チェ、チェ、チェ、空が見たい。

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「今日も空が#000000。」

 

 隔離病棟から眺める空はいつも0しか意味を持たない。

「火事だ!!退避しろ!!」

 看護師が慌てて病室の鍵を開けて走っていった。

「馬鹿だなぁ、火事なら煙感知器が作動してシェルターが遮蔽起動して鎮火のためのシャワーが流れるのに。ただのアラートによる陽動に引っかかるなんて、職員の質が知れたものだ。」

 とりあえず手錠のチェーン部分を窓のサッシに当て擦り劣化させたものをベッドの鉄のフレームの脚部分を使って破壊して、病室のネームプレートを割って手持つ事にした。

 病棟の廊下には措置入院させられていた潜在犯と職員達が争った後のようで、#800000の液体が壁や床に飛散していた。

「馬鹿だなぁ、緊急避難として一斉に人を放ったらこうなるのは自明の理だろうに。」

 息絶えた職員のICカードが入ったストラップと制服をはぎ取って着用し、職員の眼球を取った。

 非常階段は群集雪崩を起こして圧死した人間で詰まっていたため、エレベーターに乗って地下に降りた。

「空を見たいな。見れるかな。」

 カーンという到着の音がして扉が開くと、ヘルメットを被り銃を持った男が目の前に立っていた。

「この病棟にそこまで価値のある潜在犯が居たの?見たかったなあ。」

 男は銃を下げ、一言を放った。

「哲学的な言語とは。」

 うーん、そうだなあ。

「Lispかな。現象学的還元、エポケーのように命題を包括的に扱う。いや同じフッサールならばオブジェクト指向の継承なんかをノエシス、ポリモーフィズムをノエマと当てはめることも[[rb:難 > かた]]くはないから、まず哲学的についても定義を指定してもらえないかな。」

 男はヘルメットを取って微笑み、手を差し出した。

「いやぁ良かった。自力で来ていただいて助かりました。」

 あ、見たことある。

「馬鹿だなぁ、お前はチェ・グソンだ。私は死ぬのか。そうか、地下のテロリストに目をつけられたのか。」

 ハッカーのチェ・グソンが直々に赴くということは私に付加価値が付けられ、また監視システム及び警備システムも一次的にダウンしていると考えたほうがいい。

 公安局刑事課の監視官や執行官共が到着したとてシビュラシステムに接続出来ずにドミネーターを駆動させることが出来ないのだろう。

 

「少し違いますかねぇ。」

 


 

「誰だお前。」

 

 チェ・グソンに案内された一室にはウィリアム・ギブソン、フィリップ・K・ディック、ジョージ・オーウェルの今時では珍しく紙本が積み上げてあり、それを壁にするように銀髪金眼の端正な顔付きの男が狭いソファに腰掛けて本読みに耽っている。

「僕のことは僕を知覚した時に君自身の身体と心に存在している。」

 成る程なあ。

「馬鹿だなぁ、メルロ=ポンティの引用のつもりか?お前は宗教の教祖か。何を経典としている?」

 私が本をバタバタと倒して男の胸ぐらを掴むと、男は表情を変えず視線を紙面に落としたままポツリと零した。

「僕は無神論者ではなく、不可知論者かな。」

 思い切りシャツの襟を引っ張って体勢を崩させる。

「いや、お前は有神論者である。自分だけが孤立無援とし、だから他者の言葉で騙るのだ。旧世代の宗教家達が他者の言葉を引用してさも『自分の言葉である』として愚民を嘲笑ったように。『かの思想家デカルトはこう唱えた、私も同意見である』だからなんだ。こうして、お前は私を愚弄しているのだ。」

