カオス・リンクエイド   作:るるの

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第1話『イレギュラー・リンク(上)』

 私は、背中の棺――『零彼岸』の重みを肩越しに感じながら、年季の入った木製のドアノブに手をかけた。

 

 その、瞬間だった。

 

 ――ビ、リッ。

 

 鼓膜を直接針で刺されたような、不快な電子ノイズ。

 視界の端から、夕焼けの茜色が急速に「漂白」されていく。

 

 校舎の壁も、廊下に差す影も、自分の指先さえも。

 まるで古びた記録映像のように、世界から一気に色彩が剥ぎ取られ、ザラついたモノクロの粒子が空間を埋め尽くしていく。

 

 「……嘘、でしょ」

 

 私がドアを勢いよく開け放った時、そこにはもう「廊下」など存在していなかった。

 背後の教室にある、机や椅子は重力から解放されたように浮き上がり、ノイズの海へと沈んでいく。

 扉の向こう側に広がるのは、境界線の崩れた異界。

 現実と虚構が混ざり合う、最悪の戦場――『反現実(ホロウアース)』。

 私はピンク色の髪を軽く指で絡めながら、肩をすくめてため息を吐き出した。

 

「……マジ?」

 

――そんな不快な世界のノイズは、校舎の反対側にいた少年の鼓膜をも等しく貫いていた。

 

「……ふむ。第4校舎、地下3階、第13特務隔離学級。Wi-Fi強度は極めて良好、かつ暗号化プロトコルが他とは三世代ほど違う。ボクを隔離するには理想的な環境だね。気に入った!」

 

廊下を早足で歩きながら、鳴神(なるかみ) 一機(かずき)は手元のスマートフォン――背面から基盤が露出した、異形ともいえる改造機――を高速で操作していた。

 

「さて、どんな面白い『検体』……おっと、クラスメイトたちがいるのかな? 期待値は120%ってところだ!」

 

彼はボサボサの黄色い髪を揺らし、グルグル眼鏡の奥で瞳を爛々と輝かせ、期待に胸を膨らませて教室のドアを蹴るようにして開けた。

 

――その瞬間。

 

「ビ、リッ――」

 

世界が、バグを起こした。

鼓膜を直接針で刺されたような不快な電子ノイズが走り、視界の端から夕焼けの茜色が急速に「漂白」されていく。校舎の壁も、廊下に差す影も、一機(かずき)が掴んでいたドアノブさえも。まるで古びた記録映像が摩耗するように色彩が剥ぎ取られ、ザラついたモノクロの粒子が空間を埋め尽くした。

 

「あ、これ。例のノイズだね? 現実の連続性が断たれるプロセス……やっぱり観測データより体感の方が情報量が多いや。最高だね!」

 

扉の向こうに広がるはずの平穏な放課後は消え失せ、机や椅子は重力から解放されたように浮き上がり、ノイズの海へと沈んでいた。現実と虚構が混ざり合う、最悪の戦場――『反現実(ホロウアース)』。

 

そこに、三体の「それ」が現れる。

 

モノクロの肉体に、毒々しく輝くコア。アシュド・コモン級「スライム」。三体は互いの粘液を糸のように絡み合わせ、魔力の供給経路を一本に束ねていた。一機(かずき)の天才的な頭脳は、即座にその「リンク状態」を解析する。

 

「ほう、知性なき群勢が『法』の恩恵を最大化しようとしている。非効率的だけど、この状況なら合理的だね。ボクも『テスト』を始めるとしようか!」

 

##【BATTLE START】##

鳴神(なるかみ)一機(かずき): 残マナ:5個(14.47秒) / 手札数:7枚 / 山札数:0枚 | 残りライフ:6個

スライム(3体リンク): 残マナ:10個 (5.81秒)/ 手札数:12枚 / 山札0枚 | 残りライフ:18個

彼が虚空に手を振ると、そこに黒いカードの束が投影される。

 

「よし!欲しいカードは揃ってるな!まずはこれから!」

 

