一に絵描きの男のはなし、その次にまた別の人のはなし。
 
 その時々に読んでいる本に強く影響を受けた文体で書くので、投稿期間が開けばそれだけ書き方や展開も異なります、悪しからず。

 小説家になろう にも投稿しています

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 手癖を煮詰めたような文章ですから、そういう意味では閲覧注意です。


第1話

 

  ビスクラ

 

 

一人の絵描きが居た。

 

 その男は風景画をよく描いた。ある時は丘に咲く花を描き、ある時は空に流れる雲を描く。

 

 古今東西様々なものを描いたが、ただ一つ、人を絵に描くことだけは無かった。

 

 絵を描く時間、それだけを人生に求めたような生き方だった。

 

 男が絵描きとして生きると決めた時、彼は最初に住まいを捨てた。肩に背負えるほどの荷物を残して、それら以外の全てを売っぱらってしまいにした。

 

 その一連は、まるでそれまでの決して短くない人生を全て遠くに投げ捨てるかのように行われた。

 

 

 ほうぼうを練り歩いては日銭を稼ぎつつ絵を描く。

 新しく人と知り合うたび、その居住まいに転がり込んではまた絵を描く。

 その見返りに家主に描いた絵を贈るときもあった。

 

 決心した日からの4年ほどを彼はそうやって過ごした。

 

 

 

 

 ある時、異国の島を訪れたことがあった。土地のほとんどを山に占め、港の施設と農漁業に労働力の大半が集約した過疎地だった。

 

 そこには緑々とした山と海とを目的にやってきたのだが、港に繋ぎ止められた漁船や集積施設、そこで働く人々など多くの新鮮なものを見ることができた。

 

 島民の大多数は老人で、母国語の通じない場合ばかりだった。

 男としては慣れたものだったので、ジェスチャーや事前に練習しておいた言葉を頻繁に使って会話を済ますことができた。

 

 島の数少ない子どもが物珍しさに近寄ってくることもあったので、男は生まれ持った恵体を活かして遊んでやり、その対価に山への入り方を教えてもらった。

 

 

 山の目的の浅いところに踏み入り、開けた場所を求めてさまよい、それから腰を落ち着ける。

 

 スケッチ用紙とボードを取り出して、あぐらをかいていた足に乗せる。

 対象は……海。眼前に広く伸びやかに佇み、風に吹かれて波をはためかしている。

 本命の画材は、黒色、白、青、それから……思いついたものを足していけばいい――黄色の絵の具は切れかけている。島から出たら買い足す必要があるだろう。

 

ステッドラーの使い古した鉛筆を着ているパーカーの右ポケットから取り出して、ボードに転がす。

 人差し指を立てる。不躾に顔の前に突き出して、それから視界の端の丸くなった海の輪郭にそっと爪先を重ねる。

 ゆっくりと、水平線を撫でるようにそれを動かしていく。潮風をかぐ。ぬらりと肌を舐める風を。

 

 悠然とまぶたを閉じて、空気を肺いっぱいに吸い込む。山の、様々と緑の興した薫り。風に乗った潮の生命に満ち満ちた香り。

 

 

 男はふと、昔のことを思い出した。男には幼馴染がいた。

 同い年の少女だった。

 昔から絵を描いていた男は、いつしかその少女を描いてみたことがあった。

 彼女を家に招き、じっと固まったままで椅子に座らせた。

 途中で何度も身を捩らせては、終わったか、と聞いてきて作業をやめさせてしまう。

 

 それでも最後には完成させてみせたが、これが酷い出来だった。

 少女は絵の良し悪しが分からないようだったが、男にはそれが分かるものだから、たちどころにそれを捨ててしまった。

 

 それを最後に、男は人を描くことを止めた。

 

 

 鼻からゆっくりと吸った息を、一拍おいて口から吐き出す。そのころには、まぶたも開いていた。

 

 放っておいた鉛筆を手に取り、斜めにかざして、用紙に太く薄い線を入れる。水平線に見立てたそれを重ね、今度は縦に向きを変えて波の輪郭を示す。

 

 日が傾いて男の肌荒れた頬に斜陽が差す頃、彼は鉛筆をポケットにしまい込み、描き上げたスケッチとボードも傍らに置かれていた鞄に放り込んだ。

 

 

 

 山を降りると、そこには一人の女性が立っていた。男と年齢は近いだろうか。成人して少し、といったところだろう。

 若いものの生娘のような雰囲気ではなく、日に当てられた雨傘の表面のような毅然とした表情で、しかしどこか楽しげに佇んでいる。

 

 誰かを待っている様子らしい、それを横目に男は通り過ぎようとしたが、彼女は男を視界に収めるなり声を掛けてきた。

 

 男はその女性から、母国語が発せられるのを耳に入れた。

 

 

 出会った女性は作家であった。それなりに売れているらしいが、男は本を読むことがないので全く知らなかった。

 

 港の方に出てみたら、近所の人たちがやけに背の高い外国の人が来ていると騒いでいたのよ、とは彼女の談だった。

 

 前からこの言語を練習していたから、お話がしてみたかった。彼女ははにかんで言った。

 

 彼女は几帳面らしいな、と招かれた家で思った。

 

 壁にコルクボードが懸かって色々な内容の紙がシワなく張り付けられており、本棚の文庫は一様に背丈が揃っている。

 

 示されたソファに座り、手持ち無沙汰に部屋のあちこちに視線を巡らしてみる。

 家財は艶が出て整っており、とくに玄関先で待たされたわけでもないのに床に衣類が散らばっていることもない。

 

 食卓に、籠が置いてあった。木編みの手作りのものだった。瑞々しい林檎、見慣れた赤いりんごと青りんごが一つずつ入っている。

 それから、見慣れない果物も。先端から末尾にかけて黄色から赤にグラデーションとなっており、表面は爬虫類の鱗のような独特な見た目をしている。

 

 どこか南国のものだろうか、と男は思った。

 

 とにもかくにもそれが一際興味を惹いた。

 

 右ポケットから鉛筆を取り出し、反対のポケットから手帳を取り出して適当なページを開く。

 

 それらの輪郭を描く。籠の質感を出すには鉛筆だけでは心許ないが、男は適当なものを後で借りることにした。あかね色に染まった縁と、影の底。

 

 ふと、目の前にマグカップがことりと置かれた。湯気立って、紅茶の香りがふわりと広がる。

 

 いいでしょう、その籠。向かいのソファに腰掛けた彼女が言った。

 ここに引っ越してくる前に、街の市場で買ったのよ。

 確かに良いものだな。男が応えた。

 

 女の部屋には、不思議な匂いがしていた。

 果物と薄い香水のかおり、それから目の前の紅茶の匂い。

 それらが混じり合って、懐かしい感覚がしていた。

 それは男が初めて訪れた国でよく感じるものだった。

 

 日没の直前だった。窓の外から光が射して、女の横顔と長く伸びた艶のある黒髪をゆらりと照らす。

 

 インスピレーションを探しているの。目の前の女が言った。

 おもむろに化粧台に手を伸ばして口紅を取り出す。それを艶のある唇に見せつけるように塗りたくり、大きな潤いのある眼でこちらを覗き込むように見つめている。

 

