猫や杓子や、今や私や   作:塩ビパイプの紙

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あゆうやく


-6 展望

かちゃり。とカップの音が二人の静寂に響く。私は、口の中で感じた紅茶の味を脳で反芻しながらうわべだけの言葉に少し感動のニュアンスを上乗せして言葉を吐く。

 

「いい紅茶ですね。」

 

彼女は机のソーサーの上のカップに手を寄せて、落として向けられていた視線をわずかに上げてカップ越しにこちらを見据えてから、ふと、笑ってまたカップへ視線を落とす。

 

「腐ってもティーパーティー、といったところだろう?」

 

私は、それに答える言葉を持たなかった。確かに、喉元には数通りの当たり障りのない応答がいくつも浮かんでこなかったわけではないが、そのどれもが適さない語であることは火を見るよりも明らかであったからだ。彼女は事務的で、へりくだった態度を好まない。それは、私もそうであったが今になって辞めるきっかけも見当たらず、それが緩やかに自らの首を絞めていくのを当事者でありながら客観的に眺めて、そして務めて冷静であった。

 

「なに、そんなに気張らなくてもいいじゃないか。ただの茶会だよ。」

 

そんなはずがない。とは言えなかった。代わりに口からは冷たく硬い言葉が落ちた。

 

「要件はなんですか。」

 

すると彼女は私をじっと見つめ、じっと見つめてこう言った。

 

「友人を紹介したくてね。」

 

友人。その言葉に私は自然と円形のテーブル。その、私と彼女の間の空席に目を向けた。

この席つく前から空席だったそこには、席の利権を取るように冷めた紅茶とソーサー置かれている

友人。その言葉が彼女から出てきたことに驚き、紹介したい。という言葉に疑念を持つ。

 

「私的な友人さ。別に、君を政略に組み込もうなんて考えてもいない」

 

ほっと。肩の力が抜けたような気がする。彼女は、私の有用性に気づいている。それでいて私を

縛ろうとしない。こんな関係にヒビが入るのは私としてはうれしくない。

 

「その友人は今どこへ?」

 

彼女は壁にかけられた時計、扉の順に目を向けて、息を浅く吸ってからこういった。

 

「時間は過ぎているからもうすぐ来るだろう。」

 

そう言ってからまるでそのセリフを待ち望んでいたかのように、高く軽い違和感のあるノックの音が部屋に響いた。

 

「噂をすれば、だね。」

 

「入ってくれ」

 

少しの間をおいて、扉がゆっくりと開き、彼女の言う友人が入ってきた。

腰あたりまで伸びるグレーの髪、そしてその髪色と同じ色のカーディガン。私と同じくらいの背丈

かつかつと歩幅に合わせて規則正しく床を叩く杖は見た目からかなりの長い間使っていることが読み取れる。私の記憶の限りでは同学年ではなく、そして見たことのない生徒。

 

やがて友人はテーブルまでたどり着くとちらりと私のことを見てから椅子を引いて両足で杖をはさむようにして椅子に腰を下ろした。そして、テーブルに置いてある冷えた紅茶を一瞥してから

視線をさまよわせた後すっと、ぼんやりとした焦点のあっていない目で私と視線を合わせた。

10秒、20秒。私と友人の間にある空気は一切の動きを見せなかった。どうにもいたたまれない空気があたりに流れ始めたとき、彼女が口をはさんだ。

 

「自己紹介でもしたらどうかね?」

 

至極まっとうな意見であったが、彼女の友人ということで紹介されたのだから彼女が仲を取り持ってくれるのが筋ではないかと、疑問が募る。しかし、この空気を改善するにはタイミングが良かったので私は彼女の言うことに従うことにした。

 

「1年生の浦和ハナコといいます。よろしくお願いします。」

 

いつもの通りの、仮面をつけた自己紹介。

そんな挨拶に対して、彼女の友人はぺこりと頭を垂れて返事をした。

 

さあ、次はあなたの自己紹介の番ですよ。

 

私はそんな意図で彼女の友人の目に視線を向けた。

僅かな静寂。彼女の友人は私から彼女へ、そしても一度私の順に目を向けた後、口を開いては閉じを繰り返した。

 

