翌日の昼下がり。冬木市内のカラオケボックスに、およそ場違いな長身の男がいた。
「……おい、慎二。わざわざ金を払って、この狭い小部屋の中で歌を歌うってのか? 現代の宴ってのは、ずいぶんとしけた場所でやるんだな」
ランサーは、カラオケ特有の少し安っぽい密室を見回して、不思議そうに眉を寄せた。
「バカだなあ。これは『防音室』って言って、外に音が漏れないようになってるんだよ。英雄が外で大声で歌って通報されたらどうするんだよ」
慎二は手慣れた手付きでカウンターでの手続きを済ませると、ランサーを部屋へと押し込んだ。昨日までの殺伐とした雰囲気はどこへやら、今の慎二は「自分しか知らない知識」を教える優越感で顔を輝かせている。
「ほら、座れよ。注文は全部このタッチパネルでするんだ。……お前は何も触るなよ、壊しそうだからな」
慎二はデンモクを器用に操作し、山盛りのフライドポテトと唐揚げ、そして毒々しい青色のクリームソーダを次々と注文していく。ランサーはその鮮やかな指さばきを感心したように眺めていた。
「へえ、この板切れ一つで飯が出てくるのか。戦場の徴用より便利じゃねえか」
「当たり前だろ。現代を舐めるなよ。……ほら、曲も選んでやったから。お前、声だけはいいんだから、これくらい歌えるだろ?」
慎二がニヤリと笑ってマイクを差し出す。
数分後、運ばれてきたジャンクフードの山を前に、ランサーは豪快にポテトを数本まとめて口に放り込んだ。
「ん……! なんだこれ、油っこいが止まらねえな! ケルトの宴に出しても、戦士たちが奪い合いになる味だぜ」
コーラでそれを流し込み、ガハハと笑うランサー。その食べ方はあまりに野性的で、行儀が良いとは言えなかったが、見ているこちらまで腹が減ってくるような生命力に溢れていた。
慎二は自分の分のポテトを口に運びながら、ふと、胸がすくような思いを感じていた。
間桐の家では、食事は常に「儀式」だった。臓硯の冷たい視線に晒され、味など分からないほど緊張して食べる、息の詰まる時間。
だが、今、目の前で英雄が「ジャンクフードが旨い」と子供のように喜んでいる。
「……ふん。気に入ったなら、もっと食えよ。僕のおごりなんだからさ」
「おう、太っ腹だなマスター! じゃあお返しに、一曲ぶちかましてやるよ」
ランサーがマイクを握り、慎二が選んだ流行のロックのイントロが流れ出す。
歌い出した瞬間、狭い室内が震えた。
プロの歌手も青ざめるような、芯の通った圧倒的な美声。腹の底に響くような声量が、慎二の全身を心地よく震わせる。
「……っ。なんだよ、歌まで完璧かよ、君は」
慎二は呆れたように呟き、けれどその顔からは自然と笑みがこぼれていた。
隣に、自分を否定しない強者がいる。
自分を「導く」のではなく、同じ目線で「遊んで」くれる兄貴がいる。
慎二にとって、この脂ぎったポテトの味と、ランサーの歌声が響くこの小部屋は、世界で一番安心できる聖域になっていた。