《このゲームが始まって10の100乗秒が経過しました。》 作:てりのとりやき
死出への扉
今日は皆で決めた出発の日だ。
その早朝。赤髪赤眼の女性ユーザー……フェフォに起こされた私は『村』跡地の外れ──他のユーザーが居ない場所に連れていかれて、何故か彼女の蛇尻尾にぐるぐる巻きにされた上で逆さづりの刑に遭っていた……!
「『カナミヤが好きだ』じゃなくて『カナミヤ
天地が逆になった視界で見た先。へそが見えるくらい裾の短いパーカーに細身のパンツという動きやすい恰好をしたフェフォが、冷たい眼差しで私を見上げている。
フェフォが言っているのは数日前、カナミヤに勝利した後の発言についてだ。
「どっちつかずなのはキライなんだけど?」
言いたいことは分かる。フェフォに愛してると言ってからすぐカナミヤにも似たようなことを言っているわけだし。なんとなくフェフォに詰められるだろうなという気もしていた。こんな急な方法とは思わなかったけど。
うーん困ったな。嘘をつく気はないけど、かといって本心を納得してもらえるのだろうか。
「どっちも好きだし、優劣なんか付けられないよー」
「……」
出来る限り穏やかな表情でそう言った。簀巻きになった私がぶらぶら揺れる。
当たり障りのない言葉にしか聞こえなかったのかもしれない。私をぐるぐる巻きにしていたフェフォの蛇尻尾が一部の拘束を解き、代わりに自由になった右腕を絡めとられた。ぐぐぐ……とすさまじいステータス値が無理やり私の手指を私の唇に持っていき、
『ちゅっ♥』──無理やり投げキッスをさせられた……!
「ひ、酷い! こんな恥ずかしいことさせるなんて! フェフォの悪魔! 変態! あほちん!」
「24時間やり続けてもいいけど?」
「ヒェー! フェフォは天使! 清廉! ド聡明!」
手のひらクルクル褒め返してもフェフォが本気と書いてマジって読みそうな目をしてる。このままでは私の尊厳がダメになってしまう、投げキッス魔になってしまう……!
「カナミヤよりも?」
「ふぇ、フェフォが好き……!」
「はいよろしい」
大変ご満悦といった様子でフェフォはニッコリ笑っていた。そのままゆっくり地面に下ろされ拘束は解かれる。いいのかこれで……。
「きみ達、いっつもそんなことしてたの?」
などと朝から騒がしくしている私達に投げかけられる声。私はバッと顔を上げた。
私達から数歩離れた位置。背の低い女の子が眠気覚ましにか背伸びをしている。
「カナミヤ!」
私はすぐに駆け寄った。伸びのままパチパチと瞬きをしているカナミヤの両脇に手を突っ込み、少女が反応するより先に持ち上げる。掴んだ両腕の先から「うわぁぁあ」などと弱弱しい悲鳴が聞こえてきて、──私はニッコリ笑った。
「おはようカナミヤ! 昨日ぶりだね! 元気してた? 今日も元気?」
「う。うん、おはよう、元気。元気だから……その、下ろしてほしいな……」
カナミヤは突然の事に目を白黒させつつも、されるがまま顔を赤くしている。照れ隠しでか耳元の黒髪をかける仕草を見て、口角が上がるのを自覚した。
「へへへぇ──ヤダ!」
「!?」
「今日も綺麗だねえ! 可愛いねえ!」
「わ、わかった。わかったから。もういいから褒めるのは。本当にいいから」
ギブアップを注げるようにカナミヤが私の片腕をぺちぺち叩く。『最強』のユーザーがするにしてはずいぶん可愛らしい力加減だ。本当に、こういう触れ合い方に慣れてないんだろう。
