ようこそ慎重至上主義の教室へ   作:GC

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si vendicano delle leggieri offese, delle gravi non possono.

ニッコロ・マキャヴェッリ
『君主論』


第19話「人は小さな侮辱には報復するが、完全なる破壊に対してはそれすらできない」

【視点:龍園翔】

 

「……舐めるなよ、ネズミ野郎がァッ!!」

 

本能が警鐘を鳴らすそのおぞましい冷気を、俺は強引に腹の底から引きずり出した怒号で上塗りした。

石崎が震え上がり、アルベルトが動かない。俺の暴力の牙城が内側から腐り落ちたことは、もはや疑いようのない事実だった。

 

だが、それがどうしたというのだ。

 

俺は龍園翔だ。他人に傅き、システムに飼い慣らされることを良しとする凡百の家畜どもとは違う。たった一人になろうとも、目の前の敵の喉笛を噛み千切り、その絶望に歪む顔を泥水に沈めることこそが、俺の生きる意味であり、アイデンティティだ。

 

コンクリートを強く蹴り上げ、俺は竜宮院聖哉との数メートルの距離を一瞬でゼロにした。

右の拳に全体重と殺意を乗せ、奴の顔面のド真ん中、鼻柱を粉砕する軌道で撃ち抜く。俺の喧嘩は型に嵌ったスポーツではない。相手の急所を的確に、躊躇なく破壊するための純粋な暴力の結晶だ。

 

当たれば、脳が揺れる。どれだけ小賢しい罠を張り巡らせる頭脳を持っていようと、脳震盪を起こせばただの肉塊に成り下がる。

 

「死ねッ!!」

 

拳が、竜宮院の顔面を捉える――はずだった。

 

「……遅い」

 

俺の耳元で、抑揚の一切ない、機械音声のような冷酷な声が響いた。

直後、俺の右拳は空を切り、信じられないほどの力で軌道を逸らされていた。

竜宮院は、俺の攻撃を避けたのではない。俺の右腕の関節、その最も力の入りにくいベクトルを正確に弾き、俺の体勢そのものを前傾姿勢へと崩したのだ。

 

(な、に……!?)

 

「運動エネルギーのベクトル誘導、完了。対象の重心崩壊を確認。……制圧フェーズへと移行する」

 

竜宮院の右手が、ゆっくりと、だが俺の認識をはるかに超える異常な速度で持ち上がった。

その手に握られた、黒く鈍い金属の塊。

それが俺の顔面に向けられた瞬間。

 

バチィィィィィィィィィンッ!!!!

 

「ガ、アァァァァァッ!?」

 

突如として、何十万ルーメンという常軌を逸した閃光が、夕闇に慣れきっていた俺の網膜を白一色に焼き尽くした。

同時に、耳の奥、三半規管を直接針で抉り回すような、致死的な高周波の乱反射が脳髄を直撃する。

 

「あ、ぐ……ッ、目、が……耳がッ……!」

 

世界が、完全に消失した。

視界は真っ白なノイズに覆われ、平衡感覚は狂い、俺は自分が立っているのか倒れているのかすら理解できなくなった。強烈な吐き気と眩暈が胃袋を駆け上がり、膝から力という力が根こそぎ奪われていく。

 

「学校の購買部で廃棄されていた旧式のカメラのストロボコンデンサを直列で連結し、スマートフォンのスピーカーモジュールを改造して指向性の超音波発生装置と同期させた急造品だ。……この魔力なき世界において、人間の物理的構造はあまりにも脆い。視覚と聴覚、そして三半規管という脆弱なセンサーをハックすれば、どれほどの猛獣であろうと這い蹲るただの肉の塊となる」

 

頭の上から、何を言っているかわからないが、氷のように冷たい声が降ってくる。

 

俺は両手で顔を覆い、狂ったようにアスファルトの上を転げ回ることしかできなかった。

抵抗すらできない。拳を振るう相手の位置はおろか、自分の手足の感覚すら泥のように溶け落ちているのだ。

 

「……あ、あ、ああ……ッ」

 

背後で、石崎の情けない悲鳴のような声が聞こえた。

無敵だと信じていた俺が、指一本触れることすらできず、光と音の暴力だけで虫ケラのように地面を這い蹲っているその光景。それが、Cクラスの連中にどれほどの絶望を植え付けているか、考えるまでもなかった。

