料理の才能に溢れていても所詮は男子高校生。
そりゃジャンクな味付けが恋しいのも当然なのだ。

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 ローソンに売ってる例のちょいお高いカツサンドが好き。



神のダメ舌BOYS 〜天才たちは“普通”が美味しい〜

 かつて石斧や石槍を片手にマンモスを追い掛けまわしていた時代から電子レンジのボタンひとつで温かいお弁当がいつでも食べられる現代に至るまで、人間にとって食事とは単なる栄養補給に留まらない特別な意味を持つ行為である。

 

 コレは決して大袈裟な話ではない。重要な会議の内容について前日の会食で大まかな意思決定が成されているなど珍しくもなんともないことだ。

 

 コスパやタイパを気にする若い世代が嫌がる飲み会コミュニケーションとて、お互いのことを知り信頼関係を築くための手段として有効なのも事実なのだから。

 ただ一方的に自分の自慢話ばかりを繰り返しているだけなのに部下に慕われていると勘違いする残念な先輩や上司が台無しにするパターンが多いというだけで。

 

 ともかく。

 

 ビジネスマンも小学生も、寺の坊主もグラビアアイドルも、政治家も軍人も、警察官も犯罪者も、いつでもどこでも誰であっても食事と無縁ではいられないのだ。

 

 とはいえ。

 

 その食事の内容と人物の組み合わせ次第で、大小様々な……それこそ大勢を巻き込むことになるのも事実であって。

 

 

 △▽△▽

 

 

 男子高校生が4人、制服姿でテーブルを囲み食事をしながら会話を楽しむ。

 それだけなら日本各地のファミレスで見られるとても一般的な日常の一コマだった。

 

 しかしそれが、国内でも指折りの高級ホテルのレストランを貸し切りに近い状態で、支配人や料理長まで含め大勢のスタッフが背筋を伸ばして立っている状態となれば話は違う。

 

 

「なるほど。出汁を引く素材の産地を変えたのですね。以前のモノと、もうひとつ。このバランスに決定するまでかなりの研究と試作を繰り返したのでしょう」

 

「うんうん、悪くないね! ボク的には前のよりパワーアップしてる感じするかな〜?」

 

「だが繊細過ぎると言えなくもないな。発汗量の増える季節では少し物足りないと感じる客も出てくるかもしれん」

 

「オレ様もおんなじコト思ったわ。好みの違い、って割り切っても全然アリっちゃアリの範囲だけど……大衆食堂じゃないワケだし? もうちょいお客様に寄り添ってくんないと困るっつーか」

 

 

 あくまで和気あいあいとした雰囲気で料理の感想を語り合う男子たち。

 

 だが彼らの言葉を欠片たりとも聞き逃してはならぬと周囲の大人たちは必死であった。

 

 皆、知っているのだ。彼らの発する言葉の価値を。とあるレストランは彼らのアドバイスに従うことで世界グルメランキングにて五ツ星という名誉を手にしており、とあるチェーン店は彼らの忠告を無視したことで巨額の負債を抱えることになってしまい経営陣ともども人々の生活から姿を消してしまっている。

 皆、知っているのだ。彼らはただの学生などではなく、国賓を招いた食事会でそれぞれ得意とする料理を任される超一流の料理人であることを。世界美食保全機構が各国にそれぞれ1校だけ認める特別な料理学校にて、高等部に在籍しながら大学も含め全ての料理人候補生たちをまとめる執行部の肩書きは伊達ではないということ。

 

 

「ま〜でもね〜、やっぱコース料理っていえばさ、デザートまで含めてひとつの作品だもんね! そこまでのバランスを考えたら、全然アリアリのアーリーじゃないかな!」

 

 デザート部門の頂点にして執行部総代補佐のひとり【魔術師】森部阿久津。

 

 

「確かに、腹を満たすだけが食事ではないからな。メインとなる客層の年齢はもちろん、食の細い女性にはこれぐらいがベストかもしれん」

 

 中華部門の頂点にして同じく執行部総代補佐のひとり【鉄人】山本西虎。

 

 

「欲を言えば、もう少しメインデッシュに遊び心ってか、ワクワク感? みたいなのあれば完璧っつーか。やっぱ特別を求めて食べに来るワケじゃん?」

 

 洋食部門の頂点にして同じく執行部総代補佐のひとり【貴公子】風間仁羽。

 

 

「料理は料理そのものだけで完結するのではなく、あらゆる要素の調和によって完成します。そういう意味では、スタッフの皆さんの接客も含めて……とても、満足度の高い仕上がりだと僕は思いますよ」

 

