偽典サクラ大戦 ~我は花咲く木とならむ~ 改訂版 作:出口豊志朗
第十一章 北条盛衰物語
一
降魔阿頼耶識。
かつて大和に封印された人間の負の感情を餌とする、魔族が作り上げた精神世界である。そこは在りし日の大和を忠実に再現しており、復元された人々は自身が精神的存在であることに気づかぬまま苦しい生活を営んでいた。
魔族はそこに押し入っては手を変え品を変えて肉体的・精神的な苦痛を与え続ける。その強烈な体験は人々の負の感情を呼び起こし続け、今なお降魔――人間の元の肉体に取り憑いた魔族の動力源となっていた。
さらに、取りわけ強い負の感情を生み出す者については紫水晶に閉じ込め、その者が目を逸らしたい過去を追体験させることで極上の負の感情を生み出し続けるという、おぞましい機構へと進化していた。その紫水晶が立ち並ぶ施設からさらに隔離された場所――降魔阿頼耶識内の聖魔城には、大和において最上級の後悔と未練、自責で身を焦がす六人が集められていた。
そこは、実際の聖魔城でいう上層にある大広間だった。ただし窓はなく、広間全体が紫水晶で覆われている。その中央には六本の、同じく紫水晶の柱が正六角形を描くように立てられている。その柱それぞれのわずか上に、大人がひと抱えするほどの大きさの紅玉が浮き沈みしながら明滅している。
柱には男がふたり、女が四人、それぞれにひとりずつ収まっている。
そのひとつの柱にさくらは触れながら、なかで眠り続ける少女を凝視した。朱色の小袖を身にまとった姿に見覚えがある。髪が金ではなく黒、目をつむっているので特徴的だった三白眼を確認できないが、間違いない。
「私が幻都で戦った上級降魔、崎姫にそっくりです」
「なあ、マリア。こっちは、アタイたちが戦った氏時だな。歯は出っ張ってねぇけど」
反対側でカンナが、着物の上からもわかる鍛え上げられた身体つきの頑強な男を前にして続ける。
「そうね。それにこの子は浄心と名乗った幼女に似ているわ」
カンナの隣に立つマリアは膝をついて、紫水晶の半分にも満たない背丈の、長い黒髪の幼女を確かめていた。さくらは隣の男を検める。
「この服は幻庵が着ていたように思います。顔つきも似ているような……
その男は、白い装束に青の袈裟を羽織っていた。
残る二体の女性には心当たりがないもの、幻都で遭遇した上級降魔全員とそっくりな人間が収まっていることから、いずれも上級降魔と関連がある者と思われた。
少し離れたところで紅蘭は腕を組んでその様子を遠巻きに見ていた。その脇にいたアイリスは、不安げに紅蘭の腕に捕まる。
「上に浮いとる珠に、下の柱から何かが流れとるな。アイリス、何かわかる?」
「なんだか黒いもやもやが見えるの。ものすごく怒ったり悲しんだりした人から出るのと似てる……」
「そうか、もうええで。ありがとうな」
紅蘭は労わるようにアイリスの頭を撫でた。
帝都花組の五人、さくら、マリア、カンナ、アイリス、紅蘭が目覚めたのが、この広間だった。
さくらが目覚める直前に感じたのは、霊剣荒鷹の霊威。長い時間を共に過ごした愛刀のことだから、間違えるはずもない。それを聞いたマリアはこれが霊剣の導きであり、何かを自分たちにさせようとしているという仮説を立てた。はじめは広間の隅で周囲を警戒しつつの相談だったが、時間が経っても人や妖力の気配も現れないことから捜索を開始したのが先ほど。とはいえ広いと言っても屋内のこと、すぐに一通りの調べがつき意味ありげに突き立つ柱をいよいよ調べ始めたところだった。
「アイリス、珠からも何か出てるかしら?」
マリアは立ち上がり幼女の上にある珠を見上げながら聞いた。
