ようこそ慎重至上主義の教室へ   作:GC

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Jeder hält die Grenzen seines eigenen Gesichtsfeldes für die Grenzen der Welt.

アルトゥル・ショーペンハウアー
『余録と補遺』


第18話「人は自分の視野の限界を、世界の限界だと思い込む。」

【視点:竜宮院聖哉】

 

「レディ・パーフェクトリー(準備は完全に整った)」

 

その言葉を空調の微かな駆動音だけが支配する図書室の閉架書庫に落とすと同時、俺は自作の独立型PCの電源を物理的に切断した。

 

マザーボードから伸びるケーブルを引き抜き、ルーターに噛ませていた手製の傍受用デバイスを容赦なく分解する。プラスチックの筐体を砕き、基盤を真っ二つに折り割り、ICチップをチタン製の靴底で徹底的にすり潰す。物理的な復元可能性を0.0001%未満にまで引き下げるための当然の処置だ。

 

これで、学校のネットワーク上に俺の痕跡は1バイトたりとも残っていない。

龍園翔がどれほど優秀なハッカーを外部から雇おうと、あるいは学校のシステム管理者がログのディープスキャンを行おうと、彼らが発見するのは最初からそこに誰もアクセスしていなかったという完全な無の証明だけだ。

 

俺は粉砕した基盤の残骸を携帯用の鉛袋に密封し、制服のポケットへと収めた。

冷たい蛍光灯の光が、俺の無機質な指先を照らし出している。

 

人間という生き物は、自分が一度「見つけた」と確信した敵の姿を疑わない。

龍園は今、神室真澄というわかりやすい発信源から『竜宮院聖哉』という名前を引きずり出し、俺がネットワーク上でポイントの動きを監視していた小賢しい裏ボスだと断定しているはずだ。

その論理的な帰結は、この魔力なき世界においては百点満点の解答と言える。凡人相手であれば、その鋭い直感と行動力で相手を容易く蹂躙できただろう。

 

だが、奴の視野はあくまで高度育成高等学校という箱庭のルールの内側に限定されている。

俺の目的は、ポイントを奪うことでも、クラスの覇権を争うことでもない。

この箱庭のシステムそのものを掌握し、逆らう者すべての精神を完全にへし折り、俺という絶対的なシステムの一部として組み込むことだ。

 

俺は胸元のロケットペンダントに触れ、冷たい金属の感触で己の思考をさらに氷点下へと冷却する。

 

「……待っていろ、リスタ」

 

龍園翔の処理は、すでに俺の手を離れ、自動実行されるバッチ処理の段階へと移行した。

俺が次に為すべきは、奴が自らの足元で爆発する地雷を踏み抜いた直後、その崩壊を物理的に収束させるための後処理の準備だけだ。

 

俺は図書室の暗がりから音もなく立ち上がり、第一ストレージである自室へと歩みを進めた。制服の下に着込んだ防音タクティカルスーツの微かな擦過音すら、俺の完璧な歩法によって完全に殺されていた。

 

 

 

 

【視点:伊吹澪】

 

息が、詰まる。

 

寮の自室。カーテンを閉め切り、薄暗い部屋の中で、私は机の上に置かれた見慣れない黒いノートパソコンの画面を凝視していた。

いや、パソコンそのものではない。その側面に突き刺さっている、神室が私の足元にわざとらしく落としていった黒い小箱――その中に入っていた銀色のUSBメモリのデータを。

 

画面の光が、私のこわばった顔を青白く照らし出している。

画面の中央に表示されているのは、表計算ソフトで作られた極めて事務的なリストだった。

 

『第一回中間テスト・ペナルティ及びCクラス人員整理計画書』

 

パスワードの類は一切かかっていなかった。まるで、誰かに見られることを前提としているかのように。

だが、その内容を読み進めるにつれ、私の胃袋は冷たい鉛を飲まされたように重く、そして激しく軋み始めた。

 

(……なんだ、これは。嘘だろ……?)

