偽典サクラ大戦 ~我は花咲く木とならむ~ 改訂版   作:出口豊志朗

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第十章 二剣と二刀

第十章  二剣と二刀

 

     一

 

 二剣二刀には意思が宿っている。

 日本屈指と評される四振りの霊剣。その存在を知るわずかな者の間では公然の秘密となっている。

 事実その一振りである霊剣荒鷹は、剣を譲り受けた当初の真宮寺さくらを拒んでいたらしい。かの霊剣は、血筋、技量のみならず、魔を祓うという強い意志があって初めて扱えるもの。彼女が自身の役割を自覚し、それを受け入れたとき、霊剣荒鷹はその刀身を露わにした、とか。

 ではその意思とは、何者の意思であろうか。

霊剣を作り上げた者の意思か、使い手の魂魄か、それとも永く扱われた道具に宿るという精霊か。

 だが、霊剣は語らない。

 ただ、その振る舞いによって使い手を戒め、導くのみである。

 

 遠くで鳴り響く雷鳴が鼓膜を震わす。濃い森の香りが鼻腔をくすぐる。まぶたが開かず、 身体が堅いものにもたれているのはわかるが動かすことができない。かろうじて自由になる手で地面をまさぐると、濡れた草の感触がした。湿った空気が頬と首筋を撫でていく。幻都は籠った熱と乾いた空気に満たされていたので、この濃密な自然の空気に懐かしさを感じた。

(ん? 幻都……?)

そこで、北大路花火は明瞭な意識を取り戻した。眼を開くと、やはり、闇。だが葉擦れの音や木々の香りから、森のなかと思われた。見上げると闇の合間から星がのぞいている。巴里では見られないほどのたくさんの星。花火はもたれていた木肌をなぞりながら、ゆっくり立ち上がる。徐々に目が闇に慣れ、星明りが鬱蒼とした草木を浮かび上がらせた。

 再び雷鳴が轟く。近い。そう思うと同時にわずかに見えていた木々が、また闇に飲み込まれる。見上げると、星々が雲に覆い隠されていく様が伺えた。途端に大粒の雨滴が身体を打ち据え、冷やしていく。状況を把握しようにも変化が激しく、花火は翻弄されるままでいた。と、視線の先に仄かな灯りが見えた。何がいるかわからないが、このままいても仕方がない。

 一寸先も伺えぬほど見通しが悪いなか、恐る恐る歩を進めて灯りを目指す。足元を探り、問題なければ手を伸ばして障害物がないかを探る。何もなければ身体を寄せ、再び足元を探る。その繰り返しを無心に行えるようになったところで、花火はようやく自分がここに至る経緯を思い出した。

 リボルバーカノンで帝都へ移動したこと。

 幻都に突入したこと。

 星壇を生み、北斗七星の陣を発動したこと。

 巴里花組のみんなで、幻都の北東にある神刀滅却に霊力を注ぎながら意識を失ったこと。

 しかし、そこから現在の状況が繋がらない。そうこうするうちに正面の灯りが近づき、周囲の様子が明瞭になった。明かりは森の先にある岩壁に開いた穴から届いていた。雨脚は収まらず全身が濡れネズミだが、足音を消すにはちょうど良い。花火は迂回しながら灯りがもれる穴の脇へと進み、おそるおそる中を盗み見た。

 穴倉のなかには、焚火を挟んでふたりの男が座り込んでいた。奇妙なことに彼らは古びた着物姿であった。耳をそばだてると、断片的に言葉が聞き取れた。

「……また、あいつら……来る」

「この雨が……だら……が襲われ…………」

 訛りがあるが、それは日本語だった。男たちは小柄で、非力そうに見えた。いざとなれば自分の体術でも何とかなるだろう。意を決して花火は入り口に立った。

「あのう……すいません。ここは何処なのでしょう?」

 丁寧な物腰で尋ねたつもりだが、男たちは悲鳴を上げて穴奥の岩壁に背中から張り付いた。

「だ、誰だ……」

「その恰好、妖怪の仲間だ!」

 その言葉に、初めて花火は自分が着慣れた黒が基調の私服姿に戻っていることに気づいた。それに、背には弓と矢筒が下げられている。自身の状態の確認を怠るほど、状況に呑まれていたらしい。

「いえ、わたしは人間ですが?」

 小首をかしげて男たちを見る。彼らは演技かと思うほど激しく身を震わせ、身を寄せ合っていた。埒が明かないので、一歩穴倉に足を踏み入れると、雨で冷えた体が緩んだ。たまらず、火元まで駆け寄る。

「申し訳ありません、雨で濡れてしまって……少しだけ暖をとらせてください」

 控えめな笑顔で首を垂れる。

「ほ、本当に人間なのか?」

「いや、騙されるな。あいつらは油断したところで悪さするんだぁ」

 男たちは恐怖から饒舌になっているが、身を寄せたまま動かない。もしかすると腰を抜かしているのかも、と思ったところで、背後に人の気配を感じた花火は振り返りながら背にしていた弓を構えた。

「お、花火じゃないか。お~いグリシーヌ。花火がいたぜ」

 入口にいたのは、焔を手に浮かべたロベリアだった。それを見た男たちは、悲鳴をあげる。

「鬼火だぁ! ありゃあ、鬼だ!」

「あの銀髪、人じゃねぇ!」

 その言葉に、ロベリアが不機嫌そうにする。と、その背後からグリシーヌが姿を現した。

「なんだ今の悲鳴は。ロベリア、また悪さを――」

「こんどは金髪!」

「鬼だ、鬼だぁあ!」

 さすがに気の毒になった花火は外に向けていた弓を下ろし、男たちと同じ高さになるよう膝を折った。

「怖がらせてしまい、申し訳ありません。ですが、わたしたちはあなた方を傷つけるために来たのではありません」

 が、そこで男たちの悲鳴が止まった。男たちは泡を吹いて気絶していた。

 

「では、そちらも状況を掴めていないのですね」

「ああ、森の中をずっと彷徨っていただけだ。人の声がしたから近づいてみたら、お前がいたというわけだ」

「私も同じだ。焔が漂っているのが見えたから近づいてみれば、ロベリアだったのだ。それで一緒に行動していたが、何もわかっていない」

「だとするとこれは夢ではなくて、しかも幻都での闘いも本当にあって……でも、私たちは神刀滅却を通じて生命の樹に霊力を流し込んでいたはず」

 花火の話は要領を得ないが、ロベリアにもグリシーヌにも正しようがなかった。まるで幻術に囚われているようで、どこまでが虚構でどこからが現実なのか判断がつかないのだ。黙りこくった三人に、男が恐る恐る声をかけた。いつの間にか意識を取り戻していたらしい。

「お前たちは本当に鬼じゃあないのか?」

「はい。あなた達から見れば変わった格好かもしれませんが、わたしは人間です。どうか落ち着いてください」

 花火が穏やかに答えると、男たちは大きなため息をついた。恐怖から解放されて、ホッとしたのだろう。

「あなた方がつけた火だろう。さあ、こちらに来てくれ」

 グリシーヌも笑顔で彼らに手招きする。男たちはゆっくりと火に近づき、腰を下ろした。

「アタシたちは遠くの国から来たんだけど道に迷ってね。ここは何処なんだい?」

 ロベリアが馴れ馴れしく話しかけると、男は気を許した様子で答えた。

「ここは大和だ。最近になって海から浮かび上がった土地だから、地図にないことも多くてな。お前たちのように迷ってくるものがたまにいる」

「海から浮かび上がった国、大和ですか……どこかで聞いたような?」

花火は自身が受けてきた日本の歴史の教育を振り返るが、そこで学んだことはないはずだ。が、なにかがひっかっかる。

「ああ、国の名前も同じだ。北条早雲様がこの土地を治めるようになってからつけられた新しい名前だからな。ほれ、関東十国は知っているだろう? 大和はそれに連なる新しい国なんだ」