 男は私の手首を掴むと、いつの間にか視界が揺れて天井を見ていた。

「そうかもしれないね。君は君主論を」

「ニッコロ・マキャベリか。またお前は他者の権威を借りるのか。虎の威を借る狐とはお前のことだ。」

 男の顔が私を見下ろし、前髪が頬に触れた。

「君とは仲良くなれそうだ。僕は槙島。槙島聖護。よろしく。」

 再び手首を掴まれて上半身を起こされる。

「私は……フローラルホワイト。フローと呼べ。」

 槙島は微笑んで、いつの間にかチェ・グソンがワインとワイングラスを持って立っていた。

「君がフローラルホワイト?そんな綺麗な色相だったら潜在犯になっていないんじゃないかな。」

 それもそうだ。

「私は#FFFAF0ではない。#A52A2Aのものなど私は飲まない。」

 彼らはテーブルにワイングラスを置いて注ぎ始めた。

「これは白ワインですよ。槙島の旦那がスポンサーから頂戴したものです。」

 チェ・グソンはワイングラスを揺らしながら槙島を見ている。

「馬鹿だなぁ、#FDF5E6だろうがワインは飲まない。アルコールは飲まないと言うことだ。」

 立ち上がって背中に付いた土ぼこりを払った。

「スポンサー、泉宮寺豊久と言えば分かるかな。」

 隠し立てをしないのか。

「帝都ネットワーク建設の会長か。最近のテロリストのスポンサーにしては名有りだな。融資ではなく参画か。」

 テーブルに肘をついて膝立ちでワイングラスの中の液体を見た。

「君も参画しないか?」

 槙島がこちらを見ずにワイングラスに話しかける。

 

「内容による。私は#FF1493の空が見たい。」

 


 

「シビュラシステムを暴きたい。」

 

 槙島は相変わらずこちらを見ない。

「馬鹿だなぁ、シビュラシステムなど高が知れている。」

 チェ・グソンは何処かのサーバーにクラッキングを仕掛けているようで、同じようにこちらを見ない。

「と言うと。」

 私はなんの駒に投入されて潰されるのだろうか。

「サイマティック・スキャンにはパターン化されたデータサーバ群がありそれをジャッジに使うが、犯罪係数という具体的な数値に落とすには環境出自過去記録現在状況の処理を並列処理しなければならない。RAID50のように。パラレル・プロセッシングを複数筐体が行っている筈だ。そのジャッジのフローにどのようなフィルター、またはラベル、フラグが有るかは不明瞭ではあるが。」

 そう話し終えると窓から光が射し込んできた。

 

「本当の空の色、この目で見たかったなあ。」

 

「それくらい分かります。」

 チェ・グソンが背後に立っている。

「なら何が知りたい。」

 冷たい金属のような硬いものが首筋にあたる。

「どのように犯罪係数を付与しているか。システムの論理設計について。」

 深い溜息をつく。

「知らねえよ。だから環境出自過去記録現在状況の積み重ねじゃねえのか、しか言えない。内部処理の細部など窺い知れる筈もなし。」

 槙島がコツコツと歩いて近づいて来ている。

「期待外れ……だったかな。」

 肩に手が乗った。

「ですかねえ。」

 トリガーに指が乗ったな。

「空を見てから死にたい。」

 

「駄目。」

 


 


 

「なあチェ・グソン、チェと呼んでいいか?いいな?」

 

 彼女は俺の膝の上に乗っかりながらノートパソコンを眺めた。

「ええ、構いませんよ。」

 すっぽりと腕のなかに収まり特に作業の邪魔にならないようなのでそのままコーディングを続ける。

「チェ、チェ、チェ。」

 彼女は機械のように呟くと、こちらを見上げた。

「なんでしょうか。」

 おもむろにヘルメットと画面を両手で指さした。

「犯罪係数偽装ヘルメットで他者の犯罪係数をコピーするよりサイマティック・スキャン時にジャミングして係数を限りなくゼロに近づける発振器を耳の裏に取り付ければ良くないか?」

 発想だけならば誰でも出来る。

「どのように設計をするおつもりで?」

 彼女は背中の緊張を緩めて体重を掛けて身体を預けた。

「逆位相にしたり……アクティブ・ノイズ・コントロール、音響学の発想だ。いいだろ?生体から発せられる特定の周波数に対して、完全な逆位相を衝突させることで観測結果をゼロにする。うーん、実現可能から分からん。私は空が見たい。外に連れてって。」

 仕方がない人だ。

「槙島の旦那がいいと言うまで我慢してください。」

 

「チェ。」

 

、、、

 

「チェ、チェ、チェ。」

 