「ーー、ーー、ーーー?」

 

何かを言った。私はそれを聞き取った気がした。いや、そんなわけない。彼女の友人はいまの今まで一度も喋っていない。口を開けても、発話はしていない。

 

「ーー。ーーーー?ーーー、ーーー。」

 

私の耳には何も届いていない。しかし、分かる。言葉の区切りが。声の質感が。

意味のない、存在しない言語を聞いているような、そんな不思議な感覚。

 

彼女の友人はそんな私の様子を感じ取ったのか、困ったような表情をして彼女に目配せをした。

彼女はそんな私たちの様子を見て心底楽しそうに、そして興味深いものを見るような目でこちらを見ていた。しかし、その目は決して干渉しないという拒絶の現れでもあった。

 

彼女は手を貸さない。私がなんとかしなくては。

なんとなくではあったが、そう感じた。

 

「、、喋れないのですか?」

 

私はゆっくりと、ただ事実を確認するために彼女の友人に問いた。彼女は私の問いにゆっくりと頷いた。

 

「なるほど。では手話はできますか?」

 

彼女の友人は恐る恐るといった態度で首を振った。

ーー手話ができないのに今まで他人とどうやってコミュニケーションを取っていたのだろう?

わずかな疑問が考えを波打つ。私にはそれが彼女とのコミュニケーションにおける答えであると半ば確信を持って考える。

 

かつかつ

 

静かな空間には似つかない軽い音、その音源が彼女のもつ古い杖からのものからであるのに気づくにはそう時間が気づかなかった。

 

かつかつ

 

もう二度、彼女の友人が床を叩く。

もしやこれはーー

 

「モールスですか。」

 

かつかつ

 

彼女の友人は正解、と言わんばかりに杖で床を叩く。彼女の友人は杖の上に乗せた右手をゆっくりと机の上に重ねると、今度は人差し指で机を叩き始めた。

リズムよく規則的に叩かれる音を耳で拾いあげながらも、頭の中でそれを解読していく。

私は叩かれる打鍵の音が進むにつれてだんだんとおかしいことに気づいていく

 

最後の音が叩かれた時には、もう遅かった出来上がった文字列は意味をなしておらず、それはどこかで間違ってしまったことを意味していた。

 

「、、、すみませんもう一度お願いしてもいいですか。」

 

もう一度繰り返せど結果は同じ全く意味のない文字が浮かび上がってくるのみ。それは日本語規格でも英語規格でも同じことだった。私は一縷の望みにかけて聞いてみることにした。

 

「KATALABAINETE、ではないですよね?」

 

すると反応があった。彼女の友人ではなく彼女の方であったが。

 

「なんで笑ってるんですか」

 

「いや、いや。申し訳ないね。ば、馬鹿にするつもりではないのだけども、これは、ふはは。」

 

彼女は笑っていた。それはそれは見たことのないほどに。

 

「すまない。私も少し意地悪がすぎたね。」

 

笑顔を抑えてそう言いながらも彼女の口角は上がっていて心底愉快、といったふうであった。つまり全く悪びれている様子がない。

 

「ギリシャ語だ。」

 

急にそう言ったかと思うとその後に答え合わせだよと、つけ合わせた。

 

「モールスだというところまではあっている。規格が特殊でね、ギリシャモールスなんだ。」

 

「、、はい?」

 

言葉の意味は理解できた。ただ、その内容が内容であるために少し脳が固まる。

彼女の友人は話す事ができなくて、手話の代わりにモールスを使う。なのにも関わらず使う規格は一握りの人間にしか伝わることのないであろうギリシャモールスである。

全く意味がない。伝わらなければ言語ではない。

使うのであればもっと実用的なーー

 

「私が教えたものだ。結局伝わることのないのならなんであろうと変わらないからね」

 

まて、私が教えた?

 

「改めて紹介をしよう」

 

彼女はまるで大事な宝物を披露する子供のように笑いかけて言葉を紡いだ。

 

「彼女の名前は百合園ツムグ」

 

「私の友人だよ。」

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