多くのものは街に、港に、村に降りて日々を過ごす。
しかし、だからといって戦争が終わったわけではない。
彼らの戦争はまだ続いていた。
これはある傷の物語である。
▼本小説は樽見京一郎先生の著作『オルクセン王国史 ~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~』の二次創作作品です。
▼原作は3巻、漫画は6巻まで読了を推奨。また、戦後の話なので戦争の結末が分かってしまいます。気になる方はweb版を読みましょう。物語の主要メンバーは出ませんのでweb版未読でも大丈夫です。
▼5/9 一部表現と見た目の修正をしました。
「つまり、人は、かつて体験したことのない、めくるめく快感によって薬物にハマるのではなく、かねてよりずっと悩んできた苦痛が、その薬物によって一時的に消える、弱まるからハマるのです。快感ならば飽きますが、苦痛の緩和は飽きません。それどころか、自分が自分であるために手放せないものになるはずです。」
――酒をやめられない文学研究者とタバコをやめられない精神科医が本気で語り明かした依存症の話
「うむ、発育は良好ですな。元気なオークに育つでしょう」
オークの男が赤子を母親に返すと腕からそっくりその重さが消えた。自分を見ていたドングリのような目はさっと母親に移り、どこか少し安心した心地になる。そうですか、と安心した吐息と一緒に母親は抱き抱えた。
「では、インプフストッフをするので腕を出してください」
「はい。しかし、その、インプフストッフ、というものは大丈夫なのでしょうか」
男ーーカール・メイヤーはこれまで何遍となく繰り返してきた説明を一字一句繰り返した。かの王の治世によってこの国に科学が広く行き渡ったとは言え、見知らぬものへの抵抗はまだある。それがこの辺境の田舎、そして我が子に異物を注射するというインプフストッフーー国が「予防接種」と名付けたものーーへの忌避感はまだまだ根強い。カール自身、最近になるまで眉唾ではと思っていたのだ。
彼の説明に眉間への皺を深める母親に、カールは必殺の文句を差し込んだ。
「安心してください。我らが王も打っております。そして益々意気軒昂ですよ」
その言葉に母親も安心し、ようやく接種の体勢が整った。コボルト種の看護師から消毒綿を受け取り、赤子の桃のように柔らかな肌を濡らす。そして注射器でキャメロットではワクチンと呼ばれることになるそれを打った。
その子は何をされたか分からずキョトンとして、母親に服を整えられている。泣かなかったこの子は強い子になるな、と思う。いくつかの注意点を口頭で述べ、次の健診日を決めてから母親とその子は帰って行った。
看護師が器具を片付け次の患者を呼ぶ準備をする間、カールはカルテを書き記していく。
終戦から2年を間近に控えて、この田舎も戦後の喜び、つまり出産ラッシュを迎えていた。オーク族だけで3人、コボルト族なども含めると10人以上の子供がこの村に生まれた。嬉しい反面、子供を専門としていなかったカールは慌てて首都から産婦人科と小児科の教科書を購入して徹夜する羽目になった。
ペンよりも太い指で万年筆を器用に操りながら、カールは嬉しい苦労だと苦笑した。
学生の頃は産科や小児科の何がいいのか、カールには分からなかった。けれど実地で体験するとあの熱心になる先生たちの気持ちも分かった。少し見ないだけですくすくと成長していく子供達、親子の仲睦まじい様子を見守ること、何より、失われ欠損するものを補うのでなく新たにこの世に産まれた命を守り抜く充実感は、カールの医師人生を通してもあまり巡り会えぬものであった。
そう、ただ失われ、破壊されて、抵抗すらできなかった地獄とは、違うのだ。
「先生、準備できました」
看護師の声に物思いから立ち直る。白い毛並みが美しいテリア種の女性だ。テリア種特有の無表情さがあるが、ちゃめっ気が強く、ふとした時に見せる笑顔が可愛らしい、患者たちからも人気の女性だった。