 ちょうど自分も探していたところだ。男が言った。

 

 夜中、彼らは絹のような手触りのシーツが敷かれたベッドに腰掛けていた。

 

 既に島の灯りは薄く、またこの家でもベッド脇の暖色灯を残して暗い。

 

 男は女の薄い肩に手を置いた。

 指先が、丸まったそれを熱心になぞり、肌艶を記憶に留めようとするように執拗に往復する。

 女はその手を、まるで艶のない男の髪にあてがった。手のひらでゆっくりとそれを撫でている。

 

 やがて灯りが消える。部屋の――もしくは家の――戸口はきつく閉じている。

 狭苦しい部屋に、小さなカップの珈琲が添えられていた。

 

 細長いベッドの上で、二人は姦淫の罪を犯した。

 

 翌朝男の目が覚めると女の姿は既に無かった。代わりに、ベッド脇の小机に書き置きが置かれてあった。

 

 曰く、近所の老女らの手伝いに出ると云う。男はしばしそれを眺めたあと、鉛筆を脱ぎ捨てられたパーカーのポケットから取り出して一筆加えた。

 

 今度、機会があれば貴方の作品を読んでおく。

 

 男は着替えたあと、家を出てから書き置きの隣に置いてあった合鍵で戸締まりをし、横のポストにその鍵を入れた。

 

 男は朝の海をしばらく眺めたあと、港で船に乗って島を去っていった。

 

 

 琥珀色

 

 

こんな夢を見た。

 

 夕暮れの街道を歩いている。街は人々の喧騒にひっきりなしに包まれて、その街行く人はどれも斜陽の影が射して顔が見えないでいる。

 目に映るすべての人間が同じ姿だった。誰も彼も同じ色の、同じかたちの背広に身を包んでいる。

 似たような薄茶色のハットを被って、布の端々から覗く肌が全て真っ黒である。

 

 そのはびこる人間の顔には黒色以外の何も、目も口もない。凹凸さえ無いマネキンのような顔立ち、そういった人間だけが辺りに跋扈していた。

 

 私もまた背広に身をつつみ、ハットを目深に被っている。斯くして、街には似た人間が一つ増えているだけであった。

 

 その中を行く当ても無く彷徨う内に、私はふとパン屋の存在を思い出した。職場の知人が話していたのだ。ライ麦のパンが上等なのだそうだが。

 三番通りに入ったあたり、と言っていただろうか。曲がり角を左へ折れて――西日が正面に見えてくる。橙色の球が、まばゆい光を真っ直ぐに放っている。私は目を細めるでもなく、それを漫然と眺めていた。

 

 休日はいつまで続くのだったか、と思案する。溜まった有給がふと目に止まって、思い切り使ってみたくなったのだ。

 歩みは軽薄なまま。艶めかしく光を反射する革靴の、角の整った硬い靴底が石畳を軽快に叩いている。

 

 この景色、この夢に本来の意識はない。あるのは漠然とした知覚意識のみであり、まさしく、夢の中に生きている。

 

 そっと、まぶたを閉じる。網膜をなぞった感覚が残る。東の――背広を向けた空はすでに暗く、藍色と黒色とが均一に混じって広がっている。

 

 頭上に広がる雲は東西に明暗がしかと別れて、まばゆい極彩色に包まれている。どこかの星雲があんな模様をしていただろうか。

――尋常でない景色、現実ならばこれはそういう類の物なのだろう。

 

 秋風が地を這う。足元の雑草をそれが靡かせて、私はまた雲を見上げた。いつの間にか雲は散り散りになって、薄く空に広がるのみだった。

 

 閑古鳥の鳴き声が聞こえた。強く風が吹く。ごうごうとこの身を襲って道路を勇んで進み、道脇に積もった木の葉をはらはら散らす。

――北風、常々寒くて堪らないものだ。

 

 

 それから、耳に入るものが全て川の流れる音に変わった。目の前には一際大きな橋があり、ちらほらと見物人が集まってその場所を燃ゆる空の展望所に見立てている。私はその中を歩いていく。

 

 川の中で、白い鳥が羽を休めていた。何もかもが白い、純白な鳥だ。鶴に見えるが、ただ真っ白なサギなのかもしれない。

 

 きゅうひゅるる。奴が鳴いて、羽をばさばさ広げる。一度、二度とはためかせた後、また元に戻した。やはり全身が白かった。

 

 奴は日陰に身を潜めてじっと、粛々と流れる水面に顔を向けていた。私が歩みを止めずに奴を見ていると、奴が顔をかしげて、こちら側を見上げた。一瞬、奴と目が合った気がした。

 

 黒い目だ。真円のように丸く、びい玉よりもずっと小さい。奴は一点の曇りも無い目つきでこちらをじっと、じぃっと見つめている。

 

 こちらを見透かそうとしている

――そんな錯覚が身を襲った。

 

 気味が悪い。あの目は生気に満ち溢れているようで、実のところ空虚だ。一秒先の食欲のことさえ投げ捨てて、只管に目の前の虚空を見つめる。

 本能的欲求を見捨てて、好奇心――あるいは警戒心――に舵を取りきっている。獣畜生のすることでは甚だ無い。

 

 やはり、不気味でしかない

 

 私はすっかりシケてしまって、傾けていた視線を前に戻した。すでに橋は通り過ぎて、私はレンガ造りの街道の中にいる。

 

 大きな街路樹が生えていた。銀杏の葉と松の枝とが無骨に生えていて、表面も柏やら白樺やらが混じっている。夢だからといってもあまりに粗雑な見た目だ。

 

 おまえさんは可哀想だな、と私は木に向かって言った。なかば八つ当たりであった。

 

 そしたらその木が、貴方に言えたことか、と返してきた。八つ当たりではなさそうだった。

 

 嫌なことを喋る木だ。こんな半端な格好の植物にまで私が可哀想な人間に見えるのか。

 私は眉間にしわを寄せて木を睨んだ。

 

 おまえさんのような半端者に何が分かる。私はそう吐き捨てた。

 

 貴方は半端にもなれないだろう。そう木が言った。

 

「貴方は、何かを捨てることだけが選択だと信じていらっしゃる」

 

 そうすることしか分からないのだな、そう木は続けた。

 

 私はそこで諦めてきびすを返した。八つ当たりさえ失敗した私は、その続きを知らなかったのだ。

 

 また、何かの声が聞こえたような気がした。私はそれを努めて無視した。ぼんやりとした光が、辺りを包んでいる。私はその乾いた路地の中を、ゆっくりとした歩みで進んでいく。

 

 そこには、文字通り何もない空間を一筋の光に向かって進んでいくような、そんな鮮烈な期待の眼差しを伴った感覚があった。

 私は不都合な思考 (後悔、恐怖、あるいは懺悔) の一切を放棄して、ただ代わり映えのない薄暗い街道を歩いた。

 

 人と同じく、似た見た目ばかりの赤レンガの建築物が続いたあと、ふと木製の掛け看板が現れた。パン屋とはここのことだろうか、私はそれに足早に近づいた。

 

 掛け看板は裏返されていた。店が閉まっていたのだ。

 空を見てみると暗い。茜色は無く、既に視界のほとんどが黒色であった。

 