「それは」

 花火は息をのんだ。帝国華撃団花組との交流で知った、黒之巣会事件と聖魔城の浮上を思い出す。浮かび上がった土地の名が大和だったはずだ。と、焚火で揺らめく男たちの影が、不自然に大きく岩壁を塗りつぶした。

『どうも足りないと思ったら、こんなところに隠れていたのか』

 男たちが驚いて振り返ると、自分たちの影から大男が半身をのぞかせていた。人にしては濃い色の肌だが、焚火の灯りではいまひとつ色が判然としない。隆々とした体躯、こめかみから生える二本の角。

『やっぱ鬼だぁ!』

 彼らが抱き合ったところを、鬼が手にした槍で一度に貫く。突然のことで、花火たち三人も身構えるので精一杯だった。男たちは一瞬で事切れたようだ。

「なんだ、殺してしまったではないか。一突きで腕だけを落とそうと思ったのに、まさか抱き合うとは思いもしなかった」

 つまらなさそうに、鬼が独りごちる。

「おい、てめぇ。何しやがる」

 ロベリアが両手に焔を浮かべながら、鬼に近づく。

「ああ? 女が三人? この村の女は散々いたぶって……っと、ここは窮屈だ」

 そういいながら、鬼は岩壁に身体を戻して姿を消したかと思うと、

「おう、こっちだぞ」

 穴倉の外から三人に声をかけてきた。一番入り口に近かったグリシーヌからは鬼の姿が見えたのか、身をひるがえして飛び出す。外はいつの間にか雨がやみ、雲間から満月が煌々と輝いている。全身をさらけだした鬼は、身の丈が花火の倍はあり、背中には蝙蝠のような羽を広げていた。

「お前たち、何者だ?」

「それはこちらのセリフだ。お前こそ何者だ!」

 鬼の質問に、グリシーヌが質問で返す。

「何者だって言われても……お前たちのほうが『この世界』ではおかしな存在なんだがな」

 鬼はなにが面白いのか、顔を歪めて笑っている。

「もういい。とりあえずコイツは敵だ。殺っちまうぜ」

 言いながらロベリアは焔を投げつけた。鬼はそれを腕の一振りで弾く。そこで生じた隙を、グリシーヌは入り口に立て掛けていた斧を手にして切り上げる。それを飛んでかわした鬼の眉間を、花火が射た矢で貫く。鬼は一瞬態勢をくずしたものの、羽ばたいたまま矢を抜き取った。

「なんだ、えらく闘い慣れてる女どもだな」

「眉間を貫いても平気だなんて……みなさん、あの鬼は生物ではありません!」

「ああ、うまく隠しているが、妖力の塊みたいなものだ」

 花火の冷静な分析に、ロベリアも同意する。

「ああ、その通りだよ。あと、どうせなら鬼じゃなくて、悪魔と呼んでくれた方が、雰囲気がでるぜ」

 自称悪魔はそう言うと徐々に高度を上げていった。

「三人相手じゃ時間がかかりそうだ。お楽しみは後にとっておくぜ。じゃあな」

 そう言い残し、悪魔は力強く羽ばたくと、瞬く間に木々の向こうへ姿を消した。が、その方向から機関銃らしき銃声が響き、ファンシーな音と大きな衝撃音が重なる。しばらく銃声は続いたが、「あばよ!」という悪魔の声がするとパッタリと途絶えた。

「あの銃声は?」

 グリシーヌが戸惑っていると、木々の向こうから物音と共に人影が飛び出てきた。

「ああ、皆さんと再会できるなんて! エリカ、感激です!」

「みんな、無事だったんだね!」

 想像通り、姿を現したのはエリカとコクリコだった。これで巴里花組揃い踏みとなった。

「で、そっちへ飛んで行った奴は取り逃がしたのか?」

「うん。怪しい奴だってエリカがいきなり攻撃したんだけど、あんまり効いた感じがなくて。僕もにゃにゃにゃーんってぶつけたんだけど、ちょっとふら付いたぐらいだったよ」

「そのまま、笑いながら飛んでいっちゃいました~」

 コクリコは不満そうに後ろ手を組み、エリカは自分を小突きながら笑った。

「皆、ひとまず落ち着こう。何をするにも情報が少なすぎる。そこの岩穴へ……」

 そこでグリシーヌが言葉と止める。中で襲われた男たちのことを思いだしたようだ。

「ねえ、グリシーヌ……遺体が消えているわ」

 様子をみてきた花火の言葉に、ロベリアは岩穴を覗き込む。

「たしかに。遺体どころか、血の匂い一つしないぜ。一体どういうことだ」

「とにかく状況を整理するとしよう」

 グリシーヌは釈然としないまま、岩穴に足を踏み入れた。

 

 合流したエリカとコクリコも、この森に訪れてからの経緯は、他のメンバーと似たり寄ったりだった。有益な話題もないことから、花火が気づいたことを話す運びとなった。

 まず、男たちが話していた『大和』について、放神記書伝で得た知識を手短に伝える。

「では、聖魔城のあった国こそが大和であり、男たちが話していたことが本当であれば、ここがその大和であると?」

「もうひとつ聞いてほしい話があるの」

 グリシーヌの問いかけに花火は答えずに、男たちが話していた〝北条早雲〟について補足した。この名前も歴史には残っておらず、同じく放神記書伝に北条氏綱の父として言及されているにすぎない。

「氏綱といえば、降魔皇の正体といわれているヤツじゃねぇか」

 ロベリアが憎々しげにつぶやく。

「放神記書伝に書いてあったから、北条氏綱と降魔皇が結びつけられたとも言えます」

 あくまで花火は慎重である。

「亡くなったおじさんたちが、ここを北条氏綱のお父さん『北条早雲』がつくった国『大和』と言ってるということだよね。じゃあ、もしかして僕たち、時間を遡っちゃったのかな」

 コクリコが不安げに肩をすくませる。

「大丈夫。人間がその姿のまま時を遡ることは絶対にできません。神の試練も、神の愛も、その時を生きる人々の未来に向かって与えられるものなのです」

エリカは、コクリコを後ろから抱きしめる。

「エリカの言う通りだ。悪魔が言っていた『お前たちのほうが『この世界』ではおかしな存在』という言葉。うまく言えないが、もしここが過去だとしたときに、ああいった言い回しにならないだろう」

「アタシもそこが引っかかる。『この世界』なんてくくりは世界を創ってる側の言葉だ。マスク・ド・コルボ―みたいにな。それに『この村の女は、全員捉えたはずだが』っていうのも気になる。村に住んでいる女の数を、悪魔がいちいち数えて覚えているものか?」

 グリシーヌとロベリアは説明がつかない部分を的確に挙げていくが、それだけで絵が完成するわけではない。重要なピースが抜けたパズルを組み上げているようなものだ。黙りこむ一同。しばらくして、恐る恐るコクリコが話し始めた。

「その大和とか、氏綱とかには全然関係ないんだけど、ボク、とっても気になることがあるんだ。この森なんだけど、動物が一匹もいないの。鳥や虫も。こんなに静かな森は初めてだよ」

「あ、エリカも気がついたことがありまーす。さっきおじさんたちが消えた場所に、霊体と魂の欠片が残ってましたよ。すぐに消えちゃいましたけど。これって、なんか変ですよね。ああ、変じゃないか。私たちの身体も服も、ぜ~んぶ霊力で出来ているようですし」

 グリシーヌ、ロベリア、花火が視線を合わせる。

「コクリコはともかく、エリカ、そういうことは早く言えよ!」

「それが分かっていれば、こんなに悩まずにすんだではないか」

「コクリコさんの話が、すべてを裏付けたように思います」

「エリカ、わかなんいです~」

 にっこり笑うエリカに、一同は大きく脱力した。

 彼女たちが出した仮説はこうだ。

 ここは何者かが霊力かなにかで再現した『過去の大和』であり、悪魔はその実態を把握している。悪魔は復元した住人を苦しめること自体を目的としている。だからそこに不要な動物、虫のような生物は存在していない。 これが悪魔の言う『この世界』の概要は、こんなところで落ち着いた。

