偽典サクラ大戦 ~我は花咲く木とならむ~ 改訂版 作:出口豊志朗
加山と迫水が潜伏していたオデュッセイア作戦中の華撃団と合流した、その前日。
大帝国劇場の経理室には神山と竜胆カオルがいた。全員休暇のお達しがあったとはいえ、カオルはすみれの秘書である。彼女が動く以上、カオルだけが休むことはありえない。そんな彼女に神山は自分たちの調査結果としてまとめたレポートを、すみれに渡してほしいと直訴しに来たのだ。分単位のスケジュールで、しかも劇場外での活動も多いすみれを捕まえることは難しく、カオルを介するのが早いとの判断だった。
神山は中央にある椅子に座り、向かいで紙をめくるカオルの様子をうかがっている。二つの記書伝から推測される降魔皇とそれを支える北条一族の存在、そしてそれがWLOFと重なっている可能性を示唆する内容に、カオルの表情はいつもの厳しさに険しさを上乗せしていた。
「なるほど、神山さんが急ぐのは理解できます」
カオルはレポートから目を離すと、真剣なまなざしを向ける神山に言った。
「ですが、明後日まで待ってください。すみれ様はそれまで劇場に戻られませんので」
「そうですか――」
神山が肩を落とした瞬間、経理室の扉がノックされた。カオルの返事も待たずに入ってきたのは、洋装に白い陣羽織を纏った麗人、村雨白秋だった。
「おや、神山くんじゃないか。こんなところで会うとは」
「それは俺のセリフですよ、白秋さん」
白秋はさくらの剣の師匠ではあるものの、劇場の部外者である。半ば呆れながら返した神山を白秋は気にも留めず、カオルの方へ歩み寄った。
「先日は会場のセッティング、ご苦労様。あれには私も驚いたよ。あと、これが護符だ」
「は、白秋さん、そのことは――」
「あと、すみれの荷物は私が預かろう。用意は済んでるかい?」
話の流れは理解できなかったが、「すみれ」の言葉に神山は反応した。
「白秋さん、神崎司令と会うんですか? それに会場というのは……」
白秋は神山をみてキョトンとし、カオルに目を向けた。カオルは顔を真っ赤にして白秋を睨んでいる。
「あ……神山くん、今のは聞かなかったことにしてくれ」
「いやいやいや、無理ですよ。何なんですか、何をしようとしてるんですか!」
「それは秘密だ」
「オムライス、おごりますよ」
「神山くん、残念だったね。しばらく私はすみれからオムライスを休みでも食べられるようにしてもらっているんだよ。買収失敗だね」
「それだけの報酬が出るなんて只事じゃない。俺たちにできることがあれば、言ってください」
「白秋さん、神山さん、ひとまず落ち着きましょう」
カオルは肩を落として言った。カオルも何が起きているかは断片的に知らない。だが、この状況で神山を煙に巻くのは難しいだろう。
「では、オムライスをいただくとしようか」
白秋はにこやかに言うと、さっさと経理室を後にした。
オムライスを食し、優雅にナプキンで口元を拭う白秋。その周りには、神山をはじめとする花組メンバー全員が取り囲むように輪になって座っている。
「で、アタシたちが調べものしてた間に、何が起きてるんだよ」
口火を切ったのは初穂だった。が、白秋は涼しい顔で答えた。
「私から話せることは何もないよ。脅迫も泣き落としもダメだ」
「じゃあ、せめてわたしたちに出来ることを教えてください」
さくらは真剣な表情で白秋に詰め寄る。他の者もうなずいている。
「――――」
白秋は腕を組み、顔を伏せ何かを考えているようだった。一同は口をつぐみ、白秋の言葉を待つ。おもむろに正面に座っていたアナスタシアに右手をつきだし、人差し指を立てた。
「君たちの力を借りたいと言っている者がいる」
クラリスがぱっと顔を上げるが、白秋は左手で制す。そのまま右手の中指も立てた。
「すみれは君たちを巻き込みたくないようだ」
さくらの表情が曇る。白秋は右手の薬指まで立てた。
