臆病で愛を知らなかった黒猫の私と、貴方の愛の物語。

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くろねこ

私と貴方が出逢ったのは、丁度ベタな雨の強い日でしたね。

 

その日貴方はお気に入りの黄色い折り畳み傘を忘れて、行きたくも無い会社の手持ちカバンを頭に掲げて大急ぎで豪雨の中を駆け抜けて、私には微塵も気付かない、出会わない・・・筈だった。

 

だけどそれは運命か神様の悪戯なのか、貴方はアクセル全開だった勇み足に急ブレーキを掛けて、電柱の隅っこで原形を留めていない程にぐしゃぐしゃになった段ボールの中に縮こまって居たチビな黒猫の私を見つけてくれた。

 

私は最初は怖かった。

 

だって産まれて初めて糊の付いた目から解放されて初めて見た景色は夜の闇に覆われて真っ暗で、しかも天からは容赦なく体温を奪い続ける流水が幼過ぎる私の命の灯を奪い去ろうとしていく。

 

おまけに初めて見たのは母親猫の姿ではなく、得体の知れない猫以外の種族の巨人の様な黒い影。

 

動物の、獣の本能ながら「あ、私ここで死んじゃうんだ。」って思ってました。

 

でも・・・・・、

 

まるで段ボールの底面という地上に串刺しにされていた足が解放されるかの如く、私の身体はフッ、と軽く宙に浮かび、気が付けば貴方は何の縁もゆかりも無い異種族の私を我が子のように優しく撫でてその逞しい腕で抱き止めてくれました。

 

あの時は嬉しかったなぁ。

 

あの時から、、、あの時からずぅっと、ずうっ~~~~~~と貴方が大好きでした。いや、でした、じゃなくて今もなお愛しているんです。

 

私を拾ってくれた貴方はその後すぐに温かいご飯と家庭と、私のアイデンティティを現す名前を授けてくれましたね。

 

その名も“くろねこ”。

 

もう、まんますぎるのも貴方らしくて愛おしいです。そんなところも含めて大好き。

 

くろねこという名前の私は、それからずっと貴方と四六時中、お仕事の時以外は二人暮らしでした。

 

貴方はいつも私と遊んでくれて、ご飯も含め体調管理もしてくれて、ごくまれに男女のデートの様にリードを付けて散歩に連れて行ってくれたり、二人っきりのベッドの上でイチャイチャして安眠し合ったり。

 

私の感覚器官が壊れてしまいそうになるほどに、私は毎日ゴロゴロゴロゴロした幸せな喉の音と愛をこれでもかと噛み締め、抱きしめながら貴方の胡坐の中心に収まっていました。

 

ある日、満月のくっきりと見えるロマンチックな深夜のことでした。

 

貴方の住むアパートの3階の窓を開けて、間違っても私が3階から落ちてしまわないようにと貴方は私を強すぎない絶妙な力加減で抱き締めて背中を撫ぜ続けながらくろねこの私にこう言ってくれました。

 

「なぁくろねこ。これからもずっとこうして、月でも見ながらずっと一緒に居て笑ってほしい。」

 

と。

 

私は人語を喋れないけど、本当に本当に嬉しくて、貴方のその結婚のプロポーズにも似たような愛の告白に舞い上がりすぎて「ニャー!」と鳴いて見せました。

 

そんな私の激動の感情を知ってか知らないのか、貴方は「ありがとう。」ととても嬉しそうな顔を浮かべて私の小さな頭を撫ぜ続け、私は貴方の手のひらに私の存在を一生懸命マーキングするのでした。

 

それから数年が過ぎ、貴方は急に人間の彼女を作ってしまいました。

 

相変わらず貴方は私のお世話を丁寧にはしてくれたけど、前よりも遊ぶ時間は極端に少なくなり、1人用のベッドの貴方の隣は私じゃなく、他所から侵略してきた泥棒猫の人間女に置き換えられてしまいました。

 

とても悔しかったし、辛かった。

 

でも飼い猫として、あの日あの地獄のような豪雨から私を救ってくれた運命の人である貴方の祝福をするのが、私の務めだと思って我慢しました。でも、長くは続かなくなった。

 