「ううん、珠自体が妖力の塊みたいだけど、そこからどこにも行ってないよ」
「どうれ」
カンナは柱の上に両手の指をかけ、足で柱を軽く蹴り上げる。飛び上がった勢いで、反対側の柱にあった珠に取りついた。
「ん~、なんか珠の中に、白くて細っこいミミズみたいなのがうじゃうじゃいるぞ。なんか増えたり減ったりしてるように見えるな」
「うっわ、それは気持ち悪いな。あんまり見とうないわ」
紅蘭とアイリスが互いを見ながら顔をしかめた。
「よく見ると、珠の灯りが暗いものがあるわね」
マリアは言いながら、柱の前を一通り巡った。幻庵、崎姫に似た人間と、長い黒髪を左右で結わえている少女に通じた珠が、確かに他よりも昏い。カンナはその一つに飛びつくと、中のうじゃうじゃが少なく、動きを止めていると伝えた。そのとき、何かを感じたさくらが声をあげた。
「みんな、柱から離れて!」
カンナとマリアは即座に動き、さくらの隣に立った。
「頭のなかで声が聞こえたような……」
「さくら、全部の柱から、もやもやが出てる。お部屋の真ん中に集まって、どんどんおっきくなってるよ」
「ええ、私にも少し見えてきた」
さくらがうなずく。ふたりにしか見えていなかった靄は、やがて色を濃くし、残る三人の目にも明らかとなった。その黒い球は、その縁が周囲の柱に触れるか触れないかのところで成長を止めた。そうしてしばらくその場に留まったあと、時間とともに柱の上の赤い珠に吸い込まれるように消えていった。
「なんなんだぁ?」
「黒い靄の中から、人の声が聞こえた気がします」
カンナの言葉に、自信なさげにさくらが言う。
「……ここに留まってよいのかも判断しようがないわ。この部屋は後回しにして、あの階段から降りてみましょうか」
「あ、また……」
マリアの提案と同時に、さくらの目に再び柱から流れる靄が映った。
「マリアさん、さっきは驚いて離れていたので声が聞き取れなかったと思うんです。今度は近づいて聞いてみてもいいですか」
「わかったわ。ただ、気をつけてね」
そうこうする間にも靄は再び球体を成し、大きくなっていく。ゆっくりと近づくさくらの後ろから、四人も聞き耳を立てる。
『……さま』
目を見開いて振り返るさくらと、背後のマリアたちの目が合う。どうやら皆、声が聞こえたようだ。
『……じ……きさま』
「女の声だな」
「アイリス、聞こえないもん……」
カンナのつぶやきに怖くなったアイリスは紅蘭に擦り寄ろうとして、つまずいた。
アイリスが思わず紅蘭のチャイナドレスを掴むと、前後にふらついた紅蘭は前にいたカンナの胴着を押し掴んだ。
つま先立ちしていたカンナは前につんのめって眼前のマリアのコートの右袖を思わず握りしめる。
右袖を引かれた反動で前に突き出したマリアの左手がさくらの腰帯をひっかけながら押し込んだ。
その結果、前屈みに耳をそばだてていたさくらはゆっくりと傾きながら黒い靄に頭を突っ込んだ。
それと同時に、さくらはその奥から何かに吸い込まれた。その力はそのまま身体の一部が触れ合ったマリア、カンナ、紅蘭、アイリスまでをも包み込み、五人は叫び声を上げる間もなく黒い靄のなかへと落ちていった。
二
二剣と二刀の導きも、いよいよこれが最後となる。
人ならざるものが、それでもなお人に何かを伝えようとしている。それが力を与えるためか、降魔を滅するためか、あるいはその先にあるものかは、まだわからない。
だが、これから辿るのは四百年を超える因縁の源――北条一族と、大和の盛衰である。
黒い靄に吸い込まれたさくらたちは、互いの姿は見えないものの、意志を通じ合わせることはできるようだった。
(アイリスたち、どうなってるの?