「なぜこのような世界が存在して、しかもそこに私たちが飛ばされたのはわからないが……」

「そんなことは、あの悪魔を捉えて吐かせりゃあ仕舞いだ」

「じゃあ、作戦『悪魔を探せ!』を始めましょう!」

「どうしてエリカがしきるのさぁ。全然しまらないし」

「まあまあ肩の力を抜いていきましょう。急がば回れ、ですよ」

 個性派ぞろいの巴里花組だが、大神がいなくても彼が指名した副隊長のもとで団結力を見せている。わずかな期間で自分たちの置かれた状況を分析して当座の目標を定めた一行は、夜明けとともに岩穴を出て、森へと分け入ったのだった。

 

    二

 

「金の銃と銀の銃、どっちで撃たれたい?」

「グッジョブ! 気分は最っ高!」

「みんな仲良しさんで……本当に、うれしいです!」

 先行するリカ、ジェミニ、ダイアナを追いかけて、サジータはため息をついた。

「裁判のほうが、まだ楽だ……」

 紐育星組の面々――欧州星組に編成された昴を除く――は、神剣白羽鳥へ霊力を供給するため幻都の高松宮御用地に設えた地下室に入り込んだはずだった。しかしサジータたちが目覚めたのは、薄汚れた家屋だった。

 状況を整理する間もなく突然現れた悪魔じみた異形のものをリカが問答無用で攻撃した。逃げる後姿を追跡するうち、どこをどう通ったか岩山をくり抜いたような施設に一行は迷い込んでいたのだった。施設から次々と現れる異形をリカは返り討ちにし、とりこぼしをジェミニが撃つ、もしくは切る。ダイアナはふたりの治療と、時折自分を狙う異形への反撃にと大忙しだ。結果、サジータはこの終わりの見えない快進撃をどう収めるか頭を悩ませながら、背後を守っている。

「せめて昴さえいてくれれば」

 ぼやきながらもサジータは昴の不在ゆえに、今の出来事が『あの地下室にいるメンバーにだけ作用した何か』、と確信している。そして先ほどから蹴散らしている異形のもの――濃い紫と薄い紫で塗り分けられた肌と蝙蝠のような翼は、形こそ違うが散々闘っている降魔を彷彿させた。

 そこに作意を感じる。

 状況は刻一刻とかわるが、それも含めて法廷と同じだ。検察側はいつだって切り札を隠しながらも、こちらを攻撃するにはカードを切らざるを得ない。弁護側は被告人を信じてそのカードをはじき返すか、自分を有利にするカードへと塗り替える。被告人が弁護人としてアタシたちをこの世界に引きずり込んだのなら、ここでアタシたちがやるべきことがあるはずだ。だからここで襲い掛かってくるすべてにヒントがある。それがどんな危険を伴うことであっても、その先にこそ見える真実があるはずなんだ。だから……。

「ちょっとはあたしの言うことを聞け! バーディクト・チェイン!」

 サジータの放つ鎖が、リカとジェミニ、ダイアナを絡めとった。キョトンとする一同。ようやく自分に意識が向いたのを確認して、サジータは声を張り上げた。

「お前たち、後先考えずに突っ込みすぎだ。どうせ最後には派手な戦闘が待ってるんだから一旦引くよ、いいね!」

 三人が放心しながら首を縦に振るのを見て、サジータは鎖を解いた。

「すこし戻ろう。ちょうどいい部屋ががあった。付いてきな!」

 サジータの迫力に押されて、三人は無言で彼女の背中に付いていくのだった。

 

 サジータが選んだのは、施設の入り口にほど近い、いくつかの部屋を進んだ最奥の小部屋だった。この施設にはほとんど廊下がなく、大小の部屋が小さな入口で繋がりあう奇妙な構造をしている。部屋に扉はないため声が筒抜けだが、この部屋は大きな部屋を連結した行き止まりで、見通しが良いことが決め手だった。

「それにしても変な色の壁だな。サツマイモの皮みたいだ」

 最初の言いつけを守って、小声でリカが言う。が、『敵に見つかるから無駄口はたたくな』という二つ目の言いつけは守れなかったようだ。サジータはこめかみに手を当てながら、改めて一同の姿をみた。目覚めたときにはすでに戦闘服から普段着に替わってており、ジェミニやリカは使い慣れた得物を手にしている。

「すこし状況を整理しよう。あたしたちはここで目覚める前は、幻都にいたんだよな。そして神剣白羽鳥に霊力を流すために地下室に入って……アタシが覚えているのはここまでだ。みんなもか?」

 三人がうなずく。

「あの、サジータさん。先ほどは失礼しました。少し羽目を外してしまいました」

 ダイアナは謝罪に続けて、話し出した。

「落ち着いて気づいたことが幾つかあります。まず、リカさんの銃が、弾切れを起こしていません。次に、リカさんが帝都に置いてきたはずのノコがいます、そしてこれが一番不思議なのですが……」

 ダイアナはそこで言葉を区切り、眼鏡の位置を整えた。

「これだけ時間経つのに、リカさんがお腹を空かせていません」

『ええっ!』

 その言葉に、なぜかリカまで驚いている。リカの肩では、ノコが小首をかしげている。

「それで確信しましたが、私たちの身体は霊体のようです。もう皆さんはお気づきでしょうが」

「気づいてないわっ!」

 サジータはいよいよ頭が痛くなってきた。どうもこの面々では静かに話せそうにない。せいぜい外に敵の気配がないか注意するほかないと、あきらめた。

「だからジェミニンを感じられなくなったのかな」

 暗い表情でジェミニが呟く。めったに自我を現さなくなった双子の姉だが、その存在を感じられなくなったことは初めてだった。

「思いつめないでください。ジェミニンさんも、どこかで霊体化しているかもしれませんし」

「リカ、ジェミニンを探すの手伝うぞ!」

 ダイアナとリカの言葉に、ジェミニはぎこちない笑顔を浮かべた。

「なるほど、霊体か。今のところ状況証拠からの仮説ばかりになるが、アタシたちは……昴がいない。つまり、神剣白羽鳥のある地下室に入ったメンバーだけが、何者かの意図でこの妙な世界に霊体として招かれたんだと思う。それが敵か、味方かはわからない。ここに連れてくること自体が目的か、ここでなにかさせたいかまではわからないが」

「サジータさん、凄いです!」

「おう、サジータえらいぞ。ノコ食うか?」

 ジェミニとリカの称賛に、サジータは照れているようだった。

「そこでだが……」

 サジータが言葉をとめたのは、ダイアナが真剣な表情で口の前に人差し指を添えたからだ。

(妖力が近づいています。様子をみましょう)

小声でダイアナが補足する。一同は音をたてないよう気をつけながら、入り口の脇に身を潜めた。

ほどなく話し声が近づいてきて、先ほどまで追い立てていた異形のものが二体入ってきた。うち一体は何かを肩にかついでいる。

「さっきの騒ぎは収まったのか?」

「いや、姿が見えなくなっただけみたいだ」

二体はサジータたちの潜む一つ手前の部屋の中央で足をとめ、担いでいたものを床に投げ出した。鈍い音が響くとともに、男のうめき声が聞こえる。

「それにしても今日は久々の大物が釣れたな」

「ああ。これだけ負の想念を抱えている人間が残っていたとは。よく隠れおおせたもんだ」

 話しながら一体は男の両脇に手を差し込み、苦も無く立ち上がらせる。もう一体は両手から赤黒い靄を生み出すと、気を失った男に流し込んでいった。男にまとわりついた靄は徐々に形をなし、男を納めた巨大な紫水晶へと姿をかえた。

(アイツ悪い奴。撃っとくか?)