 

ドンッ、と。

俺の背中に、岩のような重い衝撃が走った。

竜宮院が、俺の脊髄を正確に踏み躙り、その体重で俺を完全に地面へ縫い付けたのだ。

 

「……これでチェックメイトだ、龍園翔。お前の暴力は論理の前に屈し、お前の恐怖の支配は疑心暗鬼によって自壊した。……何か、最後に言い残すことはあるか?」

 

「ふ、ざけ……る、な……」

 

俺は、口の中に広がる血の味を吐き出しながら、霞む視界で竜宮院の足首を睨みつけた。

 

「俺は……絶対に……屈しねえ……ッ! この場で俺を殺せねえなら、明日からでも、お前の足元を……絶対に、引きずり、下ろしてやる……!」

 

「……そうか。やはりお前は、まだ自分が選択権を持っていると錯覚しているようだな」

 

竜宮院は、微かな溜息をついた。

それは、出来の悪い生徒を憐れむ教師のような、絶対的な上位者の響きを持っていた。

 

「俺がお前をここで即座に退学に追い込まない理由を、お前は『俺にその手段がないから』だとでも思っているのか? ……違う。お前を退学させることなど、俺にとっては瞬きをするよりも容易い作業だ」

 

竜宮院の靴底が、俺の背骨をさらに強く軋ませる。

 

「だが、それでは駄目なのだ。この箱庭を完全に掌握し、俺の目的を達成するためには、お前の持つ『暴力と恐怖の統率力』という機能が、Sシステムの部品として必要不可欠だ。……だからこそ、俺はお前のその無駄なプライドを、今ここで永遠に復元不可能なレベルにまで粉砕しておく必要がある」

 

「な、何を……」

 

「俺が図書室の閉架書庫に拠点を構え、Cクラスの口座のメタデータを監視していたと、お前は論理的に看破した。……だが、それは俺が『そう推測するように』お前の脳内に誘導した偽の情報だ」

 

竜宮院の言葉に、俺の狂いかけていた脳が一時的に凍りついた。

偽の情報? なんだと?

 

「俺は、お前たちCクラスの資金源の相関図など、入学してからの1ヶ月間で、お前たちの歩く立ち位置、視線、些細な会話のトーンから完全に把握し終えている。わざわざリスクを冒してネットワークを監視する必要など、ただの一度もなかった」

 

「じゃあ……あの、通信のラグは……」

 

「言ったはずだ。お前の視線を電脳戦という幻の戦場に釘付けにし、自分の足元――クラスの内部崩壊――から目を逸らさせるための目眩ましだと。……それだけではない。お前は、俺が神室真澄という分かりやすい駒を使ったことで、俺の正体を特定できたと歓喜しただろう?」

 

竜宮院の靴底が離れ、俺の髪の毛が乱暴に掴み上げられた。

強引に顔を上げさせられ、未だ焦点の合わない視界の先に、竜宮院の深淵のような黒い瞳が映り込んだ。

 

「神室がお前の前でわざとらしく落とし物をし、そしてお前の暴力に屈して俺の名前を吐く。……それこそが、お前をこの『誰も見ていない、暴力を行使するのに最も適した体育館裏の死角』へ孤立無援な状況で誘導するための、最終的な罠だったのだ」

 

「……っ!!」

 

全身の血液が、逆流するような感覚に襲われた。

俺が自分で見つけ、自分で考え、自分で行動したと信じていたすべてが。

俺の知略の勝利だと確信していたその軌跡のすべてが。

 

この男が、初めからすべて計算し、俺を踊らせるために引いたレールの上でしかなかったというのか?

