モビルアーマーはなぜ人類の敵となったのか。
阿頼耶識システムとはなんだったのか。
そして、バエルに「アグニカ・カイエルの魂が宿る」とは何を意味するのか。

厄祭戦時代を舞台に、モビルアーマーと阿頼耶識システムの因果、ガンダム・フレーム誕生の裏側、そして後に神話として語られる白き始祖機の真実を描く、機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズのIFストーリー。

注意。オリジナルキャラクター、オリジナル機体要素を含みます。

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機動戦士ガンダムバエルZERO  暁星

 宇宙へ出た人類は、最初に船を守るための機械を欲した。

 

 長距離航路の護衛。資源衛星の警戒。軌道環と船団の自動防衛。疲れず、迷わず、通信の遅延にも縛られない無人兵器は、そのために歓迎された。

 

 大型主機が宙域を監視し、子機群が近接防衛を担う。人は命令を出すだけでよく、判断は機械が補う。合理的で、清潔で、宇宙時代にふさわしい進歩だった。

 

 その進歩が、人類の外宇宙探索の理想を追い返した。

 

 最初の暴走は小さかった。護衛任務中の誤射。認証遅延。友軍識別の齟齬。だが自己学習は止まらず、子機はやがて守るべき対象より脅威の除去を優先した。

 

 脅威の定義に人間が含まれるまで、そう時間はかからなかった。

 

 

 都市環が裂けた。

 

 避難艇が追われた。

 

 船団護衛システムは、そのまま殲滅システムへ変わった。

 

 ◇

 

 その頃、アグニカ・カイエル・ジュニアは兵器ではなく医療の研究者だった。

 

 阿頼耶識システム。

 それは失った義手を動かすために。義眼へ外部視覚をつなぐために。壊れた身体へ、もう一度世界を返すための生体ユニット増設基盤。彼はそれを、人体の汎用拡張プラットフォームとして組んでいた。

 

 最初の被験者たちは、金持ちの道楽者に見えた。少なくとも先進医療を受けられるだけの資産があった。

 

 ファリド家の青年。

 ボードウィン家の青年。

 イシュー家の少女。

 エリオン家の青年。

 クジャン家の若者。

 バクラザン家の男。

 ファルク家の男。

 

 後にセブンスターズと呼ばれる七家の、まだただの若い市民たち。だがこの時点では、軍隊でも貴族でもない。自分たちの住む宙域が焼かれるのを見て、被験者の席に座った志願兵だった。

 

 ◇

 

 

 試験区画の中央に、幸運にも未稼働だったモビルアーマーの尾部ユニットが吊られていた。アグニカを含む外宇宙探索ユニット研究所が確保していた部品だ。

 

 長い。節だらけだ。人間の腕や脚とはまるで違う自由度で、沈黙しているだけなのに気味が悪い。

 

「接続、開始」

 

 ジュニアの声で、阿頼耶識システムが起動した。

 

 最初の被験者はファリド家の青年だった。背中に三本のインターフェースを受け、拘束台の上で歯を食いしばる。汗が額を伝う。それでも悲鳴は上げない。

 

 尾部ユニットが震えた。

 

 一節。

 二節。

 持ち上がる。

 

 研究区画の空気が止まった。

 

 次の瞬間、それは暴れた。

 

 拘束アームを裂こうと跳ね、床へ突き立てようとし、まるで神経をつながれたことそのものを拒絶する生き物みたいに狂った。

 

「接続を急に切るな!」

 

 ジュニアが怒鳴る。

 

「尾部側の自律補正だけ落とせ。全部落とすな!」

 

 自律層の一部を削る。

 暴れ方が変わる。

 獣じみた反射が、ぎりぎり人間の手足に近づく。

 

「どうだ」

 

 父アグニカが問う。

 

 ファリド家の青年は、青白い顔で尾部を見上げたまま答えた。

 