一機(かずき)は即座に指先を滑らせ、青く発光する『超電力発電ラボ』を空間へと叩きつけた。

★ゾーン『超電力発電ラボ』設置★

【効果】

バトル開始時、強制的にフィールドに配置(開戦効果)。

マナを回復したプレイヤーはデッキに『感電:1』を1枚加える。

相手の攻撃宣言時、手札から相手のガイストのシンボルと同数の『感電』を破棄することで、その攻撃を無効化する。

モノクロに染まった廊下が、バキバキと音を立てて書き換えられる。床からは放電する巨大なコイルが突き出し、壁一面には高速でログが流れる演算モニターが走り出した。

 

「まずは、エネルギーの安定供給から。プロセス:初期化!」

 

鳴神(なるかみ)一機(かずき): 残マナ:2個(14.47秒) / 手札数:6枚 / 山札数:0枚 | 残りライフ:6個

スライム(3体リンク): 残マナ:10個 (5.81秒)/ 手札数:12枚 / 山札数:各0枚 | 残りライフ:18個

 

「偵察機を飛ばすよ。行け、エレキドローン!」

 

★ガイスト『超電子偵察機エレキドローン』召喚★

【効果】

コスト2を支払い召喚。BP1000 / シンボル1。

アタック時、互いのデッキに『感電:0』を1枚追加。

破壊時、自分のデッキに『感電:1』を1枚追加。

 

カードが実体化すると同時に、雷紋を刻んだ小型ドローンが放電の火花を散らして飛び出した。しかし、現実は計算通りにはいかない。アシュド側も即座に「形式」を整える。三体のスライムがうねり、その中から一つの核が肥大化した。

 

鳴神(なるかみ)一機(かずき): 残マナ:0個(14.47秒) / 手札数:5枚 / 山札数:0枚 | 残りライフ:6個

スライム(3体リンク): 残マナ:10個 (5.81秒)/ 手札数:12枚 / 山札数:各0枚 | 残りライフ:18個

 

★スライム側:ガイスト『分裂スライム』召喚★

【効果】

コスト1を支払い召喚。BP1000 / シンボル1。

ドロリとした粘液から、鎌のような腕を持つ個体が具現化する。ガイストという「形」を得たことで、初めてアシュドはルール上の「攻撃」を行使できる。

 

ガイスト『分裂スライム』:アタック宣言(マナ1消費)

 

「うおっ!? 速いな……!」

 

一機(かずき)は慌てて横に飛び退くが、確定した攻撃(アタック)の衝撃波からは逃げられない。空気を震わせる波導が、一機(かずき)の胸元を叩いた。

 

鳴神(なるかみ)一機(かずき): 残マナ:0個(14.47秒) / 手札数:5枚 / 山札数:0枚 | 残りライフ:5個

スライム(3体リンク): 残マナ:9個 (5.81秒)/ 手札数:11枚 / 山札数:各0枚 | 残りライフ:18個

 

「ぐっ……あぁぁ!」

 

鋭い痛みが脳を突き抜けた。ライフが削られる感覚は、刃物で実際に斬られたような錯覚を一機(かずき)に与える。傷口から光の粒子が散り、その負荷で膝がガクガクと震える。

 

「はぁ、はぁ……なるほど、これが『ライフ』減少の身体負荷。心拍数が跳ね上がる……計算が、乱れるな……!」

 

スライムたちは一機(かずき)の動揺を逃さない。リンクした3体の意識が加速し、波状攻撃を仕掛ける。

 

★スライム側:オーダー『粘液放出』発動★

【効果】

コスト2。相手の山札に『粘液:1』を2枚生成。

 

「しまっ――」

 

一機(かずき)の足元に黒い粘液が噴出し、自由を奪う。同時に、ホロウアースのノイズが一機(かずき)の山札そのものを侵食した。

 

鳴神(なるかみ)一機(かずき): 残マナ:0個(14.47秒) / 手札数:5枚 / 山札数:2枚 | 残りライフ:5個 | 状態異常:『粘膜:1』×2

スライム(3体リンク): 残マナ:7個 (5.81秒)/ 手札数:10枚 / 山札数:各0枚 | 残りライフ:18個

 