 

「お前は、最初から最後まで、俺の手のひらの上で踊る滑稽なマリオネットに過ぎなかった。……そして今、お前の背後で震えている石崎大地。彼が持っているスマートフォンの録音機能は、俺が事前に神室を通じて仕込んだマルウェアによって、現在進行形で起動し続けている」

 

「なっ……!?」

 

俺は目を見開き、背後の石崎を振り返ろうとした。

だが、竜宮院の万力のような力が、それを許さない。

 

「現在、この場におけるお前の醜態、無様な悲鳴、そして俺に完全に屈服しているこの状況は、音声データとして暗号化され、俺のサーバーへとリアルタイムで転送されている。……明日、もしお前が俺に反逆の意志を少しでも見せれば、この音声データはCクラス全員の端末に一斉送信される。……お前が築き上げた無敵の恐怖は、その瞬間に音を立てて崩れ去り、お前はただの道化としてクラスの最底辺へと転落する」

 

「てめえぇぇッ……!!」

 

「それだけではない。伊吹澪の端末には、俺が偽造したお前の横領と不正の証拠が既にインストールされている。お前が学校側に訴え出れば、即座にその証拠が露見し、お前自身が退学となるようシステムを構築済みだ」

 

完全な、包囲網。

物理的暴力、論理的罠、心理的誘導、そして社会的な抹殺の準備。

そのすべてが、俺が「竜宮院聖哉」という名前を認識する遥か以前から、何百、何千というシミュレーションを経て完璧に組み上げられていたのだ。

 

 

 

「……人間は、自分の理解できる範囲の絶望には抗おうとする。だが、自分の認識の限界を遥かに超えた、次元の違う暴力の結晶を前にした時、その心は自己防衛のために思考を停止し、従属を受け入れる。……龍園翔。お前は今から、俺の所有物だ」

 

 

 

竜宮院は、俺の髪を掴んでいた手を離し、立ち上がった。

 

「毎月、Cクラスに振り込まれるプライベートポイントのうち、俺が指定する額面を、俺が指定する口座へ入金しろ。お前は引き続きCクラスの独裁者として振る舞い、他クラスの情報を収集し、俺の盾となれ。……契約違反、情報の漏洩、あるいは俺に対する1ミリの敵意でも感知した瞬間、お前の社会的な生命は完全に終わる」

 

夕暮れの風が、冷や汗に塗れた俺の頬を撫でていく。

 

もはや、声も出なかった。

這い上がるための足場すら、すべてこの男に奪われ、粉々に砕き散らされていた。

俺は、この箱庭における王などではなかった。この男が用意した、ただのチェスの駒の一つに過ぎなかったのだ。

 

「……了解、したか?」

 

竜宮院の、氷の刃のような冷たい声。

俺は、震える顎を必死に抑え込みながら、深く、深く、絶望の底へと沈み込んでいく自分のプライドを抱き締め――

 

「……あ、あぁ……。了解、した……」

 

俺は、生まれて初めて、他者に対する完全なる降伏の言葉を口にしていた。

 

 

 

 

【視点:綾小路清隆】

 

翌朝。

Dクラスの教室は、いつものように騒がしく、そしていつものように見えないルールに縛られた異様な静寂を内包していた。

オレは自分の席に座り、窓の外に広がる青空をぼんやりと眺めながら、昨晩から今朝にかけて起きた微細な環境の変化について思考を巡らせていた。

 

竜宮院聖哉は、いつも通り教室の隅で文庫本を開いている。

彼に近づく者はいない。Dクラスの生徒たちは、無意識のうちに彼を中心とした半径2メートルの空間を立ち入り禁止区域として認識している。

 

 

だが、変化はDクラスの外――Cクラスで起きていた。

 

 

朝、登校時にすれ違ったCクラスの生徒たちの様子が、明らかにおかしかった。

特に、龍園翔と常に行動を共にしていた石崎とアルベルト。彼らの目には、以前のような他者を威圧する凶暴な光はなく、ただ何かに怯え、深いトラウマを抱え込んだような疲労の色が濃く滲んでいた。

 

そして、龍園翔本人。

 

彼はいつも通り不敵な笑みを浮かべ、ポケットに両手を突っ込んで歩いていた。表面上の態度は何一つ変わっていない。

だが、歩法が違う。視線の動かし方が違う。

彼が時折見せる、まるで目に見えない巨大な監視カメラの存在を気にしているかのような、微細な緊張の兆候。

それは、絶対に屈することのないはずの猛獣が、首輪を嵌められ、見えない鎖で繋がれている人間の動きそのものだった。

 

(……終わった、というわけか)

 

オレは、静かに息を吐き出した。

竜宮院は、Cクラスの攻略を終えた。それも、龍園を退学にするという単純な方法ではなく、彼を生かしたまま、完全にシステムの一部として組み込むという、最も難易度が高く、最もリターンが大きい方法で。

 