不安げなアイリスの声に応えるように、しゃがれた男の声が響き渡った。
(ようこそおいでなさった、が、何をしに?)
そうして、闇の中から烏帽子を戴き、白い狩衣に指貫袴を合わせた陰陽師らしい装束をまとった老人が現れた。
(あなたが私たちを取り込んだのではないの?)
マリアの質問に、老人は小首をかしげながら答えた。
(どうやら貴方たちは、この世界に招かれたようだ)
そのまま老人はマリアと話し込み、あらかたの事情を理解したようだ。
(なればワシにできることは昔語ですのう……申し遅れました。ワシのことは陰陽頭とお呼びください。未来から来た、しかも異国の人も多いようす。迂遠ながらまずはワシの時代の話をしましょう)
後に室町と呼ばれた時代。関東十国、常陸・上野・下野・上総・下総・安房・武蔵・相模・甲斐・伊豆は、室町幕府が設置した鎌倉府によって治められていた。だがその長官である鎌倉殿と補佐役の関東管領の折り合いが悪く、広くはこの両者の争いで国は乱れた。そのうえ関東管領である一族の中でも、我こそが正道と互いに譲らず抗争に明け暮れていた。この抗争が各地の国人、すなわち中小豪族も巻き込んで、関東の各地は血で血を洗う戦いが長年続いていた。つまり関東では権威が乱立し、誰が正統かも曖昧なまま、収拾のつかない状況に陥っていたのである。
この争いは人の暗部を煮出したようなもので、親が子を殺し、子が親を殺し、血を分けた兄弟などは他家の者よりよほど憎いと殺しあう。家臣は気に入らぬ同輩を挙げて「謀反を企んでいる」と君主に告げ口しては殺させ、有能な家臣を失っていった君主を、家臣が殺す。そんな世のなかでは誰もが疑心と不信に心奪われ、ひとたび戦となれば最後の一人まで殺しつくすこともあった。
(ワシはそんな時代の中、北条早雲様に仕えておりました)
陰陽頭は懐かしむように言った。
北条早雲と呼ばれた男は、妹が嫁いだ先での家督争いを治めたことをきっかけに、一城を任された。彼はそこを足掛かりに伊豆、相模を次々と平定していく。その快進撃の裏には兵学の知識もあっただろうが、常にそばで支えた六人の仲間の力が大きかった。
その六人は早雲が若かりし頃からの朋輩で、血気盛んな勢いのまま伊勢神宮で一緒になって神水を飲み「どんなことがあっても仲間を裏切らず、助け合い、志を成そう。誰かが大名となれば、残る者は一家を挙げてその者を盛り立てて国を治めよう」と誓いを立てた仲だった。その仲間は誓いの通りいち早く出世した早雲の元に集い、一枚岩となって戦ったのだった。
権威が乱立した時代において、人々が求めたのは由緒よりも、明日を守る力だった。早雲が乱世にあって支持を広げたのは、武だけでなく支配の安定を示せたからでもある。だからこそ彼のもとには、庇護を求める者、商機を求める者、旧領を失った者たちが集まっていった。
人が人を信じられぬ世にあって、なお仁と人の道を貫き、一介の武士から一国の主にまでのし上がったのが北条早雲だったのだ。
(さて、語りばかりでは退屈でしょう。ここからは、趣向を変えましょう)
陰陽頭はそういうと、さくら、マリア、アイリス、紅蘭、カンナの意識を順に探っていった。
(まずは……貴方様がよろしいでしょう。兵を率い、責を知る方とお見受けします。氏綱様の胸中も、少しは読めましょう)
言うとマリアは意識が混濁し、声をかけられる。
「氏綱様、氏綱様?」
「ああ、すまない。少し疲れているようだ」
マリアは自分が誰かの中に入っていることに気づく。
陰陽頭が状況を捕捉する。他の花組メンバーも見ていることも。
「無理もない。殿があの様子では気苦労も多かろう」
手元に身の丈ほどの大太刀を置いて胡坐をかいている男が言った。