 和食部門と同時に日本で唯一の国立調理学校【天宮特別調理総合学校】の頂点にして執行部総代【皇帝】炎間誠太郎。

 

 

 外交官曰く「彼らの料理は一皿で億単位の価値がある。というか実際のところマジでそれぐらいの案件がスムーズに話し合いまとまってんだわ。あの子らに危害加えようとするヤツいたら残りの人生を引き換えにしてでも潰すから覚悟しとけよ」と語るレベルで4人の料理は世界的な評価を得ていた。

 そんな4人から満点ではなくとも好感触の感想が出てくる。それに一番安心したのはもちろん料理長だろう。グレーのおヒゲがチャームポイントの老紳士は、彼らを若造だと侮ることなく真剣にアドバイスに集中していた。ある意味、お客様の「おいしい」のひと言こそが喜びである料理長だからこそ誰よりも緊張していたのかもしれない。

 

 

 △▽△▽

 

 

 いい年をした大人たちが並んで頭を下げて学生4人組を見送る。事情を知らなければ何事かと訝しむ者も現れそうな光景だが、少なくともホテル関係者たちは誰もがテストが終わって安心する子どものようにホッとしている。

 せめてもの救い、という言い方も変なカタチになるが4人の態度が“大人が期待する若者らしさ”に合致していたことは試される側の心理的負担を減らしていたハズだ。特別扱いであると自覚しているだろうに、それでも「本日はお招きいただきありがとうございました」と感謝の言葉を残されれば悪い気はしない。

 

 

 と、まぁ……こんなレベルの有名人であれば、それも4人セットの制服姿であれば尚更のこと、街を歩いていても注目されることはある。

 それも、コンビニエンスストアという一般人にしてみれば美食と真逆の領域でレンチンお弁当など眺めていれば失礼だと理解していても注目してしまっても仕方ないことだ。

 

 

「うん? やぁ、こんにちは子猫ちゃんたち。オレ様になにか用事かい?」

 

「え、あ、ご、ゴメンなさい! その、つい……」

 

「あの、天宮のヒトがコンビニで買い物する姿なんて……その、珍しいっていうか、つい……すみません!」

 

 

 貴公子の二つ名と共にメディアへの露出もそれなりにある仁羽だからこそ余計に、だろう。中学生ぐらいの女の子ふたりがオムライスのパックを手にした一流料理人の姿を不思議に思いついついジロジロ見てしまうのも納得できる。

 

 

「あはは! そりゃイメージには合わないっちゃそーだよねぇ。ちなみに、なんだけど。天宮の制服はもちろんだろうけど、オレ様のことは知ってたりする?」

 

「あ、ハイ! もちろんです!」

 

「貴公子・風間仁羽さんのことを知らない中学生なんていませんよ!」

 

「ハハッ、さすがにそれは大袈裟じゃん? ま、いいや。ならさ、オレ様の実家がどういうお仕事してるのかも知ってるよね?」

 

「風間さんの実家……あっ」

 

「たしか、お弁当とかも」

 

「そッ! オレ様ってば、コレでも風間ホールディングスの次期会長なワケ。まさか子会社で作ってるお弁当の味も知らないよ〜、なんて言ってらんねーってワケ。自分が食べないモノをお客様に食べさせるワケにはいかないっつーか」

 

 

 女子中学生のふたりだけでなく、たまたま会話が聞こえていたほかの買い物客やレジの向こう側に立っていた店員まで“それもそうか”と納得したかのような顔になる。

 消費者側として見れば、確かに自社製品に詳しくない社長などイメージはお世辞にも良いとは言えない。それが飲食物ともなれば、仮に「そんな安物なんて口にしない」などと発言しようものならば、確実にSNSは強火でこんがり黒焦げになってしまうだろう。

 

 そこまで考えれば、ほかの3人の実家もまた食に関わる仕事なのだから……と理解できた。美食の世界の住人がコンビニ弁当やお菓子などを口にするなんて、という考え方も反転する。食に関わるからこそ様々なカタチの“おいしい”を知っておく必要があるに違いない、と。

 

 

 △▽△▽

 

 

 ホテル側が気を遣って昼の時間帯に食事会のスケジュールを組んでくれたからこその寄り道を終え、公共機関でのんびりと学生寮に戻ってきた4人。

 余程の事情が無ければ生徒は全員が学生寮で暮らすことになる。生徒間での切磋琢磨を期待して実力に応じた待遇になるシステムは賛否両論あるが、彼らの実力を誰よりも間近で体験している学生たちが不満を口にすることは滅多にない。

 