 彼女はチェ・グソンに抱きつき恋人のような距離感が通常であるかのように振る舞うようになっていた。

「随分と打ち解けたみたいだね。」

 そう釘を刺しても意を解しないようにフローは抱擁を続けた。

「チェ・グソンは義眼か?綺麗な#B22222。綺麗、綺麗。」

 唇と鼻がつきそうな距離で顔を覗き込んでいる。

「はい、義眼ですよ。」

 彼はあしらう事も含めて作業ルーティンに組み込んでいる。

「ふふ、まるで愛を謳うかのように囀るね。」

 フローはこちらに振り向き、真っ直ぐな視線を向けた。

「ああ、私は頭が良いやつが好きだからな。チェ・グソンは好きだ、チェ、チェ、チェ。」

 だから僕が嫌いであると。

「困りましたねぇ。」

 チェ・グソンは言葉に対して感情が乗らない返事をした。

「仲睦まじいようで何より。僕はお邪魔虫かな。」

 彼女は真顔のまま続けた。

 

「ああ、邪魔だ。槙島はどっかにいけ。」

 

、、、

 

「フローさん、俺も男ですから、あまり……ね。」

 

 何を言っている?

「え?お前女に興味ないだろ。チェ、チェ、チェ。」

 抱きつくとポーズとして腰に手が回された。

「ええと……まあ、でも男ですから。しようと思えば出来ることを忘れてもらっちゃ困りますからね。」

 そう耳元で念のために囁かれた。

「チェ。」

 

「困った人だ。」

 


 

「チェ、チェ、チェ。」

 

 チェ・グソンは抱きついても体幹がぶれない。

 鍛えているんだな、某国の軍人であったからか。

「こらこら、いい加減にしてください。」

 珍しく手で遮られた。

「別に槙島がいないときはいいだろ。お前は女に興味がないのだから。」

 チェ・グソンは女に興味がない。

 それは私が精神病院にぶち込まれる前から分かっていた。

 何となく、他のギーク共が放つ熱量の質が違うから分かるのだ。

「……俺はね、祖国から逃れる時に去勢されたんですよ。」

 そんな重大な機密を漏らすとは、私の投入用途が決まってさよならバイバイなのか。

「なんてこった。だからか、だから女が抱けないのか。」

 苦労したろう。

 それが原因で男色家になったのか元々のアイデンティティなのかは分からないが、男性が去勢される重みは理解出来る。

「……いや、ね。それでも女は抱けますから。」

 

「え?どうやって?」

 

、、、

 

 チェ・グソンの硬い指先と柔らかい舌と唇が身体を這った。

 

「チェ……あ……チェ……あ、あ……」

「ね?……愛撫、ベッティングでも女をイかせられるんですよ。」

 

、、、

 

「チェ、チェ、チェ……」

 

 チェ・グソンは男だった。

「どうしました?」

 『男は狼、気をつけなさい』というフレーズがイヤーワームになって頭に巣食っている。

「……おなかすいた。」

 彼のジャケットの裾を引く。

「一段落するまで待っていてくださいね。」

 そのタイミングで扉がキイと開いて槙島が入ってきた。

「おや?うさぎの求愛のようなさまから一転したね。」

 ソファに座ってアイザック・アシモフを読み始めた。

「う……抱擁、よくない……よくないから。」

 ハグはセックスに至る。

「したいときは抱擁してくれてかまいませんからね。」

 チェ・グソンも槙島も相変わらずこちらを見ない。

「そう……。」

 槙島は少し苛立ちの様子を見せた。

 恐らく、チェ・グソンの関心が少しでも私に向いたことに腹を立てているのだな。

 

「チェ……。」

 

、、、

 

「ミシェル・フーコーを知っているね?彼は知と権力を内部から解き明かすべきものとし、個の訓練によってパノプティコンのような牢獄が意味を……それに彼はエロスについても」

 

 チェ・グソンが席を外すと、いきなり槙島からバックハグをされた。

「うわあ!!他人の言葉で口説こうとするな気色悪い!!チェ!!チェ!!チェ!!」

 ジタバタしてチェ・グソンに助けを乞うた。

「どうしました?」

 彼は直ぐに引き返してきてくれた。

「あいつ気色悪い!!」

 槙島を指さしながら抱きついた。

「おや、抱きつくとは……したいんですね。」

 抱きついてしまった。

「しまった!!兎に角、槙島と離れられればいい!!していい!!チェ!!チェ!!チェ!!」

 まだチェ・グソンとセックスした方がマシだ。

「はいはい、なら先に寝室に行きましょうかね。」

 

「……と、いう……ね。停滞した男女関係に手を回してあげるのも一興だから……」

 