(オレの指紋が付着したチップ。櫛田の音声データ。そして、龍園の服従。……竜宮院聖哉は、この学校のルールという盤面の上に、自分だけの『独自の盤面』を完全に構築し終えた)

 

彼のやり方は、ホワイトルームのそれに似ている。

だが、ホワイトルームが人間の限界を引き出すための場所であるなら、竜宮院の手法は人間の限界を規定し、その枠組みの中で完全に管理・運用するための冷徹なプログラミングだ。

彼は、自分以外の人間を一切信用していない。だからこそ、相手が絶対に裏切れない状況を構築することに、すべてのリソースを注ぎ込む。

 

「……綾小路くん」

 

ふと、隣の席から声がした。

堀北鈴音だ。彼女は、教科書を開きながら、視線だけをオレに向けていた。

 

「Cクラスの様子が、少し変ね。龍園くんが、今日は大人しすぎる気がするわ。……彼、何か知っているの?」

 

堀北の視線は、オレを通り越し、教室の隅に座る竜宮院へ向けられていた。

彼女もまた、鋭い観察眼で異常を察知している。だが、彼女はその真実にたどり着くことはできない。いや、たどり着くことを本能的に避けているのだ。真実を知れば、自分もまたその絶望のシステムに完全に呑み込まれることを理解しているから。

 

「さあな。オレは何も知らない。ただ、嵐が一つ過ぎ去っただけのことかもしれない」

 

オレは、そう誤魔化した。

だが、オレの体内では、かつてないほどの警鐘が鳴り響いていた。

 

竜宮院聖哉は、Dクラスを沈黙させ、Cクラスを裏から掌握した。

次に彼が目を向けるのは、必然的にBクラス、あるいはAクラス、そして上級生まで見ているのであろう。

そして、彼が構築する巨大なシステムにおいて、オレという存在――彼が『A級パーツ』と呼んだこのオレが、いつ、どのような形で盤面に投下されるのか。

 

(彼にとって、オレはイレギュラーな変数だ。彼が最も嫌う不確定要素)

 

だからこそ、彼はオレを完全に支配下へ置くための準備を、水面下で極限まで進めているはずだ。

その日が来るのは、そう遠くない。

 

オレは、無機質な窓ガラスに映る自分の顔を見つめながら、静かに来たるべき完全な論理との衝突に向けて、思考の演算速度を一段階引き上げた。

 

 

 

 

【視点:坂柳有栖】

 

「……それで? 龍園くんは、昨日の放課後からまるで去勢された犬のようになってしまったと?」

 

Aクラスの教室。

窓際の席でチェスの駒を指先で転がしながら、私は優雅に微笑んだ。

目の前に立つ神室さんは、今にも倒れそうなほどに青ざめ、貧乏揺すりを抑えきれない様子で立っていた。

 

「……あいつ、化け物よ。竜宮院って奴は……」

 

神室さんは、かすれた声で言った。

 

「私が伊吹に落としたあの箱……あれのせいで、Cクラスは内部からメチャクチャになったらしいわ。龍園は石崎たちに見限られかけて、孤立したところを、竜宮院に完全にやられたって。……どんな手を使ったかは知らない。でも、今日の龍園の目を見ればわかる。あいつは、竜宮院に逆らうことを完全に諦めてる」

 

「ふふっ。素晴らしいわ。期待以上の戦果ですね」

 

私は、手に持っていた黒のナイトを、盤面の中央へと静かに置いた。

竜宮院聖哉。

結局、イクスフォリア、勇者が何を意味するのかは理解できてはいない。ただその異常なまでの慎重さと論理の力を行使すれば、龍園翔のような直感と暴力に頼るだけの不良など、赤子の手をひねるよりも容易いことでしょう。

 

だが、驚くべきはその手際だ。

彼は、決して運任せのギャンブルをしなかった。

私の手駒である神室さんを使い、Cクラスの内部に疑心暗鬼の種を植え付け、櫛田さんという毒薬を使って龍園くんを誘い込み、さらに石崎くんの端末を利用して完全な証拠を抑え込む。

すべての要素が、一つの狂いもなく噛み合った、芸術的なまでの圧勝。

 

(……ええ。そうでなくては、つまらないわ)

 

私は、杖を手に取り、ゆっくりと立ち上がった。

 