 

そこに書かれていたのは、Cクラスの全生徒の「有用性評価」と、それに伴う「切り捨ての優先順位」だった。

評価の基準は、学力、身体能力、そして何より――『龍園翔に対する絶対的な服従度』。

 

リストの最上位、つまり保護対象として扱われているのは、アルベルトなどの一部の狂信的な暴力装置のみ。

そして、画面をスクロールした先、レッドゾーンの枠内に、私は信じられない文字列を見つけた。

 

【対象者:石崎大地】

理由:知能指数が極めて低く、長期的な作戦におけるノイズとなる。次回の特別試験において囮として消費し、ポイントと引き換えに退学させる。

 

【対象者:小宮叶、近藤玲音】

理由:石崎と同等。恐怖による支配には屈しているが、土壇場での精神的脆弱性が目立つ。不用品。

 

そして――。

 

【対象者:伊吹澪】

理由:身体能力は評価に値するが、自我が強く、支配に対する潜在的な反逆リスクを常に孕んでいる。適当なタイミングで他クラスへの工作員として投入し、責任を負わせて排除する。

 

「……っ、ふざけんな……!!」

 

ドンッ! と、私は無意識に机を強く殴りつけていた。

痛みが拳から伝わってくるが、それ以上に胸の奥で煮え滾る怒りと、得体の知れない恐怖が全身を支配していた。

 

(龍園の野郎……ッ! 最初から、私たちをポイントの弾除けにするつもりで……!)

 

このデータが偽造である可能性は、当然考えた。

Aクラスの神室が落としていったものだ。他クラスを分断するための罠である可能性は高い。

 

だが、リストに添えられている細かな備考欄のテキスト――生徒たちの些細な弱み、普段の行動パターン、そして何より、あの男が普段口にするような冷酷で人間をモノとしか見ていない表現の数々が、これが龍園自身の思考を書き起こしたものであるという異様なリアリティを放っていた。

 

龍園なら、やりかねない。

 

いや、あの男はそういう生き物だ。クラスメイトの事なんて、自分が上に立つための踏み台としか思っていない。

 

中間テストでDクラスにまさかのポイントの上で敗北を喫し、苛立ちを募らせていたあいつが、クラスの不要な人員を切り捨ててポイントを節約しようと考えるのは、あまりにも論理的で、自然な流れだった。

 

「……石崎たちも、切られる……」

 

私は無意識に唇を噛み破っていた。鉄の味が口内に広がる。

恐怖による支配。それに逆らえば、即座に暴力と退学が待っている。

私たちは、龍園翔という独裁者の前では、ただ震えて従うしかない豚だった。

 

(……どうする? 龍園に直接問いただすか? いや、そんなことをすれば「なぜそのデータを持っている」と逆に詰められ、最悪その場で私が処理される)

 

このデータを誰かに見せる? 誰に?

石崎に見せれば、あいつはパニックを起こして龍園に特攻し、そのまま潰されるだけだ。

担任の坂上先生? クラスの内部事情など、あの教師は黙殺するに決まっている。

 

どこにも、逃げ道がない。

Cクラスという檻の中で、私は、私たちは、龍園の気まぐれな処刑を待つだけの死刑囚になり果てていた。

 

「……ッ、あいつだけは……龍園だけは……!!」

 

私の心の中で、龍園に対する恐怖が、明確な殺意へと変質していく音がした。

Aクラスの罠だろうが何だろうが関係ない。このデータを見てしまった以上、私はもう、これまでのようにあの男の背中を黙って見ていることはできない。

牙を剥かなければ、殺される。

 

画面の青い光が、私の網膜に絶望と猜疑心を焼き付け続けていた。

 

 

 

 

【視点:櫛田桔梗】

 

「……ごめんね、龍園くん。急にこんなところに呼び出したりして……」

 

翌日の放課後。

人通りの少ない、特別棟裏の錆びれたフェンス際。

私は、震える両手でスカートの裾を握り締めながら、目の前に立つ圧倒的な暴力の象徴――龍園翔を見上げていた。

 

「ククッ。別に構わねえよ、桔梗。Dクラスのアイドル様が何の用だ? まさか、愛の告白じゃねえよな?」

 

龍園くんは、ポケットに両手を突っ込み、ひどく楽しそうな、そして獲物を品定めするような爬虫類の目で私を見下ろしていた。その後ろには、いつも通りアルベルトと石崎くんが控えている。

 

私は、唇をわなわなと震わせ、必死に恐怖に怯える哀れな少女の演技を構築した。

だが、心の奥底で感じているこの尋常ではない冷や汗は、決して演技などではない。

 

 

(怖い……怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いッ……!!)