 

 フローとチェ・グソンが寝室に消えた後、脚が貧乏揺すりのように動き始めた。

 

「体が鈍っているからかな……。」

 シャドーシラットをして動かさないといざという時に困るからね。

 暫く嬌声と水音が部屋に響くのを聞いていた。

「すみません旦那、フローが『もっと』とせがむもんで。」

 彼は息を切らしながら寝室から戻り、目を細めながらジャケットを着た。

 

「……手合わせしないかい?」

 

、、、

 

「旦那、随分と激しいですね。策がうまくいってないんですか?」

 

 槙島とチェ・グソンがシラットの演習をし始めた。

「馬鹿だなぁ、物理的な衝突によるエネルギーの散逸、いうなればストレス発散だが、互いの肉体を損壊させて得られるものは鍛錬と技術の精錬化。今後軍事的なことをするのか。」

 槙島は重心が浮いているようにみえ、チェ・グソンはわざとガードを甘くしているように見えるが。

 

「フローがセックスに味をしめたようでして。」

「君はそれに応じるほど劣情を抱くタイプだったんだね。」

「おや、なにか上手くいかないことでも?」

「まさか、君はアジテーションして場を掻き回したいのかな。」

「掻き回すくらいに情念が渦巻いているんですかね?」

「君こそ女に現を抜かして、情動が抑えられないんじゃないか。」

 

「馬鹿だなぁ、そこはフローへの感情が『オーバーフローした』とかのほうが上手い言い方だぞ。」

 

「こらこら、そこは『私のために争わないで』でしょう。」

「確かにね。」

 

「いい運動になったよ、チェ・グソン。」

 

、、、

 

、、、

 

「チェ・グソン、愛していない女を抱いてつまらなくないか?」

 

「いえ、特には。」

「お前は性的満足が得られないだろ。」

「ああ、そのことですか。満足はしてますよ。」

「どうして?」

「満足とは、性的なものとは限らないですから。精神的充足感、支配欲や達成感など。例えば槙島の旦那より上であるというような錯覚、優越感とでも形容しましょうか。」

「成る程。」

 

「あなたこそ、愛していない男に抱かれるのは嫌なのではないですか?」

 

「チェ・グソンは優しいし、瞳が#B22222で綺麗だから好きだ。愛していないが、好きだから、嫌ではない。」

「成る程、似た者同士ってことですか。」

「チェ、チェ、チェ。チェ・グソンと私は似ていない。」

「そうですね。」

「もっと撫でて。たくさん撫でて。」

 

、、、

 

、、、

 

「どうしてチェ・グソンなんだい?」

 

 槙島がロバート・ハイラインの書に目を落としながら呟いた。

「なにがだ。」

 なんの選択もしていない。

「床を共にする相手だよ。」

 意味がわからない。

「え?知らん、チェが抱くから?」

 最初にセックスしたとき、何がトリガーになっていたんだったか。

 覚えていない。

「なら、どうして僕としないのかな。」

 今はハグがトリガーになって穴を埋めてくれる。

 一人きりは苦しいから。

「お前、最中に『ヴィルヘルム・ヴントはこう言った』とか言いそう。しつこそう。」

 槙島はページをめくる指を止めた。

「……ふふ、言うかもしれないね。」

 絶対に言う。

「な?だから、お前とはしない。」

 深い溜息が落ちた。  

「チェ・グソンは優しいかい?」

 意外だな、他人の性的嗜好を知りたがるとは。

「お前、下劣だな。人様の情事を知ろうとするとは。……チェ・グソンは優しいよ。」

 チェ・グソンは優しい。

 私が本当に嫌がることをしない。

 そして、適度に意地悪してくれる。

「そう……ならよかった。」

 槙島は本を置くと軽く伸びをした。

 私もつられて伸びをする。

「チェ、チェ、チェ。チェ・グソンは優しい。」

 

「ふふっ……。」

 

、、、

 

、、、

 

「槙島は国家転覆を狙っているのか?」

 

