戦闘音が止んだ静寂のなか、慎二は血の匂いと煙が漂う開けた場所へと転がり込んだ。
「はあ、はあ……っ、ランサー! ランサー!」
視界に飛び込んできたのは、胸に巨大な風穴を開け、槍を杖にしてどうにか立ち尽くしている青い影だった。その向こうには、自らの鎧についた傷を忌々しげに眺める黄金の王。
「あ……ああ、あ……っ」
慎二は膝から崩れ落ち、這いずるようにしてランサーの元へ駆け寄った。
あんなに「最強の兄貴」だと思っていた背中が、今は透き通り、今にも夜風に溶けてしまいそうだった。
「お前……! 信じて戻ってきたのに! なんだよこれ、何死にかけてるんだよ! このままじゃ、僕も殺されてしまうじゃないか!」
慎二はランサーの腰にしがみつき、子供のように泣き叫んだ。鼻水を垂らし、涙でぐちゃぐちゃになった顔をランサーの装束に擦り付ける。それは感謝の言葉でも、騎士を讃える台詞でもなかった。ただただ、独りになることを拒む、剥き出しの依存と恐怖の叫びだった。
そんな無様なマスターを見下ろし、ギルガメッシュが冷酷に腕を上げる。
「……興が削げた。その雑種ともども、塵に還るがいい」
だが、その腕を、消えゆくはずのランサーの声が引き止めた。
「――待ちな。」
ランサーは血の混じった唾を吐き捨て、震える慎二の頭に、重みを感じさせないほど透き通った手を置いた。
「見ての通りの、情けねえ泣き虫だ。……こんなガキ一人殺したところで、テメェの退屈は紛れやしねえだろ? こいつはもう、戦う者の顔(ツラ)ですらねえんだ。……見逃してやってくれよ」
ランサーの、最期にして唯一の「命乞い」。
ギルガメッシュは、慎二の絶望に濡れた、鼻水まみれの顔をじっと見つめた。そこには魔術師としての誇りも、王への敵意も、何も残っていない。ただ、一人の男の死を恐れる「人間」がいた。
「……フン。殺す価値もない雑草か。貴様のその醜い顔に免じて、命だけは預けておく。……疾(と)く、消えるがいい」
ギルガメッシュは興味を失ったように踵を返し、夜の闇へと消えていった。
静寂が戻った戦場で、慎二は呆然と顔を上げた。助かった。命がある。けれど、その喜びよりも先に、自分を支える手の感触が薄れていくことに気づき、再び絶望が襲う。
「……あ。……行かないでくれ、ランサー。置いていくなって言っただろ……っ」
「……はは、笑わせるな。傷に、染みるじゃねえか……」
ランサーは、力なく笑った。慎二の情けない顔を見て、ようやくこの戦士は本当の意味で肩の力を抜いたようだった。
「……なあ、慎二。消えるまで、少しだけ時間が余った。……俺の、昔話を聞いてくれるか?」
「……っ……うん……」
慎二はしゃくり上げながら、小さく頷いた。
もう強がる必要も、魔術師のふりをする必要もない。ただ、この「兄貴」の声を一秒でも長く刻みつけるために、慎二は彼の胸に耳を寄せた。