(彼は六英雄の一人、荒武者です。名前では覚えにくいでしょうから、徒名にしておきましょう)
陰陽頭の声がした。自身の名乗りも徒名なのだろうとマリアは理解した。
「ええ、あの男が来てから。まさか六英雄の四人をお傍から外されるとは……。皆さまこそ腹立たしいことでしょう」
氏綱は早雲の嫡子ではあるが、六英雄への尊敬の念から横柄にふるまうことはない。彼の視線は、目の前で思い思いに座する男たちに向けられた。荒武者、野太刀二本を傍らに置いて正座する牙武者、直垂姿の二人と対照的に黒い小袖に裁付袴と頭巾で顔を覆った影法師、そしてゆったりとした狩衣をまとい眼鏡をかけた玄軍師。いずれも早雲の早くからの盟友であり、彼らの力があってこそ、早雲はこれまでの苦難を乗り越えてこられた。
彼らが氏綱の元に集まったのは、解任と今後について相談するためだった。
「ところで、陰陽頭殿と奇工匠殿はなぜ残されたのでしょう」
「どうも国盗りに必要な何かを用意するためらしい」
氏綱の問いに、玄軍師がかすれ声で答えた。
「国盗りなら武の力も必要でしょう。それなら皆さまを外さずとも……」
「我々がいると邪魔になるようなことをするのだろう。あの紗冥流が」
影法師が酷薄な声で呟いた。目は伏せられている。
紗冥流――ほんの半年ほど前に出仕し早雲が召し抱えた男だ。
(この男が運命の歯車を狂わせました)
陰陽頭は補足しながら、マリアたちに一人の男の姿を送り込んだ。
その男は白銀総髪の紅眼で、目と同じく紅緋に染め上げた大紋直垂姿は堂々としたものだった。目は切れ長で鼻が高く、口元にはやや皮肉めいた笑いが浮かんでいる。
(この男は!)
マリア、そして他の者も驚きの声を上げた。その男に見覚えがあったのだ。葵叉丹――大魔王サタンと、瞳の色は違うが双子と言われれば信じるだろう。
(後にこの男は、自分のことをサマエルと呼んでおりました)
陰陽頭の補足に、誰もが混乱する。
(気になることは多いけど、まずは成り行きを見守りましょう)
いち早く思考を立て直したマリアは、状況把握に努めるよう一同に声をかけた。
(せやな。他人の空似っちゅうわけやなさそうやけど)
紅蘭も同調し、再び場へと意識を戻す。花組が動揺している間にも会話は進み、紗冥流の出現と早雲の変化などのそれぞれの想いが語られていた。
「しかし奇工匠はともかく、陰陽頭は仁義に反するようなことは真向反対するだろうに……どうして紗冥流の言いなりなのか」
牙武者が声を荒げた瞬間、板の引き戸が開かれた。一同が振り向くと、ひょろりと背の高い猫背の男が部屋に入り込んできた。
「俺はともかくってか。もっともだ。ハハハハハッ」
「き、奇工匠!」
自分の言葉に笑い声をあげながら、ずかずかと車座の中に座ったのが奇工匠だった。
「紗冥流の造ろうとしているものがな、面白そうなんだよ。霊子櫨といってな、石火矢と比べ物にならん力の兵器なんだと」
奇工匠はその名の通り工匠――様々な道具を作ったり城砦を建てたりすることを得意とするのだが、冠にある“奇”は、そうしたモノづくり以外について興味がない人物である。善悪に頓着せず物を作り意見をするため、時に輪を乱す。しかし好奇心旺盛な子供がそのまま大人になったようなものだから、付き合いの長い六英雄のなかでは受け入れられていた。
「お主の性分はわかっておる。しかし殿をそそのかしておる者の言いなりなのは許せぬ」
荒武者の言葉に、奇工匠はきょとんとする。
「早雲様が受け入れてるんだからいいだろ? ああ、それよりこれだこれ」
奇工匠は意に介さず、懐から文を取り出し、手近にいた玄軍師に手渡した。
「陰陽頭からの言伝だ。俺なら怪しまれないから渡して来いってさ。じゃ、俺は戻るな」