 一人暮らしという視点では贅沢な、料理の知識と技術を磨くためと思えばそれなりに納得できる広い部屋。今回は西虎に与えられたルームに4人が集まる形で────。

 

 

「「うぼぁぁんッ!!」」

 

 

 まずは阿久津と仁羽がコンビニの袋をテーブルに投げ出してソファーにダイブした。各種メディアでショタ系美少年とイケメンモデルとして紹介されている姿など欠片もそこに存在しない。

 

 

「ふたりとも。外から帰ってきたらまず、うがいと手洗いぐらいはしないとダメですよ」

 

「寝かせてやれ。死ぬほど疲れている。主に、外向きのキャラを維持しながらの気遣いでな」

 

「ある意味、執行部総代の僕より人付き合いが忙しいでしょうし……それを言われてしまうと、まぁ」

 

「なに、食事の支度が終わる前には再起動するだろう」

 

「それもそうですね。では、僕は飲み物や器の準備を」

 

「ん。なら俺は……まずは、焼売か」

 

 

 宴席では華やかで煌びやかな料理が好まれることが多いが、中華料理の、いや中国料理の奥深さを知るには点心の存在は欠かせないものだ。当然、鉄人の異名を持つ西虎がそこを疎かにするハズがない。

 使用する小麦粉はもちろん、生地を練り上げるために使う水まで。厳選された素材で完成された焼売の皮は、上質なシルクのヴェールや天使の衣などに例えられるほど素晴らしい仕上がりである。それでありながら肉の旨味をしっかりと受け止めるものだから、ひと口で虜になってしまった者など数え切れない。

 

 そんな男の私室の厨房、当然ながら置いてある食材も調味料も半端なモノなど揃えていないのは当然のこと。品質と稀少価値はもちろん、お値段のほうも大変ベラボーである。

 

 そして、まず初めに西虎が手を伸ばしたのは当然。

 

 

「……ふむ。コイツは切れ目を入れるタイプか」

 

 

 先ほどコンビニで購入した冷凍焼売である。

 

 加熱時間をしっかりと確認し、隅っこのギザギザに指をかけ慎重にピリッと少しだけ切り開き、そのまま袋ごと電子レンジに放り込む。

 その間に保温状態にしていたポットから鍋に必要な分だけお湯を移し、湯煎が必要な料理のパックを適当に突っ込んで火にかけた。

 

 

「味変は……今日は、コレだな」

 

 

 冷蔵庫から取り出されたのは食べるラー油とマヨネーズ。どちらも日本全国各地のどこにでもあるスーパーで当たり前のように流通している普通の商品である。

 

 

「西虎くん、お皿、なにか……クッキングシートとか、ラップとか、なにか敷いておきましょうか?」

 

「ん、そうだな。そのへんにある物を適当に使ってくれ」

 

 

「西虎くーん! お爺チャンバラやってていーい?」

 

「10分もしないうちに出来上がるぞ。そんな短時間で遊ぶゲームではないだろう」

 

「それもそっか〜。じゃあモジモジぺったんやろう! 仁羽くん、勝負しようよ勝負! 負けたほうはラッコのマーチおごりね!」

 

「ハッハァ! このオレ様にボキャブラリーで勝負を挑もうなんて100年早いっつーの。とりまお題は生き物でバトっとくか」

 

 

「……暇なら飲み物の用意ぐらいしろ、まったく。誠太郎、お前は?」

 

「では、ジンジャーエールを。阿久津くんと仁羽くんはコーラで」

 

「俺は黒烏龍にするか。テーブルは任せた」

 

「えぇ。阿久津くん、仁羽くん。テーブルの上、片付けてください。ホラ、そのまま食べられる物なども準備しないと」

 

「はーい!」

「へーい」

 

 

 冷たいまま食べられる春雨サラダやタン塩レモンなどのお惣菜のパックが並び、そこに温められたハンバーグや肉団子、焼売にオムライスなどの料理たちが参列する。育ち盛りの男子高校生が4人、好きなようにコンビニで買い漁ったと思えば特に疑問に思うようなラインナップではないだろう。

 

 それぞれの手には氷の入ったグラス。注がれる飲み物は、炭酸の弾ける音と────氷の表面を滑って鳴らす独特の響き。これといった乾杯の合図など無く、それでも示し合わせたかのように一気に喉を潤し。

 

 

「「「「……ぷはぁ〜」」」」

 

 

 いくら多少は歩いたとはいえ、お昼時の食事にコース料理を一通り食べたにしては誰がどう見ても重量級過ぎんか? な、楽しいおやつタイムが始まった! 

