冬晴れの公園。人影のまばらな広場で、慎二は物置から持ってきたグローブをはめ、何度もその感触を確かめていた。
「……見てよランサー。これ、僕が子供の頃に買ってもらったやつなんだ。一度も使ってないから、新品みたいだろ?」
慎二は自慢げに笑うが、その言葉の裏にある「一度も使われる機会がなかった」という孤独を、ランサーは鋭く感じ取っていた。父親は慎二に道具を与えはしたが、それを使って一緒に遊ぶ時間は、一度も与えなかったのだ。
「おう。新品同様、慣らし甲斐がありそうじゃねえか。……ほら、投げてこい」
ランサーは少し離れた場所で、素手で構える。慎二は大きく振りかぶり、精一杯の力でボールを投じた。山なりの、お世辞にも速いとは言えないボール。だが、それは慎二が十数年分溜め込んできた「誰かに受け止めてほしかった思い」そのものだった。
「――っ、ほらよ!」
ランサーが投げ返す。慎二は必死に手を伸ばし、乾いた音を立ててそれを捕球した。
「痛っ……! ランサー、お前、手加減しろよ!」
「ははっ、すまねえ。だが、お前なら捕れると思ったぜ」
何度か白球が往復するうちに、慎二の顔から魔術師としての歪んだプライドが消え、ただの少年のような無邪気さが戻っていく。
しかし、その光景を見つめるランサーの瞳に、ふと影が差した。
(……親父と、まともに遊んだこともねえ、か)
自分はどうだっただろうか。
ランサーの脳裏に、かつて戦場で対峙した、自分によく似た誇り高い少年の姿が浮かぶ。自分の息子、コンラ。あの日、自分は「父」として彼を抱きしめる代わりに、英雄としての「誓い」を優先し、その心臓を一突きにした。
(あいつが生きてりゃ……こんなふうに、遊ぶこともあったのかもな)
慎二が放った、力のない、けれど懸命な一球。それが、かつて自分が奪ってしまった「息子の未来」と重なって見えた。
胸を締め付けるような後悔を振り払うように、ランサーは無意識に右腕に力を込めた。
「――っ!」
空気を切り裂く、凄まじい風切り音。
ランサーが放ったボールは、戦士の投擲そのものだった。白球が目に見えぬほどの速度で慎二のグローブに突き刺さり、バチンッ、と激しい衝撃音が公園に響き渡る。
「……あ、ぎ、あ……っ!」
慎二は衝撃で尻餅をつき、右手を抑えてうずくまった。グローブからは煙が上がっているのではないかと思えるほどの威力。
「い、痛い……! 死ぬかと思っただろ! お前、本気で僕を殺す気かよ! バカ!」
慎二は目に涙を浮かべて怒鳴り散らした。その「生身の人間らしい怒り」を聞いて、ランサーは我に返り、苦笑いしながら歩み寄った。
「悪い悪い、ちょっと肩が回りすぎた。……立てるか、慎二」
差し出された手を、慎二は不貞腐れながらも掴む。
日はすでに傾き始め、二人の影が地面に長く伸びていた。
「……もう帰るぞ。手が痺れて、これ以上は無理だ」
「おう。今日はこれくらいにしてやるよ」
慎二がグローブを脱ぎ、大切に抱えて歩き出す。ランサーはその少し前を、軽く駆け出した。
「おい、飯に遅れるぞ! 走れ、慎二!」
「ちょっと待てよ! 置いていくなよ、兄貴ーーっ!」
夕焼けに染まる公園に、慎二の叫びが響く。
その叫びは、ただの「待ってくれ」という意味以上の、縋るような切実さを帯びていた。