 

 

龍園くんが怖いのではない。

 

この空間のどこかで、私の行動を分単位、いや秒単位で監視し、評価しているであろう『あの男』の存在が、私の精神を削り殺そうとしていた。

 

竜宮院聖哉。

 

あの中間テストの直後、私は自分の裏の顔(本性)を録音されたデータを盾に、彼に完全な服従を誓わされた。

そして昨日、私は指示されるままに彼の拠点である図書室の閉架書庫へ向かった。彼に取り入り、右腕のポジションを確保することで、この圧倒的な支配から少しでも自由になろうとした。

 

『お前の底の浅い承認欲求と、保身のための演技など、俺の眼球にはノイズにすらならない』

 

だが、彼は私のすべてを0.1秒で見透かした。

そして、分厚い一冊のノートを私に投げ渡したのだ。

 

『明日、放課後。龍園翔と接触しろ。話す内容、声のトーン、視線の動き、呼吸のタイミング。すべてこのマニュアル通りに行え。1文字でも間違えれば、即座にお前の音声データを全校生徒の端末へ一斉送信する。お前はただのスピーカーだ。自我は必要ない』

 

ノートに書かれていたのは、狂気としか思えないほど緻密な「対・龍園翔用スクリプト」だった。

龍園くんがどういう質問をしてくるか、どういう態度に出るか、それに対する私の最適な返答と、流すべき涙の量までが、完璧なフローチャートとして記されていた。

 

(私は……ただの部品。あの男が龍園くんを陥れるための、使い捨ての毒薬……)

 

「……龍園くん。お願い、助けて……」

 

私は、スクリプトの最初の行を読み上げた。

 

「Dクラスに……竜宮院聖哉っていう男がいるの。……彼、おかしいの。中間テストで特別ボーナスを発生させたのは彼よ。あと彼が、クラスの全員を脅して……逆らえないようにしてるの……」

 

「……ほう?」

 

龍園くんの目の色が、スッと変わるのがわかった。

蛇が、決定的な獲物の匂いを嗅ぎ取った目だ。

 

「竜宮院……聖哉ね。なるほど、名前は一致したな。で? その『おかしい男』がどうしたって? お前みたいな可愛い女に手でも出したか?」

 

「ち、違うの……! 彼は、次はCクラスを……龍園くんを潰すって言ってるの。クラスのポイントだけじゃなくて、龍園くん個人を完全に再起不能にするための準備が『終わった』って……」

 

私は、台本通りに両手で顔を覆い、嗚咽を漏らした。

 

「私、怖くて……彼、本当に人間じゃないみたいで。平田くんも堀北さんも、みんな彼に逆らえないの。……このままじゃ、Dクラスは彼の道具にされて、学校中が滅茶苦茶にされちゃう……! 龍園くんなら、彼を止められるんじゃないかって……!」

 

沈黙。

風が木々を揺らす音だけが響く中、龍園くんは喉の奥で「クククッ」と低い笑い声を漏らした。

 

「傑作だな。あいつ、自分のクラスの女にまで怯えられて、俺のところに泣きつかせてんのか。……まあいい。で、その無能なネズミ野郎は今どこにいる? 準備が終わったなら、俺から直々に褒めてやらねえとな」

 

私は顔を上げ、涙声のまま台本の最後のセリフを口にした。

 

「……体育館の、裏。特別棟への渡り廊下の死角になる場所……そこで、毎日ずっと……パソコンをいじって、何かを待ってるの……」

 

「そうか。よく教えてくれたな、桔梗。お前はもう帰っていいぜ。あとは俺が、その『人間じゃない』とかいう勘違い野郎に、痛みの教育を施してやるよ」

 

龍園くんはそう言うと、アルベルトと石崎くんを従えて、悠然と踵を返した。

その背中を見送りながら、私はその場にへたり込みそうになるのを必死に堪えた。

 

 

(……終わった。言われた通りに、全部言った……)

 

 

龍園くんは気づいていない。

彼が今、自分がすべての情報を握り、圧倒的な優位に立っていると確信して歩みを進めているその道が、竜宮院くんによって1ミリの狂いもなく舗装された処刑場へのレールであることに。