貴方が1DKの一室に彼女を呼ぶ度に私は煮えくり返るように嫉妬し、フシャーと威嚇をし、とうとうラインを越えて貴方をたぶらかす悪魔の人差し指に思い切り噛み付いてしまいました。

 

彼女の人間女の指からは真っ赤っかな鮮血が絶え間なく流れ落ち、貴方はそれに嫌われたくない一心でいつものマイペースな挙動よりも素早くあの女の手当てをして、後日私に厳しく怒鳴って感情を露わにしましたね。

 

貴方に酷く怒られたのはとてもショックだったけど、私は自分が行った自衛行為に後悔はしていませんでした。

 

むしろこれでようやく、貴方はあの女を私と貴方だけのお家に呼ばなくなり、また拾ってくれた時の様な愛の在る生活が巡り巡っていくと思ってました。

 

でも私の計算は誤算だったようで。貴方はより一層、私を一人ぼっちにしてエサだけを置いて外であの女と遊び惚けるように・・・・・・なっちゃいましたね。

 

しかも私が到底かなわない、そもそも種族が違うからこそ到達出来ない愛の交わりを頻繁にするようになっちゃって。

 

猫だからすぐに分かりました。これほど己の性質を呪った事はないでしょう。

 

ある日・・・・本当に愛に焦がれて焦がれてどうしようも無くなった時・・・・・、

 

その日はもう少しで月が満ちる前段階の夜中でした。

 

私は何を思い立ったのか、久しぶりに貴方と私だけが存在する1DKの部屋の窓の隙間からすとん、と猫にしか使いこなせない高所からのジャンプで地上に降り立ち、半ば不貞腐れたように家出をしてしまいました。

 

完璧ではない月明かりに己の身を照らされながら、数年ですっかりと変わってしまった貴方との愛の関係性やこれからのこの猛毒の様な狂おしいほどの愛についてを延々と堂々巡りに思い悩んでいると、その祠は運命的、いえ、必然的に私の前に姿を現しました。

 

住宅街の細い細いコンクリート壁の隙間から辛うじて見えるその粗末で簡素な祠は、今にも腐り落ちそうな風貌でした。

 

普通の感性ならばそんな場所なんて気にしない性分ですが、私が特に気になったのはその祠の下にある、白く光る黒い百合の花でした。

 

私は恐る恐るその発光し続ける黒い百合の花に近付くと、何を血迷ったか「この花を食べたい。」という欲求にどうしようもなく囚われてしまい、次の瞬間には私は大口を開けてその黒い百合の花を頬張って、花弁から茎、葉に至るまでを貪り喰らい尽くしたのです。

 

なぜだか分かりませんが、そうした方がいいと思ったからでした。

 

しばらくして軽くげっぷをすると、急に胃から体の全体が針で突き刺されるような痛みに襲われて、私はそのあまりの激痛に気絶するようにして意識を失ってしまいました。

 

それから何分?数時間?経った頃でしょうか。

 

次に私が目を覚ますとなんと、私は人間の女の子に変身していました。

 

黒髪のショートのおかっぱ頭に、黒猫だった頃から変わらない金色の満月の様な瞳、そして女性の十代後半の様な華奢で美しい肉付きと容姿、外側を着飾るのは真っ黒なワイシャツとミニスカートと下着。

 

おおよそ完璧に擬態もとい変身をした私ですが、その姿を自覚して数十分は困惑したものの、急に謎の安堵が思考を蹂躙して「やっとか・・・。」と呟き、初めて成る事が出来た人間(ニンゲン)の容姿で己の進化を一人で静かに祝いました。

 

どうやらご都合主義のように、私はこの人間の女の子形態から元の黒猫に戻ったり、人間形態から猫耳や猫尻尾を生やす事も容易なようです。

 

何時だか貴方が見ていた、そういうアニメやエッチな映像みたいでした。

 

私はまず、この人間の女の子の姿で街に繰り出すとか野暮な事はせずに、まず何かの手違いでこうなったらどうしようかな?と常日頃思っていたことを実行に移しました。

 