 こつ然とした街道に、私はひとりだった。

 

 振り返れば、やはり同じような薄暗い道が続き、人の姿は見えやしない。

 

 またか、と思った。

 

 また、なにも分からずに事態が変わっていく。

 

 誰も彼もが、私を置いていく。誰も彼もが。

 

 ため息をついた。いずれ深呼吸に変わっていく。

 

 息を吐き出しきってから、一歩を踏み出した。とたんに視界がふらりと揺れる。がくついた膝をこらえ、倒れることのないようにと力を入れる。

 

 私は歩かなければ、歩き続けなければいけない。夢の中であっても、途中で逃げ出すことは許されない。

 

 

 そうでもしなければ、私は……いや、あの思い出が、無意味なものになってしまわないように。

 

 がたがたと、ブリキ人形の錆びまみれの関節部のように、胡乱げな足取りで歩く。まさしく人をやめたようだった。

 

 それから流れるように景色が移り変わる。レンガの街道。白色の木、その並木通り。

――やがて、大きな広場のような、そんな場所に躍り出た。

 

 四方に木が茂っている。すでに辺りは暗いが、緑の生気に満ち満ちている。眠りの時を木々は過ごしているのだろうか。

 

 辺りを見渡して、人気がないことを確認した。

 

 ふと、音が聞こえた。旋律……ピアノ。

 

 その瞬間心の中に、泥のように濁った感情が湧いた。

 

 ピアノという言葉には、私にとっては、忸怩たる思いが詰まっている。

 

 つまりは、あまりその旋律を聴いていたくないのだ。それを聞くとどうにも、胸の奥がざわめいて、とたんに視野狭窄の始まりを感じる。

 

 誰がそれを弾いているのか、何を弾いているのか。それらの子細にかかわらず私には毒となる。

 

 あたりに音が木霊する。それは残響して、一帯に絶え間なく散らばって、やはり、私の耳に吐き気がしそうなほどに残り続ける。

 なによりも残酷な晩鐘、夜更け。潮の引いていく……夜光虫が光って見える。幻覚。揺れる琥珀色の街灯……胸中に暴れる動悸と同じ周期で近づいてくる……。

 

 

 いやだ、と思った。ここまでお膳立てされては、もはや歩けそうにない、と。

 

 

 ふっと身から力を抜いて、私は目をつむりそこに立ち止まった。また行く当てがなくなってしまったのだ。

 風もない場所では根無し草も動きようが無いだろう。そう思うしかなかった。

 

 私はすっかり諦めたらしい。

 

 やがて、全能感に似た感覚……夢から覚めるとき特有の……が訪れた。私はそれに身を委ねる。

 落下感にもよく似た感覚の中で、夢が終わる。

 

 

 **

 

 

 夢から目が覚めて、慣れない毛布に体が包まれていることに気が付いた。なぜだろうかと、不思議になる。

 

 

 

……昨日のこと。描いた絵がどうやら金持ちの琴線に触れたらしく、予想以上に高く売れてしまって、それでいつもより多少高い宿に泊まることにしたのだ。

 

 

 

 そういう覚えがある。

 

 

 

 身を起こし、寝具から這い出る。汗がびっしょりと背中に纏わりつく。服が素肌に張り付いて気分が悪い。どうしたってこんな思いをしなければならないのだ、と少し気分が悪くなった。

 

 とりあえず、シャワーを浴びておきたかった。

 

 

 

**

 

 

 

 部屋に備えられていたタオルを取って、体を拭く。何の生地だろうか。普段の麻のものよりずいぶん肌触りがよく感じられる。そろそろ、こういった物にも金をかけてみるべきだろうか。手持ちとへそくりとで勘案してみる。

 

 

 

 ……夢、そうだ、私は夢を見ていた。突拍子もない内容。ちぐはぐで筋の通った様子など感じられなかった。

 

 

 

 既に詳細は忘れてしまったが、心地よいものではない――乱れた動悸と不快な汗がそれを如実に物語っている。

 

 

 二階の客室から、雨上がりの街を見下ろす。湿った地面 (ところどころぬかるんでさえいる) を気にせずに子どもたちは遊んでいる……元気なものだ。

 

 

 この季節では避暑地として有名な街だと、そう今回の客から聞いた。実際、数日前に到着してからは猛暑に悩まされることなく、快適な日夜だった。

 

 

 今日の昼前には街を出ることにしているので、簡単に荷物をまとめて朝食を摂ることにする。

 

 

 値の張るだけあって、朝食は宿側が用意しており、どの設備も清潔で整っている。品揃えも中々に豪勢で、満足できるものだった。

 

 

 昨日の絵……買ったのは初老の男だった。私の描いたそれがどうにも気に入ったらしく、高値で買うと言い出したのだ。

 

 路銀が多いに越したことはない。それは大変ありがたい申し出だった。しばらくは金に余裕が生まれる。

 

 

 さて、彼は自分の絵に惚れ込んだそうだが、同じように自分の為人にも興味を持ったようで、購入に際していくつか会話を交わした。

 

 

 そうだ、それがきっかけだろう。それでああして夢を見る羽目になったのだな、思うに。

 

 

 どうして絵を描き始めたのかと、老人は尋ねた。

 

 

 私はしばし答えに迷ったあと、顎に手を当ててみたり視線を彷徨わせたりして、考える素振りをぞんぶんに見せてから口を開いた。

 

 こうして身の上話をする私は真実を話しさえすれど、嘘をつくことだってあった。取り繕った話をするのも、それが初めてではなかった。

 

 

 じっさい、どうして絵を描き始めたのかと己に問えば、とある景色がきっかけになる。

 

 

 

 丘。草原が一帯に広がる中の、にわかに盛り上がった起伏の上に私は立っていた。眼前には巻雲の散らばった青空が高く澄み渡り、遠くには青くきらめく水平線が淡く光っている。そこに立っていた。その景色が深く深くまぶたの裏に刻まれている。

 

 

 

 実のところ、この景色がどこの場所のものなのか定かではない。

 

 親が二人とも旅好きだったので、私も幼少の、物心おぼつかぬ時期からあちらこちらに連れ出されていたのだ。

 

 

 そのなかの一つ――その他の記憶は今では皆無と言って良いくらいに朧げである――に、その景色が佇むわけだった。

 

 

 幼かった自分はその地名など覚えておらず、今となっては親に尋ねることもできない。それが今この瞬間まで続いており、結局その場所を知らずにいる。

 

 

 

 その丘の、私が立ちつくす場所の足元には、一輪の花が咲いていた。(ああ、思い出した。ずいぶんと寒くて、花が咲くにも厳しい土地だった。)

 その他に、目立つ植物は見当たらない。針葉樹の一本すら見えなかった。

 

 

 その憧憬が忘れられないでいる。なだらかな丘と流れる空、風に揺らめく一輪草。それが今でも心の中の多大なところを占めきっている。

 

 

 そういった話を、老人には話した。聞き終わって、しばらく鷹揚に頷いたあと、彼は言った。

 

 

「君は、それが忘れられないのだね。いま思い起こせる全ての中で、それが一等大切だと言うのだね」

 