 槙島は初めてこちらを向いた。

「うん、なにをトリガーにするか分かるかい?」

 この監視社会で突くとするのなら。

「道順からするに、食料だな。」

 物理的箱物や人的リソースや法整備や物流にメスを入れるよりよほど容易でかつ規模が大きくなる。

「当たりです。ハイパーオーツに的を絞ってます。」

 チェ・グソンもセックス以外では初めてだ。

 こちらを見て話をしている。 

「どんなに品種改良をしても穴があるはずだからね。ハイパーオーツがこの社会の礎になっている。」

 そうだな、あんな大規模な農場……工場地帯だ。

「連作障害がなぜ起こらないのだろうかと考えたことはあるか?連作障害を引き起こさないためにハイパーオーツに複数種品種分けがあり時期を分けている。またはハイパーオーツに虫害や品質劣化を防ぐ遺伝子組み換えがあるのならそこを突くべきだ。パターンがある、ならばパターンを調べ穴を抜けばいい。」

 槙島はニコリと微笑んだ。

「……そうだね。」

 チェ・グソンも笑みを零した。

「ええ……。」

 

 分かっているのなら、なぜ聞いた?

 

、、、

 

 

、、、

 

 

、、、

 

「槙島ぁ……チェ・グソン……帰ってきてぇ……一人は寂しいよぉ……空の色なんか見なくていいから……一人にしないで……」

 

、、、

 

、、、

 

、、、

 

『犯罪係数オーバー300。執行モード、リーサル、エリミネーター。慎重に照準を定め、対象を排除して下さい。』

 

「ディープピンクの色相なんて初めて見たわ……言い残すことはある?」

 精神病院から抜け出した病人にしては落ち着いているわね。

「二人に会いたい……。」

 二人……匿っていた人間か。

 先ずは脅威の対象を排除しないと。

「そう……さようなら。来世であえることを願って。」

 引き金を引くと一筋の青白い閃光が華が舞うように散り、肉塊が花火のように離散した。

 

「青柳監視官!!あ、もう執行されましたか。」

 

「ええ、これからゆっくりと調べましょう。」

 


 


 

。。。

 

「病棟に潜在犯のハッカーが複数人いるみたいだ。……試してみる価値はある。」

 

「はいよ、旦那。」

 

。。。

 

、、、

 

。。。

 

「私が使えないからか?使えないから二人に見限られ置いていかれたのか?頑張るから見捨てないで……一人は嫌だよ……」

 

 二人が残した遺産で一人生活の立て直しはできる。

 でも、自活したら二人は戻ってこない。

 

 Pingを打とう。

 私は居るって。

 待ってるって。

 私を見つけて。

 

。。。

 

、、、

 

『フローラルホワイト』

 

「あれ?真っ白だ、チェ・グソン?帰ってきてくれたの?」

「はい、それに去勢も戻りました。ではセックスしましょうか、本当のセックスを、ね。」

「去勢が戻る?今までのセックスでいいのに。」

 

「どうでした?」

「すごかった。」

「随分と仲睦まじいね。」

「槙島!!会いたかった!!」

「おや、抱きつくとは。僕としたいのかな?」

「お前とは絶対にしたくはないが、寂しかった。もう置いていくな。」

「もう一人ぼっちにはしませんよ。」

「三人で暮らそうね。」

「うん……うん……」

 

、、、

 

「新しいシビュラシステムの脳が最適化されるまで今際の際、走馬灯でも見ているのだろう。興奮が収まれば時期に馴染む。それまでの辛抱だ。」

 

、、、

 

『ディープピンク』

 

「なんで去勢が戻ったの?」

「男女の本当のセックスには必要でしょう?挿入ありの方が気持ち良かったでしょう?」

「なんで?チェ・グソンは愛撫だけで抱いてくれた、それでよかった。」

「男は本番したい生き物ですから。」

「チェ……チェ・グソンはセックスを性的快楽ではなく精神的充足感だと言った。」

「言いましたかねぇ……それよりも快感が大きいほうが余程いい。」

「ま、槙島っ……チェ・グソンがおかしいよ、助けろ槙島っ……」

「おや、僕に抱かれたいんだね。やはり若さと美貌では僕が勝つ。」

「な、何言ってんだ……お前なら『エイジズムを提唱したロバート・ニール・バトラー曰く』と言う。若さを引き合いに出すはずがない。」

「そう?結局は男女がすることと言えばセックスで、僕たちは不安を感じることなく快楽に身を預ければいいだけ。ね?フローちゃん。」

「そうですよ、フローさん。」

「あ……あ……誰だ、お前ら。」

 

、、、

 

