ジャン=ポール・サルトル
『実存主義とは何か』
深夜二時の学生寮。
完全に遮光された自室の空気は、俺が微細に調整したエアコンの冷気によって、無菌室のように静まり返っている。
机の上には、購買部のジャンクパーツから組み上げた完全独立型自作PCのモニターが、青白い光を放っていた。ネットワークからは物理的に隔離し、あらゆる無線通信モジュールを破壊したその端末の画面には、俺がこれまで収集した高度育成高等学校の断片的なデータと、坂柳有栖との同盟によって得られるであろう『不確定な変数』を組み込んだ、数万通りのシミュレーション結果が滝のように流れている。
(……坂柳有栖。Aクラスのリーダーにして、理事長の娘)
彼女の存在は、俺の計画において劇的なショートカットを可能にする。
俺がこれまでの調査で導き出した結論——『この学校は、ポイントであらゆるものが買える、それには合法的に退学させることも含まれる』ということ。
その究極の形は、「他クラスの生徒を合法的に退学に追い込み、その際に生じる莫大な違約金、あるいはポイントの流出を吸収するスキーム」の構築にある。
だが、Dクラスという最底辺の泥舟からそれを単独で行うには、物理的・社会的リソースが圧倒的に不足していた。だからこそ、坂柳の情報網と権限を利用する。
彼女は俺の異常性を狂気と呼び、愉悦のために共犯を受け入れた。
人間は裏切る。それは絶対の真理だ。だが、彼女の『退屈を憎む』という行動原理と、『俺の底を見たい』という強烈な知的好奇心は、少なくとも俺がAクラスの卒業証書を手に入れるその瞬間までは、彼女をこちら側の盤面に縛り付ける強固な鎖となる。
俺は自作PCのキーボードを叩き、新たなフォルダを作成した。
名称は『Project Tartarus』。
Sシステムという箱庭の基幹部分に侵入し、各クラスに配分される概念エネルギー——すなわちポイントの流通経路に、検知不可能な『バイパス』を構築する計画。
その第一歩が、明日に迫った中間テストでの『プランB(物理潜入・解答改竄)』の完全な実行である。
「……リスタ。見ていてくれ」
制服のシャツの下、冷たい金属のロケットペンダントが肌に触れる。
俺は呼吸を整え、ベッドの裏側に偽装された第一ストレージから、精製済みの『特殊温度揮発インク』の入った小瓶を取り出した。
ちょうどそのタイミングで携帯がなった
《着信:坂柳有栖》
「しかし、あいつはなぜ俺が印刷室にいることを知っていたのか」
聞かねばならない、どこまで彼女が役に立つか、その能力の一端を確認するためにも。
*
朝のホームルーム前のDクラス。
ポイントゼロの宣告から数日、中間テストという名の死刑宣告を前に、教室は重苦しい絶望に包まれていた。その淀んだ空気を切り裂くように、平田洋介が教壇に立った。
「みんな、少し静かにして。中間テストを確実に乗り切るための方法を、堀北さんと一緒に用意したんだ」
平田がカバンから取り出したのは、分厚いプリントの束だった。既に事情を共有している堀北鈴音は、驚く様子もなく、その冷徹な視線で騒ぐクラスメイトたちを黙らせる。
「過去数年分の中間テストの問題と解答よ。信頼できるルートから入手したわ」
堀北の言葉に、教室内が沸き立った。
「過去問!? マジかよ、そんなのあんのか!」
「それがあれば、俺たち助かるんじゃねえの!?」
「浮かれるのは早いわ」
期待に目を輝かせる池や山内を一喝し、堀北は事務的にプリントを配り始める。
「この学校は、過去の問題を使い回す傾向が極めて強い。これを完璧に暗記すれば、例え貴方たちのような劣等生でも赤点は回避できる。……ただし、暗記すら怠って赤点を取れば、その時は本当に終わりよ」