「ああ、ありがとう。次の方を呼んでくれ」
「うむ、血圧も安定している。発作もないかな」
金属製の聴診器を机に置き、妙齢のコボルト種夫人、マリーが服を着直す。首都ではゴム管の精度の良い聴診器があるのだが、この田舎では前の医者から引き継いだ古い筒状の聴診器しかない。
「ええ。この一月は」
「それはよかった」
患者の容態が安定していることは医者として喜ばしい。
「しかしですねぇ」
カールはその言葉に身構える。可能性は二つ。一つは気になる症状があること。もう一つは、この婦人の場合ーー
「夫が相変わらずなのです。昼間から飲んだくれ、ろくに仕事にも行かないのですよ」
マリーの夫、ローターへの愚痴である。そうですか、とカールは持ち前の穏やかな笑みを浮かべつつ、内心ため息をついた。このあとの診察は彼女の愚痴の問診となるだろう。幸い、待合に患者がいないので少しは付き合える。
「こないだ、仕事を見つけたとおっしゃっていましたが」
「それなのですよ。郊外の工場で雇ってもらえたのですが、1週間で辞めてしまったのです。なんでも音がうるさ過ぎる、と」
日々の鬱憤を受け止めることも町医者の仕事だよ、とはこの医院の前院長の言葉だった。高齢のレトリバー種で、お世辞にも医学に詳しいわけではなかったが、その人柄に多くを学んだ人だった。戦後、食い扶持を探していたところで友人の紹介があり、体調不良で後釜を探していた彼からこの医院を引き継いだ。一緒に診察したのは数ヶ月程度であり、その後すぐ亡くなってしまったが、今のカールを形作った人物でもあった。
まあ、周囲の村人からは「待ち時間が長い」とよく愚痴られていたが。
「コボルト族は聴覚が優れてますからね」
「でも、他にも働いているコボルトはいるのです。まったく、主人は戦時中は勇敢だったらしいですが、今となっては腑抜けでしようがありません」
それは違う、と言いたくなった言葉をぐっと飲み込む。少し表情が固くなるが、婦人は気付かなかった。
話は夫のことから子供のこと、周囲の噂話、政治のあれこれへと移り変わって行った。うんうん、と愛想よく頷きながら、そろそろ止めるべきかと思っていた時だった。
「先生!」
医院内に声が響いた。看護師のものではない。つまりは、この医院に訪れた誰かのもの、患者のものだ。
カールの笑みが引っ込み目が気色ばむ。備品室で待機していた看護師もこちらに来て目を合わせた。
「失礼」
婦人に断りを入れてから看護師と玄関へと急いだ。
待合のむこう、扉を開けて入ってきていたのは大柄の項垂れた男オークとそれを抱えるオークたちだ。肩を貸す女オークには見覚えがあった。もう片脇で支えるオークともども農作業着で、担ぎ込まれたオークだけが部屋着と異質だ。
それも、その部屋着は真っ赤に染まっている。
「フランシスカさん、どうされましたか!」
フランシスカと呼ばれた女オークの代わりにカールは項垂れる患者を担いだ。彼女は困惑ぎみの複雑な面持ちで答えた。
「野良作業の昼休みに、家に戻ったら旦那が倒れていたのです。いつもの酒で倒れているのかと思ったら、夫が血まみれで……」
「わかりました。とにかく中へ!」
連れてこられた彼女の夫、ハーマンを診察室のベッドへと寝かす。
「処置をしますので、皆さんは待合でお待ちください」
カールは一瞥だけして言うと、素早く診察に移った。こちらへ、と看護師が連れ添いを案内する。こう言う時は彼女が頼もしい。
外観の視診、血圧測定、脈を取る。服の血は左腕部を中心に腹部、大腿部まで広がっている。血圧は、高血圧気味なハーマンのことを考えれば低めで徐脈傾向だ。明らかにこれだけの出血があった時のバイタルではない。
そして服を脱がし、確信する。生乾きの血の汚れはあるけれど、どこにも出血源は見られないのだ。担ぎ込まれた時から床に血痕が落ちていないこともカールには不思議であった。
しかし、これはどこかで似たような状況を経験したことがある。脳裏をカリカリと牙が掻く。
「先生」
