の期限を勝手に、『あの盗賊共、もとい住民達から奈七を守り切るまで』と思っていたが、実際の所は、そんなことは一つも言われていない。極端な話、あの約束の期限は、奈七が死ぬまで、と言うことも出来るワケだ。

 

「……やらかした」

 

 そう言いながら僕は、村の方向に目線と足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▲▼▲

 

「あれ? この村を出たんじゃなかったんですか?」

 

 僕を見るなり、奈七は意外そうにそう言った。

 

「本当は僕もこんな血生臭い村出たかったんだが、まぁ、色々とあってな」

「ふ〜ん。そんなもんですか」

「そんなもんだ。ていうかお前、何をやってるんだ?」

 

 再会した奈七は、全身土まみれでシャベルを持っていた。その白く長い髪も、ところどころ茶色でくすんでいる。

 

「何って、見れば分かるでしょう? 父様のお墓を作ってたんですよ」

「なるほどね」

 

 ホント、親孝行な娘だよ。

 

「ついさっき作り終わったんです。ほら、立派なお墓でしょう」

 

 奈七に促されて、足下を見る。

 こんもりと土が盛り上がった所に、曲野 奈須と刻まれた屋敷の瓦礫が突き刺さったそれは、なるほど確かに、奈七の言う通り中々に立派なモノだった。

 

 そのお墓に対して、手を合わせて祈った後、奈七の方に向き直る。

 

「お前は、これから楽園(ヘブン)に行くのか?」

「うん。お父様を一人ぼっちにしちゃうのは申し訳ないけど、でも、私一人じゃ、この村では生きていけませんから」

「なるほどなるほど。それじゃあ、善は急げ、だ。早速出発するとするか」

「え? 着いて来てくれるんですか?」

「お前を守るって、奈須さんと約束しちゃったからな」

 

 僕の言葉を聞いた後、奈七は俯いた、だけど、泣きはしないで、逆に笑って、「ありがとう父様。またね」、とお墓に向かって言った。

 そしてそのまま笑顔で、僕の隣に並んできた。

 

「それじゃあ、出発進行です!」

 

 奈七の声が、一夜で滅んだ村に響く。

 僕と奈七は、楽園(ヘブン)に向かって歩き出した。

 通った後には、死体しか転がらない殺人兵器(ぼく)の横に、人間が並んで歩いているって言うのは、変な気分だった。ただ、決して悪くはない。

 

 僕と奈七の、長いようで短い旅が始まった。

 

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