(リカ、いい子だから我慢してくれ。今は少しでも情報が欲しい)

 サジータの真剣な表情に、リカは不承不承うなずいた。

 彼女たちの気配に気づくことなく、二体の異形は作業を進めている。いつのまにか岩肌のままの天井から細い管が降りてきて、紫水晶に突き刺さった。すると、中の男が痙攣し、口から気泡を吐き出した。どうやら水晶というより、中が液体で満たされた容器と表現するのが正確なようだ。

「さぁて、こいつはどんな夢で俺たちを楽しませてくれるんだろうな」

「流石に同じものばかりで飽きてきたから、楽しみだな」

 下卑た笑い声をあげて、異形たちは部屋を出て行った。

 様子を窺っていたダイアナがうなずき、異形たちの妖力が消えたことを伝えた。

「不用意に近づくのはやめておこう。ダイアナ、霊力や妖力からなにかわかるか?」

「紫水晶は妖力でできています。なかの男の人も、私たちと同じように霊体ですね。そしてうっすらですが……後悔や哀しみのような想念がゆっくりと管を伝って、天井に吸い上げられています」

 ダイアナの言葉を待って、ジェミニは感想を伝えた。

「身に着けてる着物はずいぶん古びてるね。日本の活動写真の時代劇で見たような感じだ」

「キュキュッ、キュ~ッ」

 いつのまにか四人の中心にいたノコが、何事か伝えようとしている。

「ノコが偵察したいって言ってるぞ」

 リカを通じたノコの申し出を、サジータは受け入れた。するとノコは驚くほどの敏捷さで紫水晶まで駆け、器用にその上を登り、そのまま繋がっている管を伝って天井の穴へ姿を消した。 

「さて、ノコが戻ってくるまで少し肩の力を抜きましょう。私たち、目覚めてから――いいえ、幻都に突入してからずっと働き通しでしたからね」

 ダイアナの提案に異論があるはずもなく、四人はそれぞれに緊張を解いて束の間の休息を取るのだった。

 

「キュッキュ、キュッキュ、キュ~ッ」

 程なくして戻ってきたノコは、興奮気味に鳴き声を上げた。リカが言うには、そこにある紫水晶と同じものが上層の各部屋に並んでおり、その数は数十を超えていた。中には性別、身なり様々な人間が収められており、どの人物も一様に苦痛に満ちた表情をしているという。さらに上層に向かって、すべての紫水晶から伸びた管が集まる箇所があったが、そこにはすき間がなく、侵入することができなかった。ちなみに付近をうろついている異形は十体ほどで、思っていたより少ないようだ。

「ノコ、すごいね! まるでニンジャじゃないか。いや~ノコがノコノコ出ていってやられちゃったら、って心配しちゃったけど、お手柄だね!」

 ノコへの賛辞の合間にダジャレを入れ込むあたり、少しはジェミニも我を取り戻しているようだ。

「本当に素晴らしいです。帰ったら、お菓子をあげますね」

 ダイアナの言葉に、ノコは嬉しそうに飛び跳ねる。

「さて、思いのほか敵の数も少ないようだし、直接あの水晶を調べるとするか」

 サジータは腰をあげた。どう考えても緻密で詳細すぎるノコの偵察内容といい、それを正確に言葉にするリカといい夢でも見ているようだがツッコミをいれる元気もない。それでも慎重に歩を進めて紫水晶の前へ向かう。

「まだ触るんじゃないぞ」

 すでに手を伸ばしていたリカに釘を刺しながら、サジータは紫水晶の材質、中に囚われた男の様子を一通り眺める。着物の上に濃い色の衣をまとっている。日本の魔人との闘いや過去の五輪の戦士の姿を思い出すが、そのどれとも似ていない。

「これは狩衣といって、昔の貴族や陰陽師――日本の魔術師みたいな人が着ている服だよ」

 偏りはあるが日本文化に詳しいジェミニが補足する。続いてやや伏せられた顔を検める。白髪交じりの髪は後ろで束ねた総髪で、肌のシワやシミから相当な歳を重ねているものと思われた。サジータの視線が、右手指先の汚れを見つける。

「なんだか、インクが染みついたような汚れがあるな。着物の袖も、他と比べてほつれが激しい。書き物をする仕事でもしていたのか?」

 と、そこでダイアナが声を上げる。

「サジータさん、この人の霊力が増え始めています」

 言われてみると、サジータにも男の身内の霊力の巡りが活発化していることが感じ取れた。

「みんな、離れて!」

 ジェミニの言葉に皆が飛びすさる。それと同時に男の身体から霊力があふれ出し、内側から紫水晶を破壊した。大きな音が響き渡る。男はその場で膝をつき、肺を満たしていた液体を咳き込みながら吐き出す。

「まずい、奴らに気づかれたかも」

「サジータさん、ひとまずこの人を連れてここから出ましょう」

 サジータは男を背負いあげると、駆けだした。記憶をたどってもと来た道を戻る。リカが並走して前方を警戒し、すぐ後ろにダイアナが続いて周囲の妖力に注意を払う。殿をジェミニが務め、遠近両方の襲撃に備えて銃と刀を手にしている。幸いにも異形たちと遭遇することなく、一行は施設から出た。いつの間に日が昇ったのか、目覚めたときには気づかなかった風景を目にする。周囲には掘っ立て小屋のような、今にも崩れそうな家屋が並んでいるが人気はない。背後は山地になっており、自分たちが居たのは山をくり抜いた洞穴であることがわかった。集落の先は森が広がっている。どこへ逃れるか迷っているところに、サジータの背中から、しわがれた男の声がした。

「しばらく前方へ……そこから左に折れると川があります。そこに隠れ家があるので連れて行ってもらえませんか」

「わかった。案内は頼むよ」

 サジータは森に飛び込んだ。けもの道もなく藪に身を突っ込ませながらの強行軍だ。進みは遅いが追手はないものと判断したジェミニが先行し、邪魔な木枝を刀で刈っていくことで速度を上げていった。彼女はただ枝を払うだけでなく、後ろを振り返るたびに皆が通りやすい幅を確かめていた。自分が先へ出すぎれば隊が乱れる。そう気遣う彼女の動きは、荒々しさよりも頼もしさが勝っていた。

 森を抜けると眼前に悠々と流れる川が姿を現した。男の指示のまま、川に沿って森の端を進んでいくと、土砂がくずれたような土壁が前方をふさいでいる。そこが目印のようで、再び森に分け入って迂回すると、藪にかくれた横穴に辿り着いた。

 入口は人がかがんでようやく入れるような狭さだったが、中は二十畳ほど……ちょうど神剣を納めた地下室とおなじぐらいの広さがあった。四方の壁は石が積み上げられており、強固に守られている。サジータは藁を敷き詰めた寝床らしきものを見つけると、そこに男を横たえた。ダイアナが入れ替わり、男の容態を見守る。少し体温が下がっているのを霊力で補ってやると、男の呼吸が穏やかになっていった。

「皆さん、ありがとうございます。見たところ、この辺りの人ではないようですね」

「はい。ただ私たちもよくわからないまま辿り着いたので、どうお伝えすればよいのか」

 ダイアナの答えに、老人は深くうなずく。そしてゆっくりと身体を起こして胡坐を組んだ。

「なるほど。あなた方の身体……霊力は、我々のそれと少し違いますね。外の世界からやってきたのでしょう」

「外というのもよくわかりませんが、あなたはご自身が霊体であることを自覚されているのですね」

「ふむ、どこから話したものか。いや、まだ名乗ってもいませんでしたね。私は出口二郎と申します。北条家に仕える師の教えで陰陽道を修め、また右筆として書状や文書を代筆するのを生業としていました」