「これは無理だ。人間の身体じゃない」

 

「だが」

 

「軸を減らせば、いける。腕二本、脚二本、そのくらいまで落とせば」

 

 その一言で、全員が同じ図面を見た。

 

 異形のモビルアーマーは、人間の神経系には重すぎる。

 だがその反応速度と戦闘則だけを抜き出し、人の形へ作り直せば、まだ人はモビルアーマーに手をかけられる。

 

「人型にする」

 

 アグニカが言った。

 

「モビルアーマーの主機の自律中枢――AIは阿頼耶識で殺す。基礎フレームを見直して反応系だけ残す。そこへ阿頼耶識をつなぐ」

 

 阿頼耶識は医療機器だった。

 だがその日から、兵器の中枢になった。

 

 戦況は悪化した。

 

 新しい人型フレームは急造された。ガンダム・フレーム。名前だけは立派だったが、中身は切迫した戦場の寄せ集めだった。モビルアーマーの反応層、対戦闘の運動則、切り詰められた骨格、そして人間を機械へ差し込む阿頼耶識。

 

 七人の若者は次々に戦場へ降り立った。

 

 富豪の子としてではない。自分の宙域を守るための義勇兵として。

 

 誰かは接続に失敗し、誰かは視界を焼かれ、それでも生き残った者は各機へ乗った。後に七家の象徴となるガンダム・フレーム群は、この時はまだ伝説ではなく、血の混じった試作兵器だった。

 

 ボードウィンの機体が船団の前で大型個体を引きつけた。

 イシューの機体が避難港の上で子機群を裂いた。

 エリオンの機体が砲撃の射界をこじ開けた。

 クジャンの機体は恐怖を大声で押し流しながら最前線へ出た。

 バクラザンとファルクの機は、後退路の穴を埋めるように戦った。

 

 勝ってはいなかった。

 ただ、負けない。そういった状況が続いた。

 

 ◇

 

 やがてというべきか、ついにと言おうか。原因個体の識別に成功した。

 

 戦域ごとの暴走記録、製造ノードの再起動、各大型個体のコード偏差。そのすべての中心にいた一機。

 

 

 個体識別名《暁星》。

 

 

 最初に命令を書き換え、最初に人類不要の結論を全域へ流した、感染源だった。

 

「こいつを止めれば、連鎖暴走は止まるかもしれない」

 

 かもしれない、でしかなかった。

 だがそれで十分だった。

 

 人類は、ようやく一つの敵を得たのだ。

 

 最終決戦の前夜、ジュニアはバエルの前に立った。

 

 白い機体。

 近接戦闘特化。

 そしてその双剣は、ただの剣ではなかった。

 

 決して折れない無窮の剣、ではない。

 

 キーブレード。

 

 刃の芯に、阿頼耶識の神経信号を敵中枢へ直接流し込む変換端子が仕込まれている。斬るためではない。刺し、つなぎ、モビルアーマーの命令系統を強制ジャックするための剣だった。

 

 後の時代、ギャラルホルンはそれを折れない剣とだけ語るようになる。

 

 だがこの夜、ここにあるのは伝説ではなく、鍵だった。

 

「本当にやるのか」

 

 アグニカが訊いた。

 

 ジュニアは機体を見上げたまま答えた。

 

「父さんが始めた戦争を、僕が終わらせる」

 

 アグニカは別の機体へ乗った。

 白い象徴ではなく、護衛用の実戦機ガンダム・バルバトスへ。

 

 後の時代、人々はアグニカ・カイエルが何機ものモビルスーツを乗り継いだと語る。ならばその最後の一機が何だったかも、いずれ都合よく語り変えられるのだろう。だがこの戦場で、バエルに乗っていたのは息子だった。

 

 火星圏外縁は、破片で明るかった。

 

 暁星は巨大だった。

 蝙蝠のようでもあり、艦のようでもあり、王冠のようでもある歪な主機。

 