連れ添いたちの案内を終え、諸々の処置具を持ってきた看護師が声をかける。
「奥様から、こんなものが落ちていたと」
厚手の麻布に包まれていたのは、3本の封を開けられたアンプルと注射器であった。よもや、とアンプルの一つを取り鼻を立てると、カールの目が見開いた。
その独特のエーテル臭と薬草の清涼な香りを、生涯忘れることなどあるだろうか。
「エリクシエル剤……!」
そうともなればこの状況にも納得ができる。改めてハーマンを診察すると、やはり、左手首に刃物で切ったような真新しい切り傷があった。けれど傷を埋めた肉は真新しく、見るものが見ればエリクシエル剤による急速回復の肉芽形成だと分かる。
ここまで状況証拠が整えば診断は簡単だ。だが、とカールは眉間を深めた。
難しいのはここからだ。
点滴を刺し、看護師に容体を定期的に確認するよう指示を出す。
診察室を出たカールはフランシスカ夫人を呼び出した。彼女は待合で連れ添ったオークだけでなく、コボルト夫人のマリーと喋り込んでいた。大きくない村なので皆と顔見知りといえばそうなのだが、彼女たちはそれだけではない繋がりがあるのだ。
別の診察室へとフランシスカを案内する。連れ添いも入ろうとしたが、カールは「奥様だけで」と断った。
「それで、夫は……」
婦人の不安そうな声にカールは努めて穏やかに状況を伝えた。
「奥さん、まずは旦那さんの容体は安定していますのでご安心ください」
ほう、とようやく彼女は息を吐けた。
「ただ」とカールは続ける。
「彼はエリクシエル剤を大量摂取したようなのです」
途端、彼女の表情は混乱を極めた。エリクシエル剤が重症者に使うことは市井の人々にもよく知られていることだ。だから、彼が何故そうしたのか分からないのだろう。
カールは順を追って説明した。
「エリクシエル剤を大量摂取しますと、意識の混濁、血圧の低下、脈拍の低下などを来します。旦那さんの状態はまさにこれらの症状です。これは酒を飲んで倒れている時にも近いですから、奥様が泥酔していたと思われたのも無理ありません。このエリクシエル剤の中毒症状は人間であればまだしも、我々オークであれば、点滴をして横になれば、自然とその症状は抜けて改善していくでしょう」
「それはよかったです。しかし、何故夫はそんなことを」
それは当然だ、とカールは頷いた。
「彼の腕には真新しい切り傷がありました。おそらく深く傷付いたので大量出血となったのでしょう」
「手首に傷?」
「ええ、そして恐らくは、ご自身で」
婦人は最初驚愕し、困惑し、そしてどこか軽蔑を秘めた瞳で「なんで」と呟いた。
魔族には優れたタフネスと長い寿命、低い出生率がある。それゆえにどこか楽観的で、親兄弟を大事とし、時間を無駄にしても命を無駄にすることへの抵抗感を持つ、種族的なきらいがある。
だからこそ、自ら死を選ぶというのは魔族にとってとんでもないことであり、特に誇りと武勇を尊ぶオーク族にとっては、その状況への納得がなければ一族の恥とも言えるものなのだ。
ハーマンの容体を妻だけに話したのは正解だったとカールは改めて確信した。
「何故そうしたかは、私にはとても。しかし状況的にはそうとしか言えません」
「……夫は、いつ頃良くなるのでしょうか」
「確実にいつ、とはいえませんが、今日一日中にはおそらく」
「そうですか」
そう言って婦人は大きなため息を吐いた。重く、真綿のような吐息に喉を締め付けられる感覚に襲われて、カールは思わず言葉を続けてしまった。
「ですがこのエリクシエル剤は正規品ではないでしょう。どんな不純物が入っているか分かりません。ひとまず、意識が回復しても今日一晩は入院していただきます」
「わかりました」
それならば、と婦人の肩は少し軽くなったようであった。
「ひとまずは泥酔して転んでしまった。その拍子にビンかなんかで傷付いたのだと、そう説明するのが良いでしょう」
「ええ、そうせていただきます。先生、ありがとうございました」