「その。あ、あんまり褒めないで」
だいたい満足した私が地に下ろすと、カナミヤは耳どころか首筋まで真っ赤にして、指先をつつき合わせながら上目遣いになって私を見ていた。
「なんで?」
「なんでって、……慣れてない。から……」
「えーっ。──じゃあ慣れよう!」
「!?」
「自己肯定感高めてこ! 毎日百回言うからね!」
カナミヤに勝利してから数日。私は事あるごとに彼女をべた褒めしている。何故かって、コミュニケーションの経験が乏しすぎて人の発言をいちいち疑う癖を辞めてほしいからだ。
「……思い出した。他人がワタシのものにメロついてるのを見るのってこういう気持ちだったわ」
「メロ?」
知らない言葉に振り向くと、フェフォが苦虫でも嚙み潰したような顔をしていた。死ぬほどつまらなさそう。
「君のものじゃないでしょ、フェフォ」
「あら。お子ちゃまはワタシのモノだけど?」
あれからカナミヤはフェフォのことをアンフェルフェフォビアと呼ぶことを止めた。それに以前の矢継ぎ早で忙しなかった喋り方も意図して抑えているようだった。
そんな態度をフェフォも受け入れたのか、二人は以前ほど剣呑な雰囲気を見せなくなっている。
「さっきもワタシの方が好きだと言っていたワケ」
「そうなんだ。すごいね」
……何だか二人の視線がバチバチに火花散らしてる気がしないでもないけど、フェフォは怖いくらい素敵な笑顔をしているし、カナミヤも冷え冷えの無表情だけど穏やかな態度だし。
今も喧嘩腰で煽り合っているように見えるけど、それでも手を出す一線は踏み越えないようにして──。
「はは。重い女って大変だね」
「お──重!?」
あッフェフォが蛇尻尾震わせてるッ、あッカナミヤがスキルで剣を生み出したッ。
「ストップストップ! すぐそうやって喧嘩するのはよくない! 仲良くしよ、ね?」
「半分はきみのせいだよ」
「何から何までアナタが二股かけてることが問題なのよ」
慌てて割って入った先、両隣から鋭い視線が突き刺さった。……おや、私に怒りの矛先が向いたぞ。
「二人が仲良くしていてくれると私とっても嬉しいなあ」
強大なプレッシャーに晒された私は二人に向けて満面の笑みを浮かべた。カナミヤとフェフォは何故か同時に重いため息を吐いた。カナミヤが剣を消して額に手を当てている。
「……色々言いたいことはあるんだけど、フェフォに愛してると言ったんだよね? 同じ日に、私に堂々と好きだと言えてしまえるきみの倫理観への心配が一番大きいな……」
「腹立たしいことにワタシも同感。頭が痛いわ」
「さっきも言ったけど私は二人とも大好きだよ?」
「はぁ……。君にカトリック的貞操観念を期待するのはやめたほうがいいんだろうね」
「お子ちゃま。アナタがいつか誰かに刺されてもワタシ擁護しないから」
二人とも、私に『どうしてこうなった』みたいな目を向けるのはやめてほしい。私は真剣に真面目に二人を大事に思っているのだから。
やっぱり現実世界での価値観を持ちこんでいるユーザーと、それが無い私とでは考え方が違うのかな。
「あのね、私は自分に嘘ついてないからね」
「──つまりワタシよりカナミヤを愛してるってコト?」
「もー! すぐそうやって変に解釈する! 急に瞳孔パキパキに開くのやめて!」
「──つまりそれって、私に好きだって言ったのは嘘ってことだね……」
「カナミヤはカナミヤですぐ疑心暗鬼にならないで!」