「僕からもお願いだ。暗記はあくまで『最低限』のラインだよ。万が一、問題の傾向が変わった時のために、僕と櫛田さんで勉強会も並行して進めたいと思っているんだ」
平田と堀北による、淀みのない主導。
クラスの誰もが「優秀な二人が解決策を持ってきてくれた」と信じて疑わない中、窓際の最後列で、聖哉は机に突っ伏したまま、伏せた瞳の裏側で情報のパケットを確認していた。
(……プランA、第二段階。綾小路という中間体を経て、堀北と平田に過去問をデリバリーさせた。これで俺は一切の足跡を残さず、クラスの生存率を劇的に引き上げた)
だが、聖哉の慎重さは、平穏の訪れを許さない。
(……だが、まだ甘い。過去問という救命胴衣を与えられたことで、あの愚者共は『覚えればいいだけだ』と脳を休止させる。その慢心が暗記漏れを生み、1%の赤点リスクを招く。……櫛田という猟犬を使い、その緩んだ精神を物理的に引き締め直す必要がある)
聖哉の視線が、クラスの輪の中で「平田くんたち、さすがだね!」と完璧な笑顔を振りまいている櫛田桔梗を捉える。
彼女のスマートフォンが、無慈悲な通知に震えたのは、その数秒後だった。
*
【視点:櫛田桔梗】
「はぁい! じゃあ次は、平田くんと堀北さんが配ってくれた過去問の復習ね。答えを丸暗記するのは当然だけど、もし本番で少しでも数字が変わってたら大変でしょ? だから、もしもの時のために解き方もちゃんと叩き込んでおこっか。池くん、山内くん、須藤くん、頑張って!」
昼休みのDクラスの教室。
私は、顔の筋肉が引きつりそうになるのを必死に抑えながら、満面の笑みで三人の男子生徒に声をかけた。
声のトーン、視線、表情。どれをとっても『健気で優しい天使』そのもの。
だが、私の胃の奥底には、鉛のような重く冷たい恐怖がどろどろと渦巻いていた。
(……ふざけんな。ふざけんなふざけんなふざけんな……ッ! 何が過去問よ! 平田くんたちが過去問を用意して、堀北さんたちが暗記の指示を出してくれたなら、それで終わりでいいじゃない!)
今私に課せられているのは、このゴミ屑三人を『絶対に、1ミリのミスもなく赤点回避させる』という、理不尽極まりない強制労働だ。
過去問があるからといって、私の恐怖は消えない。もし万が一、こいつらが一問でもマークミスをして退学になれば、あの録音データが学校中にバラまかれて私の人生が終わる。だから、過去問の内容を『理屈』で、脊髄反射で解けるまで叩き込ませるしかないのだ。
「……あー、もうダメだ。過去問の答え覚えるだけでよくね? 頭痛ぇ……櫛田ちゃん、ちょっと休憩……」
池くんが鉛筆を放り出し、机に突っ伏そうとした、その瞬間だった。
『ピィィィィィィィィィィィッ!!!』
「っっっぎゃあああああああああああ!?」
突如、池くんの足元——正確には彼のスニーカーの中から、鼓膜を突き破るような超高周波のノイズが鳴り響いた。
(……また、やりやがった!)
『首輪』。
心拍数と血圧の低下を検知して作動する、自動化された不快音発生装置。
「大、大丈夫!? 池くん! ……もしかして、疲れすぎて耳鳴りがしてるのかな? ほら、万が一に備えてあと少しだけ頑張って終わらせちゃお!」
私は天使の笑顔で池くんを助け起こしながら、背筋に冷たい汗が伝うのを感じていた。
過去問という確実な答えがあるからこそ、失敗は死を意味する。
私は、正体不明の『慎重すぎる悪魔』の手のひらで、こいつらを赤点から救うための猟犬として、今日も死ぬ気で笑顔を貼り付け続ける。
(……殺してやる。正体を突き止めたら、いつか絶対に、化けの皮を剥がして殺してやる……ッ!)
