GATE 国防軍 彼の地にて〝最高〟とともに戦えり 作:びよんど
何者にも縛られないって話です。
不定期更新です。
『Ho-jo to-ha! Ho-jo to-ha! Hei-a ha! Hei-a ha!』
死の狂騒曲。
宮廷での生活で様々な音楽に接する機会があったが、ピニャはあれほどまでに美しく荘厳な演奏を耳にしたことがなかった。
ホルン、ファゴット、様々な管弦の音色と、歌手の大音声が戦場を満たし、死への伴奏を叩きつけていく。
交響楽団の名演奏をエンドレスに編集されたそれは、最も盛り上がる場面を繰り返し、繰り返しピニャの耳に流し込んでいった。
『Ho-jo to-ha! Ho-jo to-ha! Hei-a ha! Hei-a ha!』
ピニャは、氷の剣を背筋に突き立てられたような身震いを感じていた。
あらゆるものが一瞬のうちに、人の手で逆らうことの許されない絶対的な暴力によって叩き潰されていく。
感動、負の方向への感動と、正の方向への感動。
……その入り混じった交錯が、彼女の肉体と精神を激しく揺さぶる。
『Ho-jo to-ha! Ho-jo to-ha! Hei-a ha! Hei-a ha!』
ピニャの魂魄が、左右からの鉄の連打を受けて打ちのめされる。
人とはなんと無価値で、無意味なのかと、絶対的な無力感を突きつけられた。
『Hei-a ha!――――Hei-a ha!――――』
これまで敵と言えば、等身大の存在であった。
だが、
正視することの許されない、だが目を逸らすことすら許されない何か。
『Ha! ha! ha! ha! ha! ha! ha! ha! ha! ha! ha! ha! ha! ha! ha! ha! ha! ha! ha! ha! ha! ha! ha! ha! ha! ha! ha! ha! ha!』
ワルキューレの嘲笑と呼ばれる歌詞を歌い上げる女声に、ピニャは徹底的に打ちのめされた。
誇りも名誉も彼女が価値あるものとして頼ってきた全てのものが、一瞬のうちに否定された。
ピニャは涙を流しながら確かに女神からの蔑みを感じた。と同時に、自分を遥かに凌駕する偉大なるものの存在を知った。
強大なもの。
眩しきもの。
彼女の心に湧き上がったのは尊敬であり、畏敬の念。
そして、それら
お前は決してそれらのようにはなれないのだと突き放してくる宣告。
かつて、ピニャの将来を定めたと言える歌劇を見た時の憧れと感動が、この時ことごとく塗りつぶされてしまったのだ。
<<< 城塞都市イタリカ >>>
そして現在に至る。
ピニャは、イタミ、ロゥリィ、テュカ、レレイ、そしてキングの五人を前にして、語りかけるべき言葉が見つからず窮していた。
「(なんだこの惨めさは。勝利の高揚感もない……)」
昨日はこの五人を謁見して、高みから協力を命じる立場だった。
背もたれに体を預け、典雅に茶など喫しながら、重要なはずの問題をまるで些細な雑用仕事でも扱うかのように臣下に結論から突きつける。
それがピニャの、宮廷貴族の考える優雅な仕事の進め方なのである。
昨日は、そこまでとは言わなかったが、それに近い態度を取ることが出来た。
「(これではまるで、敗残者ではないか……)」
確かに盗賊は撃退できた。
市民達は勝利と生き残ったことを素直に喜んでいる。
無論、失われた命を悼み、家族を亡くした悲しみを乗り越えるのにも時間が必要だろう。
街や荒廃した集落の再建も難題だ。
だが、身近な者が命を賭して得た勝利だからこそ、今は喜ぶべきなのだ。
悲しむばかりでは彼らが頑張った甲斐がないではないか。
その意味では、ピニャも勝利者の側にいて勝利を喜ぶべきなのだ。
……なのだが、この惨めな気分によって徹底的に打ちのめされていた。
「(……当然だな。勝利したのは敵であるはずの
不当にも神聖なアルヌスを土足で占拠し続けるこの敵は、鋼鉄の天馬を駆使し、大地に氷山を顕現させ、大地を焼き払う強大な魔導をもって、ピニャが手を焼いた盗賊らを瞬く間に滅却してしまったのだ。
今、彼らがピニャに対して、そしてイタリカに対して牙を剥いたら、彼女にはどうすることも出来ないだろう。
帝国の皇女とフォルマル伯爵家公女ミュイは揃って虜囚となり、帝都を支える穀倉地帯は敵のものとなる。
住民達はどうするだろうか?