 どこか懐かしむようにも彼は言った。

 

「それはね、君。原風景と呼ぶべきだろう。

 

 

 君の原点がそこにあるんだ。君という人間が形づくられ始めた瞬間が、そこなんだろうね」

 

 

 

 いやなに、大袈裟な言葉を使うつもりはないのだけれど――。老人は肩を震わせてわらっている。

 

 

 

 私は、風のかおりを思い出していた。あの丘の、しめった草と土とを柔らかく撫でる、どこか潮の混じった匂いのする風。やわらか。

 

 

 

 それが鮮明に想起された。

 

 

 

 彼の言葉が、原風景という一単語が、それを為したのだ。

 

 

 

 目の覚める思いだった。彼は自分という人間の半分を言い当ててしまったのだ。

 

 

 

 私は、老獪な人物である彼に、取り繕った話をして会話を済ませようとしたことが急に酷く恥ずかしいことに思えてきて、それきり黙りこくってしまった。

 

 

 

 これ以上なにをどう喋るにしても、自分の口からは取り繕ったことばしか出てこないとわかっていたからだ。

 

 

 

 私は己の不誠実を恥じた。それだけだった。

 

 

 

 老人との会話は長くないうちに終わり、私たちは別れた。それから、予想以上の収入となった金をたずさえて、宿に入って眠りについたのだ。

 

 

 

 朝食をとり終え、荷物を肩に背負って宿を出たところ、行商人を見かけた。明るい気前で商売をしている。

 

 

 

 彼は両脇に商品を揃え、道行く人に声を張り上げていた。そのなかに、琥珀色に輝く玉のネックレスがあった。私はそれを見て、酷く懐かしい気持ちになった。

 

 

 

 絵を描くきっかけが先ほどの話であったなら、今のような放浪を始めたきっかけは全く別のこととなる。

 

 

 

 昔の私、幼少や少年期なんかの頃は、生まれ持った絵画の才を除けば、普通の男児だった。間違っても人生を放浪に賭すような感性は持ち合わせていなかっただろう。

 

 絵を褒められるのは勿論嬉しいことだったが、それと同じくらいに、他人と笑い合うような、ありきたりな日々の幸せを好んでいた。学問には興が湧かず、運動についても、父譲りの恵体以外には秀でた面などなかった。

 

 

 

 

 

 十年近く前、十六になってから初めての休日のことだった。その日は両親の結婚記念日だったらしい。やはり彼らは旅行を企てていた。

 

 

 

 その頃の私は背伸びをしたがる年頃であり、また親を敬う気持ちもそこそこにあったので、二人だけで行ってくるようにと断りを入れた。

 

 僕に家のことは任せてくれ、とも宣った。

 

 

 

 その一人息子を信頼していた二人はそれに異を唱えることもなく、そのとおりに出かけていった。

 

 

 

 その日のうちに、両親は死んだ。

 

 

 

 交通事故だったと聞いている。

 

 

 

 私はその報せを聞いて、死んでしまったか、と思い、その次に、生活をどうしようか、と悩んだ。両親はともに親戚とのかかわりを絶っていたので、頼れる縁がなかった。

 

 

 

 泣いた記憶は無い。それを忘れただけなのか、実際泣かなかったのかは知る由もないことだ。

 

 

 

 幸いにも自宅は持ち家だったので住まいを気にする必要はなく、その時の私は既に働ける年だったので、生活に困窮しきる心配もなかった。

 

 

 

 また、予想外のところから助け舟が出た。

 

 

 

 私には幼馴染がいた。親同士が昔からの付き合いだとかで、家族ぐるみで仲が良かったので、父母が死んだ折にはあちらの親がずいぶんと気にかけてくれたのだ。

 

 それで様々な助けを受け、(金銭などはなるべく断った。)自分の生活の大きな支えとなったりもした。

 

 

 

 養子にならないか、となんとも人の良い打診もされたが、元の家、つまりは両親との想い出を気に入っていた自分は、それを断った。嬉しい申し出であることに相違なかったが、あの家を出ることはしたくなかったのだ。

 

 そう説明すると、向こうも快く引き下がってくれた。やはり人が良かった。

 

 

 

 代わりに幼馴染の少女がしょっちゅう家の手伝いをしてくれることとなった――自分が頼んだわけではないが、一家そろって世話焼きな人たちだった。

 

 

 

 家事が得意だから、と彼女が胸を張るので、自分はそれに感心し、ならそれを見習おう、と返した。

 

 家の手伝い(彼女の家は自営業の……何をしていたかは忘れてしまった)で家事をしていた彼女は、その器用さを存分に見せてくれた。

 

 

 

 その少女とはそれまで以上に仲を深めた。孤独となった自分にとって彼女の存在はありがたく、少なくとも、その他大勢より優先すべき存在だった。

 

 

 

 今になって思えば、自分は彼女を好いていたのだろう。そしてそれは、彼女にも似たことが言える。あの子も、多少年の近いだけの男子である自分をなにかと気にかけていた。

 

 

 

 彼女は長くピアノを習っていた。ピアニストとしての実力がどうであったかなど、知ることはなかったが、音楽に縁のない、ピアノの旋律を初めて聴く自分には、その音色のどれもが特別だった。彼女の演奏を聞くたび、呆気に取られて手を叩いて褒めたたえた。

 

 

 

 耳朶の甘美な震え。この心の感受性の、その奥底がつよく昂ぶった。彼女ほどのピアニストは居ないだろうと信じきり、結局その判断が覆りもしなかった。

 

 

 

 幾度とあった彼女の演奏の全てに、本心からの称賛が付いた。彼女もまた私の感想に喜び、いっそうピアノに打ち込んだようだった。

 

 夏の日の記憶。

 

 

 

 

 

 少女とは、いろいろな話をした。自分より少しだけ年上の、高校を卒業し家業を継ぐのだと働いていた彼女は、その朗らかな振る舞いに似合わず、随分と多趣味なひとだった。

 

 

 

 彼女の本棚からくたびれた哲学書が出てきたときには流石に驚いて、呆けて拍手をしてしまったこともまた、妙に鮮明に覚えている。中秋。

 

 

 

 自分もまた読書をそこそこに好み、詩集を読んだこともあった。真似をしていたのだろうか、勇んで読んだ記憶がある。

 

 

 

 ふと、尋ねたことがあった。

 

 

 

――この本のこの一句は、”それまでの人生の積み重ね”、を表しているんだと解釈したけれど、どうしてそれを「雲雀の血」と書いたんだろうかと。

 

 

 

 血は、言葉では濯げないでしょう。彼女は言った。水が必要でしょう、こそぎ取るための布も。匂いを消すのに香水なんかも使えるかも、と。

 

 

 

 それだけあれば、人生を生きられるかもね。

 

 

 

 あんまりにも格好つけて言うので、たまらず吹き出してしまった。でも彼女の言ったとおりになったら、面白いことだと思った。

 

 照れ笑いをする彼女が、つけ足すように言った。

 

 

 

 君には、それだけで足りるのかな、と少女は尋ねた。

 

 

 

 たぶん足りないね、と答えた。僕には、人との対話が必要かも知れないし、あとは、綺麗な景色が欲しい、と付け加えたりもした。

 