 

 恐らく。いや、確実に。彼らのことを知る第三者がこの光景を見れば我が目を疑うことだろう。風間ホールディングスという後ろ盾があり、これも将来の仕事のためという大義名分があろうとも、料理人がジャンクフードに分類されるような味付けの濃いモノを次々と口にするのはどうなんだ? と。

 そんなことは4人も承知の上。だからこそ、誰かの部屋に集まって楽しんでいる。勝手なイメージを押し付けられて、などと不満を溜め込むようなこともしない。それは言い換えれば料理人というブランドとしての信用であり、生徒会執行部の人間としての信用でもある。期待された役目を演じることも、それはそれとして4人は楽しんでいた。

 

 が。

 

 そうだとしても、だ。

 

 自分が美味しいと思う物を食べたい。それは文明社会を生きる現代人であれば言語や文化の壁など簡単にブッ壊し世界中で共感されるであろう純粋で強力で終わることのない欲望なのだ。

 彼らには知識がある。経験がある。技術がある。美味い不味いをロジカルに分析する能力があり、先のホテルに招かれて行われた試食会で飛び交った意見も決して嘘や誤魔化しではない。の、だが……。

 

 

「コンビニのポテトって美味しいですよね。塩と油と炭水化物の調和って実質無敵みたいなところがあると思います。コレにケチャップを添えようと提案した人は紛れもなく天才なのでしょう」

 

「わかりみ。シンプルな濃い味の暴力性はホントもうね、ズルいとしか言いようがないよね〜。このミニ唐揚げ系のスナックもさ、いろんな味あるけど結局シンプル美味いのが一番っていうね」

 

「む……。このレトルトの豚汁、改良されているな。値段をそのままに品質を向上させるなど見事としか言いようがない」

 

「それマ? ちょっとメーカーにあとで確認しとくか。やっぱ努力は報われねーと不公平っつーか」

 

 

 味の濃いモノは美味い。

 

 身体に悪いモノは美味い。

 

 太るモノは美味い。

 

 結局のところカロリーは美味い。

 

 

 ある程度、範囲を絞り込んだ客層をターゲットにする通常の飲食店とは企業努力の方向性がズレているのがコンビニエンスストアの食べ物だ。

 

 立地条件による期待値のようなものはあるかもしれないが、基本的にコンビニという施設は何時、何処で、誰が来店するかわからない。ビジュアル系のカップルが沢庵漬けを買っていくこともあればご年配のご夫婦がガッツリ系のラーメンをレンチンして持って帰ることもある。

 だから、学生でありながら一流の料理人でもある彼らがコンビニグルメに舌鼓を打ったところでおかしくはないし……彼らが、実はレストランなどで提供される料理よりもカップ麺だったりファーストフードのハンバーガーなどのほうが好きだったりしてもおかしくはない、ハズ。

 

 美味い不味い、好き嫌いの話とは少し違う。

 

 ただ、より美味しいと思うのはどちらかというだけ。

 

 人間の味覚なんて、所詮はそんなもんである。お一人様で数万円もするコース料理を前にスーツやネクタイで着飾っていたとしても、家に帰れば物足りなさを補うためにお茶漬けや卵かけごはんを食べてしまうのが人の業なのだ。

 

 

 △▽△▽

 

 

 イメージ戦略的に高度な配慮のもと秘密裏に繰り広げられた背徳の宴からしばらく、生徒会執行部に割り当てられた部室にて。

 

 

「え〜、その〜、炎間くん。今年もね? 春になって、新しい1年が始まって……ホラ、新入生の子たちも少しずつ学校に慣れていた頃合いだと思うんだけど、今年もね? ホラ、いつもの【課題調理試験】をしなければならないと思うんだよ」

 

「そうですね。学校側で学生同士の、特に新入生の皆さんのために交流の場を設けるという意味でも試験は早めに実施したほうが良いかもしれません」

 

「そうそう、あくまで学生同士の交流の場としてね? その、まぁ、学校長としては生徒たちのことが1番大切なんだけども……ホラ、日本の料理界をさ、未来を担う若手の活躍って、こう、スポンサーの皆さんも気になると思うんだよ? いや、学校長としてはね? 生徒たちの都合を最優先にとは思うんだけどね」

 

「多方面へのお気遣いのほど、感謝いたします。それが校長先生のお立場によるお仕事だとしても、僕たち生徒のために色々と努力して下さっていることは、生徒会総代として多少は理解できている……つもり、ですよ。もちろん、天宮は慈善事業ではないのですから、スポンサーの意向を無視できないことも重々承知しています」

 