「私としては君たちが戦力になるなら加わってほしい」
「幻庵葬徹と戦った私たちでも、まだ足りないと?」
アナスタシアの冷静な言葉に、白秋は腕を組んでため息交じりに返した。
「今回の戦いでは〝無限〟は使えない。私は生身で君たちがどれだけ戦えるのか知らない」
一瞬、場が静まる。が、あざみは椅子から飛び降りて、白秋に啖呵を切った。
「里の掟三十九条 挑戦なくして、勝利なし」
「白秋さん、使えるかどうかを試してくれ」
神山が立ち上がり、それにかぶせる。他の者たちも立ち上がり、白秋へ真剣なまなざしを向ける。しばらく沈黙が続いたが、一息ついて白秋は立ち上がった。
「では、試させてもらおう。全員、付いてきなさい」
白秋は椅子にもたれさせた日本刀を取ると、そのまま振り返りもせず歩きだした。
*
白秋が向かった先は、大帝国劇場中庭の中央に据えられた巨大な四角錐――霊子水晶の前だった。白秋はそれに手をかざすと、何事か呟いた。すると周囲に白い靄がかかり、まるで山中で厚い霧に巻き込まれたように視界がふさがれた。
「慌てることはない、少し霊力を借りて舞台を整えるだけだ」
白秋は霊子水晶から目をそらさず言った。やがて霧が薄れると、周囲にあるはずの大帝国劇場の壁がなくなり、足元も芝生から岩肌に変わっていた。いつの間にか重厚なアーチ状の鉄扉が、一同囲むように七つ並んでいる。ただ扉の周りにあるはずの壁がない。扉だけが自立している、という不思議な光景だった。声もなくあたりを見回す花組を一顧だにせず、白秋は呟く。
「試験だけに私見で選ぶにしても――どれにしたものか」
相変わらず緊張感のない師の姿にさくらは苦笑を浮かべたが、すぐに真顔になった。
「どうしました、さくらさん?」
その様子に気づいたクラリスの言葉につられ、皆の視線がさくらへ集まる。さくらは答えず、腰元の天宮國定を手に取った。
「剣が反応しています」
さくらは正面の扉に近寄ると、しばらくして首を振った。そのまま時計回りで扉を巡る。一周回った後、さくらは右手側にあった扉の前に再び立った。
「この扉に、一番強く反応しています。柄が……熱い」
さくらの言葉に誘われ、他の面々も恐る恐る彼女の示した扉の前へ集まる。ただ一人、白秋は腕を組み、渋面を浮かべている。
「さくら、そいつは止めた方がいい。手負いだが、格が違う」
白秋のいつになく真剣な声音に、さくらはかぶりを振った。そして白秋に向き直り、
「強い縁を感じます。試験なんて関係ない」
と言い切った。
「縁……別にさくら自身に関わる者ではないぞ」
「違います。もっと大きな因縁です」
「さくら、帝剣に振り回されるな。そいつの本能と君の人生は別のものだ。東雲神社の一件は聞いているが、あれは偶然だ」
珍しく語気を強める白秋。しかし、さくらは引かなかった。
「直接わたしと関係ないかもしれない。でも、わたしたちが向き合わなければならない、そんな相手だと感じます。違いますか、師匠?」
白秋は戸惑い気味にさくらの周りの面々の表情を伺った。誰もがまっすぐに自分を見ている。さくらの判断に、誰一人疑いを持っていないようだ。
「――わかった。だが、危険だと判断した時点で終わらせる。いいな」
そういうと白秋は扉の前に立ち、両手でゆっくりと押し開いた。
*
「みんな、距離をとれ! まずは様子見だ」
神山は周囲に散った花組に指示を出す。そうして自身も駆け出し、大きな岩の陰に隠れた。
扉の先は暗雲立ち込める荒野だった。巨大な岩塊があちこちに突き立っている。それを壁代わりにして、皆は様子をうかがった。
「ただの生き物ではありません。おそらく上級降魔です!」
さくらが叫ぶ。
「ああいうヤツは、粉を出すのが定番。油断大敵」
「油断なんか最初からできねぇよ。なんだあの大きさ!」
あざみの言葉に初穂が突っ込む。
「私の風魔法なら……」
「キャプテン、落とすにしても私とクラリスだけじゃ無理よ」