「は、はあ」

 ダイアナは内容の半分も理解できないまま、まずは自己紹介を返した。リカ、ジェミニ、サジータもそれに続く。

「なるほど、皆さん、降魔と戦うために訪れた戦士なのですな。ならばお伝えすべきことが多くあります」

 出口は居住まいを正して一同を見回した。

「まずは降魔発祥の地、大和について話しましょう」

 出口は、大和の誕生から封印までの顛末を時間をかけて話して聞かせた。途中、文化や歴史の違いから出る星組の疑問にも答える。

「作戦前に聞いた降魔の歴史と同じだな。たしか放神記書伝という書物に書かれていたと聞いている」

 サジータの言葉に、出口は目を見開いた。

「放神記書伝ですと! では、あれは上手く封印を逃れて外の人の手に渡ったのですね」

 出口は目頭を押さえながら肩を震わせた。微かに嗚咽が混じる。ダイアナは出口の肩に手をあて、落ち着くのを待った。

「失礼しました。あの書物は予言書ではありません。とある悪魔が立てた計画をまとめた文書なのです」

「どうしてそんなことを出口さんが知ってるんですか?」

 ジェミニが驚きながら出口の表情を伺う。

「放神記書伝は北条家に命じられて、私が書いたものだからです。北条家からは悪魔の計画をなんとか外の世界に伝え、備えをして欲しいと願われました。

 悪魔の計画をそのまま記せば、計画が進むにつれてそれは予言が的中したように受け取られます。そう思いつき、予言書のようにまとめることで信憑性を高めようとしたのです。それを踏まえて厄災に備える者がいることを期待し……しかし文書が完成したその日、大和は海に沈みました。その時に旅芸者の姿に身をやつした間者のお菊に託した二冊のうちの一つ……よくあの混乱から逃れたものだ」

「ちょっと待ってくれ、頭が混乱してきた。アタシたちは北条早雲の息子、氏綱が降魔皇かもしれないと聞いている。その父親が、その計画を文書で伝えようとしたというのが、どうにも理解できない」

「その話は後で。まずはこの世界の話からさせてください」

 出口が語ったのは、この世界――封印された大和と住民、そして降魔を繋ぐ物語であった。

 

 降魔実験の失敗により海中に沈められた大和。そこに残された人々は、降魔実験の際に呼び出された魔界エネルギーにより、しばらくの間は仮死状態となっていた。やがて魔界エネルギーは人々の心の中に宿る負の感情、すなわち欲望、憎悪、嫉妬、あらゆる人間の悪徳と結びつくことで、独自の意思を生み出した。それが、魔族である。しかし魔族自身が身体をもたず、また封印内に閉ざされ補充がきかない魔界エネルギーの中で生きながらえるには、同じく封印された人間を有効活用するほかなかった。

 魔族は、まず人間の身体に憑りつき、強靭な肉体に作り替えた。これが降魔と呼ばれる存在である。一方で降魔阿頼耶識と呼ばれる精神世界を作り出し、その中に元の人間の魂を閉じ込めた。降魔阿頼耶識の中で、人間たちは様々な形の肉体的・精神的な苦痛を与えられた。その強烈な体験は負の感情を呼び起こし続け、今なお降魔の動力源となっている。これが、この世界の理なのだった。

「じゃあ、アタシたちが今いる場所は……」

「そう、どうやって入り込んだのかはわかりませんが、ここが降魔阿頼耶識。魔族が作り出した精神世界、人間にとってはまさに地獄というわけです」

 人間たちは自分が精神世界で生きていることを知らされず苦しい生活を続け、時折襲い掛かる悪魔に弄られていた。ただ絶望が続きすぎると、人は精神を自死させることがある。そのため適度に人間の記憶を消し、再び日常に戻されては、同じことを繰り返されている。

「人間のなかでも取り分け強い負の感情を生み出す者がいました。強い後悔の念を持つ者です。そうした者は自身が振り返りたくない過去を追体験するたびに、莫大な量の負の感情を生み出してしまいます。それに目を付けた悪魔たちはその者たちを先ほどの岩穴に運び、紫水晶に閉じ込めているのです」

「あの管は負の感情を吸い取るためのものだったんですね」

「ええ。私は師から教わった陰陽術のおかげで、この世界が生まれたときから姿を隠し、その理をつぶさに見てきました。いつかこの世界を終わらせるために必要な情報を集めようとしたのです。そして自分が捕まったときのために、自分が精神攻撃を受ければ発動する破壊の術を身に埋め込んでおきました。

 それが、少し前に降魔阿頼耶識全体を揺るがすような振動が続き、私は驚いて隠形の術を解いてしまいました。そこを悪魔に見つかって運び込まれたわけです」

「じゃあ、その捕まってるやつを助けたら、悪魔はお腹が空いてフラフラになっちゃうんじゃないか?」

 リカの発想は、稚拙ながらも核心を突いていた。

「はい。それがどれだけの打撃を悪魔に与えるのか、この世界を突き崩すほどになるものかはわかりません。それでも、あなたたちがここに導いた存在は、それを望んでいるのかもしれません。いや、これは私の願望でしょうか」

 出口はそこまで話すと、咳ごみ始めた。あわててダイアナが介抱する。ジェミニとリカは、出口の身体に張り付いていた妖力をみつけ、自身の霊力で丁寧に浄化していく。それで楽になったのか、出口は再び語り始めた。

「さて、次は北条氏綱様と悪魔の計画の関係についての話です。すべての諸悪の根源、あの紗冥流が現れたのは……」

 と出口の語りが始まった直後、激しい揺れが石室を揺るがした。サジータは皆を外に出るよう促し、自身は出口を抱えた。石室の外へ出ると揺れは収まったが、船酔いしたように足が定まらずに皆尻もちをついていた。先ほどまで薄い雲で覆われていた空が、いつのまにか陽光を遮るほどの厚みになり、ただでさえ暗い森を一層昏く塗りつぶしている。次いで、雷の如き大音声が頭上から響いてきた。

『わしの名を口にする不届き者は貴様か』

 その声の響きが収まらないなか、出口の身体が不意に浮かび上がった。ジェミニは近くの樹木を駆けあがり、出口を掴もうとしたが、紙一重で逃してしまう。リカは敵の姿を捕捉できないまま、出口の上空に銃弾をお見舞いする。が、やはり効果がない。

『ほう、貴様、見覚えがあるぞ。早雲と氏綱の右筆ではないか。なるほど、陰陽術で今まで身を隠していたのだな』

 声が笑い声をあげる。

『代わり映えのない時間に飽いていたところだ。直々に相手をしてやろう』

 その言葉が終わるや否や、出口の身体が間近に口を開けた闇に吸い込まれて消えた。

『さて、なにやら異物が紛れ込んでいるのは知っておったが、お前たちがそうだな』

 声の興味が星組たちに移った。

『なにをしようとしているのか知らんが、これも良い余興よ。好きにするがいい』

 それを最後に声は止み、厚い雲が徐々に四方へ散っていった。

「なんだっていうんだ」

 サジータは上空をにらみ、吐き捨てた。出口を抱えていた感触が、まだ腕に残っている。

「サジータさん、助けに行きましょう。水晶に囚われてる人たちも、出口さんも」

 ジェミニが力強く提案する。リカ、ダイアナも、意思を込めてうなずいた。サジータも異存はなかった。

「ああ、行こう。ただし、あんたたち、ちゃんとあたしの指示に従って動いてくれよ。さっきみたいな行き当たりばったりは、もう懲り懲りだ」

 サジータの困り顔に、他の者は笑い声を上げた。それがおさまると、一同は表情と気持ちを引き締めて岩穴へ戻っていくのだった。

 

    三

 

 ソレッタ・織姫は、世界中から様々な分野で称賛された天賦の才で。

 レニ・ミルヒシュトラーゼは、類まれなる観察力・洞察力と蒸気演算機をも上回る計算能力で。

 九条昴に至っては、脈絡もなく、はじめから答えを知っていたとしか言い表せない。

 

 欧州星組として集められた三人は目覚めるとともに、この導きが霊剣・光刀無形によるものであり、この世界が大和の住人の負のエネルギーを生み出して吸い上げるために生み出されたものであることを理解した。十歳そこそこから周囲に天才と認められ、帝国華撃団に先駆けて進められた『星組計画』の最重要人物として集められた三人は、もはや常人には説明できない何かをそれぞれに持っている。

 だから突如上空から襲ってきた数十体の悪魔に驚くこともなく、淡々と――織姫の囀りを除いて――悪魔たちを無力化していった。五分もたたないうちに、悪魔たちは三人の霊力で縛り上げられて地面に転がされている。