「お、おぉ……すまないね。いや、本当にね? ワシもそれなりに教育者として歩んできたと自負しているのだが……こと、料理に関しては素人なものでね? 妻が料理好きなものだから、外食なんて、たまに夫婦で旅行に行ったときぐらいしかしないものだから全然……流行りとかも知らなくてね」

 

 

 料理人を育成する学校の責任者の椅子に、自分の妻の手料理こそ最高だと無自覚に断言する人間を座らせておくのは判断としてある意味間違ってはいないのかもしれない。

 そんな愛妻家である校長先生に向ける生徒会メンバーのまろやかな視線と違い、課題調理試験は大変ピリ辛な行事である。強制参加ではないのだが、試験の結果はもちろん途中過程も生徒たちの評価に繋がるので進学・就職の両面にガッツリどっぷり影響する。

 

 誠太郎が試験について快く引き受けたことで、校長が誰の目から見ても明らかなほどホッとした様子で退室した理由もソレである。

 教育者としての責任感は強く、生徒に対して悪意ある形で接触しようとする大人が現れれば一瞬でメンタル等が鎌倉武士だったり薩摩兵子だったりに切り替わる頼れる先生なのだが、台所は女性の聖域という古い価値観により料理の類は全くであった。

 

 生徒の今後を左右するであろう重要なイベントに素人がアレコレと口出しするのは褒められた行為ではないが、校長として知らぬ存ぜぬは無責任の極み。申し訳なさ全開で毎度毎度こうして誠太郎に頭を下げに来る光景は生徒会メンバーも慣れたものである。

 

 

「総代。課題について、少しよろしいかしら?」

 

「えぇ、もちろん。寿司職人を目指す女子生徒のカリスマ【ブルークイーン】の意見であれば喜んで」

 

「持ち上げてもなにも出ないわよ。それで、課題のテーマについて提案があるのだけど、肉料理が良いと思うの」

 

「おや、意外ですね。貴女ならてっきり魚を希望するのかと」

 

「前回の課題がシーフードカレーだったでしょう? なら、今度はなにか……お肉の出番を作ってあげなければ不公平ではない?」

 

「確かにメニューのバランスも大事ですね。得手不得手があるのは仕方のないことですが、だからこそ執行部で配慮が必要なのも事実です」

 

「おぉっと炎間! だったらオレちゃんは麺料理をリクエストしちゃうよん!」

 

「世界最高のハンバーガー専門シェフとして【キング】を名乗る貴方が麺料理を希望するのですか?」

 

「バランスだろ? 前の前はサンドイッチでパンだった、前回のカレーはもちろんライス。なら今回はラーメンでもスパゲッティでも、そのへんの麺料理もピックアップしてみるのもい〜んじゃな〜い?」

 

「それならウチも────」

 

「いやいや、ここは────」

 

「まて、新入生が参加しやすい────」

 

 

 次々と意見が飛び出す執行部員たちの様子を眺める誠太郎の表情は実に穏やかで優しさに溢れていた。

 

 皆、自分の都合を押し通すのではなく誰かのことを思いながらアイディアを出し合っている。それは総代として、天宮特別調理総合学校に通う全ての生徒が充実した学生生活を楽しめることを願う彼にとって、自分の努力が肯定されているようなもの。

 かつて誠太郎が入学した当時の課題調理試験はお世辞にも本来の目的が果たされているとは言えない有様だった。ハッキリと言ってしまえば“どれだけお金をかけて高級で稀少な食材を使用しているか”ばかりが評価され、調理の腕前を競う舞台として機能していなかったのだ。

 

 そんな環境を圧倒的な実力で改革したのが誠太郎、西虎、仁羽、阿久津の4人であった。それぞれの実家が料理界で強い発言力を持っていることも無関係ではないが、そうした批判的な意見すらも“食えばわかる”と皿を差し出し黙らせている。

 

 

「皆、貴重な意見をありがとうございます。あとは僕たち4人で上手くまとめておきますので、それぞれの活動に戻ってくださって大丈夫です。本日の集まりはこれまでとしましょう」

 

 

 生徒会の仕事について真面目に参加するのは当然のこと。

 

 だが、やはり料理人としての知識と技術を磨きたい気持ちも強いもの。

 

 仲良しグループであったり、少人数のサークルであったり、数十人を従える派閥であったりと。生徒会執行部に参加を認められた生徒たちは天宮でも屈指の実力者揃い、それだけに放課後の予定だって沢山ある。個人で活動している者などは、脇目も振らず学校の外へ出て市場にでも足を運んでいることだろう。

 

 そんな中、部室に残ったいつもの4人。

 

 

「西虎くん、仁羽くん、阿久津くん」

 

 