どうしてこう、二人とも感情の振れ幅が極端なのか。
でも二人の気持ちも分かる。常にブレないで言動が一致する人なんて居ないし、だから他人の言い分は簡単に疑ってしまえる、信じ続けることはきっと難しいんだ。
だけどこれが私の決めたことだから。
私は何度でも言うし、何度でも伝える。
「だから、二人への好きに嘘偽りはないってこと」
比較じゃないんだ。
定量でもないし、天秤にかけるようなものでもない。
私がフェフォに向けるものとカナミヤに向けるものは同じようでいて違う。『好き』は私の中でいくつも同居しているし、それらは同じ『愛してる』という言葉で象ることが確かに出来る。だけどそれらは、言語化できない複数の想いを現す極一部の言葉でしかない。
二人に向けた『好き』も『愛してる』も、一言で表すのは簡単じゃない。私はこれからも、君たちに、全てでもって示し続けるのだろう。
「フェフォに向けた好きはフェフォだけのものだし、カナミヤへの好きもカナミヤだけのものだよ」
「……、」
「……。」
自分なりに真剣さを注ぎ込んでそう言えば、途端二人は目を逸らした。示し合わせたみたいに同じタイミングで明後日の方を向き、その頬は僅かに紅潮している。
「……その言葉、毎日言ってもらうわよ。寝起き、寝る前、ワタシが求めた時に」
「もちろん」
フェフォは腕を組み眉根を詰めたまま、そっぽを向いた。
「わ、私は毎日言わなくていいからね」
「えー……」
「本当にいいから。たまに、たまにでいいから……」
カナミヤは俯いてボソボソ呟いている。
とりあえず、なのかもしれないけど。二人が一応の納得をしてくれたようで良かった。──などと安心したその時だ。
「おおーい! そこの三人! 全員準備出来てンぞー!」
「遅刻厳禁ですよー!」
遠くから、私達を呼ぶ声。三人で声の方を見た。
視界の先。かつて広場があった辺り。少し遠くには198人のユーザー達がいる。
誰もが私達に向かって手を振っている。笑いかけている。私達が到着するのを今か今かと待ちわびている。
……今日は約束の日だ。
カナミヤに私が勝利した後、全員で話し合って決めた。これからは残った全ユーザーで《迷宮フィールド》に挑戦しようって。
最初の目標は1000時間で1層攻略だってカナミヤは言っていたけど、恐らくそれ以上に時間を掛ける必要があるだろう。何せ誰もがレベル上げなんてせず、《生活フィールド》に留まり続けていたのだ。
苦労はする。だけど誰もがその苦労こそを楽しみにしている。だからこそ皆が胸躍る表情を隠せないで笑い合っている。
もう、誰もが誰か独りに背負わせたりなんかしない。
「……初めてだな。誰かと迷宮に行くのは」
──私は振り向いて二人を見た。
赤い瞳とも、黒い瞳とも、視線が交わる。誰ともなしに微笑みで目尻を緩めてしまう。
カナミヤが試すような目つきで言った。
「ねえ、私達はこれからどうなるんだろうね?」
「──わかんない!」
たまらなくなって、私は駆け出した。背後から二人の制止するような声音が聞こえてきたけど、立ち止まることは出来なかった。
「わからないことが私には嬉しい! 楽しみでワクワクして足が止まらなくなるよ!」
少しの距離を走ってから制動を駆ける。勢いを殺さずくるりと振り向き、立ち止まって――堪えきれなくて飛び跳ねながら見た先。
青い空。
地平線まで見通せる大地。
大好きな人達が美しく笑っていた。
「行こう!