「あざみのクナイ、ちょっと届かない」
荒野、その上空。
そこには大型傀儡機兵ほどの大きさの――
白銀に輝く蛾が悠然と羽ばたいていた。
煌めく鱗粉の美しさとは裏腹に、鱗粉がかすかに散るたび、空気そのものが穢れていくようだった。
銀蛾は悠々とはるか頭上を旋回し、少しずつ鱗粉を落としてくる。鱗粉自体が発光し、輝く紙吹雪が舞い落ちるようだ。その美しさに見とれそうになるのを押しとどめ、神山はクラリスに声をかけた。クラリスは頷くと魔導書を取り出した。すると一帯を包むように、緩やかな風が吹き始めた。その風に鱗粉は舞い、岩塊の周囲へと流されていく。少し離れて見物していた白秋は一歩退き、難なく鱗粉をいなした。
「クラリス、やるじゃねぇか」
初穂の褒め言葉に、しかしクラリスは苦しそうな表情で応える。
「攻撃のための術を抑えて発動してるので、制御が難しい、です」
「ひとまず誘き寄せないと」
アナスタシアは銃を構えると、霊力をのせて銀蛾を撃った。飛距離の分だけ威力が落ちることを見越した銃弾は、銀蛾の羽に着弾すると同時に周囲を凍らせた。その重みに体勢を崩し、銀蛾はわずかに高度を下げる。しかし力強く羽ばたくと氷は霧散した。アナスタシアはそれに構わず幾度も銃弾を打ち込む。すると苛立ったのか、銀蛾はアナスタシアに向かって急降下してきた。
「さくら!」
「はい!」
アナスタシアが岩塊の陰に滑り込むのと入れ違いに、神山とさくらが降りてきた銀蛾へ左右から斬りかかった。しかし神山の刃は弾かれ、さくらも一筋の傷を負わせるにとどまった。銀蛾は岩塊よりなお高い位置にとどまると、一度鱗粉を収めた。助かったとばかりにクラリスは膝をつき、風の防壁を解いた。が、それは罠だった。銀蛾は力を込めた羽ばたきで、大量の鱗粉を落としてきたのだ。
「クラリス!」
出番を伺っていた初穂がクラリスを抱え、あざみが口元を押さえる。鱗粉の圏外まで辿り着くと同時に、初穂とあざみはその場に崩れ落ちるように倒れた。クラリスも動く気配がない。神山、さくら、アナスタシアは倒れた三人を抱え、さらに距離をとった。
「大丈夫か⁉」
しかし三人とも神山の問いには反応せず、なぜか涙をにじませたり、悔しがったり、落ち込んだりと、戦いの場に相応しくない感情を隠そうともしない。
「これは……精神攻撃?」
アナスタシアは戸惑いつつも、あざみとクラリスを抱きとめる。さくらも初穂を落ち着かせようと正面から抱き着き、背中をさする。
「これのどこが手負いなんですか!」
神山は近づいてきた白秋に食ってかかる。
「見た目ではわからないだろうが……それに、一番厄介な妖術は封じてるんだ。どれどれ」
白秋は鱗粉を吸い込んだ三人を見やった。そうして、それぞれの額に手を当てて何事か呟くと、あざみたちは我に返った。
「とても悲しくなった、えんえん」
「私は急に自信がなくなって……」
「アタシは悔しくて頭が狂いそうになった」
三者三葉の反応に聞いている方も困惑する。
「どうやら、私も知らない隠し玉を持っていたようだ。どうする? まだ退けるぞ」
しかし、落ち着きを取り戻したばかりの三人を含め、誰も戦意を失ってはいなかった
「あきらめたりしません。あの高度なら、岩を駆け上って飛べば一太刀あびせることはできます。そこで帝剣の力を開放すれば……」
さくらが意気込むが、神山は彼女の肩に手を置き、首を横に振った。
「ダメだ、さくら。相手は上級降魔、生身では傷をつけるのも難しい。俺たちが隙を作る。それまで帝剣は温存だ」
先ほど切りつけた際、傷を負わせられたのはさくらだけだった。彼女の技量もあるが、帝剣の力も作用していたはずだ。神山はなお高度を保ち、余裕を見せる銀蛾をにらみ、思案した。
「クラリス、さっき風魔法の攻撃を調整して俺たちを守ってくれただろう? あの調子であざみを飛ばすことはできないか?」
「どうでしょう……」
