その夜の間桐邸の食卓には、これまでの長い歴史の中で一度もなかったはずの「温もり」があった。
「おい、その肉は僕が狙ってたんだぞ! ランサー、お前はポテトでも食ってろ!」
「がはは! 早いもん勝ちだろ、慎二。……おっ、ライダー、この煮物もいけるな」
「……そうですか。それは重畳です。桜、あなたももっと食べなさい」
「はい、ライダー。……ふふ、兄さん、顔にソースがついてますよ。」
慎二は「うるさいな!」と照れ隠しに声を荒らげ、桜はそんな兄を、毒気のない柔らかな笑みで見つめる。ランサーの豪快な笑い声が、澱んでいた屋敷の空気をかき回していた。
臓硯の姿はない。この瞬間だけは、ここは呪われた魔術師の家ではなく、どこにでもある騒がしい「家族」の食卓だった。
食後、食器を片付け終えたランサーとライダーが、夜風を浴びに庭へと出た。
縁側から少し離れた木陰で、ランサーがふと足を止める。
「……おい。聞こえるか、ライダー。」
開け放たれたリビングから、二人の声が漏れ聞こえていた。
『……なあ、桜』
慎二の声だった。いつもの高圧的な響きはなく、どこか震えるような、迷いを含んだ静かな声。
『……僕たちが戦うのは、最後にしないか?』
『……兄さん?』
『他の奴らを全部片付けるまでは、協力しよう。もし……途中で僕か君のどっちかが負けたら、そこで終わりだ。戦う必要なんて、無くなるだろ? ……でも、もし最後に僕たちだけが残ったら……その時は……』
慎二は、最後まで言葉を繋げなかった。
もし二人だけが残ってしまったら。それは、どちらかが死ななければならない可能性を突きつけられるということだ。慎二は、その残酷な未来から目を逸らすための「猶予」を、必死に、情けなく求めていた。
長い沈黙の後。
『……はい、兄さん。分かりました』
桜の鈴を転がすような、けれど決意に満ちた声が響く。
『その時は……全力で戦いましょうね』
木陰で、ランサーが小さく鼻を鳴らした。その瞳には、夜風よりも冷たく、けれど確かな熱が宿っている。
「……ハッ。甘いこと言いやがって、あのマスターは」
「……そうですね。ですが、あれが彼の精一杯なのでしょう」
ライダーは静かにリビングを見つめていた。慎二が差し出したその卑怯なまでの猶予は、彼なりの方法で妹の命を先延ばしにしようとする、不器用な誠実さだった。
「おい、ライダー。もしその時が来たら……手加減は無しだぜ。あいつらに『最高の戦い』を見せてやろうじゃねえか」
「……ええ。そのつもりです、ランサー。」
夜風が吹き抜け、二人のサーヴァントの髪を揺らす。
彼らは知っていた。この幸せな団欒の先に待つのは、救いなどではない、血塗られた決着であることを。
それでも。二人の英雄は、幼い兄妹が結んだ「最後の約束」を、神話の誓いよりも尊いものとして胸に刻んだ。