……抵抗するだろうか?
「(……いや、民は単純だ。コクボウグンを歓喜の声で迎えるだろう。民の話を鵜呑みにするならば、失った目鼻耳や手足を元通り再生させる破格の神官がおるらしいし、現にこのイタリカの街から怪我人が段々といなくなっておるようにも思える)」
もし彼らが開城を迫った場合、取り縋って慈悲を請い、自らとミュイの安堵を願い出る必要がある。
だが、敵に頭を下げるなどピニャのプライドが許さない。
ギッと奥歯を噛み締めた。
「(ああ、今の妾なら、どんな屈辱的な要求にも屈してしまうかも……)」
足の甲にキスをしろと命じられれば、喜んでその通りにしてしまうかもしれない。
……それほどまでにピニャの心はへし折られていた。
ピニャは、イタミらが要求を突きつけてくるのを恐る恐る待っていた。待っているつもりだった。
だが、次第に視界が彩りを取り戻して、ピニャに現実の風景を示し始める。
耳が周囲の音声を集めて、ピニャの意識へと届け始めた。
「捕虜の権利は我が方にあるものと心得ていただきたい」
レレイが、ピニャの傍らに立つハミルトンの言葉をケングン一等陸佐に通訳していた。
レレイとケングン一佐のすぐ後ろにはキングがおり、レレイの言葉に齟齬がないかをそれとなく確認し、問題がないことを表す無反応によってケングン一佐の言葉を促した。
「イタリカの復興に労働力が必要という貴女の意見は了解した。それがこちらの慣習なのだろうが、せめて
「ジンドウテキという言葉の意味がよく分からぬが……」
「それは……キング」
「俺から説明させてもらいます。人道的とは、つまるところ友人、知人に対するように無碍に扱わないでもらいたいと言うことです。罪を憎んでも人までは憎まないという我々の思想の一つなんですよ」
考えあぐねいているレレイの代わりにキングが人道的という言葉の意味を伝えた。
だが、その説明にハミルトンは眉を寄せるばかりだ。
「友人、知人が村や街を襲い、あまつさえ略奪などするものかッ!」
「……よかろう」
声を荒らげ怒鳴りかけたハミルトンを制するように、ピニャは声をかけた。
「努めて過酷に扱わないようにしよう。此度の勝利、そなたらの貢献著しいものがあるからな」
ハミルトンも、これまでずうっと黙していたピニャが口を開いたことに安堵したようである。
レレイとケングンがボソボソと言葉を交わし、レレイが通訳した言葉を伝える。
「そのような意味で解していただければよろしい」
「(とは言うものの、この男は何者だ?……イタミと同じ格好だが、明らかに格が違う)」
その自信に満ちあふれた態度から察するに、コクボウグンの長なのだろう。
気が付くと、ピニャは伯爵家の領主代行として気怠そうに椅子に腰掛けている。
隣にはフォルマル伯爵公女ミュイが執事とメイド長に挟まれて腰掛けていた。
喋っていたのはハミルトン。
彼らと交渉し、意見を述べ、要求を聞き入れて物事を決定していたのは彼女のようであった。
「ああピニャ様。お心戻られましたか。ご心配いたしました」
「すまないハミルトン。一体どうなっている?」
そして、この場で決しようとしている内容を、再度確認するようにと指図した。
「では、今一度条件の確認を―――」
ハミルトンは朗々と歌い上げるようにして、条件を挙げていく。
ひとつ、コクボウグンは、此度の戦いで得た捕虜から、任意で三〜五名を選んで連れ帰るものとする。
ふたつ、フォルマル伯爵家ならびに帝国皇女ピニャ・コ・ラーダは、唯一国からの皇帝ならびに元老院に対する使節を仲介し、その滞在と往来における無事を保障する役務を負う。
みっつ、コクボウグンの後見するアルヌス協同生活組合は今後フォルマル伯爵領内とイタリカ市内で行う交易において関税、売上、金銭の両替等に負荷される各種の租税一切を免除される。
よっつ、以上の協約発効後、コクボウグンは可及的かつ速やかにフォルマル伯爵領を退去するものとする。ただし小規模の隊、及びアルヌス協同生活組合については、今後も領内往来の自由を保障する。