「こんなもの、夕飯前でーす」

 織姫の言葉にレニも昴も取り合わず、周囲を探っている。

「もう、ぶっこみがないでーす」

 織姫は笑顔でレニの背中をたたいた。

「それはツッコミでしょ、織姫」

 仕方なくレニが応じる。

「昴は言った。それがツッコミだ、と」

 ふたりでやってくれと言わんばかりに昴が突き放す。

「昴もレニにぶっこみでーす!」

 満面の笑みで織姫はレニと昴の肩を叩いた。

 

「風水都市大和。東京湾となっている場所に、四〇〇年前まで存在していた国の名。その陸地面積は約四〇〇平方キロに及び、北に山地、南に海、西に街道、東に河川、という風水的には完璧な土地であり、当時は隣の武蔵国以上に栄えていた。一五二四年の降魔実験の失敗により海下に封印され、以降は歴史から完全に抹消される」

 久しぶりに聞いたレニの博覧強記ぶりに、何が可笑しいのか織姫は笑い声を上げた。

「大和の住人の負のエネルギーを生み出すための世界なのだから、その形状も実際の大和の土地に倣っているだろう。レニの情報は有用だ」

 昴の言葉に、レニが少し照れる。

「問題は黒幕がどこにいるかでーす。こんな辛気臭いところ、さっさとオサラバしましょう」

「さすがに黒幕を相手にするには皆がそろわないと」

「じゃあ、負のエネルギー吸収を邪魔しまーすか?」

「昴は言った。『ここには他の華撃団メンバーも招かれているはずだ』と」

「だから?」

「僕たちにしかできないことを考えよう、織姫」

 ここは浜辺近くの岩棚のうえだった。寄せては返す波の音が、耳に心地よい。頭上には満天の星空が広がる。星空を見渡すと、北に黒い影が見えた。どうやら山地になっているらしい。織姫は見渡し、再び視線を海原に戻す。ひと際大きな波が迫り、足元の岩礁を討つ波の音が化物の叫びのように聞こえた。

 と、昴が扇をパチンと鳴らした。

「安珍・清姫伝説でいこう」

「それ、知ってまーす。道成寺の元の話ですね。安珍に裏切られた清姫が、怒り狂って蛇になる。練習で清姫をやったでーす」

「うん、そのときは僕が安珍役だった」

「なるほど、では僕が他の役を演じよう。織姫、いつも以上に感情を込めて。この世界は情念を求めているようだ」

 昴の提案は『安珍・清姫伝説』の即興劇だった。織姫には細かな意図まではわからないが、興味が勝ったらしく深入りしない。一方レニはすでに昴の描いた画が見えているのだろう。舞台となる平らな岩の中央を見つめ、静かにうなずいた。

「清姫に追わせ、蛇へと変じるほどの執念を引き出すのが僕の役目だね。わかった」

 

 時は平安時代。

紀伊国真砂の庄司の娘・清姫は、宿を借りにきた見目麗しい修行僧・安珍に一目惚れする。

「ああ、なんという美しいお方。どうか、どうかわたくしを娶っていただけませんか。この出会いはきっと、熊野大神が取り持った宿縁にございます」

 織姫は色に我を失った清姫へと一瞬で表情と仕草を切り替える。その言葉と仕草に込められた狂気を、潮風で乱れる髪は清姫をこの世のものではないものように演出する。月明かりが美貌を際立たせるが、美しさよりも恐ろしさが勝る。

「いけませぬ。私は宿願あって熊野大神を参るのです。奥州から自戒精進して遠路はるばるやってきたのですから、この大願を破るわけには参りません」

 レニは若い修行僧安珍として、清姫の願いを断ろうとする。清姫の狂気に震えながら何度も、何度も。しかし結局断り切れず、偽りの約束でその場を収めてしまった。

「わかりました。あと二、三日で所願成就、わたしの願いは叶います。帰りに立ち寄りますので、どうぞその日までお待ちください」

 安珍は腰が引けた様子で岩舞台から捌けた。

 その場に残った清姫は、婚礼はいつか、どこに住もうか、と独りで想いを巡らせる。何かの物音に気付いては、あら犬であったか、あら竃の音であったかと右往左往した。そうして徐々にその動きを止め、中空に放心したように視線を彷徨わせる。

「三日が過ぎ、四日が終わった。五日も暮れようとしている…」

 狂気じみた独り言をもらす清姫。と、昴演じる参詣帰りの旅人を見つけ、彼女は血相を変えて近寄る。

「あなた、安珍という修行僧をみませんでしたか? とても見目麗しい若い男なのですが……」

「ああ、その若者ならとうの昔に山を下りていったよ。えらく急いでいるようだったが」

「さては……おのれ安珍、わたしをだましたのね!」

 清姫は目を吊り上げ、口元を歪ませると、飛び立つように駆け出して岩舞台から捌けた。

「なんと恐ろしい。まるで鬼女ではないか。縁起の悪いものに行き会ってしまった……」

 残された旅人は、手をすり合わせながら、背を丸めて上手へと消えていく。

 入れ替わりで足早に舞台へ躍り出た安珍は、走る姿を現実よりも遅い姿で表現しようと、ゆっくり腕を振り回し足を動かしている。

「あ~ん~ち~ん~」

 舞台袖から清姫の恨みがましい声が聞こえる。安珍よりもわずかに早い速度で、清姫が近づく。

「ち、違います。人違いです。私は安珍ではありません!」

「そんな嘘までついて、さあ、約束を果たしてちょうだい」

 いよいよ清姫の手が安珍に触れようかという瞬間、安珍が叫ぶ。

「南無金剛童子、助け給え!」

 すると清姫は足をとめ、眩しさに目をくらませたように顔を手で押さえながら、首を左右に振る。ますます乱れる黒髪が、頬に張り付く。その隙に安珍は再び舞台から捌けた。

「前世にどんな悪いことをしたら、こんなことになるっていうの? 南無観世音菩薩様、どうかお救いください!」

 怒りと嘆きの入り交じった叫びが響き渡る。

 続く舞台は日高川。安珍は船で川を渡ると、昴演じる船頭に「私を追いかけてくる女性を、どうか渡さないでください」と懇願する。首を傾げ、不承不承請け合う船頭。そして舞台から姿を消す安珍。

「あ~ん~ぢ~ん~」

 再び舞台袖から清姫の恨みがましい声が聞こえる。先ほどよりも声が枯れ、迫力が増していた。声に宿った怒りが、禍々しい気となって織姫の体から立ち上っていた。織姫自身は役に入り込んで気づいていないが、昴とレニは同時にそれを見た。

「ああああ、駄目です。今日は船を出せないのです。方角が悪くて、駄目なんです」

 船頭は船に乗ろうとした清姫を押しとどめる。清姫は船頭を押しのけようとするが、流石に力負けし、その場に崩れ落ちる。清姫は顔を伏せ、肩を震わせる。そうしてしばらくむせび泣いていたかと思うと、その震えが徐々に大きくなった。そのままゆっくりと仁王立ちとなり、見栄を切る。

「おのれ安珍、私はあきらめない。たとえこの身を蛇に変えても、この川を渡り切ってくれるわぁ!」

 その瞬間、清姫、いや織姫の身体から黒い靄が湧き出し、姿が掻き消えた。

「え?」

「あ」

 安珍――いやレニが呆気にとられ、船頭――昴は扇を打った。

「まだ道成寺に逃げ込んで、鐘の中にこもる場面が残ってるんだけど……」

「ああ。鐘を巻いて龍頭を咥え尾で鐘を叩き、最後には焔を上げる名場面だな」

「さすが織姫、と誉めるべきかな」

「ペース配分がなっていない」

 レニと昴は軽口をそこで終わらせ、意識を集中させる。

 織姫が消えた軌跡を瞬時に捉えると、彼女に倣ってふたりも蛇に変じた。そのまま残香を絡めとるように辿っていく。空を飛び、周囲の景色が目にもとまらぬ速さで過ぎ去っていく。片方の蛇は織姫が転じた黒い靄に追いつくと、大きく口を広げてそれを丸のみにした。それでも黒い靄は構わず蛇体ごと何かに導かれるように地上や地下、空を行きつ戻りつし、気が付けば巨大な塔の頂上にある部屋へと辿り着いた。そこが終点と見定めた蛇――レニは身体を戻し、抱えている黒い靄に霊力を送りこんだ。遅れて人化した昴も、それを助ける。すると靄の色が薄れ、中から織姫が姿を現した。