 頼れる友人たちへ、順番に呼びかけた誠太郎は。

 

 

 

 

「……ホント、ごめん」

 

 

 

 

 頭を抱えながら謝罪した。

 

 

「それは……いや、仕方ないだろう? お前は総代、つまりは皆の代表なんだから。そして俺たちは総代補佐、つまりはお前を助けるのが役目だ」

 

「わかってます。わかってはいるんです……! 僕だって無限にアイディアがあるワケじゃないですし、皆に支えられているからこそ総代として振る舞えているというのは自覚しているんです……!」

 

「別に生徒会のテッペンだからって、無限にネタが出てくるワケじゃねーっつーか。いや、じゃあオレ様にナイスな思い付きあるかって言われたら無いんだけど」

 

「なにが困るって、当たり前のよーにボクたちが試食しないといけないってことだよね……。いや、わかるよ? 仮にもトップだからね、責任があるもんね? ボクらが美味しいって言うだけで自信につながるならイイことだもんね?」

 

「責任……。そうです、責任があるんです僕たちには。別に試食係に不満はありませんが……ほぼほぼ1か月、毎日同じ物を食べる生活はさすがにキツいですよ……今度こそ、審査員の選定について見直すよう生徒会全体で相談するつもりだったのに……」

 

 

 活発な議論、大いに結構。しかし会話の節々から今回も4人が試食して評価する前提で話が進んでいたのはよろしくない。それでも勇気を出して意見を差し込めば、誠太郎の人望であれば皆も耳を傾けてくれたハズだった。

 それが出来ないのは彼らが自分たちに与えられた価値を自覚しているからこそである。プライベートではバニラアイスにポテトチップスを突き刺して「塩バニラうまー」みたいなノリで食事を楽しんでいる普通の男子高校生だが、部屋から一歩外に出れば全員が超一流の天才料理人。言葉ひとつでなにかを変えることができるなら、より多くの才能が花開くことを手助けするのも自分たちの使命だと信じているのだ。

 

 しかし、だ。

 

 現実はそんなに甘くない。

 

 使命感があっても胃袋の容量には限界がある。天才だって毎日同じ料理を食べ続ければ普通に飽きる。料理に込められた創意工夫から相手の個性を探し出すのは楽しいが、料理としての完成度が高まれば高まるほどジャンクフードを愛する彼らの好みからは離れていくという悲劇。

 それを、毎日である。1度に食べられる量が厳しいのはもちろん、いくら天才でも試食を続ければ味覚が信用できなくなってくる。さすがに朝食の時間だけはどうにか自由を確保しているが、それ以外の食事は全て審査で埋まってしまう。つまり前回の課題では1か月の間ずっと昼食と間食と夕食がシーフードカレーだったワケで。

 

 

「テーマをさぁ、なるべくワンプレートで完結するヤツにしようっつーとこまでは良かったのになぁ。前菜にデザートまで何百セットも食ってらんねぇっつーか」

 

「誰でも作れる料理に絞り込んだのもな。高級食材の付け入る隙を減らしつつ、簡単な料理だからこそ個人のスキルを見定める面白さもある」

 

「ですが、簡単過ぎるテーマでは上級生のフラストレーションも無視できないでしょう。外部の方々も注目しているのですから、それこそ僕たちの都合だけでテーマを決定するワケにはいきません」

 

「いっそのこと、今度の課題調理はお子様ランチにでもしちゃおっか? いろんな分野のリクエストも取り入れられるし、量もそんなに多くならないだろうし、なんて」

 

 

「あー、いいねぇお子様ランチ」

「いろんな料理も楽しめるな」

「チーム参加でも成立しますしね」

「でしょ? 誰でも知ってるし」

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 

「「「「…………それだぁッ!!!!」」」」

 

 

 この瞬間、課題調理試験は【お子様ランチ】に決定した。

 

 使用する器を指定された物に制限することで量を減らし、様々な料理が盛り込めることを理由にチーム参加型として個数を減らす。工夫を凝らす余地はあるが、ターゲットが小さな子どもに絞られるなら高級路線に振り切ることもないので好みから大きく外れるリスクも少ない。

 まずはと生徒会メンバーに話せばまさかのテーマに驚かれたものの、本音を隠して建前を並べるのは4人全員お手の物。あくまで本音を隠しているだけで嘘ではないので後ろめたい気分を抱えることもない。なにより、日頃の行いで積み重ねられた信用はこういうときでも役に立つ。

 

 未来のエリートたちに同じ小技は通用しない。というか使うワケにはいかない。過去の執行部が設定したテーマを掘り起こしてくるならともかく、自分たちが1度使ったお題をそのままお出しするなど言語道断。消費者というものは安定と同時に驚きも求めているのだから。