席を立ち、婦人が深々と礼をする。いえ、と応えるカールの面持ちはとこか晴れない。
診察室を出ると、フランシスカにマリーが寄ってきた。
「どうだったの」
「先生は大丈夫だっておっしゃってくださったわ。お酒の飲み過ぎで転んでしまったみたい。大事をとって入院だけど」
苦笑まじりで軽口を返すフランシスカ婦人にマリー婦人はまあ、と口元を手で隠す。先ほどまでの神妙な表情はどこかへ吹き飛び、その役者ぶりにカールは舌を巻き、恐ろしくなった。医者も演技をすることはあるが、彼女ほどではない。
「あなたのところもそうなのね」
今度はマリーがふんと鼻を鳴らした。
「うちのも仕事に行かず、夜にはフラフラになって帰ってくるのよ」
「あら、外で飲んでくるのね。うちは家でずうっと管を巻いているの。おかげで帰るのがやになるわ。遅くまで飲んでるから、私まで睡眠不足よ」
「まったくだわ。戦争では活躍しただの言われてるらしいけど、ウチでは子供の方がよく働くわ」
彼女たちの笑い声にカールは目を落とした。2人はただこの村の住人というわけではない。従軍した夫を持ち、しかし今はろくに仕事をしない夫の代わりに家庭を切り盛りする苦労人という共通点は2人を強く結びつけていた。
彼女たちの言葉にカールも反論したいわけではない。事実、女手で家を守るということを想像すればその苦労も偲ばれる。けれども全く頷くということもできないのは、カール自身があの戦争を生きて帰ったからであり、彼女たち夫の人となりをよく知るからであった。
診療を終えたカールは一度家に戻り、身支度を整え軽い夕食を取ってから妻に「今日は泊まる」と伝えた。小さい村だ、すでにハーマンのことを聞いていたのだろう。妻は小さな息子を抱きながら「わかりました」となんの恨み言もなく自分を送り出してくれた。こんな田舎まで着いてきて、文句の一つも言わずに家事炊事のみならず、人付き合いまでこなす彼女には感謝しかない。
診療所に戻り、看護師からのハーマンの様子を聞く。すでにハーマンは意識を戻しており、まだ休ませているところだという。引き継ぎを終えると彼女を家に帰した。彼女にも家庭がある。よほどのことでない限り、夜間の担当は自分がすることになっている。
ハーマンの診察をする。容体は安定しており、ただ、まだぼんやりとしているぐらいだ。隣の部屋にいると伝え、カールは部屋を出た。
日中の溜まったカルテの整理をしながら、カールは今日のことを振り返った。
おそらくハーマンはもう帰して良いだろう。今日中には、という言葉はその通りになった。しかし、自分はもう一日余計にここにいろ、と夫人に言った。余計に治療費をせしめたいわけではない。思わず突いて出た言葉の意味をカールはまだわからないでいた。
物思いに止まった手をまた動かす。
カルテをまとめてしまい、ハーマンの様子を見にいく。オイルランプの薫る光に、彼はベッドの上でぼうと目を開けていた。少し痩せた頬の渓谷に闇が深々と刻まれていた。
「お加減はいかがですか」
椅子を引っ張ってきてハーマンの近くに腰掛けた。チラリとこちらを見遣り、ハーマンは体を起こした。点滴はすでに抜けていて、体は自由だ。
「おかげさんで。ちょいと飲み過ぎちまいまして、先生にはご迷惑をかけちまいましたね」
へへへ、と媚び諂うように頭を掻いた。彼の大酒飲みは知っているし、肝臓や血圧の具合を診るために何度も診察している。彼はまだ、泥酔して倒れたのだと装っていた。
カールは表情を動かさず、彼の妻から預かったアンプルを取り出した。軽薄な笑みはサッと消えた。彼もことの問題を理解しているようだ。
「どうして、これを」
ハーマンは俯いた。掛け布団を太い指が握りしめている。あの屈強で勇敢な男が、こんなにも小さく見えることにカールはあまりにも憐れだと胃が締め付けられた。けれど、医師としてこの薬の出所を探らねばならない。鍛え上げた表情筋は、一切の揺らぎを見せなかった。
「どうしてこれを」
同じように尋ね、沈黙がおり、しばししてハーマンは観念したようにぼそぼそと話し始めた。