*
【視点:綾小路清隆】
放課後の旧校舎、特別棟の裏側。
人目のつかないその場所で、オレは指定された時刻通りに待機していた。
「……遅刻はしていないな。よろしい」
音もなく、背後の影から竜宮院聖哉が現れた。
彼の足音は、相変わらず完全に消去されている。防音タクティカルスーツの上に制服を着込んでいるのだろうが、そのシルエットに違和感は全くない。
「呼び出しておいて、随分と上から目線だな」
「お前は俺の部品だ。部品が時間通りに機能するのは当然のことだ」
聖哉は淡々とそう言い放ち、オレの前に一枚の小さな紙切れを差し出した。
それは、以前図書室で彼から渡された、特殊蛍光塗料が付着した連絡用のメモ用紙と同じ材質だった。
「……なんだ、これは。また過去問の配布ルートの指示か?」
「いや。今回は、お前に『物理的な作業』を手伝ってもらう」
聖哉は周囲の気配を極限まで探るように視線を巡らせながら、低く冷たい声で言った。
「今日の深夜、もう一度印刷室に潜入する。目的は、明日の中間テストで使用されるマークシートへの『細工』だ」
「細工、ね。……お前が以前言っていた、特殊なインクを使うというやつか」
「そうだ。俺が調合した特殊温度揮発インク。これを使い、三馬鹿の解答用紙に『誤答』を記入しておく。そしてその下には、正規のインクで『正答』をマークしておく。マークシート読み取り機の熱で上のインクだけが透明化し、結果として正答だけが機械に読み取られる」
オレは、彼の口から語られるその完璧すぎる不正の手口に、小さく感嘆の息を漏らした。
(なるほど。機械の仕様を逆手に取った、完全な物理的ハッキングか。……しかし)
「……櫛田に強制勉強会を開かせているうえに、今日油断をさせないように伏せておいた過去問まで公開している、三馬鹿の赤点回避の確率はそれなりに上がっているはずだ。わざわざ退学のリスクを冒してまで、印刷室に潜入して解答を改竄する必要があるのか?」
オレの問いに対し、聖哉は氷のように冷たい視線を向けてきた。
「俺の辞書に『それなり』という言葉はない。確率が100パーセントでない限り、それは0パーセントと同義だ。櫛田の教育、過去問の配布、それらはあくまで『プランA』に過ぎない。万が一、本番で奴らがマークミスをする、あるいは緊張で腹を下して白紙で提出する……そういったイレギュラーを完全に排除するための『予備の予備』、それがプランBだ」
徹底した、異常なまでの慎重さ。
彼の中では、不確定要素を残すこと自体が許されざる罪なのだろう。
「分かった。それで、オレの役目は?」
「お前には、印刷室の電子錠のオーバーライドを維持してもらう。オレが内部で作業している間、お前の演算能力でセキュリティシステムへのダミーデータの送信を続けろ。……そして、もう一つ」
聖哉は、ポケットから指先ほどの極小のチップを取り出した。
「これを、マークシート読み取り機の背後にある、LANケーブルの接続ポートに噛ませろ」
「……これは?」
「気にするな。ただの、保険だ」
聖哉はそれ以上語らなかった。
オレはその極小のチップを受け取り、指先で転がした。
(ただの保険、ね)
オレの直感が、それが単なるテストの得点操作のための代物ではないと告げていた。
竜宮院聖哉は、この中間テストというイベントすらも隠れ蓑にして、より巨大な『何か』の準備を進めている。
「……了解した。深夜二時、前回と同じルートで合流しよう」
オレがそう答えると、聖哉は無言で頷き、再び影の中へと溶けるように消えていった。
残されたオレは、夕焼けに染まる空を見上げながら、深い溜息をついた。
ホワイトルームの最高傑作であるオレですら、彼の描く盤面の全貌はまだ見えない。だが、確実に言えることは、この高度育成高等学校という精巧なシステムが、一人の狂った天才の手によって、内部から完全に書き換えられようとしているということだ。
*
【視点:坂柳有栖】
『……何の用だ』
極低温の声が、マイクから響く。
『ふふ。ごきげんよう、勇者様。明日のテストに向けた“裏の準備”は、順調に進んでいらっしゃいますか?』