自信なさげにクラリスは、少し離れた地点から風を起こした。しかし直撃すれば、傷を負わせるほどの勢いが残っている。
「あざみ、死んじゃう」
いつもマイペースなあざみも、その威力を目にして顔が青ざめている。
「キャプテン、のんびりしてる暇はないわ。あいつを引き付けておかないと」
「アタシも行ってくる。攻撃できなくても、挑発だったらできるぜ」
アナスタシアは駆け出しざま、銀蛾へ数発撃ち込む。初穂は大木槌を背に戻し、アナスタシアの後を追う。さくらも自身の役割に徹するため、銀蛾の方へ向かう。
「とにかく威力を見よう。クラリス、あの岩を狙ってみてくれ。あざみは岩の近くで確かめてくれ」
「は、はい!」
「わかった」
慣れないこと続きで頭が混乱しつつも、クラリスは再び風魔法を放った。クラリスの手のひらから放たれた風の弾は、岩を砕きながら一直線に突き抜けていった。愕然とするクラリスと神山。しかし、岩の近くにいたあざみは違った。
「クラリス、きっとうまくいく」
あざみは二人の元に駆け戻り、思いつきを口にした。
銀蛾を引き付け続けていた初穂とアナスタシアにも、疲労の色が濃くなっていた。特に霊力を放ち続けているアナスタシアは、限界が近い。初穂は届かないながらも岩へ上って銀蛾に向かって飛びかかり、手にした岩を投げつけて注意を自分に向けようと必死だ。
「神山、もうアナスタシアがもたないぞ!」
「もうすぐだ! 俺が銀蛾の真下についたら、アナスタシアは全力で羽を狙ってくれ!」
言いながら神山は岩陰を縫って駆けだした。岩塊の上に上りなおした初穂が周囲に目をやると、クラリスから正反対の位置にあざみが立っていた。しかしその間には幾つもの岩が立ちふさがっている。
「今だ!」
銃撃と風刃の陰を縫い、銀蛾の真下へ滑り込んだ神山の声で、アナスタシアは霊力を目いっぱい込めて銃弾を放った。同時に、クラリスは眼前の岩目掛けて風の球を放つ。そしてその結末に目もくれず、自身も駆けながら銀蛾へ風の刃を放った。銀蛾はアナスタシアの氷で一瞬動きを止められ、そこへクラリスの風刃が叩き込まれた。その間に風の球は進行方向の岩を七つ砕き、あざみ目掛けて飛んでいく。しかし、その威力は弱まっていた。あざみは風の球にぶつかる瞬間、バク転して背後の岩に飛び乗った。威力を削がれた風の球は岩にぶつかって砕け、その反動と岩を蹴った勢いで、あざみの体をふわりと上空へ押し上げた。
「無茶苦茶じゃねえか! あっ!」
その動きを見て何をひらめいたのか、初穂は岩から飛び降り、神山の元へ走った。その間に、上空へ押し上げられたあざみは銀蛾の頭上まで達すると、ありったけのクナイをその両目に投げつけた。
「神山、これに乗れ!」
上空のあざみから意識を切り離し、初穂は神山目掛けて大木槌を振り上げた。
「なるほど!」
神山は初穂の木槌の動きに合わせて飛び、その打面を足場に一気に跳び上がった。アナスタシア、クラリス、あざみの攻撃でかなり高度を下げた銀蛾の腹を、神山は十字に切りつけた。もはや銀蛾は羽ばたききれず、地へ落ちようとしていた。そこにもう一撃が加わった。神山を打ち上げた勢いのまま岩塊を駆け上がり、跳び上がった初穂の大木槌が銀蛾の背を打ち据えたのだ。大音声が響き、銀蛾が地に落ちた。すかさずクラリスが上空から風魔法を叩き込み、銀蛾を地に縫い止めるように押さえつける。もだえる銀蛾。その頭部の正面へ静かに近づく影があった。さくらである。さくらは鞘に収めた帝剣の柄を握り、一気に霊力を高めた。
「天剣・桜吹雪!」
そして、銀蛾を一閃した。
桜色の閃光が銀蛾を両断し、霊力の花弁が荒野へ舞い散った。銀蛾はもだえながら全身から黒い煙を噴き上がらせ、徐々に崩れていった。さくらの納刀の音が、戦場の空気を浄化するように響き渡る。勝利を確信しかけたそのとき、崩れ落ちる銀蛾の残骸の奥で、なお黒煙が渦を巻いていた。