 それに同じ料理をテーマにしてもコメントに困るのだ。もちろん2度目ともなれば前回の反省を活かしてより美味しいものを作ってくれるのだろう。が、ここは料理人を育てる教育機関。そこで行われる試験の解答が“前回より美味しくなった”だけで終わったのでは面子に関わる。……と、少なくとも4人は本気でそう考えていた。

 

 

「と、言うワケで〜。広報はボクに任せてよ。誠太郎くんがお知らせすると、また変な深読みする人が出てきても困「はい、是非お願いします」るよね〜やっぱり」

 

「ハハッ、ウケる。そりゃ総代で皇帝からの御達しとなりゃ、勘違いとか深読みをムダに頑張るヤツが出てきてもしかたないっつーか」

 

「こういうのは、俺たちが意見をまとめて先生たちにお願いするべきだと思うんだがな。それとも、どこの学校も生徒会とはこんなものなのだろうか?」

 

「んー、まぁ、ウチはやっぱり特殊な環境なんだと思うよ? ボクもみんなと一緒で中学から通ってるから違いなんてわかんないけどね! じゃ、さっそくアプリでパパっと配信しちゃおっか!」

 

 

 課題調理試験が始まれば、また1か月はメニューが固定される生活も同時に始まる。だが様々な考え方で工夫された料理に触れることができるのは悪くない。それが良いものかどうかは別として、自分とは違う価値観を知ることは成長の糧となるのだから。

 それに、今回の課題であるお子様ランチなら自由度が高いのでメンタル的にも少しは安心できた。主食となる米の部分だけでもピラフやチャーハン、パエリア、お寿司でも握り寿司にするかチラシ寿司にするかだけでも個性が出てくる。アドバイスをする側としては“良い意味で50点”の料理が1番扱いが難しい。

 

 それでも────可能性として、高級ブランド牛のローストビーフだの伊勢海老やアワビなどを使った焼き物だの、唐揚げのような油物のとなりにテラテラに光る大トロが添えられて出てくるパターンもあり得る。

 だがそのときはそのときだ。好みではないというだけで、美味しいものは美味しいので問題はない。ただ、好みに合わないモノをずっと食べ続ける行為がキツいだけで。胃袋が物理的に埋まるので気晴らしのコンビニパーティーも我慢しなければならないというだけで。

 

 不都合な現実からは目を背け、どんな料理がプレートに詰め込まれてお出しされるか楽しみだと前向きな話題だけを口にする4人。まずはサクッと全校生徒にテーマをお知らせして、自分たちもチームとしてお子様ランチのアイディアを出し合おうと和気あいあいとした空気になったのだが。

 

 

 △▽△▽

 

 

「……うーん」

 

「よう! どうした、そんな難しい顔をして」

 

「ちょっとね。課題調理試験のことを考えていたんだ。いまの生徒会執行部に変わってから、大衆的な料理がテーマに選ばれているのは知ってたんだけど」

 

「あぁ、それか。たしかにビックリしたよな〜、カレーライスとかサンドイッチってだけでも意外なのに」

 

「まさかのお子様ランチ! だもんね。チーム組むんでしょ? 話し合いなら混ぜなさいよ」

 

「別にひとりでも余裕なんですけどね、お子様ランチ程度であれば。ルールだから、仕方ないから一緒に組んであげているだけですが?」

 

「なんだと!」

「なによ!」

 

「あはは……。でも、別にテーマに不満があるとかじゃないけれど、もっとこう、技術とか知識とかそういう……もっと試験! って感じで試される雰囲気を想像していたからさ」

 

「アタシたち新入生も参加できるんでしょ? その辺りを考えて簡単なテーマにしてくれたんじゃない?」

 

「つまり、今回はウォーミングアップってことだな! 冬になるころには難易度も上がるワケだ。ま、寒い時期のほうが食い物も美味いしな!」

 

「やれやれ。キミは調理の技術に比べて頭の中は単細胞……失礼、シンプルイズベストで楽しそうですね」

 

「お、ケンカか? いいぞ、試験の前にテメェのプライドをへし折ってやろうか?」

 

「遠慮しておきますよ。仮にもチームメイトとなる相手の自信を粉々に砕いて足手まといにしたのでは、余計な手間が増えるだけでしょう?」

 

「ちょ、ふたりとも」

 

「ほっときなさい。じゃれ合ってるだけでしょ」

 

「だとしても、周りの人に迷惑になるから……」

 

 