いつつ、この協定は一年間有効。なれど双方異存申し立てない時は、自動的に更新されるものとする。
要約すると、上記の通りである。
ハミルトンは、羊皮紙に書き込まれた文章を読み上げるとピニャの前に差し出した。
「(……なんだこれは?勝者の権利を殆ど求めていない。こんなもので良いというのか、コクボウグンは?)」
この文言には、さしものピニャも呆気に取られた。
帝国側にとって悪条件という意味ではない。
……むしろ一方的なまでの好条件が引き出されたことに、頭で思い描いた予想との乖離に驚きを露わにしていた。
「(人を見る目には多少の自信はあったが、ハミルトン・ウノ・ロー、こいつにここまでの交渉能力があったとは見抜けなんだ。外務局あたりに知られれば引き抜かれるやもしれん。早めに手を打っておくか……)」
ピニャはそんなことを考えつつ、羊皮紙の末尾にサインをして、封蝋に指輪印を押捺した。
隣席に、お行儀よく腰掛けているミュイ伯爵公女にもサインと捺印が求められた。
ハミルトンがケングンの前に出て、羊皮紙を差し出す。
これをレレイとテュカ、それとキングが確認して頷いたのを見て、ケングンは共通語で署名を書き込む。
ロゥリィは何故かキングからそっぽを向いて不機嫌そうにしていたが、どうしてかはよく分からない。
協約書は二通作成する。
二通目の作成中に、ピニャの手元に一通目が戻ってきた。
「(……なんともカクカクした文字だな)」
国防軍との協定締結は、思いのほかすんなりと完了した。
……しかしまさか、協定を締結したその日のうちに協定破りをしてしまうことになるとは、この時のピニャは思いもしなかったのである。
「いやはや、怪我人の治癒に手間取ってる間にもう夕暮れ時じゃないッスかぁ。やだよホントにぃ〜!」
「……お別れに時間をかけすぎた」
やぁ俺はキング。今はアレーティアと一緒にダッシュしている真っ最中だぉ!
地上最強の男だとか何とか言われてるけど、怪我人の治癒とその怪我人からの感謝のお言葉を拝聴している間にイタミさん達に置いていかれたポンコツな男さ!
……いや、置いていかれたは語弊だな。
正確には
「……レイタロウも大概お人好し。明らかに急を要する感じじゃない人にも治癒を施してた」
「立つ鳥跡を濁さずっていう言葉があってね。ヒーロー的なことをしたんだから、それを全うしなくちゃならないって心理が働いてさ。……ま、職業病みたいなもんだね」
「……私も治癒が使えて良かった。崇め給え」フンスッ
「ホンット、色々と感謝してるよアレーティアにはぁ」
調印式っぽいのが終わった後、ケングンさん率いる第四戦闘団が捕虜を連れてさっさと帰ったり、レレイちゃん達が商人相手に商売をしている間に、俺とアレーティア、クロカワさんは怪我人の治療に当たっていたのだ。
しかしここで一つの誤算が生じる。
……俺の簡易診療所の評判が瞬く間にイタリカ中に広がってしまい、あれよあれよと言う間に色んな怪我や障害を負った患者さんが集まって混雑してしまったの。
その数、ピーク時には100人は超えていたと思う。
当然三人だけで回せる量じゃなかったんだけど、不幸ってのは立て続けに起こるものだ。
レレイちゃん達の商談が纏まったことで滞在する理由もなくなり、クロカワさんはイタミさんの隊とともに泣く泣く帰還することとなってしまったことだ。
でもね、引き留めるのは流石に忍ばれたからイタミさん達にこう言って差し上げたんですよ。
帰りの道は分かるから、走って追いつきますよってね。
で、冒頭に至るってワケ。
「アレーティア、この道で合ってるよねぇ?」
「……大丈夫。ここは一度通ってる道―――ん?」
「ん、どしたのアレーティ―――ん?」
なんだ、ちょうど向こうから馬に乗った騎士みたいな人達が……んん?みんな女の子、なのかぁ?
あぁ間違いない。揃いも揃って美形どころの女の子ばかりだ。○塚か、それともベ○ばらでも演るのかな?
