偽典サクラ大戦 ~我は花咲く木とならむ~ 改訂版   作:出口豊志朗

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断章 伍

 鶴雲館から朝帰りした翌日、神山のスマァトロンにすみれからの呼び出しがあった。花組全員で食堂に集まるように、とのことだった。神山はスマァトロンの情報を頼りに皆に声をかけていき、最後に中庭で木刀を素振りしていたさくらと一緒に食堂へ入った。二人を出迎えたのは、漂う甘い香りだった。二つの円卓にマカロンタワーが据えられ、その周囲にもケーキや様々な種類の焼き菓子などが所狭しと並べられている。先に来た面々が座っていたので、神山たちも戸惑いながら席に着く。するとわずかに遅れてすみれが現れた。刀袋を大事そうに両手で持っている。

「みんな、集まってるわね」

 その声は、表情と同じくとても穏やかだった。

「鶴雲館での助太刀、感謝します」

 一同を見回し、軽く頭を下げる。神山が反射的に腰を上げようとしたが、すみれの手が軽く制する。

「それに追々とお願いしていた降魔皇と北条一族の調査結果も、カオルさんから報告を受けたわ。せっかくの休暇を使わせてしまってごめんなさい。でもとても貴重な情報よ。本当にありがとう。そして……」

 すみれはさくらの前に歩を進めた。

「気を使わせてしまったわね、さくらさん。でも、こういうことはきちんとしないとね」

 言いながら、すみれはさくらに刀袋を手渡し、言葉をつづけた。

「さくらさん、お願いするわ。あなたの天宮國定――帝剣をお借りしたいの」

「もちろんです」

 さくらは立ち上がり、手にした天宮國定をすみれに差し出した。すみれはそれを下手で受けとめた。互いを見合う二人は、ともに笑顔を浮かべている。アナスタシアはその姿を目にし、拍手をはじめた。すみれの潔さとさくらの優しさを称えたい気持が抑えられなかったのだ。見守っていた面々も、それに続く。

「みなさん、ありがとう」

 すみれは言いながら、さくらを座るよう手で導いた。

「今日は休暇の最終日です。いろいろありましたから本当ならあと一週間ぐらい延長してほしいところなのだけど、この後のこともあるから、そうもいかない。だからせめて、こうした形でお礼させて。色々聞きたいことはあるだろうけれど、まずはお菓子を楽しみましょう」

 その言葉を待っていたのか、お茶が運ばれてきた。皆は目の前のお菓子の山に改めて目を向け、喜びの声を上げた。

 

    *

 

 ひとしきりお喋りをしながらスイーツタイムを楽しんだ一同は、そのまま作戦指令室へ場を移した。定位置についたことを見届けると、すみれは居ずまいを正して口を開いた。

「これからわたくしは、潜伏していた三華撃団と協力して幻都に向かい、封印された仲間を取り戻しに行きます」

 口火を切ったのは、神山だった。

「俺たちも行かせてください。みんなと話し合ったんです」

 しかしすみれは決然と首を横に振った。

「それは認められません。WLOFが機能しなくなってしばらく経ちますけど、いまだ軍との命令系統は混乱したまま。あなたたちをこの作戦に合流させるのに、どれだけ時間がかかるか。それに……」

 口をはさみそうなさくらの機先を制するように、すみれは続ける。

「あなたたちには帝都を護るという使命があるでしょう」

 さくらたちもそれは問題と思っていただけに、そう言われると返す言葉がない。彼女は開きかけた口を閉じ、悔しげである。

「前回の降魔大戦のとき、世界中の降魔や怪人などの異形の者たちが活性化し、各地で大きな被害が出たの。わたくしたちの幻都突入が、その引き金になるかもしれない。すでに各国の華撃団のリーダーには、非公式にこのことは伝えています」

「俺たちが残らなければならない理由はわかりました。ただ、正直不安です。勝算はあるんですか? 幻都の状態、中の人たちの状況がわからないでしょう?」

 神山が一同の気持ちを代弁した。

「勝算なんて、わからないわ」

 さらりととんでもない返事を返すすみれに、神山は唖然とした。だが、すみれはどこか吹っ切れたように微笑んでいる。

「でも、当初から想定していた準備は整ったそうよ。あなたたちの協力のおかげで、敵方の陣容も見えてきた。しかも、詳しくはわからないけれど、不思議な力までわたくしたちに味方してくれている」

 そういうとすみれは右手を正面にかざした。すみれの手は徐々に桃色の光を帯びていった。

「霊力でも妖力でもない。正体はわからないけれど、ホルスが命と引き換えに託してくれた力だもの、きっと悪いものじゃないわ。上級降魔にも対抗できることは実戦で証明できたでしょう?」

すみれは静かに言い切った。

「勝算があるからではないわ。行くべき機が、ようやく満ちたのよ」

「……里の掟三十四条、機会を逃すな。やるだけやれ」

 あざみは力になれないことが悲しかったが、状況を受け入れ、それだけでなくすみれの背中を押した。

「『神崎すみれは怒らせるな。絶対だぞ』というのもあったわね。これ以上の説得は危険だわ」

 アナスタシアが場を和ませた。

「絶対に無事に帰ってきてくださいね」

 クラリスは涙を堪えながら言った。

「アタシは信じてる。戻ってきたら、今日みたいに宴会しよう」

 初穂は自分の胸を叩き、すみれにウインクした。

「帝剣が皆さんを護ってくれるよう祈っています」

 さくらは目元に涙を浮かべながら、祈るように胸元で手を握った。

「神崎司令がいない間のことは、俺たちに任せてください」

 神山は高ぶりが抑えられず、思わず立ち上がってしまった。そんな神山を見て、すみれは思い出したように続けた。

「ああ、そうでしたわ」

 すみれは立ち上がる。

「わたくしが戻るのがいつになるかわからない。でも帝都を護るだけでなく、公演の方も続けて頂戴ね。クラリスの新しい台本も楽しみにしていますし、たまには初代公演の再演も良いかもしれない。あなたたちだから表現できるものもあるだろうから……そしてもうひとつ」

 すみれは神山へ歩み寄り、表情を引き締める。つられて神山の背筋が伸びた。

「神山隊長、あなたを支配人代理、そして司令代理を命じます。まだ軍との指揮命令系統が整ってないから形だけのものだけど、その肩書きにふさわしい振る舞いを期待してるわ」

 突然のことに、神山は一瞬頭の中が真っ白になった。皆も驚きで立ち上がる。すみれは神山が言葉を受け止めるのを待っているようだった。数秒の自失のあと、神山は敬礼した。

「神山誠十郎、全力を尽くして任に当たります」

 花組から歓声が沸き上がる。

「そういえば皆さん、千夜との戦いではアレできなかったんでしょう? 神山司令代理の就任祝いに、ここでやりなさいな」

 すみれはそういうと、自分はさっさと指令室を出ていった。突然の振りに戸惑いつつ、神山は駆け寄ってきた仲間たちに声をかけた。

「勝利のポーズ!」

『決めっ!』

 

 満面の笑みを浮かべたさくらの脳裏に、あの時の声が蘇った。それは幻庵との戦いでみた幻影、真宮寺さくらの言葉だった。

『あなたたちが、なすべきことのために。あなたの舞台へ!』

誰もが自分の舞台を持っている。そして自分たちは部隊で帝都を守り、舞台で帝都民の心を護るのが役目なのだ。

 真宮寺さくらさん――

憧れの人に華やかな帝都の姿を披露する日を夢見て、さくらは蕾もほどける笑顔を浮かべた。

 

 

断章 了

 

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