「やぁ。相変わらず仲良しだね。入学してすぐに友だちがいるのは良いことだ」

 

 

「あ、先輩。どうも」

 

「課題調理試験の話し合いかい? 今回はチームでの取り組みになるからね、ちょっとしたコミュニケーションでお互いを知ることも大切だよ」

 

「アレをコミュニケーションと呼ぶのもどうかと思いますけど。そういえば、先輩はもうメニューは考えているんですか?」

 

「そうだね……なかなか難しいテーマだから、まずは一緒に組むパートナーと“なぜお子様ランチなのか”しっかり話し合ってから考える予定だよ」

 

「なぜ、なのか……ですか?」

 

「そう。どうして執行部はお子様ランチをテーマに選んだのかについて、ね」

 

「それは……新入生でも参加できるように、簡単なテーマを設定してくれたんじゃないんですか?」

 

「簡単、ね。キミたち、お子様ランチの“主役”って、なんだと思う?」

 

「お子様ランチの……」

「主役って……」

 

「ハンバーグだろ!」

「ハンバーグでしょう」

 

「あら、ケンカは終わったのね」

 

「コイツと同じ意見なのは気に食わねぇが、やっぱハンバーグがメインだろ。子どもはみんな大好きだし、やっぱ肉は美味いからな!」

 

「この野蛮人に賛同するのも癪ですが、やはりハンバーグにはメインデッシュとしての風格があると思います。見栄えの点でも中央に据える価値があるかと」

 

「そうだね。キミたちの言う通り、ハンバーグにはそれだけのパワーとワクワク感があると思う。その上で聞きたいんだけど……ハンバーグを主役としたら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「付け合わせ……あッ!?」

 

「お、おぅ?」

「な、なに?」

「どうしたのです?」

 

「気付いたみたいだね。そう、お子様ランチといえばハンバーグのほかに海老フライやナポリタン辺りが添えられているけれど」

 

「ハンバーグだけを頼んだときの、付け合わせのフライドポテトやほうれん草のソテーとは違う……全部、()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだ!」

 

「「「…………ッ?!」」」

 

「そう、どれも単品で主役になれる料理が同時に並ぶ……だからこそ、理屈ではなく一目見ただけで小さな子どもを魅了するんだろうけど。まぁ、ファミレスなんかでハンバーグに追加で海老フライなんてサービスもけっこう見かけるけれどね」

 

「いえ、アレとは意味合いが違うでしょう。あくまでメインはハンバーグ、海老フライはトッピングでしかありません」

 

「子ども相手ならそれでも喜んでくれるかもしれねーけど、コレは課題調理試験だもんな。美味いモンをただ並べただけで合格ってワケにはいかねぇよな」

 

「その通り。森部くんも言っていただろう? チームワークについて、念入りに。今回の試験は個人での挑戦は受け付けてないって、繰り返していたのは覚えているよね?」

 

「はい。何度も皆で協力するようにって……チームで試験に挑むんですから、必要なことだろうなとはなんとなく」

 

「キミたちも知っていると思うけど、森部くんはジャンルも国籍も関係なく世界各国のデザートをマスターしていることから魔術師と呼ばれる実力者だ。そんな彼が“協力”という部分をあれだけ強調するってことは」

 

「複数のメインデッシュと成り得る料理を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……ッ! それも、ひとつの器の中で……ッ!」

 

「うん、そこに気付けるなら一年生としては上出来だよ。もしも困ったことがあれば、気軽に相談してくれていいよ。特に揚げ物とかなら力になれると思うから」

 

「え、あ、ハイッ! そのときは、よろしくお願いしますッ!」

 

 

 ────。

 

 

「行ったか。さて、彼らはともかく……ほかの参加者は、一年生はもちろん上級生たちはどうなるかな。もしも、互いに出し抜くことばかりを考えて我が強い料理を出したりすれば」

 

「高級食材や稀少食材で誤魔化すことを嫌うあの4人から厳しい評価を下されるでしょうね。それで? 【オイル・マジック】と呼ばれる貴方が気にかけるニューフェイスは期待できそうなのかしら?」

 

「さてね。むしろコッチとしては【香りのコンダクター】にはどう見えたかのほうが聞いてみたいところだけど?」

 

「悪くない、と感じたわ。うまく言葉にできないけれど、あの4人のなかで中心となっている男の子は……なんだか、始めて炎間さんを間近で見たときを思い出したわ。面白いわよね、雰囲気は全然違うのに」

 

「皇帝と同じオーラの新入生、か。ほかにも見所のあるヤツは高等部だけじゃない、中等部にも面白そうなのがいるってウワサだし、試験が楽しみだ」


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