慎二が命じたのは、自分を「魔術師の紛い物」と陰口を叩いた他陣営のマスター候補――その拠点への夜襲だった。
深夜の廃ビル。慎二は安全な影から、高みの見物を決め込む。
「……さあ、やってこいよランサー。あいつらに、僕を怒らせたことを後悔させてやるんだ」
「あいよ。ま、見てな」
ランサーはそう短く答えると、音もなく夜の闇へ溶けた。
直後だった。ビルの窓から、悲鳴すら上がる間もない鮮やかな閃光が弾ける。
慎二が目を凝らす間もなく、わずか数分でランサーは戻ってきた。その紅い槍の穂先には、一滴の血もついていない。
「終わったぜ。中の魔術師もどきは全員気絶させて、礼呪の触媒(腕)を使いもんにならねえようにしておいた。……殺しちゃいねえが、もうリタイアだろ」
「……え、もう? まだ五分も経ってないぞ」
慎二は唖然として、目の前の男を見つめた。
今まで連れていたライダーなら、もっと慎重に、じわじわと相手を追い詰める戦い方だった。だが、この男は違う。一陣の風のように敵陣を駆け抜け、気づいた時にはすべてを終わらせている。
(……なんだ、こいつ。信じられないほど使い勝手がいい……!)
慎二の胸に、かつてない高揚感が込み上げた。
汚れ仕事、奇襲、暗殺の真似事。本来なら英雄が嫌がりそうな不名誉な仕事さえ、この男は「仕事だ」と割り切って、鼻歌混じりに完璧にこなしてみせる。
「ははっ……! 凄い、凄いよランサー! これだよ、これこそが僕に相応しいサーヴァントだ!」
慎二はランサーの肩を叩こうとして、そのあまりの身長差と威圧感に一瞬気圧され、代わりに自分の髪をかき上げた。
「これなら、遠坂だって衛宮だって敵じゃない。……いいかランサー、お前は僕の最高傑作の『駒』だ。これからも、僕が気に入らない奴らを全部掃除してくれよ」
有頂天になり、命令を並べる慎二。
ランサーはそんな主人の様子を、感情の読めない瞳で眺めていた。
「駒、ね……。まあ、契約があるうちは、お前の汚れ役くらいは引き受けてやるさ、マスター」
ランサーは耳のピアスを軽く弄り、夜の街を見下ろす。その背中は、慎二の幼い野心など、とうの昔に通り過ぎてきた「本物の戦士」の空気を纏っていた。
(……ケッ。ま、今はこれでいいか。この小僧が、いつまでそのツラを保てるか見ものだな)
慎二は気づいていない。
自分が手に入れたのは「便利な道具」ではなく、いつ牙を剥くかもわからない、檻のない猛獣であることを。
そして、この男が自分の「汚れ」を代わりに引き受けてくれているという、奇妙な優しさ(あるいは憐れみ)の始まりであることも――。