【暗殺教室】は終わらない   作:チキンうまうま

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水泳の時間

 

 高度育成学校─通常『高育』には4月から水泳の時間がある。

 

「嫌だなあ、水泳」

 

 机に上体をもたれかからせた状態で呻けば、それに1人の男子が眼鏡を直しながらため息をついた。

 

「何が嫌なんだ、大石。お前は運動ができるだろう」

「…いいか、幸村。確かに俺は陸上だとそこそこ運動できるほうだが─」

 

 ため息をつきながらそれに応じる。

 

「俺、泳げないんだ」

 

大石忍の弱点① 泳げない

 

「俺、泳げないんだ」

 

 大事なことなので2回言った。

 

「というか息継ぎができない。あれは人のできる動きじゃねえよ…そんな意外か?」

 

 すると俺の言葉に幸村は少し驚いたようだったが…そう驚くようなことだろうか。別に俺はスポーツ万能というわけではない。どちらかというと頭脳寄りのスペックをしているはずなんだが。そんな俺の様子が出ていたのか、幸村は少し首を振った。

 

「いや、少しイメージと違っていただけだ。体力テストの結果も良かったしなんというかお前は…なんでもできるイメージがあったからな」

「なんでも?ないない。俺はそんな大した器じゃないよ」

 

 ヘラヘラ笑いながら俺がそう言った時、教室の片隅で下世話な笑い声が上がった。同時にそこへ向ける女子たちの向ける視線の温度が下がるのを感じる。こわやこわや。

 

「…あれは何をやってるんだ?」

「女子の誰が1番…その、スタイルがいいかってのを賭けてるんだってよ。このクラス3年間クラス替えないの忘れたのかね?」

「…馬鹿なのか、あいつらは」

「まあ男子高校生なんてこんなもんでしょ。つかこんな環境じゃなかったら俺も参加してたんだけどなあ」

「本気で言ってるのか、お前」

「マジのマジ。大真面目だが?」

 

 とはいえ見た感じクラスの男子の大半が参加しているようだ。あ、綾小路が引き込まれそうになっている。せめて奴だけでも救出しておくとしよう。

 

「綾小路ー!ちょいいいかー?」

「あ、ああ。すまない池、山内。呼ばれたから行ってくる」

「おい、綾小路!なんだよお前こっちに来ねえのかよ!」

「あんな奴らとじゃなくて俺らとおっぱい談義しようぜ?」

 

 誰があんな奴じゃい。というか別に俺はそんな話をするために綾小路を呼んだのではない。まあこいつが『俺、実は巨乳好きなんだ…』とか言い出したら腹抱えて笑う自信があるが。そんな俺の内心も露知らず、綾小路はのこのこと俺らの方にやって来た。うーむ、相変わらず重心のブレがない。絶対こいつやばい奴だわ。

 

「どうしたんだ大石、幸村。何か用か?」

「用も何も、お前あれ見ろ」

「あれ?」

 

 俺が指差した方を見て綾小路は頬を引き攣らせた。なんて冷ややかな女性陣の目線なんだろうか。イトナ達と悪巧みをしていた時の片岡の視線を彷彿とさせる。…あの時は怖かった。反省している。

 

「…流石にあの目線に晒されるのは不憫だったから声をかけさせてもらったってわけよ」

「…すまない。助かった」

「おう。感謝してくれ」

 

 あいも変わらず無表情で頭を下げる綾小路。なんというか、その様子にはなんというか…幼い?印象を受ける。身体だけ大きくなって精神が未成熟というか、チグハグな感じ。ビッチ先生も境遇上子供なところがあったが、こいつはそれ以上だ。

 

「綾小路、人付き合いが苦手なのはわかるが付き合いは選んだ方がいいぞ」

「わかった。気をつける」

 

 うーん、分からん。だがとりあえず悪いやつではなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 俺から見た大石忍という人間の印象について。

 

「お前、泳げるのか…息継ぎも、できるのか」

「ああ。普通に、くらいのものだけどな」

「おい聞いたか幸村。こいつにとって息継ぎは一般技能らしいぞ。天才か?」

「なんで俺に振るんだ。…まあ俺たちにできないことであるのは認めるが」

 