「足が……動かない!? 拘束とデッキ汚染を同時進行させるなんて、このアシュド、ボクの弱点をクラックしに来てる……!」

 

だが、スライムたちの「効率化」は止まらない。残るマナを使い切り、スライムBとCが連携する。

★スライム側:オーダー『体当たり』発動★

【効果】

コスト4。BP4000以下の相手ガイスト1体を破壊。

空中を舞う『エレキドローン』に向け、スライムCが巨大な砲弾と化して射出される。逃げ場のない空中で、ドローンの脆弱な装甲が粉砕された。

 

「あぁっ、ボクの偵察機が……!」

 

鳴神(なるかみ)一機(かずき): 残マナ:0個(14.47秒) / 手札数:5枚 / 山札数:3枚 | 残りライフ:5個 | 状態異常:『粘膜:1』×2/『感電:1』×1

スライム(3体リンク): 残マナ:4個 (5.81秒)/ 手札数:9枚 / 山札数:各0枚 | 残りライフ:18個

(※破壊時効果により山札に『感電:1』が1枚追加。さらに5.8秒経過によりスライム側のマナが1回復)

 

拘束された一機(かずき)に、物理的な体当たりが迫る。カード効果ではないためライフは減らないが、45キロの痩身には骨を砕くのに十分な質量。

一機(かずき)は鼻から流れる血を眼鏡で拭い、薄笑いを浮かべた。

 

「1年生には荷が重すぎる計算ミスかな? ……いいや、違う。これはまだ『閃き』の前兆に過ぎないよ!」

 

粘液にまみれ、死地を目前にしながら、一機(かずき)の黄金色の瞳は狂気にも似た知的好奇心で輝きを増していく。マナ回復まで、あと約10秒。彼はその「空白の10秒」さえも、実験データとして楽しんでいた。

 

――その熱とは対極の場所. 同じ『反現実』のどこかで、凍てつくような孤独に沈んでいる魂があった。

 

 ――まただ。

 気が付けば、周りに誰もいなくなっている。

 集団で行動するのは苦手だ。だから、いつも通り意識の端っこで「面倒だな」と思いながら歩いていただけなのに。

 教室に向かっていたはずの廊下は、いつの間にか色の抜けたノイズの海に沈んでいた。

 世界から音が消え、代わりにザラついた静電気のような音が耳の奥で鳴り続けている。

 視界に入るのは、白と黒、そして幾層にも重なる灰色(モノクローム)の階調だけ。

 

 「……何、ここ」

 

 私の呟きは、重たい空気に吸い込まれて消えた。

 足元を見ると、艶やかな黒い粘液のようなものが、影からじわりと染み出している。

 濡羽色のロングヘアーが、その「色」に共鳴するように僅かに揺れた。

 テレビの中や、VRシミュレーターの『V-ACT』で見ていた景色とは、決定的に違う。

 ここは――息苦しいほどに「冷たい」。

 無機質なモノクロの世界を、ただ彷徨う。

 行く先も、帰り道も分からない。

 

 ふと、視界の端に「人影」が見えた気がして、私は無意識に足を止めた。

 それは、石像のように固まった男女の姿だった。

 二人は、私に背を向けて、必死にどこかへ駆け出そうとしたポーズのまま静止している。

 表情は見えない。けれど、その背中からは強烈な「拒絶」の気配が漂っていた。

 

 (……ああ、知ってる。この背中)

 

 あの日の光景が、泥のように脳裏へ流れてくる。

 アシュドの咆哮。崩れる家。逃げ惑う人々。

 そして、私のすぐ隣にいたはずの「一番近くにいるべき大人たち」が、私を突き飛ばして逃げ去った、あの滑らかな動作。

 

 「……期待なんて、しなきゃよかったんだ」

 

 期待するから、裏切られる。

 信じるから、壊れる。

 だから, 私はいつの間にか、感情を動かすための「プロセス」をどこかに捨ててしまった。

 

 それなのに―――

 

 私の胸の奥には、今も消えない「熱」がこびりついている。

 背中に感じた、あの重み。

 粘液を被り、私の代わりに冷たくなっていった親友の、最後の鼓動。

 彼女は、背を向けなかった。

 逃げ去った両親とは違い、彼女だけは私を守るために、その小さな身体を投げ出した。

 