果てまでの冒険へ、有限の迷宮へ。
私は君たちとならどこへでも行けるんだ!」
二人はとても眩し気に目を細めている。
◇
「フェフォ。黄金がどうして貴重か知ってる?」
「希少性、展延性、導電性、腐食耐性、信頼性──全てにおいて高い価値を持つから、というのが工業商業問わず模範的な回答なんでしょうけど」
カナミヤの言葉にささくれ立つものを感じなかった。特段、関係性の腐敗を清算するような出来事があったわけでもない。それでも私達はこのゲームが始まる前と同じように会話することが出来るようになっている。
それが何故かは、今、二人して見据える先にある。
「表面的なもの以上に、ワタシ達はその価値を知っている」
あの子が白い歯を見せた眩しい笑顔をして手を振っている。
飴のような艶をもった黄金色の瞳が私達へと愛情を振りまいて、私と隣のカナミヤが追い付くのを今か今かと待ち構えていた。
活発で、忙しなくて、楽しそうで。やっぱりあの子には笑顔が似合う。
「ねえ、私達はどうなれるかな」
あの子に訊いたものとは少しニュアンスの違う質問が隣から。
どうなれる……か。
私達は成すがまま流れる川や海とは違う。主体性を持って道筋を決められる。そう教えてくれたあの子と共に居られる幸福を、その価値を、もう知っているから。
「……誰にでも自慢できる旅をするのよ」
カナミヤに向けて、私は出来得る限りの笑顔を浮かべて見せた。カナミヤもまた私に、きっと私が浮かべているのと似たような表情をしていた。
「延べ棒を見せびらかすみたいに?」
「宝石の無い指輪を自慢するみたいに」
クスクスと。ひそやかに、しめやかに、二人して小さく笑った。
「……そういえば私、リアルじゃ指輪なんて無縁だったな」
「ワタシは別に引く手数多だったけどね」
「はいはい。だったらもう少し大人になりなよ」
言い合う言葉に棘がないのが分かるから、私達は口端を緩める。
不思議だった。直にカナミヤの心に触れているわけでもないのに、目線が重なる黒い瞳の先に確かな実感がある。彼女の、不器用で、だけどとても素直な優しさが分かるのだ。
「私はだめだな。経験がないから、どうすればいいか分からない」
「……正直に言えば、ワタシも初めてばかりで困惑してる」
「へえ。自称引く手数多だったきみが?」
「付き合う相手に求めるものが多かったワケ」
痛みもなく、苦しみもなく、自分の弱さを曝け出せるということ。
その先で隣を歩く誰かと微笑を交わすことが出来ること。
それは純金よりも重く美しい時間。
あの子が望んだ何よりも大事なもの。
「だから疑うし、だから嫉妬もするんでしょ」
「お子ちゃまなんて呼んでられないね?」
「フン。うるさい」
破綻しきった私達は、それでももう一度始められた。最愛の者によってこうして共に並び立つことが自然と出来たのだ。
「いきましょ。あの子が待ってる」
「うん。そうだね。行こう」
遠く。手を振るあの子の下へと、私達は歩調を合わせて歩いていく。
急かされても走ることはない。
焦る必要はどこにもないのだろう。
もう何一つ損なわれることはなく、離れていくものも無い。
私達は誰に許されなくとも、そう在ることを信じられるのだから。
◇
真理ってなんだろう?
世界の底には何が待ってるんだろう!
それは誰にも分からない。分からないって不思議だ。
『答え』があるのか無いのか、それさえ不明なことは凄いこと。
──だからこそ、ねえ、長い永い冒険をしよう!
旅に出るんだ。
たくさん苦労して、
たくさん見て、
たくさん遊んで、
戦って、強くなって……。
最後にはみんなで迷宮の最奥を目指す。
分かってる。私達に永遠は無い。
どれだけ永い時をかけても、いつかは終結に辿り着く。
……終わりはきっと悲しい別れになる。
だけど、悲しいって思えるのは、独りじゃないからだよね。
「約束してね。最後までずっと一緒だからね」
「うん。もちろんだよ」
「今更何言ってるの」
カナミヤが微笑む。
フェフォが笑う。
ここにいる。私の最愛、大好きな人達。全部。何もかも。
それは黄金よりも貴いもの。
眩しくて輝いていて美しいものたち。
いつか全てが終わりを迎えたその時、
私は必ず旅路の全てを振り返る。
最果てに至る遍路。
永い長い、冒険の何もかも……。
確信がある──後悔なんて一つもしていない。
私達は私達で終わる為にここから始めていく。
選び、誇り、自信に満ちた一歩目を進む。
〈終〉