 成績も身体能力も(水泳を除き)優秀。ポイントのシステムを1週間で見破るだけあってテスト以外の知恵の巡りも優秀と言えるだろう。その上で割と整った顔立ちをしているせいで池や山内、須藤からは嫌われているらしい。本人は全く気にしていなさそうだが。

 

 それに俺みたいな人間にも気さくに声をかけてくれる。ただ、常に行動を共にするような特筆して仲がいい相手はまだいないようだ。あるいは作らない主義か。それでも誰かしら話す相手はいるようだ。

 

 つまりは意識していないのに気がつけば人の輪のすぐそばにいる。そんな感じの生徒。

 あるいは─人に警戒を持たせない。ふと気がつけばそこにいて、それに誰も違和感をもたないし、もたせない。そうなるように立ち回っている。そんな印象を受ける。

 

「てか綾小路地味に体格いいよなあ。筋トレとかしてんの?」

「いや、していない。筋肉がつきやすい体質なんだ」

「マジか、羨ましいな。俺どうも筋肉つきにくい体質らしくてさ、身長同じくらいの相手には絶対パワー負けするんだよね」

 

 はあ、と大石はため息をついた。確かこいつは初日に防衛大志望だと言っていた。そう考えると確かに筋肉が少ないのは不利になるだろうな。とは言っても身長も俺くらいにはあるし、服の上からでもわかるくらい無駄な脂肪もなく全体的に引き締まっている。相当な訓練を積んだ証だ。

 

「確かに筋肉はあんまりないが、成長期だし別に気にすることはないんじゃないか?それに一度太ってから筋肉をつける方法もあるだろ」

「…いくら食っても太れないんだ。体質のせいで」

 

 大石は自嘲気味にそう言ったが、俺は見逃さない。その瞬間に女子の大石を見る目が明確に敵を見る目に変わったことを。

 

「うちは父方も母方も家族全員痩せ型なんだよね…散々食ってこれなんだから、寧ろ食わないと痩せていくっていうか、骨と皮だけになっていくっていうか…」

 

 そう言っている大石の肩を目の据わった女子…確か松下だったか?と軽井沢が叩いた。その後ろには何人もの女子が大石を睨みつけている。全員目が怖い。さっきまでの池や山内を見ていたとのはまた違う、異様な迫力が彼女達にはあった。

 

「大石くん」

「なに?松下さん。今俺は真剣な悩みをだね」

「その口、閉じよっか」

 

 怖い。助けを求めて幸村へと目をやるが、幸村はすでに姿を隠すように参考書を読み耽っていた。逃げたなこいつ。

 

「え、なに?急に。俺なんか変なこと言っ「もっかい言うね?その口、閉じよっか」」

「…はい。黙ります」

 

 哀れ、大石。思いもよらない形で女子の敵になってしまい、青ざめながら震える大石を見ながら俺はこっそりと合掌をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「怖かった…本当に怖かった…!」

 

 あれから時間が経ってプールの授業が始まってなお、俺からは恐怖の感覚が抜けきらなかった。なんだあれ、怖いよ。女子ってあんな怖い生き物だったっけ?

 

「あれはお前が悪い」

「女子からすれば太らないってだけで敵なんだろうな」

「俺からすれば真剣な悩みなんだがな!?」

 

 今思えば暗殺訓練がなければ俺一生骨と皮みたいな身体だったんだろうなあ。誰がスネ夫じゃ。

 

「まあその話は女子が怖いからこれ以上はやめておこう。…そもそもなんでこの時期にプールの授業なんだろうな?」

「夏までに絶対泳げるようにするって言ってたな」

「夏に遠泳でもあるんじゃないか?ここ海のそばだし、あり得なくはないだろ」

「東京湾で遠泳?危なくないか?」

「でも防衛大は確か神奈川沖で遠泳やるぞ」

「いちいち防衛大を引き合いに出すなお前は。あそこにいるのはフィジカルエリートだろうが」

 