 「……バカだよね。私なんて、助ける価値もなかったのに」

 

 私は、手の中にいつの間にか握られていた「カード」をじっと見つめた。

 そこに描かれているのは、悲しげに瞳を伏せた聖女の姿。

 

 『償いの聖女』。

 

 皮肉な名前だ。

 何もできなかった、守られるばかりだった私に与えられた力が、「身代わりの盾」だなんて。

 

 でも、だからこそ決めたんだ。

 あの時、私の代わりに死んだ彼女の優しさを、私だけは踏みにじっちゃいけない。

 

 誰も守れず、親にも捨てられたこの命に価値があるとしたら。

 それは、誰かの「痛み」を肩代わりして、その人が死ぬのを防ぐことだけ。

 

 「……面倒、だけど」

 

 三白眼の瞳が、僅かに細められる。感情を殺した無表情の裏側で、私の中に眠る莫大な魔素が、静かに、そして重苦しく渦を巻き始めた。

 

 「ここには、誰もいない」

 

 虚空に吐き捨て、私は再び歩き出す。

 この不気味なモノクロの世界のどこかに、きっと「守るべき誰か」がいる予感がしたから。

 それが私の「プロセス」であり、あの日から止まったままの、私の時間の進め方。

モノクロームの静寂を切り裂いたのは、耳を塞ぎたくなるような、耳障りなハウリング音だった。

かつてどこにでもある家庭の風景を彩っていたはずの、安っぽいラジオ。それが黒い粘液の中から歪な形を成して突き出し、錆びついたスピーカーから「音」を吐き出し始める。

それはアシュドが彼女の精神を喰らうために仕掛けた、悪意のノイズ。

 

――亡き者のスピーカー。

 

…ジジ…プロセス:記憶の侵食『錆びた家族の肖像』…ジジ…

 

「…… 理央(りお)理央(りお)、聞こえてる?」

 

不意に響いたのは、聞き慣れた母親の声だった。

かつてはもっと穏やかだったはずのその声は、極貧の暮らしと絶え間ない喧嘩を経て、今はヒステリックに、そして冷酷に研ぎ澄まされている。

 

『あんたがもっと、手のかからない子だったら。……あのアシュドが来た時、あんたさえいなければ、私達はもっと楽に逃げられたのに』

「…………」

 

理央(りお)は立ち止まらない。ジト目気味の三白眼を虚空に向けたまま、ただ重い足取りで歩き続ける。

だが、スピーカーは逃がさない。今度は父親の、あの乾いた笑い声が重なる。

 

『悪いな、 理央(りお)。……責めないでくれ。人間、死ぬ間際になれば、自分より他人を愛せる奴なんていないんだ。お前だって、そうだろ? あの時、俺の背中を押して逃げようとしたのは……お前だったんじゃないのか?』

「――っ」

 

理央(りお)の心臓が、一度だけ大きく跳ねた。

それは真っ赤な嘘だ。あの日、父を突き飛ばして逃げようとしたことなんて、一度もない。

だが、その「嘘」は、彼女自身の深いところにある『私がもっと強ければ、親に愛されていたかもしれない』という、子供じみた渇望の傷口を的確に抉ってくる。

 

…ジジ…プロセス:『深掘り身代わりの正当化』…ジジ…

 

スピーカーの声は、次第にノイズを増して重なり合う。

かつての幸せだった頃の記憶。おもちゃを買ってもらった記憶。それが、最後に見せられた「背中」の映像によって、無慈悲に塗りつぶされていく。

 

『ルールのない世界では、愛なんて何の役にも立たない』

『お前は、道具として差し出されたんだよ。……俺たちの、延命のためのな』

『なのに、なんであの娘が死んで、あんたが生きてるの?』

「……うるさい。黙っててよ」

 

理央(りお)が絞り出すように呟く。

彼女の足元、影のように広がる濡羽色の粘液が、彼女の感情に呼応してドロリと波打った。

その声は、彼女の「罪悪感」そのものだ。

親友が自分の身代わりになったという事実は、裏を返せば「自分が生きるために彼女を犠牲にした」という論理に、アシュドによって都合よく変換されている。

 