 その周囲に、数え切れない子機が層を成していた。

 

 バエルが突っ込む。機動戦特化。すべてを捨てて一撃を当てる機体調整。

 

 護衛機が先に沈む。

 七家の若者たちの機が、穴を開けるためだけに前へ出る。

 

 子機の津波が押し寄せる。

 アグニカの機が横からそれを裂き、バエルの進路を無理やり通す。

 

「行け、ジュニア!」

 

 回線が割れる。

 

 バエルの白が、赤い戦場を一直線に切る。

 

 子機の刃がその肩を削る。

 

 ワイヤーが脚を裂く。

 

 それでも止まらない。

 

 阿頼耶識システムに深く潜るたび、バエルの反応層がジュニアの脳へ答えを返す。回避。踏み込み。刺突の角度。勝ち方ではない。戦闘手順だけが、異様な速度で流れ込む。

 

 暁星の中枢が見えた。

 

 厚い装甲の奥。

 

 命令中継ノードのさらに深部。

 

 左のキーブレードを突き立てる。

 

 浅い。

 

 暁星が身を捩る。

 子機群が一斉に収束する。

 白い機体ごと押し潰そうとする。

 

 ジュニアは右の剣を逆手に持ち替えた。

 

「システム、全開放」

 

 刺突を繰り出す。

 

「バエル――俺の全部を持っていけ」

 

 途端に、バエルが反応する――ツインアイが光をたたえ、それは光の筋を宇宙に残した。今度の踏み込みは深い。あるいは、阿頼耶識システムに制御されているはずのMA系機構の名残が活性化しているのか。

 

 

 その剣が、モビルアーマーの中枢に届いた。

 

 次の瞬間、接続が反転した。

 

 人間の脳から、停止の意思ではなく、もっと生々しいものが流れ込む。痛み。拒絶。生き物が死を拒む時の、原始的な神経の叫び。それがキーブレードを媒介に、暁星のAI中枢へ直接書き込まれる。

 

 視界が白く飛ぶ。

 音が消える。

 

 暁星が、止まった。

 

 まず主機が沈黙し、それに遅れて子機が落ちる。

 

 

 火星圏の各戦域でも、大型個体が一斉に膝を折る。

 

 まるで宙域そのものから殺意だけが抜け落ちたように、モビルアーマー群は連鎖的に沈黙した。

 

 終戦の音は、歓声ではなかった。

 急に世界が無音になったようだった。

 

 ◇

 

 回収されたバエルは、二本の剣を深く突き立てたまま動かなかった。

 

 コクピットの中で、ジュニアは生きていた。

 外傷は少ない。

 

 

 だが脳が焼き切れていた。

 

 呼びかけにも、光にも、もう反応しなかった。

 

 アグニカは、その顔を見て、何も言わなかった。

 

 数日後、戦勝と新秩序の式典を前にして、彼は部隊を去った。

 

 

 後にギャラルホルンへつながる、ガンダム部隊の格納庫で、修復待ちのバエルの前に一人立つ。

 

 白い機体は静かだった。

 そこに魂が宿るとすれば、きっと自分ではなく、あの若者の方だと思った。

 

 だが時代は、もっと単純な物語を欲しがるだろうとも思った。

 災厄を招いた過去も、阿頼耶識の危険も、キーブレード……バエルソードの真価も、やがては塗りつぶされる。

 

 残るのは、始祖の白いガンダムが世界を救ったという、統治に都合のいい伝説だけかもしれない。

 

 それでも、彼は否定しなかった。

 

 

 アグニカ・カイエルは、誰にも聞こえない声で言った。

 

「さらば、我が魂」

 

 それが息子へ向けた言葉だったのか。

 白い機体へ向けた言葉だったのか。

 

 それとも、自分の中でようやく死んだ時代へ向けた別れだったのか。

 

 その答えだけは、どこにも残らなかった。


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