『余計な詮索は無用だ。それよりも、お前に一つ聞きたいことがある。……お前はあの夜、なぜ俺が特別棟の印刷室に潜入していると分かった』
『ええ。あなたは確かに完璧でしたよ、聖哉くん。あなたの施したハッキングは、この学校のセキュリティシステムを完全に欺いていました。普通の人間であれば、あなたがそこにいたことなど一生気づかなかったでしょう』
『ならば、なぜだ』
『簡単なことです。私はこの学校の理事長の娘という立場を利用して、Sシステムの深層を散歩するのが趣味なのです。そしてあの夜……私は、極めて微細な、しかし決定的な不整合を見つけました』
私は、まるで子供に謎解きの答えを教えるように、楽しげに言葉を紡ぐ。
『ドアの開閉記録はなく、照明の電力消費もゼロ。それなのに、印刷室内部の【温度センサー】だけが、人間の体温による熱源の流入によって、わずか0.8度だけ上昇していた。さらに、高精度の【二酸化炭素濃度計】が、密閉された空間で“呼吸”が行われていることを示していたのです』
『……ッ!』
『幽霊でない限り、そこには誰かがいる。……聖哉くん。あなたはデジタル空間の王様になれたかもしれませんが、ご自身の肉体という【物理的な質量】の存在までは、消し去ることができなかったのですよ』
『……盲点だった。俺は、己の呼吸と体温を甘く見ていた』
『ふふ。素直に負けを認めるその姿勢、嫌いではありませんよ。……それで? 私の能力の一端は、あなたの過剰なまでの慎重さを満たす材料になりましたか?』
『……ああ。お前がただの権力にすがる小娘ではないことは理解した。お前のその特権的な観測眼は、俺の計画を加速させる『部品』として十分に機能する』
『次は、自分の体温を遮断する断熱材をスーツに組み込む。呼吸に関しても、酸素供給装置を携帯し、完全な閉鎖回路を構築する。……二度目はない。俺のデータに同じエラーは記録させない』
『素晴らしいですね。その狂気的なまでのアップデート、本当に退屈しません。……では、私はこれで。今夜の“大掛かりな仕掛け”とやら、特等席で拝見させていただきますね』
『余計なことはするなよ、メールにデータを送った。確認したら手順通り全てのデータをデバイスから削除しろ』
ツーツー、という電子音が鳴り、一方的な命令とともに通話が切断された。
白のキング。それを、黒のナイトでゆっくりと弾き飛ばす。
「……ふふ。ええ、本当に……退屈しないわ」
私の脳裏には、数日前の夜、特別棟の屋上で対峙した竜宮院聖哉の姿が焼き付いて離れません。
彼が放った、実体を持ったような圧倒的な殺気。そして、この私を道具として利用すると言い放った、あの底知れない冷たい瞳。
私はこれまで、多くの人間を観察してきました。
ホワイトルームの作られた天才である綾小路清隆くん。
愚かで愛らしい、Bクラスの一之瀬帆波さん。
そして、粗暴でありながらも独自の美学を持つ、Cクラスの龍園翔くん。
彼らは皆、この箱庭の中で、それぞれのルールに従って踊る優秀な駒でした。
ですが、竜宮院聖哉は違います。
彼は、駒ではありません。盤面そのものを破壊し、作り変えようとする『概念』そのもの。
「『Project Tartarus』……ですか」
私の手元にあるタブレット端末には、彼から暗号化された回線を通じて送られてきた、膨大なデータの要求リストが表示されていました。
Aクラスの生徒全員のポイント使用履歴。
生徒会を通じた、各クラスへのペナルティ付与のアルゴリズム。
退学者が発生した際の、没収されたポイントのシステムの内部処理ルート。
彼が求めているのは、単なるクラス同士の争いに勝つための情報ではありません。
Sシステムという神のシステムそのものに物理的なハッキングを仕掛け、無限のポイントを搾取するための、悪魔の設計図を描こうとしているのです。
「……ええ、いいでしょう。勇者様がどれほどの地獄を現出させてくれるのか、私がこの手で少しだけ、お手伝いして差し上げますわ」
私はタブレットの画面を指でなぞり、私の持つ権限の範囲でアクセス可能な極秘データを、彼が指定したダミーサーバーへと転送する処理を開始しました。