 

 

 彼女はそれを聞いて再び微笑んだあと、私も、ピアノを聞いてくれる人がいて欲しいかな、と言った。

 

 

 

 必要なお金のために仕事をして、家事を済ませて、余裕のある日には絵を描く。ときおりその絵を売ることもあり、それらは貯金の少なくない足しになった。

 

 

 

 けして豪勢な暮らしではなかった。自分はそれを求める質たちではなかったので気にはしなかったが――ただ、いつも人情があった。彼女とおじさんとおばさんと、亡き親からも愛は注がれていた。

 

 若年にしてそれを幸福の味と知ったのだ。

 

 

 

 自分が19になる日には、一足先に二十歳を迎えていたあの子に、いつもみたくピアノを弾いてくれよと頼んだ。それで充分だった。

 

 

 

 その日の暮れ。労働の帰りに、ふと市場の方に立ち寄って露店を覗いてみたりした。その中で一際目を引いた琥珀色の髪飾りを買い、彼女に贈ろうと決めた。

 

 

 

 その頃の自分は、他人に感謝することを策していた。それで彼女にも髪飾りなんかをあげてみて、彼女が喜んだりしないかと考えたのだ――彼女の誕生日には、絵を描いてやろうとも思った。

 

 

 

 長髪の似合う人だった。亜麻色の髪を腰まで靡かせるのを見るたびに、綺麗だな、としばしば考えていた。その髪飾りをつけた彼女は、きっと綺麗だろうと思うのだ。

 

 

 

 ――目前の行商人からその琥珀色のネックレスを買い取り、懐にしまう。手中に収めずにはいられなかったのだ。

 

 

 

 かすかに湿った地面を踏みしめて、車の出る待合まで向かう。次の街には今日中に着いておきたい。

 

 

 

――あのとき、露店で支出をこさえた自分は、すっかり得意げになって帰路についた。辺りはすでに暗く、街灯などめったに見えなかったが、心細さなどはなかった。

 

 期待していたのだ。二人はともに成人であり、将来を憂うべくもないのだと。

 

 恩返しなどと大仰な言葉を使うつもりはなかったが、しかし彼女の一家には恩がある。自分の人生や能力くらい、きっと注ぎ込んでやれる。そう考えることもあった。

 

 

 

 家について汗を吸った服から着替え、彼女の家に向かった。懐には先ほどの髪飾りを大切にしまい込んで、我慢ならぬ足取りで、なかば駆け抜けるように足を動かした。

 

 

 

 満ち足りた人生だと疑いもなく思った。幸福の定義を議論することほど無駄なことはないじゃないかと考えるほどに、少しの悲愴も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 自らの生まれた星を何よりも憎んだのは、その日が最初で最後だった。

 

 

 

 その日、彼女の家には強盗が押し入っていた。店番をしていた彼女の両親は、店頭で刺し殺された。

 

 

 

 家の奥にいたはずの少女も、ピアノに覆いかぶさるようにして喉元から血を流して死んでいた。

 

 

 

 家に着いた自分は、それを取り囲んでいた警察にそう教えられた。

 

 

 

 それらのどれもが、夕暮れの時間帯、つまりは、自分が露店を見て回っていた時間に行われたのだと、その犯人はすでに捕らえられているのだと、そう知った。

 

 

 

 一連の話を聞いて、最初に、またか。と思った。それから、あのピアノは二度と聴けないのか、と考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 自分は虚ろな瞳でしばし呆然と立ち尽くしてから、元来た道を、ゆっくりと、長い時間を掛けて歩いて帰った。

 

 

 

 それから判明したことだが、犯人は精神疾患を患っていたそうだ。あのときは錯乱し、衝動的に彼女らを殺したのだ、と。その話の真偽は自分にはさほど重要ではなく、奴が死ににくい立場となったことを漠然と把握するのみだった。

 

 

 

――供述のなかに含まれていたらしい「誰でもよかった」というのが、脳裏にこびりついて離れなかった。

 

 

 

 私たちの地域の警官たちも、私が少女たちと昵懇の仲であり、色々と世話になっていることも知っていた。

 

 それで、犯人の裁判を観に来るかと聞かれたりもしたが、自分はそういった一切を断った。

 

 

 

 悪人には罪相応の罰が下るべきだろう。とはいえ、自分にそれを見届ける意義はどうにも見いだせなかった。

 

 罪と罰、悪人にそれだけ相応しいものはない。誰もが生まれながらにして理解することだ。

 

 

 

(では、彼女らは?自分の両親は?罰だというのか、あれが。不慮の事故が、無差別の殺人が、同様に彼女らに相応しい罰だと?)

 

 

 

 目下の問題として、彼女らの葬儀をするべきだった。

 

 自分は、己の感情を整理し、あるいは他人にぶつけるといった利己的な行動よりも、世話になった彼女らを丁寧に弔うことを優先すべきだった。

 

 

 

 

 

 ぼんやりと覚えていたことだが、近所の住人たちのなかには、私がよくないモノに取り憑かれているのだと騒ぎ立てる老人もいた。

 

 騒ぎ立てた人間そのものに特別興味を持つことはなかったが、それとは別に、もし本当に自分が取り憑かれているのなら、嗚呼、自分はなにをしても真っ当な人にはなれないのだろうな、と考えた。

 

 

 

 それは己の罪にあたるのだろうか、今も考えている。

 

 

 

 そうした日々の中で、私はもはや、この街になんの楔も無いことに気付いた。親は事故で死に、少女たちも殺された。

 

 その他に親しい間柄の人などとくに思い当たりはしなかった。

 

 

 

 私と云う人間には何ものこっていないのだと、少女の棺が閉じられるその瞬間にきづいてしまった。

 

 この世界が、伽藍のように虚ろになったらしかった。惰性で開いていたまぶたで、その晴れの日の葬儀を眺めていた。

 

 

 

 正真正銘の、天涯孤独の始まりだった。

 

 

 

 そのとき、己の運命なんかを憎んだりもした。自分という人間の存在そのものに懐疑を持ち、なぜお前だけが生き残ったのかと自罰をしたりもした。

 

 

 

 明くる日の未来に、希望など持てやしなかった。それまでのけして短くない月日を共に過ごしたひとたちを失ってなお将来に大志を抱くことは、それ即ち自己意識の破滅、精神崩壊の反動を意味していた。

 

 

 

 

 

――事件の翌日のことを、鮮明に覚えている。

 

 

 

 

 

 インターホンが何度か鳴った気がした。私は窓際の椅子に腰を下ろしたまま、甲高いその音が耳に入っても、視線一つ動かさないでいる……。思考に耽るでもなく、川端の石のように、ぼうっと固まる……。果たして血液はこの身体を流れていただろうか?呼吸さえ不確かである……肺は膨らんでいたか?