安堵しかけていた花組の足が止まる。黒煙はただ霧散するのではなく、まるでそこに何かを包み隠すように一点へ集まり、やがて細い輪郭を形作り始めた。
最初に見えたのは、煙の中でかすかに揺れる長い髪だった。
白銀。先ほどまで空を舞っていた翅の色を、そのまま人の姿に移したような、冷たい輝きだった。
続いて、細い肩、華奢な腕、幾重にも布を重ねた着物の輪郭が、ゆっくりと闇の中から浮かび上がる。それは一息ごとに鮮明さを増していき、やがて黒煙が剥がれ落ちるように消えたとき、そこには銀髪に和装をまとった少女の姿があった。人のようだが両のこめかみから伸びる二本の角が、少女が異形の者であることを主張している。
少女は目を閉じたまま、まるで見えない糸に吊られているかのように宙に浮かんでいた。羽ばたきもなく、抵抗もなく、ただ夜気に身を預けるように。裾がかすかに揺れ、銀の髪が遅れて流れる。そうして少女はゆるやかに降下し、地に身体を横たえた。
花組は息をのんだまま、その姿を見下ろしていた。さくらの握る帝剣だけが、微かに震えを残している。
銀髪。着物。少女。
その姿を目にした瞬間、花組の胸をよぎったのは、先ほどまで戦っていた巨大な蛾よりもなお深い、不気味な確信だった。
その後、山のように質問を投げかけてくる花組にだんまりを決め込み、白秋は慣れた手つきで少女を呪符付きの包帯でがんじがらめにした。そしてパチンと指を鳴らすと、暗雲の荒野から一転、周囲は陽光にさらされた大帝国劇場の中庭に戻っていた。まぶしさに目を細めていた一同の視界が戻るころには既に少女の姿はなく、さらなる質問の山にも白秋は無言を貫いた。
*
「合格だ。それで君たちにお願いしたいことなんだが――」
一度解散して身支度を整えた花組は、再び食堂へ戻った。それを迎えた白秋は、悠々と紅茶を手にしている。何を聞いても答えてはくれないと見て、面々は気持ちを切り替えることにした。そして白秋からの説明を聞いた瞬間、張り詰めていた気が一気に抜けた。
「その程度のことで、あんな試験が必要だったのかよ⁉」
初穂の怒りも無理からぬことと、一同うなずいた。
「だが、むしろ君たち以外にはできないことだ」
「そうではなくて、それだけなら――ただ、いい経験にはなりました。魔力の制御が格段に上がったので」
「うん。今はクラリスの風に乗るの、楽しい」
クラリスは戦いの直後の疲労感ならと、あざみと特訓して遅まきながら人を持ち上げる術を会得したそうだ。
「しかし……俺は出番なし、ですか?」
神山は本気で卒倒しそうな顔をした。
「適任なのはわかりました。でも、ほかにできることはありませんか。今の話だと、その場ではもっと本格的な戦いがあるんでしょう?」
さくらは沈痛な面持ちで白秋を見た。その言葉に、アナスタシアとあざみも頷く。作戦の説明では具体的な名前や組織は伏せられていたが、何が起ころうとしているのかは察せられた。白秋はさすがに煙に巻かず、おとがいに手を当てて思案した。
「その戦場が、この大帝国劇場の舞台だと考えてほしい」
白秋の例えは唐突だった。しかし舞台という言葉に、皆は反応した。
「その舞台を整えたのは、別の劇団の者たちだ。長い年月をかけ、その舞台に本当につながるかもわからぬまま、懸命にできることを積み重ねてきた。その努力と、いくつかの偶然が重なって、ようやく幕が上がることになった」
白秋は言葉をきると、虚空を見上げた。
「さて、君たちに任されたのは、目立たないがとても重要な役回りだ。ただし、あくまで客演としての参加だ。私がしているのは、そういう話だ」
白秋は一人ずつと目を合わせ、自分の言いたいことが伝わったかを確かめた。誰もが……アナスタシアでさえ目が潤んでいた。
「わかりました。花組一同、精一杯その役を演じきります」
代表してさくらが答えた。白秋は冷めかけた紅茶を口に含み、やさしく微笑んだ。