人間は裏切る。彼はそう言いました。
ええ、その通りです。もし彼が私の期待を裏切るようなつまらない結末を迎えるなら、私は容赦なく彼を切り捨てるでしょう。
ですが、今のところ彼は、私の想像を遥かに超えるスケールで、この退屈な学園を最高に刺激的な遊び場に変えてくれそうです。
「さあ、見せてくださいな。あなたのその過剰なまでの慎重さが、この盤面をどう染め上げるのかを」
私は、倒れた白のキングの隣に、黒のナイトをそっと置き、静かに微笑みました。
*
深夜二時十五分。
俺と綾小路は、完全に光を遮断した特別棟の印刷室に潜入していた。
「……電子錠のバイパス、完了した。監視カメラのループ映像への切り替えも正常に動作している」
「よし。俺は作業に入る。お前は周囲の警戒と、ネットワークの偽装を維持しろ」
俺は防音タクティカルスーツのポケットから、自作の携帯型分光分析器と特殊温度揮発インクを取り出した。
暗視ゴーグル越しに見る印刷室の風景は、緑色のモノクロームに染まっている。
机の上に積まれた、明日の中間テスト用のマークシート。
俺は息を殺し、外科医のような精密さで、Dクラスの特定の生徒たちの解答用紙を抜き出した。
池寛治、山内春樹、須藤健。
彼らの解答欄に、特殊インクでランダムな『誤答』をマークしていく。そして、その下層に、正規のインクで完璧な『正答』を塗りつぶす。
室温は22度に設定されている。この状態では、特殊インクは黒色を保ち、見た目はただの誤答にしか見えない。だが、明日の採点時、マークシート読み取り機内部の約40度の熱に晒された瞬間、このインクは不可逆的な化学反応を起こして完全に透明化する。
「……三馬鹿の処理、完了」
俺は一切の無駄な動作なく作業を進める。
だが、これだけでは終わらない。
俺は綾小路の方を一瞥した。彼はノートPCに向かい、淡々とタイピングを続けている。
「……綾小路。例のチップは設置したか?」
「ああ。指定された通り、読み取り機の背面のポートにな。……だが、本当にこれでいいのか? もしあれがシステム側で異物として検知されれば、得点操作どころか、オレたち全員が退学になるリスクがあるぞ」
綾小路の懸念はもっともだ。
だが、俺の計算に狂いはない。
「問題ない。あのチップは、システムにアクセスするものではない。……システムからの『応答』を遅延させるための、物理的な抵抗器に過ぎない」
「……遅延?」
「明日の採点時、全クラスのマークシートが一斉に読み込まれる。その際、あのチップがネットワークへのデータ送信にコンマ数秒のラグを発生させる。……そのわずかなラグが、Sシステムの深層データベースに、エラーログとして一時的に保存される」
俺は、暗視ゴーグルを外し、闇の中で冷たく微笑んだ。
「そのエラーログの階層こそが、坂柳有栖がかつて俺のバグデータを視た場所……すなわち、この学校のセキュリティの死角だ。俺はそこを足場にして、Project Tartarusの基盤を構築する」
綾小路は、少しの間沈黙した後、小さく息を吐いた。
「……テストの得点操作は、ただのカモフラージュか。お前は初めから、この学校のシステム自体を乗っ取るつもりで動いているんだな」
「俺は、勝つための準備をしているだけだ。……Aクラスで卒業し、俺の目的を果たすためにな」
作業は完了した。
俺は痕跡を一つ残らず消去し、綾小路と共に印刷室を後にした。
翌日。
中間テスト本番。
(……これで、第一段階の布石はすべて打ち終わった)
プランA、プランB、そしてプランΩへの接続。
俺の脳内で、あらゆるシミュレーションが完璧な終着点へと収束していく。
その果てにあるひとつの懸念の払拭のためにも、わプライベートポイントを使ってでも茶柱先生にひとつ依頼をしておいた。
この箱庭を覆う莫大な概念エネルギーを掌握し、リスタルテの魂を修復する。そのための、長く、そして残酷な支配のゲームが、今、本格的に幕を開けた。
「……さて。誰から毟り取ろうか」
俺は、誰にも聞こえないほどの小さな声で、そう呟いた。