「ご苦労様でした、神室さん。あなたはもう、この件から手を引いて構いませんよ。ゆっくりと休んでくださいな」

 

「……っ、ほんと、もうごめんだわ。あいつに関わるのは……」

 

逃げるように教室を出ていく神室さんの背中を見送りながら、私は喉の奥でクスクスと笑い声を漏らした。

 

竜宮院聖哉は、これでDクラスとCクラスの闇の支配者となった。

だが、彼はまだ完全に支配し切ってはないのでしょう。

 

彼がどれほど慎重に盤面を支配しようとも、もう一人、彼の存在を根底から揺るがすことのできる存在。

 

 

ホワイトルームの最高傑作――綾小路清隆。

 

 

(竜宮院聖哉。あなたは、すべてを自分のコントロール下に置かなければ気が済まない病的なまでの完璧主義者。……そして綾小路清隆は、いかなるシステムにも縛られることを拒絶する、絶対的な自由意志の体現者)

 

この二つの極限の論理が衝突した時、果たして何が起こるのか。

私は、その光景を特等席で眺めるために、Aクラスという安全な高台から、彼らに少しばかりの刺激を与えるための準備を始めることにした。

 

「さあ、勇者様。あなたのその過剰なまでの防壁は、あの怪物を前にして、いつまで保つことができるのかしら?」

 

私は、白のクイーンを手に取り、黒のナイトの真正面へと音もなく滑らせた。

 

 

 

 

【視点:竜宮院聖哉】

 

図書室の閉架書庫。

再び静寂を取り戻したこの暗がりの拠点で、俺は自作の独立型PCを再構築し、電源を投入した。

モニターには、Cクラスの複数の生徒(龍園、石崎、伊吹)の端末からバックグラウンドで送信されてくる、位置情報と音声データがリアルタイムで暗号化され、蓄積されていくログが流れている。

 

『Target C (龍園翔):服従プロトコル適用完了。監視システムへの統合、正常』

 

俺は、冷たい青光に照らされながら、胸元のロケットペンダントを服の上から強く握りしめた。

 

龍園翔の無力化と、Cクラスの実質的な掌握。

これで、俺のプランの第一フェーズは完全に終了した。

今の俺は、Dクラスという隠れ蓑の中にいながら、Cクラスの暴力と情報収集能力、そしてポイントというリソースを自由に引き出せる状態にある。

 

だが、俺の心に安堵はない。

勝率100%を確保するための準備に、終わりはない。

 

(次の懸念事項は、二つ)

 

一つは、Aクラスの坂柳有栖。

彼女は俺の素性を知る唯一の存在であり、現在は不可侵の同盟を結んでいるが、あの性格上、いつ盤面をひっくり返してくるかわからない。彼女の動向は、引き続き最大限の警戒レベルで監視する必要がある。

神室真澄に対する脅迫材料はすでに確保しているが、それだけでは不十分だ。Aクラス内部に、もう一つ、俺に直結する強力なバックドアを構築するための準備を開始しなければならない。

 

そして、最大の懸念事項。

Dクラスの内部に潜む、もう一つの特異点――綾小路清隆。

 

俺がCクラスを掌握した事実を、彼は間違いなく察知している。

 

彼は何も言わず、何も行動を起こしていないが、それは彼が俺のシステムに屈したからではない。彼自身の安全が脅かされていない限り、静観を貫いているだけだ。

だが、俺がこの学校全体をシステムとして掌握する最終段階において、彼のその異常な演算能力と身体能力は、絶対に放置できないバグとなる。

 

(綾小路清隆。お前を俺のシステムに組み込むための罠の構築には、あと1200時間のシミュレーションと、学校のシステムそのものへの物理的な介入が必要となる)

 

俺はキーボードを叩き、新たなプロジェクトのファイルを作成した。

 

『Project Ouroboros』。

それは、綾小路清隆という怪物を、彼自身の思考の迷路に閉じ込め、論理的に身動きが取れない状態へと追い込むための、極大のトラップ。

 

「……休んでいる暇はない」

 

俺は、暗がりの中で一人、静かに呟いた。

 

「レディ・パーフェクトリーに至るまでの道程は、まだ15%しか完了していないのだから」

 

機械の微かな駆動音が、俺の決意を肯定するように低く鳴り響いていた。

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