「おのれ安珍!」

 とびかかってくる織姫をいなして、レニはもう一度霊力を流し込む。と、織姫の表情から険がとれた。

「あれ、レニ、なにしてるでーすか?」

「織姫、もう芝居はおしまいだよ」

 キョトンとする織姫には目もくれず、昴は周囲を観察する。レニは窓らしき穴に近寄り、様子を伺う。眼下に聖魔城らしきものが見えた。聖魔城を超える高さの建造物は、大和にはなかったはずだ。レニは昴にそれを告げながら、大和全体を見渡した。ここからであれば、この世界の全景が把握できるようだ。

 しばらくすると大きな川が横たわっている方角から、明かりが射した。太陽が昇ってきているのだ。もしここが東京湾にあった時代の大和であれば、視界の先には房総半島が横たわり、太陽の光を今しばらく防いでいたことだろう。しかし、その先には一面の海が広がっているばかりだ。

 一方で、昴は部屋の中心にある人の丈ほどある巨大な珠を見ながら、おとがいに手を当てた。

「どうやらここが、この世界の出口のようだ」

 昴は紅く明滅する珠に、触れるか触れないかの所まで目を近づける。中には数えきれないほどの線虫のような妖力の糸が、思い思いに動きながら現れては消え、消えては現れる。

「ちょっとレニ、説明してくださーい!」

「さっき『安珍・清姫伝説』を演じたよね。そこで織姫は清姫になりきって恨みや怒りを爆発させたことで、この世界が集める負のエネルギーそのものに姿を変えたんだ。そうすれば、この世界はそれを外に送り出そうと吸い込むでしょう? 僕たちはその織姫に付いていって、外へ送り出される直前で一緒に流れから飛び出たわけ。つまり、負のエネルギーの終着点、そして本当の大和への入り口が、ここ、ということ。お手柄だね、織姫」

「さっすが私でーす。でも乗せられたみたいで、ちょっと釈然としませんね」

「織姫、想像以上だった」

「おお、昴が誉めてくれるなんて、めっずらしーい」

「だが昴は言った。『ペース配分がなっていない』と」

「なんなんですが、もう!」

 昴と織姫の掛け合いを背中で聞きながら、レニも部屋を改めてながめる。ここには下に降りる階段がない。純粋に負のエネルギーの通り道としてだけ作られたもののようだった。珠の下に拳大の穴が空いているので、自分たちもここを辿ってきたのだろう。

「昴、これからどうするつもり?」

 レニの問いかけに、昴はしばらく考えて、こう答えた。

「退路は確保できた。あとは皆の動きを待とう」

 

    四

 

 氏時、浄心との初戦から、外界でさらに一年、幻都では約一ヶ月の時が過ぎた。その間、幾度となく大神たちと氏時たちは闘いを繰り広げたが、趨勢を定めるほどの決定打がないままであった。

 その要因として、双方に安全地帯があることが大きかった。大神たちはセフィロトの若木、あるいは『吸い取るくん』の影響下に逃れれば、降魔たちの追撃を振り切ることができた。一方の降魔たちは、上空高くに逃れれば追撃を受けず、聖魔城に入り込めば大神たちの攻撃を受けることもない。

 また降魔側は大神たちから引き出せる情報が少ないことに気づき、娯楽のない幻都において戦い自体を楽しむことにしたようだ。大神たちからすれば上級降魔を倒して下級降魔を烏合の衆にしたいが、千倍以上の戦力差と上級降魔個体の戦闘力の高さに、それを成し得ずにいた。

 この膠着状態をどう打破するか。二剣二刀の導きが事態を動かそうとしていることを知る由もない大神たちは、焦燥感を抑えられずにいた。

 その日、一同は聖魔城のすぐ北にあるセフィロト、ケテルの聖域に集まっていた。双葉の事前の指示で、長らく乗っていなかった大神の光武も持ってきてある。そんななか、このところ目に見えて苛立ちを募らせていた双葉が宣言した。

「聖魔城を攻め落とすぞ。戦いが膠着しているときこそ、意表を突くのだ」

 大神と新次郎は目を合わせた。

(飽きたな)

(飽きましたね)

 とはいえ、双葉の気持ちもわからないでもない。氏時、浄心との戦いを通じてなんとか情報を引き出そうとするが、そこは向こうも心得ているようで最近はどれだけ挑発しても言葉を返さないことが多い。せいぜいわかったことは、少なくともあちらに〝芳春〟という上級降魔が控えていることぐらいだった。

 加えて、ジェミニンが姿を隠しながら見つけたもので、『吸い取るくん』を邪魔しているものの具体的な候補が初めて挙がったのだ。それは聖魔城北側にある、まるで穴に蓋をしたような岩盤だった。聖魔城にある穴、という言葉に、大神は葵叉丹が聖魔城を呼び出したときに持ち出した兵器、霊子砲を思い出した。あの戦いの中で霊子砲自体は確かに破壊したのだが、もしかすると霊子砲の特性、周囲の霊力を吸収するという機能は今でも生きているのかもしれない、と考えたのだ。

 しかし、霊子砲を狙うにしても、いくつものハードルがある。

 まずは聖魔城周辺にたむろう万単位の降魔の突破。

 そしてこれが一番の問題だが、聖魔城を守る妖力の壁を突破する方法が見つかっていないこと。

 それに加えて氏時、浄心に加えて、未だ謎の多い芳春の存在。氏時、浄心が相手で拮抗している戦力が、芳春が加わることで大きく不利に傾くことは想像に難くない。

 さらに降魔皇の存在。幻都においてその存在を感じたことは一度もないのだが、氏時の話しぶりから聖魔城内にいることだけは間違いないだろう。世界を滅ぼすだけの力を持つという相手と戦うリスクがあるということだ。

 最後に、霊子砲を破壊することができるのか、である。かつて砲台部分を破壊するのには、大空中戦艦ミカサの力を必要としたのだ。今の戦力で破壊が可能か、判断する材料すらない。

 大神も新次郎も口には出さないが、どれひとつとっても攻略が難しいことは、これまでに双葉も含めて何度も話し合ったことだ。しかし、双葉は言い切った。

「大丈夫だ。奥の手がある」

「え? 本当ですか、母さん?」

「何ですか、奥の手って?」

「それは、ヒ・ミ・ツ」

「では、却下します」

 最近双葉に対して強く出られるようになった大神。

「そんなこと言うなら、別の奥の手を出すぞ」

 そんな大神に、双葉は真剣な表情で返した。

「なんですか、教えてください」

 新次郎の問いには答えず、双葉はジェミニンを見て言った。

「わたしに奥義を教えてほしいかーっ!」

「は、はいっ」

「新次郎と結婚したいかーっ!」

「は、はいっ」

 とんでもない質問に、しかし勢いに負けて反射的に答えるジェミニン。

「では、ラリーに私を乗せて、出撃だーっ!」

「は、はいっ」

 思わず呼び出したラリーに双葉は流れるようにまたがり、ジェミニンに手を差し出した。思わず手を取ったジェミニンを引き上げて後ろに座らせ、双葉はラリーを聖魔城に向かって駆けさせた。

「え!」

 あまりの強引さと展開の早さに、遅れるわけにもいかず新次郎は後を追って走り始めた。

「だから光武に乗ってこいと言ってたのか」

 大神も光武に飛び乗る。

 このところ、双葉は霊体である身体を生かし人間離れした技を編み出していた。なんと腕を二本増やし、二剣二刀もどきを同時に操ることができるようになったのだ。聖魔城が近づくにつれて群がってくる降魔を、思いのままに切り刻んでいく。その一撃一撃は雑なように見えて、すべて降魔の核を的確に傷つけ、戦闘不能にしていく。さばききれない分を、ジェミニンは愛銃を連射して援護する。今日のジェミニンは双葉の勢いに引きずられて、いつもより霊力の切れがよい。放った銃弾の多くは、直接降魔の核を傷つけていた。それでも討ちもらした降魔たちの攻撃がふたりを四方から傷つけていく。後ろから見ていた大神は、表情を変えた。