言うなり彼は立ち上がり、他の者からの問いかけを無視して部屋を出ていった。
「相変わらず、自分の言いたいことだけ言いおって」
荒武者は顔を赤くして、床を手で打った。その間に文を読み進めていた玄軍師は、姿勢を正して氏綱に声をかけた。
「氏綱様、陰陽頭は紗冥流の企みに対抗するため残ったようです」
そして、文の詳細を語り始めた。そこに陰陽頭の声が重なる。
(ここからは話が長くなるので、手短にお話ししましょう。
このところ早雲様は他領を攻めるのに手段を選ばなくなりました。これまでは敵領土の武士に狙いを定めて倒し、降伏させるのを常道としていたのが、火攻め、水攻め、兵糧攻めなど土地やそこに住む者にも惨禍が及ぶようなことを、紗冥流の進言で受け入れるようになったのです。陰陽頭は、それは紗冥流が早雲様の意識を乗っ取っているものと見切りました。しかし同時に紗冥流の異常な呪術は陰陽頭でも対抗できませんでした。
そんななか紗冥流が進言したのが霊子櫨という兵器の開発です。土地の力をつかって、状況によっては関東十国すべてに攻撃をしかけられるような途方もない兵器です。当然、攻撃は無差別に行われるものです。ただでさえこのところの戦い方に不満のあった我らを遠ざけさせたのは、このためです。奇工匠はあの性分なので面白ければ喜んで手を貸します。陰陽頭も思うところはあったものの、紗冥流から早雲様をお助けするには、近くにいなければならない。そして霊子櫨について詳しく知り、場合によっては妨害するためにも残ることにしたのです。
陰陽頭は我々に三つの助言を残していました。
ひとつは、紗冥流を倒そうと考えてはいけない。あれは悪神の類で、人間には太刀打ちできない。そのため、奴の企みの邪魔をすることに力を注ぐこと。そして早雲様の跡継ぎである氏綱様をお守りすること。早雲様に何かあれば次に操られるのは氏綱様だからです。そしてできるなら紗冥流を倒すことはできないが、悪神であれば封じる方法もあるはず。それを探せ、と)
氏綱や六英雄は早送りの画像のように異様に早い身振り手振り、甲高く早くて聞き取れない会話を行っていたが、陰陽頭の説明が終わると元の状態に戻った。
「承知した。荒武者殿、牙武者殿、影法師殿、玄軍師殿はこのまま諸国をめぐって、紗冥流を封じる方法と霊子櫨への対抗策を探り、もしもの時に備えていただきたい。霊子櫨そのものについてはわからずとも、土地の力を利用する術への対抗策ならわかるかもしれません」
氏綱は普段の柔和な表情から一変し、何かを決意したような真剣さで言った。
「それでは氏綱様をお守りすることができませぬ。陰陽頭の言う通り、氏綱様も一緒に参りましょう」
玄軍師の提案に、氏綱はかぶりを振った。
「私はここに残らねばなりません。例え私がいなくなっても、一族の誰かが紗冥流に利用されることになりましょう。ならばそれは私が受けるべきです。それに父上を……殿を置いてはいけませんし、一族全員を逃がすことなどできませぬ」
氏綱の決意を見て取った荒武者は、頷くしかなかった。
氏綱と同調していたマリアには、氏綱の苦悩を共に味わっていた。悪神とまで評された紗冥流を相手にする不安。次期当主としての責任。父を思う子としての情。兄弟、妻、息子、娘たちを守らねばならないという決意。
マリアにとっては氏綱という名前は降魔皇と同義だった。しかしこの降魔阿頼耶識に導いた存在、そして陰陽頭との出会いは、それを覆そうとしている。自分たちが何と戦い、何を救おうとしているのかを知るための、戦いの核心に迫ろうとしているのではないか? 彼女は先の不穏さを予感しながらも立ち向かわねばと気持ちを引き締めた。
*