不思議なお花の効能と、人間になって強化された嗅覚と野生の勘なら簡単にあの泥棒猫に辿り着く事が出来ます。拍子抜けするくらいに。

 

私はあの女を探偵かスパイのように追い回し、人気のない路地裏にて声を掛けてあげました。

 

「あのぅ、落とし物ですよ。」って、まるで人畜無害そうな善人の猫なで声で女の油断を誘いました。

 

案の定それで上手くいって、「はい?」と振り返ったその女の両肩を思い切りガシリ、と掴み込んで私は一瞬、その泥棒猫の喉笛に猫の野生の牙を突き立てようとしましたが躊躇して、次に右手から鋭い猫爪を生やして思い切り女の首を掻っ裂きました。

 

女は何が起きてるのか分からないといった顔で、自分の首元を押さえながら無様にその場のコンクリートに崩れ落ちて、グネグネと毛虫の様にくねりながらやがて動きを止めました。

 

「私の大切な人を奪った罪だからね。」

 

私は悪びれる事も無くそう、女だった亡骸に吐き捨てるように言い放ち、決して貴方に見せられないように歪んだ口元であははははは!と近所迷惑もいいところな狂った声で笑いながらその場を後にし去りました。

 

それからすぐに貴方の元に帰って、私が生身の人間の姿を得れたことや邪魔な者は排除した事を喜々として伝えようと思ったけど、いや待てよ、と、じらすだけじらして、貴方にまた会えたのならきっと、私と貴方が初めて出会ったあの雨の日の様に、そして邪魔なノイズが無かったあの頃のように、更に言えばそれらの想い出も凌駕する関係性にもなれるのではないのか・・・?という底なしの欲望と期待と愛が胸いっぱいになって、私はその日から上手く世界から姿を消し、行方をくらませました。

 

それから半月ぐらいが経ってから、ようやく・・・・

 

ようやく、私は貴方の元に帰って来ました。

 

あえてあのロマンチックな、かつて貴方と二人で見たような大きくて完璧な満月と星空が浮かぶ深夜に、わざと私は貴方の元へと帰って来たんです。

 

3階にジャンプする前に私は人間の少女の身体から元の黒猫の身体に変身を遂げて、思いっきりジャンプしたりよじ登ったり黒猫の体の柔軟さを駆使して相変わらず無防備な3階の開いた窓から貴方の部屋へと久しぶりに帰って来ました。

 

久方ぶりに見た部屋の中は酷く臭くてゴミ屋敷のようで、貴方は壁にもたれかかりながら私が一度も見たことのない無精ひげとぼさぼさの髪で死人のように俯いていました。

 

これも全て、私の計算通りです。

 

まずあの女を始末して、それからその死体が世や警察に発見されて大騒ぎになり、次に貴方がそれを知り絶望し自暴自棄になってこうなる。

 

そこに私が現れて、それを慰めて、身も心も愛して、それから私たちはようやっと、本当の意味で愛に結ばれる。

 

猫も人間も関係ない、本当の愛で結ばれる。

 

私は俯く貴方にそっと、忍び足で近付き、「ニャー・・・」とわざとらしく不安げな、でも甘い、貴方にしか見せない私の声で鳴いてみました。

 

するとこれもまた計算通りに貴方は「くろねこ・・・?」とさっきまでのうつむき加減が嘘だったかのようにバッ、と顔を上げて暗闇の中から私の影を探し当てて、私に遠慮なく抱き着いてくれました。

 

「どこに、どこ行ってたんだよぉ、おれ、俺さ、寂しかったんだよぉっ・・・・!」

 

貴方はそう言って、久しぶりに私と向き合って、私にその泣いちゃうくらいに欲しかった愛を瞬間的にくれましたね。

 

「ごめんね。流人(るうと)くん・・・・もう、一人になんてさせないからね。約束だからね。」

 

私は、黒猫の体型でわざと、サプライズ感覚で流人くんにそう人語を発してみせてあげました。

 

当然ながら、流人くん鳩が豆鉄砲を食ったような、猫よりも丸い目で猫体型のままの私を見つめます。

 