『ほら、言いなさいよ、 理央(りお)。……あの子が死んでくれて、ラッキーだったって』

 

スピーカーから漏れ出す母の歪んだ笑い声。それは鼓膜を通り越し、脳の最も柔らかな部分を直接、汚れた指先で弄ぶかのように響き渡った。

 

「……っ」

理央(りお)は立ち止まる。膝が震え、周囲のモノクロームの景色にドロリとしたノイズが混じり始める。

 

『だってそうでしょう?』

 

今度は父の声が重なる。

 

『お前があの時、あの子の背中を、一歩だけ前に押し出したんじゃないのか? 自分だけが助かりたくて。……ああ、責めてるんじゃない。賢明な判断だったと言ってるんだ。お前は俺たちの娘だからな。生き残るためなら、隣にいる親友だって踏み台にする。……それが、日下(くさか) 理央(りお)だ』

「違う……。私は、そんなこと……」

 

否定の声は弱々しく、モノクロの空気に溶けていく。

視界の端で、デジタルの数値が急速に跳ね上がる。

 

■■ COLLAPSE RATE: 55% ■■

 

抉り出される「真実」の深層

スピーカーの声は、もはや実体を持った質量となって 理央(りお)にのしかかる。

脳裏に再生されるのは、あの日、親友の背中に浴びせられたアシュドの粘液の音だ。ぐちゃり、という、一生消えることのない嫌な音。

 

『あの娘が死んだ瞬間、あんた、一瞬だけ「安心」したでしょう?』

 

母の声が、かつてないほど鮮明に、 理央(りお)の心臓を握りつぶす。

 

『「自分でなくてよかった」って。その一瞬の安堵が、あんたの本当の正体。……可哀想な被害者を演じて、聖女の真似事をして。でも本当は、親友の命を糧にして生き延びた、卑怯な「生き残り」でしかないのに』

「やめて……。聞きたくない……」

 

理央(りお)は耳を塞ぎ、その場に蹲った。小柄な体躯が、さらに小さく縮こまる。

濡羽色の髪が, 周囲のノイズと混ざり合い、末端からパラパラと「色」を失って透け始めた。

 

■■ COLLAPSE RATE: 80% ■■

 

スピーカーは止まらない。今やその音は、無数の両親たちが耳元で囁き続けているかのような、悍ましい合唱へと変貌していた。

 

『さあ、認めなさい。お前の心の中には、俺たちの血が流れているんだ。……自分勝手で、臆病で、人を裏切ってでも生き延びる、汚い血が。……お前があの子を殺したんだ。お前があの子を見捨てたんだ。……お前が、お前が、お前が――!』

「あああああぁぁぁぁぁっ!!」

 

理央(りお)が絶叫する。

それは感情の起伏が小さい彼女が見せた、初めての「爆発」だった。

しかし、それは希望への咆哮ではなく、己の魂が限界を迎えた破砕音。

瞬間に、彼女の周囲の世界が「割れた」。

視界を覆っていたモノクロームが、さらに深い、漆黒のノイズに飲み込まれる。

指先に感じていたはずの体温が消え、自分が何者であったのか、どこへ行こうとしていたのか、その全ての論理がノイズの渦へと溶けていく。

 

■■ COLLAPSE RATE: 100% ■■

 

崩壊状態。

カラン、と乾いた音を立てて、彼女の手からカードが滑り落ちた。

かつて『償いの聖女』と記されていたはずのその板は、今や文字も絵柄も一切消失した、ただの**「黒い絶望」へと成り果てている。

 

「………………」

 

理央(りお)の瞳から、光が消えた。三白眼気味の目元は、もはやどこを見ているのかも分からないほど空虚に濁り、その場に力なく横たわる。立ち上がる気力も、拒絶する意思も、全てを失った抜け殻。

理央(りお)の瞳から、光が消えた。三白眼気味の目元は、もはやどこを見ているのかも分からないほど空虚に濁り、その場に力なく横たわる。立ち上がる気力も、拒絶する意思も、全てを失った抜け殻。