 

私はただ、己の魂がすり減っていくのを感じながら、震える両手で自分の身体を抱きしめた。

 

 

 

 

【視点:龍園翔】

 

「クハハハハハッ!! あー、笑えるぜ。腹が痛え」

 

体育館裏へと向かう道すがら、俺は堪えきれずに爆笑していた。

夕暮れの赤黒い光が、俺たちの影を長く引き伸ばしている。

 

「龍園さん、何がそんなにおかしいんすか?」

 

後ろを歩く石崎が、戸惑ったような声を出す。

俺は笑い涙を指で拭いながら、首を横に振った。

 

「わからねえか、石崎。すべてが繋がりすぎてるんだよ。……神室真澄が吐いた名前、そして櫛田が泣きついてきた情報。Dクラスの竜宮院聖哉。どこの馬の骨かは知らねえが、こいつは『頭は回るが、絶望的に臆病なチキン野郎』だ」

 

俺の脳内では、すでにすべてのピースが論理的な形を成していた。

 

竜宮院という男は、確かに俺の口座のメタデータを監視する程度には電子機器に強く、Dクラスを裏で牛耳るだけの狡猾さを持っているのだろう。

 

だが、奴は暴力を極端に恐れている。

俺がネットワーク上のノイズに気づき、ダミー口座で反撃に出た瞬間、奴はパニックを起こしたのだ。自分が特定され、物理的に報復されることを恐れてな。

 

だから奴は、神室というAクラスの駒を使い、伊吹に接触させて俺の目を逸らそうとした。

だが、俺が神室を力で屈服させ、あっさりと名前を特定してしまった。

追い詰められた竜宮院は、最後の手段として櫛田桔梗を使い、俺を待ち伏せている場所へと誘導しようとした。

要するに、「もう逃げられないから、自分が一番有利な場所でトラップを張って待ち受ける」という、典型的で底の浅い防衛策だ。

 

「体育館裏の死角か。防犯カメラの届かない場所で、スタンガンか何かを持ってお出迎えってところだろうが……舐めすぎなんだよ、俺を」

 

いくら小道具を用意しようが、所詮は平和ボケした優等生の考える喧嘩だ。

俺と、アルベルト。この二人が正面から物理的に制圧にかかれば、どんなトラップも小細工も、一瞬で紙屑になる。

 

 

 

「おい石崎。お前、さっきから随分と顔色が悪いな? 腹でも痛えのか?」

 

ふと後ろを振り返ると、石崎がやけに青ざめた顔で下を向いていた。

 

「えっ!? あ、いえ、なんでもないっす! ただ、その……竜宮院って奴、そんなにヤバい奴なのかなって……」

 

「ククッ、ビビってんじゃねえよ。お前はただ突っ立って見てりゃいい。アルベルト、準備はいいな?」

 

「……Yes.」

 

アルベルトが静かに頷く。

完璧だ。俺の支配する暴力の軍団に、一切の揺らぎはない。

 

俺たちは体育館の裏手、特別棟の渡り廊下が落とす巨大な日陰の領域へと足を踏み入れた。

そこは、確かに学校の監視カメラの死角となる、完璧なブラインドスポットだった。

 

そして、そこに――。

 

 

「……随分と遅かったな。予測誤差の範囲内ではあるが、道にでも迷っていたのか?」

 

 

夕闇に溶け込むような真っ黒なジャージ姿(のようなもの)を着た男が、ただ一人、壁に寄りかかって立っていた。

手には何も持っていない。パソコンも、武器らしきものもない。

ただ、その男の瞳だけが、有機物の温もりを一切感じさせない、冷たく研ぎ澄まされたガラス玉のように俺を見据えていた。

 

「てめえ、本当に竜宮院か?たしか病人みてぇにずっと死んだ顔をしているやつがいるなってのは知ってたが。まぁ関係ないな、お前は今日ここで死ぬ。」

 

俺は首をゴキリと鳴らし、ゆっくりと距離を詰めた。

背後からアルベルトと石崎が展開し、逃げ道を完全に塞ぐ。

 

「……」

 

竜宮院は答えない。ただ、俺の全身を舐め回すように観察し、微かに息を吐いた。

 