「おかしい。姉さんたち、霊力をセーブしていないぞ」

「そんな戦い方したら、撤退に支障が出ます!」

 大神は先行するふたりの戦いぶりに、覚悟を感じた。

「新次郎、姉さんは本気だ。奥の手が何か想像もつかないが、この戦いにすべてを賭けている」

「僕もそう思います」

 ならば、やることはひとつだ。

「新次郎、とことんまでやろう。今日を幻都最後の戦いにするぞ! 幻体のみんな、身体を張って姉さんたちを守ってくれ!」

 大神は背後に続く幻体たちに指示を出した。大神自身は光武の速度を最大まで上げて先行する双葉たちを追い抜くと、前方の巨大な降魔を片端から斬りつけながら前進し、それでも引かない降魔には体当たりで応じる。

しかし何度も繰り返すうちに無理がたたり、超巨大降魔に膝を突かせたところで光武を乗り捨てるほかなかった。脇を駆け抜けていく双葉が「よくやった!」と声をかける。追いついてきた新次郎と併走しながら大神は抜刀し、先駆するラリーを追いかけた。

 

 聖魔城大広間の窓からその様子を見ていた芳春は戸惑った。幻都に張り巡らせた妖力網が伝えてくる人間たちの霊力消費量が大きすぎる。あれでは、ほどなく霊力が尽きるだろう。しかも先行するふたりを護るために、幻体たちが身体を盾にして降魔の攻撃を防いでおり、半分がその場から消えていた。あまりにも長く続く戦いに、正気を失ったのか? 

「あやつら、本気で向かってきておる。しかし玉砕のつもりではないようだな」

 横で見ていた氏時は眉間にしわを寄せる。玉砕でないなら、勝算があるということだ。これまでの戦いぶりを見ても、霊力を集中する程度でこの布陣を突破できると勘違いするような連中ではない。

「浄心、出るぞ」

「うん!」

「芳春も用意だけはしておけ。やつらの狙いがわかったら、いつでも妨害できるようにな」

「わかりました」

 芳春の答えを待たず、氏時と浄心は、窓から人間めがけて飛んでいった。

 

 氏時と浄心の気配を感じても、双葉はラリーの速度を緩めなかった。

「ジェミニン!」

 双葉の声に、ジェミニンは器用に双葉と前後の位置を入れ替えた。そして、愛刀に霊力を十分にこめた状態で、炎の塊を呼び出す。

「ミフネ流剣法 イッツ・ヒッサツケン! 

ランブリング・ホイール!」

 かけ声とともに振り下ろした剣が、炎の塊を前方へと弾き飛ばす。その炎は軌道上の降魔をすべて払いのけ、聖魔城ふもとの穴を塞いだ岩盤までの道をこじ開けた。双葉たちがスピードを緩めると読んでいた氏時と浄心は、逆に速度を上げた一行の後を追うような位置に着地してしまった。

『人間どもの狙いは聖魔城地下、霊子櫨です。私もそちらへ向かいます』

 双葉たちの狙いに気づいた芳春の念話が、氏時と浄心を焦らせた。前方では再びラリーの上で双葉とジェミニンが入れ替わっていた。

「狼虎滅却……」

 双葉の声に大神は不吉な予感を覚えた。

「神形霊鳥!」

 その言葉は、

「無形降神!」

 二剣二刀の儀のもの。

 かつて陸軍降魔部隊の四名がかりで行い、ひとりが落命。

 その四人の想いや魂を受け継いで、大神とさくら、ふたりがかりでようやく成功させた儀式。

 命を賭けた儀式を『もどき』の二剣二刀を用いてとはいえ、双葉ひとりで行おうというのか。

「でぇぇやぁぁぁぁぁぁ!」

 大神ですら聞いたことのない大音声の双葉のかけ声が、大気をも震わす。

 二剣二刀もどきがまばゆく輝き、振り下ろされた。

 その刃に聖魔城の防壁が反応し、衝撃で周囲に紫の稲妻が走る。

「うぉぉぉぉぉぉぉ!」

 双葉の姿がわずかに薄まったかと思うと二剣二刀はさらに輝きを増し、なにかが砕ける音が響き渡った。聖魔城の防壁ごと、穴を塞いでいた岩盤が断ち切られたのだった。勢い余った双葉は、そのまま真っ暗な穴に落ち込んでいく。

「姉さん!」

「母さん!」

「師匠!」

 三人は双葉を呼びながら、自らも穴へと身を躍らせた。どこまで落ちるのか、と不安を覚えたところで、前方の輝きが三人を包み、ゆっくりと穴の底へ導いた。岩底に足をつけると同時に輝きが四散し、光で焼かれた目に漆黒の闇が広がる。

「母さん!」

 新次郎は手探りで辺りを確かめる。なかなか手応えのない中で、指先に堅いものが触れた。手のひらで探ると、刀の柄らしきものだった。それをしっかりと握ると、刀身がほのかに輝いた。それは光刀無形もどきだった。その明かりで、大神は足下の神刀滅却もどきを、ジェミニンは背後にあった神剣白羽鳥もどきを見つけ、手に取る。大神の少し先に、もう一振り、剣が落ちていた。霊剣荒鷹もどきだった。双葉が創り出した二剣二刀もどきのすべてが薄明かりを灯していたが、双葉の姿が見えない。

「母さん! 母さんっ!」

「おやおや、随分とのんきなこと」

 新次郎の呼びかけに答えたのは、初めて耳にする女性の声だった。よく通るが、冷たい。

 声のした方を見上げると、そこには金属片の塊が積み上げられている。そしてそのうえに、瑠璃紺の打掛をまとった女降魔が浮かんでいた。長く艶やかな黒髪が、まるで意思を持っているかのように四方に広がり蠢いている。

「お前が芳春か?」

 大神は気持ちを落ち着かせながら、問いかけた。

「ええ、お初にお目にかかります」

 芳春はうなずく。ジェミニンはその魅入られそうな美しさに目を奪われつつも、上から近づく落下音に気づいた。

「ふたりとも、上!」

 三人は背中を合わせ、前方の芳春、上空の気配に備えた。

 降りてきたのは案の定、氏時と浄心だった。結果的に、三人は囲まれる形になった。その間、密かに大神と新次郎は幻体を召喚しようとしたが、一人も現れない。聖魔城の結界内だからだろうか。

「まったく、肝を冷やしたぞ。だが、これで打ち止めのようだな」

 氏時が、久しぶりに大神たちに声をかけた。いや、もしかすると仲間に話しかけたのかもしれない。

「もう他の仲間は全部消えちゃったよ? 三対三で勝てると思ってるのかな~」

 浄心は相変わらず無邪気に笑っている。

「憎い人間どもに言うのも腹立たしいが……武人としてはお前たちとの闘い、楽しませてもらったぞ」

 もはや勝負は終わったものとばかり、氏時が正面の大神に伝えた。

「さあ、人間ども。そろそろ年貢の納め時ですよ。ただ、しばらくは存分に痛みつけてあげますから、いい声で啼いてくださいね」

 芳春はそう言うと、自身の髪から幾匹もの蛇を生み出し、大神、新次郎、ジェミニンを絡め取る。途端に三人の身体から力が抜けたかと思うと、体中に激痛が走った。熱さ、冷たさ、しびれ、かゆみ、切り傷、かみ傷……あらゆる種類の痛みが、同時に身の内を駆け抜ける。それらはそれぞれが強弱を変え、痛みに慣れる瞬間すら与えてくれなかった。三人の叫び声が穴蔵に響き渡る。

 三人の降魔はそれぞれに恍惚を感じながら、その苦痛の声に酔いしれていた。

 

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