翌朝、慎二は最悪の気分で目を覚ました。
鏡を見れば、泣き腫らした目は赤く、昨夜の情けない醜態が嫌でも思い出される。重い足取りで一階へ降りると、台所にはすでに「奴」がいた。
「よお、マスター! よく眠れたか? 朝飯、なかなか旨いぜ」
ランサーは食卓の椅子に逆向きに座り、トーストを齧りながら、事も無げに手を上げた。昨夜、あんなに恐ろしい殺気を放って自分を追い詰めた男と同一人物とは思えない、あまりに気さくな挨拶。
(……なんだよ、それ)
慎二は返事もせず、ひったくるようにパンを掴んで自分の席に座った。
怒った方は、叱られた人間がどれだけ傷ついたか、どれだけ夜通し悩み抜いたかなんて考えもしない。その無神経さが、慎二にはたまらなく不快だった。
(ケロッとしてやがって……。僕がどれだけ怖かったと思ってるんだ。バカ野郎め……)
喉まで出かかった文句を、慎二は飲み込んだ。
不満はある。だが、今の自分にはこの男の力が必要だ。昨夜の恐怖は、同時にこの男の「本物の強さ」の証明でもあったのだから。
学校に着いてからも、慎二は授業の内容など一切頭に入らなかった。
休み時間。屋上へ続く階段の踊り場で、慎二は霊体化したランサーに声をかける。
「……おい、ランサー。聞こえてるんだろ」
「ああ。なんだ、作戦会議か?」
空気が揺れ、ランサーが壁に背を預けた姿で現れる。慎二は昨夜の気まずさを隠すように、努めて高圧的な口調で切り出した。
「今夜、仕掛けるぞ。狙いはアーチャーだ」
「アーチャー(エミヤ)か。あいつ、慎重なタイプだぜ。どうやって引きずり出す?」
「ふん、策ならある。僕が囮になって、あいつをおびき寄せる。……あいつは正義の味方ごっこが好きだから、僕みたいな『小悪党』が一人でふらふらしていれば、必ず仕留めに現れるはずだ」
自嘲気味に、けれど計算高く慎二は告げる。
ランサーは意外そうに眉を上げた。昨夜叱られたばかりの少年が、自分を危険に晒す案を出してきたからだ。
「……ほう。囮、ね。しくじれば、お前の首が飛ぶぜ?」
「お前がいるんだろ。……僕が死なない程度に、ギリギリまで引きつけてから、後ろから一突きにしてくれればいい。……できるだろ? ケルトの英雄さん」
慎二が少しだけ挑発的に笑うと、ランサーはしばし沈黙した後、ニカッと不敵な笑みを浮かべた。
「いいぜ。その度胸、買ってやるよ。……昨夜の涙が少しは効いたみたいだな」
「うっさい! 昨日のことは言うな!」
顔を真っ赤にする慎二。
二人の間に、昨夜までの「支配と隷属」とは違う、どこか共犯者に近い空気が流れ始めた。