 

 

 

 東に昇った日が、西に沈んで随分と経った頃、自分は窓の外に視線を向けた。――黒ずんだ虚空、ひっそりとした夜更けの街は、子どものどよめきすら聞こえてきやしない……不気味。

 

 

 

 どっと熱い息を吐いた。鉛のように重い身体を打ち崩し、冷たい床に無様に転がりうずくまる。

 

 

 

 この世のありとあらゆる恐怖が身を包んだ。とたんに息切れ、動悸が指先まで高まり、瞳がひどく震える……、孤独な夜。

 

 

 

 君は死んだのか。みんなが、死んだのだな。

 

 父よ、母よ。恩人のおじさん、おばさん。死んだんだな。

 

 

 

 君は死んだのか?みんな死んだのか?こんなにもちっぽけな独りの少年を残して?

 

 

 

 誰も彼もが、私を置いていく。誰も彼もが。

 

 

 

 彼女らが死んだことは、罰だったのか?いったい誰に向けられた罰?彼女らへの、死という罰?少年への、孤独という罰?

 

 

 

 喉が渇いた。お腹が空いた。頭が痛い――すぐにでも対処できる……孤独は?死は?

 

 

 

 窓の鏡に反射するものを見た。獣。この世のなによりも醜い表情、口元も眉根もひどく歪んでいる。眼光は鈍く、夜光を受けて燻った光を反射する……しかし、よく見てみるとわかることもある。

 

 

 

 どうしてだろうか、その両目はしかと開かれている。呼吸は正常、脈も問題ないだろう。

 

 

 

――そうか。絶望しきったところで、精神が身体を壊し切ることなどないらしい。

 

 

 

 ふらりと、立ち上がった。生存欲求を順に満たしていく。それから、ぜんまいの切れた人形のように、ベッドに倒れ込んだ。やがて泥のように眠りこける……。

 

 

 

 永い日々の、始まりだった。

 

 

 

 

 

 幸いにも、お金に困るわけではなかった。少女の思慮深い両親は、あらかじめ、その一家に何かがあったときは、少女もしくは私にその遺産が渡るようにと一計を案じていたのだ。(あの人たちはその何かを引き当ててしまったわけだ。)

 

 

 

 死してなお、彼らは少年に施しを与える。

 

 

 

 私はそれを知って安心などできなかった。それに喜ぶことというのは、金という財産に目を奪われるのは、三人に対する侮辱に近い気がしてしまったし、そんな金銭が増えたところで死んだ彼女らの葬儀を手厚くすること以外に使い道も考えたくなかった。

 

 

 本音を言えば、(当然のことだが)お金なぞよりも、三人の方に生きていてほしかった。

 

 

 ふとした瞬間に、どこからかピアノの音が聞こえた気がして、そのたびに誰が弾いているのかと探してしまう。そういった習慣がその頃の自分にはあった。

 

 

 

 (その習慣がなくなった頃には、却って本物の音色を聴くことがなによりも恐ろしく、心を抉られるようになった。)

 

 

 

 

 そうして事件から二週間ほどが経った頃、三人の墓も無事に整い、彼女らは地の下に埋まった。 それはこれまでの(それからも含め)人生の中で最も早く過ぎ去った二週間であった。

 

 それらは乱雑にめくられた本の頁のような日々で、ほとんど覚えてはいなかった。

 

 

 

 悲しみ、あるいは後悔による慟哭――それらは不思議と心に浮かぶこともなく、従って私は泣き喚くこともなかった。こうも非情な人間だったのだろうかと、思い悩んだ。

 

 いやしかし、失ったのはそれだけか?

 

 

 

 そうして、笑いや怒り、驚愕などといった喜怒哀楽の感情表現の多くを失ったことに気が付いた。

 

 あの人たち、まさか自分の感情表現まで持って行ったのだろうか――口角を上げて、不格好にわらってみた。下手くそな笑顔を鏡の中に見出して、シケた。

 

 

 

 その瞬間、人が空っぽになるということが何なのか、理解できた。

 

 

 人が絶望の淵に追いやられたとき、自決を考えるものもいるだろう。しかし私は、それを考えることはしなかった。

 

 なにも大層な信念が邪魔をしたわけではなく、ほんのちいさなきっかけ、つまりは約束があったからなのだ。

 

 

 

 私の描く絵は、ほとんどが風景画だった。(物心もおぼつかない幼少のころに初めて描いたのが、窓の外の景色だったぐらいだから、筋金入りだろう。)

 

 

 

 その中に一つだけ、人物画を描いたことがあった。やはり彼女の絵だった。十歳ほどで描いたのだったか。

 

 

 

 それを見て彼女はたいそう喜んでみせた。物欲しそうな顔を見せたものの、とうの幼い画家が苦虫を噛んだような顰め面で描き上げた絵を見つめるものだから、すっかり諦めたのか私に手渡してきた。

 

 

 己の不甲斐なさを心の底から呪っていたのだと思う。面と向かって言えたことではなかったが、この絵より、本物の彼女のほうが、ずっと美しいじゃないか、などと考えていた。あまりにも悔しかったのだろう。よく覚えている。

 

 

 ただ、どうしてだろうか。そこまで悔しい思いをしても、二度と人物画を描く気にはならなかった。はたりと諦めて、風景画に心血を注ぐようになっていた。

 

 

 彼女はいつもどおりに描き上げた風景画を見ても、やはり私を褒め称えた。それは、けっして、年上特有の甲斐甲斐しさから来る配慮ではなく、(まるでピアノを聞いた少年のように、)本心からの感嘆だった。

 

 

 

 17になる頃、彼女は言った。

 

 

 

 君の描く絵は色んな人に見られるべきだ、と。

 

 

――君の絵を見てると、どこからともなく、懐かしさみたいなものがこみ上げてきて、温かい気持ちになれるんだよ。

 

 きっと君の絵を必要に感じる人が、この世界の、どこにでもいるに違いない、と。

 

 だから、絵を辞めないで欲しい、と言った。それは彼女のわがままであったが、結局、自分の人生の指針となった。

 

 

 

 

 少年はその言葉に露ほども疑いを持たず、ならば、僕の絵が遠くにも届くようにしよう、と決心した。

 

 

 

 その時の光景を、鮮明に覚えている。親が残した少年の家の、居間の窓際に二人は隣り合って座っており、傍らには斜陽が淡い光をともなって、うすく差し込んでいる。

 

 確かな約束だった。少なくとも自分はそう覚えている。

 

 果たさなければと脳裏にきざんだ。懸想、その表れだったのだろうか――。

 

 

――老人に話さなかったこと、しかし、その光景もまた原風景の片割れであろう。今もなおこの心の深いところに沈んでいる……。まさしくこの人生の半分だ。

 

 

 そうして、葬儀も終わり日々に区切りがついたころ、私は約束を果たすための準備を始めた。

 

 

 

――放浪を始めてから、ほとんどの絵に買い手がついた。その需要が見事に言い当てられていたように感じて、また彼女に感心した。

 

 

 もとの家は売り払った。なんの楔も残っていない街に、我が家があったところで扱いに困ったのだ。大概の家財もそれなりの値段で売れた。(買い取り屋の老夫婦が情で相場より高く買い取ってくれていた。)

 

 わずかなもの、薄衣の白いカーテンや、黒いマグカップを少女の家に残した。

 

 

 

 少女一家の家については、何にも手を付けなかった。私の為にと遺されたとしても、それはやはり彼女らの家なのであって、私が帰属すべき場所ではないのだ。

 