少し休憩をはさみましょう、と陰陽頭が言うと、場が暗転した。マリアの意識も氏綱から離れたようだ。しかし周囲に花組の姿は見えない。ただ、言葉は交わせるようだった。
「マリアさん、大丈夫ですか?」
さくらの気遣う声が聞こえる。
「大丈夫よ。氏綱の心情に引きずられるところはあったけど……それより、紗冥流は自分のことをサマエルと言ったことが気になるの」
「サマエルって?」
アイリスの素朴な疑問に、マリアは手短に答える。
「サマエルは、神の使いでありながら堕ちた存在として語られる名よ。人に禁忌の知恵を与えた悪魔、あるいは死を司る天使とも言われる。葵叉丹がサタンを名乗ったのなら、その同類と見てよいでしょうね」
「それってまずくねぇか。あやめさんの天使の力があってようやく倒せたような奴だろう?」
カンナは突然輪郭が露になった敵の姿に警戒している。
「それに霊子櫨っちゅうのは、大和で使われた霊子砲のことやな。これはえらい重要な話やで……」
紅蘭は戸惑いつつも、好奇心がうずいているようだ。
(次は、大和誕生の引き金となった事件でございます。そこに居合わせたのは、氏綱様の弟、氏時様。義侠心の強さという点では、貴方様が近い)
その言葉と共に、カンナの意識がもうろうとし始めた。
「アア、アタイか? おう、任せ――」
そのままカンナの意識は闇に落ち、マリアたちの周囲から気配が消えた。
三
「忌々しい奴らだ。味方をすれば本領を安堵しようとまで殿が仰っているというのに」
北条早雲の二男である氏時は、森の先に見える山城――深根城を見上げながら苛立たしげに吐き出した。
「領民千人も立てこもっているとのことだが、きっと彼らも殿の名声、行いは知っておろう。なれば我々の味方となろうものだ。向こうの城主は彼らを人質に取っているようなものだ」
続ける愚痴に、部下たちも何と声をかけてよいものかと沈黙していた。
(おおっ、変な感覚だな。氏時ってやつが怒ってるのが伝わってくる。もどかしさも)
カンナの言葉から氏時に同調できたことを察した陰陽頭は、状況を補足した。
(早雲様は紗冥流を右腕にしてから戦のやり方こそ荒くなりましたが、こと治世については以前のように慈しみを持っておられました。例えば伊豆に攻め入ってすぐに訪れた村里で風病が流行していることを知り、医僧を派遣して収めました。またその者たちに食べ物を与えるだけでなく、村の力が回復するまで減税することまで。この一件で、戦に明け暮れる領主、武士たちに嫌気がさしていた一帯の領民たちが、次々と早雲様に帰順していったのです。
そんな中で次なる調略の的である深根城城主は自身が城に立てこもるだけでなく、早雲の名声により離反しようとする民を留めるために城内に押し込め、攻め入れば領民を盾にして戦おうとしました。早雲様の仁徳を逆手にとった卑怯なやりように、氏時は手をこまねいていたのです)
そこに、同じく早雲の四男である幻庵がやってきた。彼の背後には、氏時にとって見るのも忌々しい男がいた。白銀総髪を風になびかせ、紅緋直垂姿の男――紗冥流は、形ばかりの笑みを浮かべて氏時を見る。
「氏時様、少し合わぬうちに一段と迫力を増されていますな。武勇については聞き及んでおります。連戦連勝、まさに北条家の武神の名にふさわしい戦いぶりと。その力、今宵も存分に振るわれましょう」
その挑発的な言葉に慌てて幻庵は氏時を宥めようとしたが、氏時は堪えた。前もって氏綱、早雲の元を去った四英雄から自重しろと耳が痛くなるほど念押しされたからだ。
(うわぁ、氏時だっけか? このおっさん、めちゃくちゃ怒ってるぜ。よく我慢できるな)
カンナの代弁に、思わずアイリスは吹き出してしまった。不穏な空気から逃れたい一心だったのかもしれない。
(やはりここでも、非道な戦いを強いられるのですか?)
