ブラブラと散策し続けていること数時間。すでに時刻は午後の一時を回っており、お腹が空いた私たちは近くにあったチェーンのハンバーガー店に立ち寄っていた。
「アタシはチーズバーガーとバニラシェイク、あとポテトかなぁ。ステラは?」
「うーん。私も同じにしようかな」
店内に入ってすぐに置いてあるタッチパネルに二人並んで立ち、ピッ、ピッと指で触って注文を追加していく。何が食べたい、といったものがあんまり決まって無かった私はミレイさんの注文と同じモノを頼むことにした。
注文終了後、ミレイさんに支払いをしてもらい出てきたレシートと受け取り番号の書かれた紙を受け取る。もちろん、ミレイさんに奢ってもらったとかではなく、キャッシュレス専用のレジであったから彼女に私の分の支払いもしてもらっただけだ。
すぐに財布から現金を取り出し、彼女に手渡した。若干、彼女は受け取りを抵抗しようとするが、気にしない。無理矢理にでも手に握りこませた。
「7113番のお客様~」
「あ、呼ばれた」
暫くしてからカウンターで商品完成の案内があったので二人で受け取りに向かう。ハンバーガーとポテトを乗せたトレーをミレイさんが、トレーが手狭で横に置いてあったシェイク二つを私が手に持ち、空いている席を探した。
「うーん、流石は日曜。酷い込み具合だ」
そう呟かれたミレイさんの言葉に私も頷く。店内は至る所に人、人、人と込んでおり、空いている席がぱっと見では見当たらない。
どこか二人で座れる席は無いか、と探すこと暫く。
「あ、ステラ!」
タイミングが良かったのか、カウンター席を使っていた三人組の大学生らしき集団が席を立ったのを発見する。ちょうど食事を終え、店を出るところらしい。
私たちはやや急ぎ足で空いたばかりの席へと向かい、隣り合って腰を下ろす。
「いやー、運が良かったねぇ。あのまま立ち往生、は流石に勘弁だったし」
「たしかに。ポテトなんかは特に冷めると味が落ちますから」
「だよねー、わかりみ」
コトン、とミレイさんが手に持っていたトレーを備え付けのデスクの上に乗せる。私は手に持ったシェイクを片方は彼女の前に置き、もう片方を自分の前に置いた。
「あっ、ありがとー」
トレーの上の商品を軽く自分の分と、彼女の分とで左右に分けて配置させる。彼女からの感謝の言葉に、これくらいなんともないよ、と首を振って返事をした。
ミレイさんが早速、ポテトを一本抜き出して口に含んだ。見たところ、カリカリタイプじゃなくてしんなりタイプらしい。私はしんなりタイプが好きなのだけれども、彼女もそうなのだろうか。
「んー、うまぁ。ほぼ油とカロリーの塊、ウィズ塩みたいなポテトなのになんでこんなにうまいんだぁ……。デブる、デブるよぅ……」
そう言いながらパク、パク、と一本、また一本とポテトをつまんでは口へと運び続けるミレイさん。まるで、それ専用の機械のようだ。
「……ん、おいしい」
私もそんな彼女を見ながら適当に一本、ポテトをつまんで口に運んだ。もちろん、しんなりタイプを。いただきます、も忘れずに一人静かに呟いて。
じゅわり、と口内に油が広がり同時にともすれば塩辛いくらいの塩味が舌先をピリっと刺激する。普段だったらしょっぱすぎるかもしれないが、だいぶ歩いて疲れたからか、今の私には丁度いい。自然と彼女のように更にもう一本、と指が勝手に動き出す。
ちらり、とふと何となく隣の彼女の方を向いてみると。
「……確かにそんな食べ方をしていたら、多少贅肉にはなっちゃうかも」
「なぬっ!?」
思わず、そんな悪口のような事をつい言ってしまった。しかし、しょうがないではないだろうか。
ただでさえカロリー爆弾であるポテトだというのに、それにさらにカロリードリンクと言えるバニラシェイクをディップしているのを見たら、きっと誰だってそう言ってしまうはずだ。カロリー・オン・カロリーはヤバいだろう、どう考えても。
「えー。でもさぁ、これやると甘じょっぱくてめちゃウマなんよ。ほれほれ、ステラもやってみ、やってみ?」
「えぇ……? ……まぁ、それだけ言うなら、一度だけ」
ずい、と蓋の開いた彼女のバニラシェイクが差し出されて「ほら、やってごらん!」と迫られる。さすがにここまで押されて嫌だ、と断るのも悪いと思ったので、流されるがまま、ちょうど今、手に持っていたポテトを恐る恐るシェイクへと突き立て、抜き出した。
「……」
その見た目の異様さに、一人慄く。
黄金色のポテトの先端が、真っ白なバニラシェイクに塗れている様が不自然で仕方がない。怖い、割と本気で。