 

 家の清掃だけをさっぱり済ませて、家具や小物など、目に映る全てをそのままにした。特に、店の入口と、ピアノの部屋は、何ひとつ変わることのないようにと、細心の注意を払った。

 

 

 

――今にして思えば、私は、その家にいくつもあったのだろう思い出を壊したくなかったのだ。

 

 それは彼女らへの一種の贖罪だった。

 

 

 それら全てを終えて、私は、何かのしがらみから解放されたような、そんな感慨に包まれた。

 

 

 そしてすぐに、街を出る決意をした。

 

 

――この場所にある思い出を独りで直視することほど堪えるものはなかった。深く抉れたこころに、それを耐えるほどの強さを持っていなかった。

 

 

 堪らずに絵を描いてみた。街を出る準備をしてはその合間に描き続けた。少しばかり気晴らしになった。

 

 

 

 それらの少年期を経て、あと半年で二十歳になるという頃に、私は放浪を始めた。

 

 

 決行は真夜中に行われた。月が出ていた。浅い角度にたゆたう……夜は永いのか。ゆったりとした場所に浮かぶ月はどう思ったろうか。青年がひとり、人目を避けしかし堂々と、夜街を飛び出し人生を放浪しようとする。憐れむか?嗤うか?――その月の顔はいつかの醜い獣だろう!

 

 

 

 夜は永い。あやつはその時間いっぱいを使って夜空を流れ、やがて郷愁に満ちた夜明けを過ぎた頃にまたゆったりと沈むのだ――。

 

 

 

 小一時間ほど待機していた待合を出て、到着した車両に乗り込む。今でこそ旅には慣れたものだが、最初からそうなるべくもない。

 

 

 

 慣れぬ旅には絶えず困難が付き纏い、それらはまさしく破天の海の荒波に等しかった。二十九日間を無に等しい端金で生きたことも時にはあった。

 

 

 

 二カ月目で、人の家に転がり込んで絵を描くことを覚えた。それまでの生活に比べ革新的なそれは、己を気前よくさせ、なかば押し付けるように絵を家主に贈った理由となった。

 

 

 

 冬の日、ある街で女に声を掛けられた。放浪だと言えば、家に来なさいと云う。人の家に転がり込むことに味を占めていた私は、嬉々としてそれに従った。

 

 

 

 夜。少女から習った腕で夕食をつくり(女は夕餉に酒を取り出し、青年をも酔わせた)、それで女を満足させたあとのこと。

 

 

 

 真夜中、突如として女は私を押し倒した。

 

 

 

 戸惑った。この身は女を誘ったか?

 

 

 

 昂ぶった。この身が欲を忘れたか?

 

 

 

 姦淫の罪……躊躇いなく犯された罪。

 

 

 

 明くる日の朝、私は猜疑に満たされた。それは自罰の兆候だった。

 

 

 

 淫楽に身を委ねた――出会って間もない女と?

 

 はじめてだった。

 

 

 

 この指が罪を犯したと考えた。

 

 総じて、並々ならぬ思いばかりだった。困惑と失望とに身体中が支配される。

 

 

 

 寝ぼけ眼で目覚めた女は、取り乱す男を見て、宥めるようにその潤ったくちびるを歪めた。

 

 

 

 寒いでしょう、服を着なさいなと、女が言った。飄々とした態度を見て、私はことの発端となった彼女を糾弾したかった。お前、なぜ僕を押し倒したのだ。なぜだ。と、言えるわけもなかった。この女が私に欲をぶつけたところで、それを罪とは言えなかった。

 

 

 

 震える身体を押さえつけながら、シャワーを浴びて朝食をとる。

 

 

 

 横にいた女、そいつは私が苦心していると理解した。それでなにを思ったか、自分を驚かせようとしたのだ。

 

 

 

 女は食卓の脇にある、大きな布で覆われた物体から布を払い取った。それはピアノだった。突然のことで驚いた私は、それを弾こうとする女を止められなかった。

 

 

 

 女は、それを善意でやったのだろう。私は過去の話などなにもしなかったのだから。

 

 

 

 旋律を聴いた瞬間、身体の全てが拒絶を起こした。

 

 耳の裏が粟立って、全身に鳥肌が走る。ひどい吐き気がした。全身の血がごうごうと巡り、そこら中の血管がはち切れてしまうのではないかと思った。

 

 

 

 震える声で尋ねる。ピアノは、長く習ったのか。いいえと女はかぶりを振る。2年ほど前の貰い物を、少しずつ練習してみたのだと。そう言って、笑う。

 

 

 

 お気に召さなかったかしらと首を傾げる女にいいやと弁明しながら、席を立つ。

 

 

 

 いんや、悪いが早めに出ようと思ってね。宿と飯と、本当に助かった、ありがとうございました。そう言って床に置かれていた鞄を肩に掛けた。すこし埃がくっついている。あの子なら床に埃なんか放っておかないというのに。

 

 

 

 まだいればいいのにね、と宣いやがる女に何も返さず、自分は勇み足になるのをこらえながら外に出た。

 

 

 

 

 

 この一夜こそが罪だろうと、揺れる視界のなかで考えた。ふらりふらりとよろめくように歩いている。

 

 罪悪感に身を包まれていた。なんの罪悪感かと言えば……ああ、なんだろうか。ふと、立ち止まる。

 

 

 

 少女への罪悪感?不貞を働いたとでも?いいや、そもそも結ばれてすらいない……彼女が悲しむと思った?

 

 

 

 自分が赤の他人の女とまぐわうことで、彼女が悲しむのではないかと、ほんの少しでもそう考えたのか。

 

 

 

 そんなもの、身勝手な空想だ。あの子の心のうちはあの子にしか分からず、それを自分が推し量って決めつけるべきではないだろう。

 

 

 

 ……いいや、悲しまないとも限らないのか。

 

 嗚呼、駄目だ、堂々巡りの思考に終わりなど無いだろう、彼女がどう思ったところで、この頭が罪悪感を覚えたのは確かなのだ。ならば、ならば、己が認識し自戒するうちはそれは罪であって………。

 

 

 

 誰が罪を犯した?私だ。

 

 何の罪を犯した?姦淫の罪だ。

 

 なぜそれを犯した?この身が欲を持っていたからだ。

 

 

 

 なぜ、それを罪と考える?

 

 

 

 ……彼女を一等大切に想っていたと云うに、それに事欠いて名前も知らぬ女をあっけなく抱いたからだ。

 

 彼女の人生は、きっと少なからず自分が占めてきた。あの子に頼り、対話をし、ピアノを褒め称え、わらっていた。

 

 きっと、その一途な少年を、悪しからず思っていたのだ。

 

 

 

 だから、その一途を、誠実さを貫き通すべきだったのだ。それこそがこの身の純真さの証明だった。彼女に胸を張れる人生を送ることの大切さと言ったら………。

 

 

 

 果たして、純真を守る必要があるのか?

 

 

 

 冬風の吹き付ける街道の中、独り歩く私はぴたりと立ち止まった。

 

 

 

 この人生は、絵を描くためにできている。生まれ持った才も、培った経験も、それを如実に示している。今さらそれに疑いを持ちやしない。なら、その絵という感性の発露に、穢れなき魂は必需だというのか?