……普通に考えて、お姫様の騎士団だよね多分。
「……あの赤毛の姫様の騎士団?」
「多分ね。もしかしたらイタミさん達ともすれ違ったんじゃない?」
なら、刺激しないに越したことはないな。
一応敵国の騎士団なワケだし、あの剣呑とした表情を見るに、衝突はなかったにせよ相当ピリついた状況になっていたかもだし。
あ、もうあんな近くまで―――
「……あ"?」
……馬に跨る縦巻きロールの女騎士が握り込む、おそらくは罪人なんかを捕縛するための荒縄の先端を目撃し、俺は言葉を失った。
その人はあまりにも見知った、先にアルヌスへ帰っていったはずの知人……全身擦り傷だらけのボロボロなイタミさんその人であった。
「止まれ!……貴様ら、どこに行こうとしている!?」
ここまで無理矢理歩かされて体力の限界が来たのか、騎士団の停止とともにイタミさんは膝から崩れ落ちた。
……まずいな、見た目より酷い状態だ。
「おい、こちらの問いに答えろ!……貴様らは一体どこから来た!?」
「(……レイタロウ?)」
イタミさんに遠隔で治癒を施す。
外傷は後でどうにかするとして、取り敢えず命の危機は去ったと断言できる。
良かった良かった―――
「貴様らぁ……もしや先程の臆病者どもの仲間か!?」
「沈黙は肯定と見做す!」
「パナシュ、奴ら見るからに怪しいわ。さっさと捕縛してピニャ殿下にご報告しなけれ―――」
……思えば、異世界の敵の指揮官を捕縛した辺りから、ボーゼス・コ・パレスティーほか薔薇騎士団の過ちは始まっていたのかもしれない。
「けれ、けれ、ければ、ば、ば……!!?」
「ボーゼス、どうし、た……!!?」
同僚であるボーゼスの呂律の回らなさに疑問を抱いたパナシュは、彼女の視線の先……エルフの大男を見やった。
そして、その軽率な判断をすぐに悔いることになる。
先程まで、そこには確かに、エルフの大男がいた。
……が、今はどうだ?
この世のものとは思えない、グロテスクな異音と勇猛なる爆音を交互に響かせながら白い蒸気を全身から吐き出し続けている。
耳を澄ませば、馬のいななき、
外界より伝わるあらゆる音が、鳴りを潜めていた。
「ぁ……ぁあ……ッ」
こちら側から唯一聞こえてきたのは、畏怖の感情のみ。
やがて、蒸気によって作られた霧が晴れていく。
「…………………ぁ」
ついさっきまで、普通の人肌でしかなかったソレが黒く変色し、古代龍の鱗のように硬く鋭く逆立っている。
背鰭のような特徴的な髪型は本物の背鰭のように変質し、さながら
体の節々から漏れ出る眩いばかりの白銀の光は、恐怖に竦みながらもなお彼女達の心を虜にするほどの蠱惑に満ちていた。目を離すことは許されない。
どうやって生やしたのか長大な尻尾が生成されており、もはやエルフの大男がエルフの枠組みを超えた怪異であることは、誰の目から見ても明らかであった。
なのに、誰も挑もうとはしない。
体中の穴という穴から水分を垂れ流し、呆然としている。
中には落馬し、お小水を地面に伝わらせる者までいた。
無論、騎馬は一様に微動だにしなかった。
文句の付けようのない実質的な無条件降伏であった。
……否、それが正解である。
今の彼に挑もうとすること自体が間違いであり、こと生存に重きを置いた場合、彼女達薔薇騎士団の無抵抗こそが最も正解に近い選択肢なのだから。
何せそこには―――抗うことの出来ない圧倒的なまでの〝絶望〟が屹立していたのだから。
「……すみません。そこで縄に繋がれて倒れている男性は俺の仲間な―――うぉ!!?」
その〝絶望〟から声を掛けられた。
それだけで、彼女達薔薇騎士団の強靭な精神力を砕き割るには十分であった。
堰を切ったように、あるいは糸の切れた人形のようにバタンバタンと倒れ込む騎士達と騎馬。
馬はことごとく息絶え、騎士達はなんとか息をしているようだったが、皆例外なく白目を剥いて泡を吹いていた。
「……あ、やっべ。いつの間に変身してたんだ俺!?うあぁぁぁやっちまったぁぁ!!」
「……相変わらず、その姿には慣れない」
その場に立っていられたのは、冷や汗で額をぐっしょり濡らしていた金髪の美女と、エルフに擬態していた大男風の怪異のみであった。
朦朧とする意識の中、ボーゼスが最後に見た光景である。
薔薇騎士団、早々に成敗されるの回。
……感想・評価がないと張り合いがないですね。