しかし野菜スティックをマヨネーズに付けて食べる、なんていうのも今では当たり前の食べ方であるわけで……。ポテトはまぁ、じゃがいもってことは野菜だし、マヨネーズもバニラシェイクもカロリー高めの液体……、液体? まぁ、粘性がある液体であることは一緒だ。
つまり、これはキュウリのスティックにマヨネーズを付けたヤツの甘じょっぱい版だと考えれば、なにもおかしくは……。おか、しくは……。
いや、流石におかしいな、それは。
「ほらほら、騙されたと思って~」
けれども、ずっとそうやって眺めているわけにはいかない。
「あ、あ~……、んっ」
促されるまま、覚悟を決めてそれを口に含む。瞬間、口内にあふれ出す先ほどまでと同様の強い塩味と油の広がり。そしてそこに、新たにバニラの爽やかな風味とシェイク独特の強い甘みが付け加わって……。
……これは。
「おい、しい……。かも?」
「でしょー」
イマイチよくわからなかったので、今度は自分の方のシェイクの蓋を取り、ポテトをディップして口に含む。さっきは怖くてあんまり付けられなかったので、今回は多めに付着するように意識して左右に少しだけ動かしてみたりもした。
「……美味しいね、これ」
――ポテトをバニラシェイクにディップして食べるとあまじょっぱくて美味しい。
それが私がミレイさんから教えてもらった、ギャル以外の新しい知識なのであった。
「ステラってバーガー……、っていうかファストフードって普段食べるの? あんまりイメージないけど。お弁当も自分で作っているしさ」
「あー、それ。割りと言われるんだよね。あんまりそういう身体に悪そうなものは、食べ無さそう、みたいな」
朝日奈さんとかにもつい最近言われたっけ。アレは、……なんだったか。新作のふらぺちーのが美味しいらしい、と言う話で自分はそういうものを飲んだことがない、と言ったときだったか。
「……え? ステラ、スタバ行ったこと無いの?」
「そう、それ。それと全く同じ反応されたよ」
まるで珍種を発見した動物研究者みたいな顔をこちらにみんな向けてくる。私をツチノコやチュパカブラと同種だとでも言いたいのだろうか。ふらぺちーのを飲むのが現代の女子高生の通過儀礼だとか……? それはきっと多分、人類史上最も甘いイニシエーションだろう。
「べつに私だって、ジャンクフードくらい食べるよ」
「へー、そうなんだ」
そう口では納得の言葉を述べるミレイさん。しかしその声色はどこか訝しげだ。私は仕方がないから、理由もつけて説得力を少し増強する。
「ウチの妹がそう言うの大好きでね。中学生だからってのもあるだろうけど、甘いのや脂っこいのが正義、みたいな所があってさ」
「え、そうなの? なんていうか、意外かも。ステラの妹ってなるとさぁ……。もっと、こう、お堅めっていうか」
「それもよく言われるね」
でも実際のところ、お堅いどころかすごく優しくていい子なのだけれども……。こればっかりは実際に会ってみないと分からないことだろう。
「ねーね、写真ある?」
「写真って妹の? あるけど……」
ポケットからスマホを取り出して写真アプリを立ち上げる。私はあんまり写真を撮るタイプではないけれども、それでも探せば妹の写真くらいは多少ある。
私は去年のクリスマスを家族で祝ったときの写真が見つかったので、その写真を選択して彼女にスマホを手渡した。
「えーっ、かわいい~! ってか、めっちゃ美人!!」
「でしょ~」
別に自分が褒められた訳ではないけれども、妹を褒められて嬉しくて自慢げにしてしまう。大好きな妹が大切な友達に可愛い、と褒められるとやはり嬉しいのだ。
「めっちゃモデルさんみたいなんですけど。はえー、これでジャンクフード大好きって、そんなのあり? 遺伝子的に負けてるんじゃないか、私」
「遺伝子?」
「だって、ステラに続いて妹ちゃんもこんなビジュ強族で、そんでもってジャンクフード大好きでもデブってないってさぁ。肌も綺麗だし……。それはもう、九条の血の力でしょー」
ちくしょー! とそう言ってからぐでー、とその場に伸びてデスクの上に寝転ぶミレイさん。不貞腐れる様なポーズをとりながら、そのまま適当に抜き出したポテトを口に含んで、あむあむと食みながらしゃべる。
「あたしもこんな可愛い妹欲しーい」
「……あげないよ?」
流石に友達とは言え、そしてミレイさんからのお願いとは言え月はあげられない。私にとってあの子は大切な宝石みたいな子なのだ。
私は彼女からスマホを受け取り、電源ボタンを軽く押してからポケットに戻した。
「……あ、そうだ。ねーほら、ステラ。あーん」
「……どうしたの、急に」