 

 

 

 思うに、何の変哲もない人生だったなら。――つまり、親も死なず、少女たちとも普通の域を出ない関係のままだったなら、自分はこの生涯を絵に賭してはいなかった。

 

 趣味で描くことはあろうと、そこに決死の想いはなかっただろう。今の自分の全ては彼女との対話から生まれたのだ。

 

 

 

 お互いの感性を認め合い、感心し――その手段ばかりに、心を通わせる術を頼っていた私たちだからこうなったのだ。

 

 

 

 だがどうだろう、彼女が遺した約束は、絵を辞めないで欲しいという一点ばかりで、正しく清らかな人間であることなど望んではいなかった。

 

 そう、そんな言葉はどこにも無かった。

 

 

 

 ならば、この手が穢れることがあったとしても、彼女に顔向けできないことをしてしまっても、それが絵を描くことに、約束を果たすのに差し支えさえなければ、構うことはないだろう。

 

 

 

 つまりは、罪にまみれた感性を、私は拒んではいけないのだ。むしろ、甘んじて受け入れるべきなのだ。

 

 

 

 そう、穢れを重ねて、重ね続ける中で絵を描いて、その感性の変化をわずかに抽出していくような工程があって良いのだ。

 

 むしろそれは、良いインスピレーションになるかもしれない。

 

 

 

――人生の転換点を三つ挙げるならば、この発想が最後の一つになる。その選択は、もはや取り返しのつかない岐路でもあった。

 

 

 

 舗装のない道を走る車内で、振動に揺さぶられながら口のなかで呟く。

 

 

 

 未だ旅路は終わりの兆しを見せていない。私の絵描きはこれからも続き、約束の果てるところを見いだす必要があるのだ。

 

 

 

 だから、私は歩き続けなければいけない。

 

 

 

 琥珀色のネックレスの温かみを懐に突っ込んだ手で感じ取りながら、私は目的地までの眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 親愛なる少女、ユーリへ。

 

 

 

 元から大差のなかった貴方の年齢を追い越してから、また数年が経ちました。来週にあなた方の命日があったはずですので、それまでには帰ります。少し前に琥珀色のネックレスを買ってみたのです。飾っておきます。

 

 

 

 いつ振り返っても、ずいぶん恵まれた人生でした。なぜかと言えば、貴方の為に絵を描こうと思うだけで、生にしがみつけるほどの経験を持ったからです。

 

 

 

 たとえ、一生の独りぼっちになったところで、簡単には諦めがつかなくなったのです。それは、このちっぽけな男の胸の奥深くに刺さった楔があるからです。

 

 

 

 じつのところ、その楔こそが私の人生の支えだった。

 

 

 

 貴方達を失ったという悲しみ、それこそが楔の正体であり、私を生かし続けている。歩みを止めぬようにと脳をせめぎ立てている。酷い矛盾と笑いますか?

 

 

 

 貴方は、私が描いた絵をよく称賛してくれました。私にはそれが日々の喜びそのものだった。

 

 

 

 貴方は私に言葉を残しました。色んなところに私の絵が届いて欲しい、と。その本心なんかは、私には、まるで分かりません。宿願だったのか、ほんの余興のような心だったのか、けして分かりません。だって聞こうにも、とっくに貴方は死んでいますから。

 

 

 

 でも、貴方がその言葉を残したのは確かです。ですから、私はそれに縋ったのです。世の中の人も、大抵そうでしょう。人と人とが完全に分かり合うことなどないのだと、そう知っているから、分かたれた人が残した、確かなことばに縋るしかないのでしょう。

 

 

 

 なによりもちぐはぐて、どこまでも曖昧な、そんな言葉に頼るしかないのでしょう。

 

 それが悲しいことだとは思いません。それは前向きな行動とも言えるのでしょうから。

 

 

 

 ユーリ、私は覚えています。あの丘に立つ自分自身を、その上を流れる青空と雲と、短く生える草っぱを。きっと、もの一つさえ言わずにその空間のすべてを五感に焼き付けていたんでしょう。

 

 西日差す窓際の、頬杖をついてこちらに笑いかける貴方を。その美しさを。忘れられないでいる。

 

 

 

 ずっと覚えています。その光景を。胸の奥、心臓よりもずっと深いところへ刻みつけて覚えています。

 

 

 

 それから、貴方が言葉を残したように、私は絵を残しましょう。もう既に色々な人に売り渡しましたが、まだ足りないでしょうから。景色を見て、ほんの数瞬の夕焼けに心打たれて、そうやって描き続けます。

 

 

 

――言葉を残してみようかとも思いましたが、知人に書いた詩を見せたとき、感心とも呆れとも取れない薄ら笑いを浮かべさせてしまったので、まあ、それではダメなんでしょう。

 

 

 

 罪を犯しました。貴方に顔向けできない罪を。穢れた感性になるでしょう。優しかった貴方さえ呆れ果ててしまうやもしれない、そんな罪がこの心に堆積していく。穢れた人間が出来上がるのです。

 

 

 

 けれど、そんなものからも芸術は生まれてしまう。それを、偽物だと糾弾することなど、たとえ貴方にも出来やしない。

 

 

 

 赫く燃え盛る火に炭を焚べるように、その感性で絵を描きましょう。この両の手の、罪に塗れた指先で、いつまでも筆を守って、描くのです。その火は、随分燃え盛るでしょう。何よりもきらびやかに輝く、立ち消えぬ炎となるでしょう。

 

 燃えて、燃えて、燃やし続けて、灰になっていくのです。

 

 いつかは、燃え尽きるでしょう。それは、死と何一つ変わらないことかもしれない。

 

 

 

 赫灼の日の出を見ても、目を細めることもなくふいと顔を逸らすような、死んだ魚の目をするつまらない人間になるかも知れません。

 

 

 

 ですが、先ほど申し上げたとおり、このちっぽけな男には、それこそが本望なんです。

 

 

 

 きっといつかは、貴方へ抱いた想いも忘れる。絵を描く理由すら忘れる日が来るかも知れない。いつかはこの伽藍のような世界も満たされるかも知れない――けれど、それは忘却により満たされるのではない。

 

 想い出を捨てることで得られるのは、いっときの安堵だけですから。

 

 

 

 私という人間は、伽藍のような存在になったと同時に、ずいぶん拗れてしまいましたから。その拗れた人間には、まともな術で自らを満たすことなど出来やしない。

 

 分かりますか、貴方たちとの日常で満たされていたあの少年は、どこにもいないのです。

 

 

 

 だから、自らを嘲笑って、感性を罪に浸して、同じくらいの善行で人と対話して、絵を描いて、また夢を見て。その腐り果てた地獄のような日々の果てに、満たされるかどうかも分からない生涯の意味を、いつか見出すのです。

 

 

 

 私の人生を貴方に捧げるこの歓びを、どうか悲しまないで。

 

 

 

 貴方の為に生きること、それを始めるには遅かったのかもしれません。

 

 

 いつか描いた貴方の絵を、捨てなければよかった。

 

    

             1974年10月21日





参考: ラヴェル―亡き王女のためのパヴァーヌ

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