 

『亡き者のスピーカー』が満足げに消え去った後、モノクロームの世界には、死のような静寂が訪れていた。だが、その静寂は、すぐに新たな、そしてより根源的な恐怖によって塗りつぶされることになる。

 

――ぐちゃり。

 

不快な、湿った音が、漆黒のノイズの向こうから聞こえた。

一つではない。

 

――ぐちゃり、ドロドロ、ぐちゅ、ぐちゃ。

 

地面、壁、天井。あらゆる方向から、重粘度の液体が這い回る音が、不規則なリズムを刻みながら近づいてくる。 理央(りお)の焦点の合わない瞳の先に、闇の中から「光」が差した。

それは希望の光ではない。アシュド・コモン級「スライム」のコアが放つ、毒々しい極彩色の発光。霧の向こうから、一つ。また一つ。

 

鳴神(なるかみ)一機(かずき)を追い詰めた、あの統制された「3体」など、前座に過ぎなかった。闇の奥から滲み出るように現れたのは、十、二十……いや、数えることさえ無意味なほどの、圧倒的な物量。モノクロの世界を蹂躙する、色彩の濁流。

彼らには知性がない。リンクという形式さえ必要としない。

ただ、そこに横たわる、崩壊して防衛本能すら失った強大なマナの塊――「日下(くさか) |理央(りお)」という極上の餌を喰らう。その本能だけが、彼らを突き動かしている。

壁を埋め尽くし、天井から滴り落ち、床を津波のように埋め尽くす粘液の群勢。

 

逃げ場はない。

 

崩壊した彼女を守る聖女も、棺も、もうどこにもない。

数多の極彩色の瞳が、横たわる少女を一斉に見下ろした。

ドロリとした冷たい粘液が、 理央(りお)の指先に触れ、這い上がり、彼女の濡羽色の髪を汚していく。

恐怖すら感じられないほど空白になった脳の奥底で。

あの日、親友の背中に感じた「熱」だけが、奇跡のように、最期の残り火として灯った。

その残り火が、動くはずのない彼女の唇を、微かに戦慄かせる。

 

「……す、けて」

 

誰に届くはずもない、掠れた、小さな声。

 

「……助けて……」

 

それは、感情を捨てた少女が、最期に漏らした、人間としての未練だった。

彼女の言葉に応えるように、スライムの群れが一斉に鎌首をもたげ、崩壊した聖女を飲み込もうと、その巨体を蠢かせた―――




☆本日のカード☆
ボクの知的好奇心を加速させる演算の城、『超電力発電ラボ(ちょうでんりょくはつでんラボ)』!
使い手はもちろん、このボク、鳴神(なるかみ) 一機(かずき)さ。見た目は地味かもしれないけど、中身は超ハイテクなエネルギー・プラントだよ。

構築カードのゾーンでコストは3。しかも【開戦】カードだ。
ボクのマナレベルは4だから、初期マナは5。開始1秒でこのラボをフル稼働(ビルド)できる計算になるね。非常に効率的だと思わないかい?

このラボの効果は、ボクの戦術のコアになる「感電」の生成。
マナを回復するたびに、デッキに『感電』という名のノイズを混入させるんだ。
……あ、ちなみにこれ、リンクしている味方のデッキにも混ざっちゃうんだよね。あはは、少しだけ邪魔かもしれないけど、ボクの研究のためだと思って我慢してよ。

でも、ただのノイズじゃないよ。

相手が攻撃(アタック)してきた時、手札にある『感電』をパッチとして破棄すれば、その攻撃を無効化(キャンセル)できるんだ。ボクのエンジニアとしての防衛プロトコル、完璧だと思わないかい?

ライフも崩壊耐性も低いボクにとって、このラボはまさに生命維持装置。
脳が焼き切れる前に、どれだけのデータをクラックできるか……。

ヒィヤッハー! ゾクゾクするね!

ボクのカードについては、ひとまずここまで。
さて、次回はついに13組のイレギュラーたちが顔を合わせるのかな?
どんな未知の挙動を見せてくれるのか、ボク、今から期待値が限界突破してるよ!
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