「・・・・えっ?」

 

「今の声は私。私だよ。くろねこだよ。」

 

そうまた発言して、私は流人くんの両手からすとん、と落ちて人間形態の私に変身して見せました。

 

「・・・・はっ???」

 

「ずっと会いたかった・・・ううん、ずっと、貴方に拾われてからこうして対等な子で貴方に、流人くんに可愛がられたかった。愛されたかったの。」

 

私は追い打ちのように、人間形態の女の子の身体から黒い猫耳と尻尾を生やして、私が紛れも無い流人くんの“くろねこ”であることを証明した。

 

「でもこれで、ようやく一緒。ずっと一緒。・・・・・・怒らないでほしいし、いつかバレちゃうと思うから言うんだけどね、私、流人くんの好きだった人殺しちゃったんだ。」

 

「・・・・うっ、うわっ、」

 

「でも安心して・・・・その代わり、私が本当の意味で流人くんを愛してあげるから。だから、前みたいに幸せに暮らそうよ・・・・」

 

「よ、寄るなぁっ!バケモノ!!!」

 

流人くんはそう言って、まるで私がおぞましい怪物かのように一目散に逃げて部屋の隅にあったベッドの上に腰を抜かして座り込み、怯えきった表情で私に向かって枕や目覚まし時計を乱暴に投げてくる。

 

私がほんの少し流人くんの後ろに視線をずらすと、その後ろにはどうしようもなく綺麗な満月が顔を覗かせる窓の隙間があった。

 

そしてまた流人くんに向き合うと、彼は自分の両手で両目の視界を塞ぎ、がくがくと見てる此方の心が痛くなるほどの怯えた姿で体を縮こませていた。

 

まるであの時みたい。

 

私が拾われた時の、私の怯えた姿と今の貴方の姿は、どうしようもなく似ているね。

 

「流人くん、私、貴方が好きなの。愛しているの。」

 

「止めてくれぇっ!幻覚ならもう勘弁してくれよっ!くろねこを返してくれよ!真奈美を返してくれよぉっ!!!」

 

「ねぇ、私なら、くろねこなら此処に、」

『くろねこが真奈美を殺したんなら、もうお前は愛せない。』

 

私は急に、本当に急にだけどそんな流人くんの未来のビジョンの声が耳に浮かんだような気がしました。

 

勿論これは、未来予知能力でも、あの黒百合の力でも無く、猫の勘というものです。

 

「・・・・・・うん。そっ、か・・・・・」

 

私は赤子の様に泣き叫ぶ流人くんにそぉっと近付き、その両手を優しく払いのけて、彼の眼を優しく覗き込んで最期にこう言ってあげました。

 

「じゃあ、私が貴方を救うね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

――――――――

 

――――

 

――

 

 

「ふんふふんふ、ふ~ん・・・ふんふふ~・・・・・、」

 

私は今、首元にばっくりと空いた二本の空洞から血が流れ切ってこと切れた貴方を抱きしめて背中を擦りながら、いつしかあの満月の夜に二人で奏で合った歌・・・あの時は貴方が鼻歌を口ずさみ、猫の私は時折ニャーと言うしかなかったけれど、それを今では人の形で私から貴方に捧げています。

 

これはどうしようもなく大好きで愛している貴方の為の、子守唄です。ラブソングです。

 

大丈夫だよ。

 

世界で一番愛してる貴方を一人にはしないからね。

 

丁度あのキッチンにあった切れ味のいい包丁、貴方が手作りの猫のご飯を作るんだって最初は意気込んでいたあの包丁で私は貴方の後を追います。

 

だから、死んでも一緒。

 

ずっとずっと、私の心や愛は貴方の手の中に在ります。

 

ああでも、もう少しだけ・・・・・

 

もう少しだけこうして、ヒトの形で貴方に触れさせてほしい。

 

こんなにも完璧で美しくて大きな満月の下で、貴方と出会えて、愛し合えて本当に良かった。

 

「愛しているよ、流人くん・・・・。」

 

私は流人くんに抱き着いて、しばらくの間、満月の光に二人照らされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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