「脳波が乱れているな……強制的に夢から醒めさせるか……いや、暫く見届けようか。」

 

、、、

 

「ほら、二人で愛してあげるから、おいで。」

「今まで満足させられなかった分、たっぷり可愛がってあげますから。」

「誰……誰……」

 

「ふっ……挿入りましたね、気持ちいいですか?」

「あ……嫌だ……」

「……この瞬間に、俺の首を絞めてください。」

「そして僕の首も絞めるんだ。」

「え、え……」

「……あなたのこと、少しだけ愛していましたよ。」

「ふふっ……僕は愛玩動物を愛でる意味合いでね。」

「う……うう……さよなら、チェ・グソン、槙島……私も少しだけ……愛していたよ。」

 

、、、

 

「な、何事だ……脳が停止……脳死しただと?……はあ、最初から破損していたのか……仕方がない、……廃棄を。」

 


 

『閃光の火花のような白』

 

「なあ槙島。」

 

「何かな。」

 フローがソファの隣に座って耳に手を当ててコソコソと話をし始めた。

「……チェ・グソンがセックスの時に足の裏を舐めるんだ。……あいつおかしいのか?」

 ……声の抑揚から、本気で尋ねているようだ。

「……はあ、フロー。……君は一体全体何がしたいんだい?嫉妬心を煽って場を掻き回したい?僕が三角関係に嵌まるとでも?」

 本を閉じてテーブルに置いた。

「お前がマトモそうだから聞いたんだ。」

 ピッタリと此方に身を寄せている。

「フロー……君がどんな理由で隔離病棟に入れられた潜在犯なのか窺い知れるよ。」

 おもむろに立ち上がると、フローはコテンと座面に倒れた。

「私はシビュラシステムから逃れるべく地下のハッカー共と暫く過ごしたが、根暗で陰湿なギーク共からの扱いは殴る蹴るが当たり前だったから、セックスの正解がよく分からんのだ。」

 淡々と、過去を語った。

「……そう。」

 あの知能犯を収容した専門の病棟に居たのだ。

 ……女で、二十代だ。

「チェ・グソンは変なのかな、間違っているのなら止めさせないと。」

 フローを起こしてソファに座り直した。

「……好きにさせればいいよ。」

 その言葉に驚いたのか、腕を引かれた。

「変じゃない?本当に変じゃない?」

 本の背表紙を指でなぞった。

「……さあ、どうだろう。」

 深い溜息が落ちた。

「なんだ、槙島は顔がいいから女をこましているのかと思った。」

 フローはテーブルに突っ伏した。

「……失礼だね。」

「ああ。」

 暫く沈黙があったが、それを切ったのは自分だった。

「……一緒にベッドで本を読もうか。」

「セックスする?」

 フローは足をバタバタとさせ、動揺を隠そうとしている。

「しないよ、君もしたくないだろ。」

 ピタッと動きが止まった。

「ああ。」

 身体に寄りかかるフローの体重が乗った。

「何を読もうか……」

「宮沢賢治。」

 

「ふふ、たまにはいいね。」

 

、、、

 

「鉄道にのりたいな、ガタンゴトン。」

 

「そうだね。」

 フローはうつ伏せになって忙しなく足をバタつかせる。

「槙島、チェ・グソンは犬みたいだ。」

 まだ確認したいのか。

「……そう。」

「セックスなのに擽ったいんだ、痛くない。」

 フローの髪を手櫛で梳いた。

「変だよな、あれはセックスなのかな、おかしいよな。」

 彼女の肩に手を回す。

「……抱きしめてもいいかい?」

「セックス?」

 緊張したのか、身体が強張っている。

「違うよ。」

「ならなんで?」

 声が細く小さくなっていく。

「……ベビーシェマを感じた……いや、正直に言おう。君が可哀想で愛おしく感じたから。」

 そのまま背中を撫でた。

「そうか、私は可哀想か。」

「……そうだね。」

 何度も丁寧に上から下に手を動かす。

「哀れ……う、……うっう……」

「ごめんね、泣かせてしまって。」

 フローが見せた、初めての涙だった。

「うう……うっ……苦しい」

「……憐れまれて屈辱を感じる君は、強いよ。……だから泣くんだ。」

 彼女の頬に大粒の涙が伝う。

 

「フロー……僕たちと共に歩む道を選んでくれて、ありがとう。」


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