 幸村、綾小路の3人で顔を突き合わせる。クラスメイト達がプールで行われる50M水泳競争に気を取られているからか、最後尾でこそこそやっていても気が付かれる様子はない。それに俺はこのレースの勝敗なんぞに興味はない、どうせ俺と幸村は補修待ちの身である。

 

「だかあり得なくはないだろ」

 

 すっと優秀な頭脳を持つ幸村がメガネを直そうとして─水泳の授業中だからメガネを外していることを忘れていたらしい─指が盛大にからぶった。それが気恥ずかしかったのか小さく咳払いをしてから幸村は続けた。

 

「…ポイントのシステムについてあえて開示しなかったような学校だ。『ない』と明言しなかった以上可能性はあるんじゃないか」

「確かに」

「一理ある」

 

 うんうんと頷いていると、俺たち3人の名前が呼ばれた。気にもしていなかったがどうやら予選の最終組が俺たちだったらしい。揃ってノロノロと立ち上がる。

 

「ちくしょう、この話はまた後でだ。…綾小路、どうか無様に沈む俺たちの姿は見ないでくれ」

「くそっ、なんで水泳の授業なんてものがあるんだ…」

「本当に嫌そうだな…」

 

 煤けた背中でスタート台に立つ。女子の声援?ないよ。あるわけないよ…。

 

「大石くーん、がんばれー」

 

 あったわ。ちらっとそっちを見ると松下さんとその仲良しが軽く手を振ってくれている。いやー元気でるわー。

 

「…悪いな、2人とも。負けるわけにはいかなくなった」

 

 不可解な目を向けてくる2人を無視してゆっくりと肩を回し、ゴーグルを微調整。悪いな、可愛い女子の前ではカッコつけたいんだ。

 

「…急にやる気を出したところ悪いが、負ける気はないぞ」

「ふっ。今の俺は無敵だぞ。何せ俺には秘策がある」

 

 確かに俺は泳げない。まあ毛伸び程度ならできなくもないが、息継ぎができずに沈んでいく。だが、逆に考えるんだ。できなくてもいいさ、と。

 

 号砲と同時に飛び込んだ俺はノータイムで潜り、そのまま水面に浮上せずに全身をくねらせ進み続ける。そう、息継ぎができないというのなら─最初からしなければいいじゃないか。

 

 これぞ俗にいうバサラ泳法(厳密に言えば違うが)。あえて水面に出ずに50Mを泳ぎ切る作戦である。だって息継ぎしようものなら沈むからね。なら最初からそれを捨てるのが1番効率的というものだ。

 

(距離はせいぜい50M!時間にして40秒前後だ!その程度、俺なら息を止めて泳いでもお釣りが出る!悪いが勝たせてもらうぞ綾小路!裏切ってすまんな幸村!)

 

 内心で勝ち名乗りを上げながら泳いでいる横を、するっと隣のレーンを泳いでいるやつが抜いていった。というか綾小路だった。一瞬目があったように見えたのは気のせいだろうか。

 

(…やっぱ普通に泳げるやつには勝てなかったよ)

 

 絶望と同時に口から空気が漏れる。それでもどうにか50Mを息継ぎなしで泳ぎ切ることはできたのでよしとしよう。ゴールと同時に息を切らせてプールサイドに倒れ伏した俺を見るクラスメイトの目が可哀想なものを見る目なのは気のせいだろうか。そうだと信じたい。

 

「大石は、その…肺活量がすごいのはわかるが…息継ぎを練習しような」

「…はい」

 

 優しく声をかけてくる教師に息も絶え絶えに返事する。ちなみにタイムは男子で下から3番目だった。かろうじて幸村には勝てた。何にも嬉しくねえ。

 

 やっぱ水泳なんて嫌いだ。

 

 





大石忍 
 身長174㎝
 体重57㎏
 放っておくと痩せていくタイプ。食っても永遠に太らない。太れない。完全に体質のせい。本人的にはコンプレックス。
 暗殺訓練のおかげで多少なり筋肉がついたが、いかんせんパワーがないので近接格闘の成績は悪い。その分身長の割に身軽ではあるので機動力はなかなかなもの。
 余談ではあるが髪と目の色は黒。
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