「心拍数正常。発汗量、規定値以下。アルベルトの筋肉の弛緩状態から見て、突進までの初動モーションは約0.4秒。石崎大地の視線は下を向いており、戦闘への参加意欲は30%未満。……想定された最悪のパターンよりも、遥かにヌルい盤面だ」

 

「あぁ? 何ブツブツ言ってやがる。てめえの小賢しいお遊びはこれで終わりだ。お前が俺の口座を覗き見してたチートのタネと、Dクラスの点数改ざんの仕組み……その両手足の指の骨を一本ずつへし折って、全部吐かせてやるよ」

 

俺が片手を上げ、アルベルトに攻撃の合図を出そうとした、その瞬間だった。

 

竜宮院は、俺を完全に無視して、俺の背後にいる石崎に向かって淡々と、だがはっきりと通る声で言い放った。

 

 

 

「――石崎大地。伊吹澪から共有された『不要人員の切り捨てリスト』のデータは、すでに確認済みだな?」

 

 

 

「っ……!!」

 

ピタリ、と。

俺の背後で、石崎の息を呑む音が聞こえた。

 

「……あ? 何の、話だ……?」

 

俺は眉間を寄せ、竜宮院を睨みつけた。不要人員の切り捨てリスト? 伊吹?

 

竜宮院は、一切の感情を交えないAIのような声で続ける。

 

「この男は、次の試験で不要な人間を退学させることでクラスポイントの損切りを行う計画を立てている。その最優先候補がお前と、小宮、近藤、そして伊吹だ。……お前が今、その男の命令に従って俺を攻撃すれば、お前は無価値な駒として完全に用済みとなる。反逆するなら、今この瞬間しかないぞ」

 

「なっ、何デタラメ言ってやがる!! 石崎、そんなハッタリ聞く必要はねえ! アルベルト、やれ!!」

 

俺が怒鳴った。

だが。

 

「……待って、ください……龍園、さん……」

 

アルベルトが動かない。

いや、違う。石崎が、震える両手でアルベルトの太い腕を掴み、制止していたのだ。

 

「……あ?」

 

俺はゆっくりと振り返った。

石崎の顔は、極度の恐怖と、そして俺に対する明確な疑心暗鬼に歪んでいた。

 

「伊吹から……さっき、メッセージが来たんすよ……。龍園さんが、俺たちを切り捨てるための、リストを作ってるって……。最初は嘘だと思った。でも、この竜宮院って奴の言う通りなら……龍園さん、あんた、本当に俺たちを……っ!」

 

「……っ、てめえら、そんな安い嘘に踊らされてんじゃねえッ!!」

 

俺の腹の底から、今まで感じたことのない種類の焦燥感が湧き上がった。

リスト? 伊吹? いつだ。いつそんな情報が俺のクラスに流れた?

 

(……神室かッ!!)

 

あの時、神室が伊吹の足元に落とした黒い小箱。

あれは、俺の視線を伊吹に向けさせるための囮ではなかった。

あれそのものが、俺のクラスの内部に龍園翔の裏切りという決定的な猛毒をバラ撒くための、致死性のウイルスだったのだ。

 

俺が竜宮院という明確な敵の姿に目を奪われ、自分の足元を固め直すことを怠った、そのほんの数時間の間に。

俺の絶対的だった恐怖の支配は、より強力な生存本能によって、内側から完全に腐り落ちていた。

 

 

 

「これが、情報の非対称性がもたらす論理的な帰結だ、龍園翔」

 

 

 

振り返ると、竜宮院が静かに右手の手袋を外していた。

その手には、黒く鈍い光を放つ、見たこともない形状の金属製のデバイスが握られていた。

 

「お前の視野は、常に『目の前の敵をどう殴り倒すか』にのみ収束している。だからこそ、自分の足元に仕掛けられた地雷に気づけない。……お前はすでに、俺がデザインした檻の中で、一歩も動けない状態になっていることにすら気づいていなかったのだからな」

 

竜宮院の冷酷な声が、夕闇の静寂を切り裂く。

 

「さあ、孤立無援の独裁者よ。お前の無駄に高いプライドを、今から物理的かつ論理的に粉砕してやる。……かかってこい」

 

俺は、生まれて初めて、背筋を凍らせるような本能的な恐怖を感じながら、目の前の底知れない深淵を睨み返した。

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