急に置きあがったかと思うと、こちらにポテトを一本、差し出すミレイさん。寝たり、起きたりと忙しそうだな、なんてことを考えてしまう。
「いや、ポテトと言ったら食べさせあいっこっしょ。ほらほら、良いから良いから。あーん」
そう言ってずい、ずい、とポテトをこちらに差し出し続ける彼女。私はさっきのバニラシェイクでの一件で彼女はこういう時、引く気がないってことを知っているのですぐに諦め、口を開く。
「……あーん」
「やーん、かわいい~!」
まるで犬や猫に餌付けをするように私の口に中に彼女はポテトを入れてくるが、気にしない。気にしたらきっと負けだ。
私はあむ、とポテトを唇で挟んで受け取る。今回はカリカリタイプのポテトでちょっとだけ残念。美味しいんだけどもね。
ポテト一本くらいなら大した量でもないのですぐに咀嚼し、飲み下す。ついでに唇で挟んだ時に塩が周辺に着いてしまったので、口の周りや唇を舌先でぺろりと舐めて綺麗にした。
「あーん」
続いて彼女は、「今度は私の番ね」、と言わんがばかりに口を開いてこっちを向いている。仕方がない。
私は求められるがままポテトを自分の手元から一本だけ引き抜いて、差し出す。
「……あーん」
そろり、そろりと行き過ぎないように彼女の口の中にゆっくりとポテトを入れていく。万が一にも喉奥に突き刺さったら、いくらポテトとは言えダメージはデカい。
私は出来るだけ丁寧にポテトを運んで……。
「にひっ」
「にひっ、って……、って、ちょっと!?」
ニヤリ、と口を開いていた彼女が一瞬、悪い顔をしたのに気が付くも、もう遅い。彼女はぱくり、と一気に奥まで私が差し出したポテトを咥えこんだ。
私の、ポテトをつまんでいた親指と人差し指も一緒に、口に含んで。
「――ッ!?」
ざらり、とした彼女の舌の表面で指の腹のあたりを撫ぜられ、背筋に変な電流が走り去る。指先に付着した塩を、全て舐めとると言わんばかりの猛攻だ。
少しして、ちゅぽっ、と粘性の音を立てながら彼女は口から私の指を離す。
「ごっそーさん♪」
「貴女ね……」
はぁ、と。怒るにはしょうもないし、咎めないにしては行き過ぎている行動にやきもきとしながら、少し大きめに私はため息をするのであった。
「そう言えばね このアクセサリーの支払いについてなんだけど」
ハンバーガーも食べ終え、席で軽く休憩をしながら雑談をしていた私たち。ちょうどいい機会だ、と思った私は話を切りだす。
「私、実はバイトを始めたんだ。具体的には朝刊を配ってるんだけどね。いつも学校に朝早く来て、やることもなかったからさ」
家が近いからってのもあったけど、朝の時間をだいぶ手持ち部沙汰にしていたのも事実だ。黒板をどれだけ綺麗に出来るか、なんてしている時間があればお金だって稼ごうと思えば稼げる。
「うちってバイト駄目じゃなかったっけ」
「まぁ、校則としては原則禁止だね」
割と今の時代なら珍しくもない、学校側の生徒に対するアルバイトの禁止令。実際、我が桐葉高校もその例にもれず、高校入学と同時に私たちにはアルバイトの禁止が言い渡されている。
けれども……。
「でもね、禁止には禁止の理由があるからさ。この場合、学校がアルバイトを禁止する理由は学生の本分が勉強、ってのがあるよね」
「まー、大体の先生はそう答えるだろうねぇ」
しかし原則、ってのは結局、原則でしかない。特例なんてのはそれこそ、いくらでもある。
「私の場合、自慢じゃないけれど成績だけは良いからそう言った方面の心配もないし、お金も遊びのためじゃないって説明したからさ。金額自体も長期間の就業が必須、ってレベルじゃないし、期間限定の、金額制限アリでのアルバイトが特例で許可されたって感じ」
「はー、なるほど」
学校側だって別に、生徒にイジワルがしたいからアルバイトを禁止しているわけではない。あくまで、勉学が疎かになるのではないか、という一点を懸念しての対策である。
逆説的に言えば、この懸念さえ払拭できるのであれば原則はひっくり返ることだって十二分にありえるだろう。
「校則ってもっと融通効かない、っていうか、もうそう決まってるから絶対ダメって感じかと思ってた」
「確かにそう言う学校も多いだろうけどもね。ウチの場合は私立だからその点は融通を効かせやすい、ってことなんじゃないかな」
まぁ、とはいえ大々的にみんなに喧伝していい話でもない。あくまで当事者の私と学校側、そして関係者のミレイさんくらいが知っているくらいの無いようであるべきことに変わりはない。
だから私は彼女に「内緒ね?」と付け加えて、にっこりと笑いかけるのであった。