「……こないだ、酒場で飲んだ時に見慣れないやつから買ったんだ。こいつを打てば気持ちよくなれる、と。最初は断ったんだが、かなりまけてくれたからよ、それで買っちまったんだ。その日は使わなかったけど、今日、酔った勢いでやっちまったんだ」
彼が見知らぬという人物であれば、おそらく流れ者だろう。カールはもう少しその人物の様相を聞き出した。こうやって売り歩いているやつに違いない。酒場には注意を伝えなければと決める。
「なぜ、手首を切ったのだ?」
「そいつの話だと、身体の傷がないと効果は出ないんだと。それは俺もわかるんでさぁ」
「なるほど」
それはカールにも覚えがあった。エリクシエル剤の恍惚感は魔力が作用していなければ発現しない。怪我のない状態でエリクシエル剤を使っても少し度の強い独特な香りのするやたらに高い酒に過ぎない。軽い酩酊を引き起こす程度だ。
しかし、だからとそうやって身を傷付けることがカールには理解できなかった。
少しの気まずい沈黙ののち、カールが「なぜ」と声をかけた。
「なぜエリクシエル剤を使おうと決めたんだ」
「なぜって……」
ハーマンは繰り返して言って、反芻するように俯いた。
「酒だけじゃあ、ダメみたいなんでさあ」
「……」
「酒がなきゃ眠れない。先生がくれた薬も効きやしない。うとうとと微睡んで、でも、それまでなんですよ。そうじゃないってわかっているのに体は塹壕の中にいるみたいで、少しの物音で起きちまうんです。風が窓を叩いたり、暖炉の爆ぜる音で。自分がいるのは自宅の柔らけえソファだっていうのは、分かっているんですけどね。
今日はとても耐えられなかった。朝日と妻の声で頭が万力で締め付けられるみてえにキツかったんです。どうにかして、どうにかして眠りたくて、それで……」
「……そんな、ことで」
絶句した。ハーマンはただ眠れないがためにエリクシエル剤に手を伸ばしたのだ。
睡眠障害というものの辛さをカールだってわかっている。試験前、そして戦時中の、体が泥のように疲れているのに脳が冴えて眠れないときの辛さを何度も味わってきたのだ。酒に頼ったこともある。それでも、だからといってエリクシエル剤に手を伸ばそうとは考えたこともなかった。
へへ、とまた諂って笑うハーマンにカールは怒りを通り越して憐憫を覚えた。あの勇猛だった兵士が、不眠のために侵さなくてもいい危険を冒してこんな風に笑っていることがカールには耐えられなかった。
ああ、と心に呟く。自分が彼をここに留め置いた理由が分かった。
もしこのまま家に帰せば、間違いなく妻からの叱責をもらうだろう。それは当然だけれど、今の彼を思えばあまりにも惨い仕打ちにカールは感じていたのだ。戦場帰りのこの男はまだ、戦場にいるのだ。戦場の傷によって不具となって今ここにいるのだと直感した。しかし、カールにはその不具がどんな具合のものか、どんな名前のものかまではわからなかった。
彼の人間性がハーマンという男への同情を感じ取って、そうせしめたに過ぎない。
しかし、そうと分かっても現実は進行している。カールがしたことは流れを一瞬だけ止めたに過ぎない。そして医者はその流れを再び進め、必要な方向へと導くことをしなければならない。
「……眠れないのなら、ぜひ診察に来てくれ。君の肝臓も心配だ」
けれど、導くべき方向が見えないカールには、これが限界であった。
「すみません」
「頼むから、くれぐれもまた使おうと思わないでくれ。その前に私に相談してほしい」
カールは頭を下げる姿に、ハーマンは目を見開いて恥じ入るように項垂れた。
「……へい」
がたがたと風で窓枠が鳴った。どうも雲行きは怪しいみたいだ。
注釈
・エリクシエル剤についてはかなり独自設定を盛りました。しかし、過去の歴史を紐解いても戦後、鎮痛薬が乱用される例に暇はありません。
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