さくらはアイリスがショックを受けないように、先回りして陰陽頭を問いただす。
(おっしゃる通りです。しかもこれまでの比ではありません。確かに幼子に見せるものではないでしょう)
(アイリス、子供じゃ……)
しかしアイリスの言葉は半ばに途切れた。陰陽頭が一時的にアイリスの感覚をこの場から遮断したのだろう。
(紗冥流は城主の非道な行いを先読みし、すでに内部に仲間を忍び込ませていると言いました。そして、ほどなく眠り薬で見張りも含めて眠らせ、城門を内側から開けるという作戦を伝えたのです)
陰陽頭の説明通り話は進んでいった。
「なんだ、その都合のいい話は」
氏時は本人を目の前にして遠慮なく疑いの目を向ける。紗冥流は顔色ひとつ変えずに答える。
「先の先を読むのが私の務めですから」
これまでなら玄軍師が、紗冥流のような犠牲を強いずに軍略を立てていたのだ。氏時の怒りは頂点に達しようとした。
(こいつ胡散臭いぞ。やっちまえ、氏時!)
氏時に同調しているカンナは、細かな事情も知らないというのに腹を立てている。しかし、やはり氏時は堪えた。だが、両の拳が怒りに震えているのにカンナは気づいていた。
折しもその晩は月がなく、薄い雲が星をも覆い隠す闇夜となった。各城門前に手勢を配したところ、紗冥流の言うとおりに前触れなく城門が開き、兵は音もなく入城を果たした。間髪入れずに氏時と幻庵はそれぞれが受け持つ門に、馬にまたがり乗り込む。城内は静まりかえっており、先に進むとあちこちで兵が倒れているのが見えた。
「この通り、先ほどの言葉に偽りはございません。この城のもの、全てを早雲様に捧げます。氏時様、幻庵様、さあどうぞお好きになさいませ」
紗冥流が言い終わると同時に、彼の緋色の眼が妖しく輝いた。それを正面から見た幻庵の目が、緋色に染められていった。途端に意識を失った幻庵だったが、身体はそのまま動き出した。抜刀して足下で気を失う敵兵を突くと、雄叫びを上げて城内へと押し入る。いつの間にか続く兵も瞳を緋色に輝かせている。気を失っていたのは敵兵だけでなく、囲いに閉じ込められた領民も同じであった。兵たちは乱心したまま囲いを外してそこになだれ込むと、武器も持たぬ領民までをも切りつけ始めた。
「なにをしておる!」
城内の異常に気付いて押し入った氏時が、暴れる自軍の兵に怒号をあげた。しかし誰もがそれに構わず暴虐の限りを尽くす。そこに、辺りの騒がしさと無縁であるかのように紗冥流が歩いてきた。
「紗冥流、やはり貴様は捨て置けん!」
氏時はここに居たり、紗冥流を敵と定めた。早雲が進むべき王道を、この男は覇道にして穢す者だと。氏時は馬を駆り、刃を閃かせた。が、その斬撃は空を切り、紗冥流を見失う。
(氏時、あぶねぇ)
カンナは背後に紗冥流の気配を感じ、叫ぶ。しかし氏時にそれが伝わるはずもない。
「氏時様も」
氏時が背後の声に振り返ると、間近に紗冥流の顔が浮かんでいた。緋色の眼が鬼火のように踊る。めまいを感じた氏時はそのまま気を失い、その身体は血を欲するかのように動き始めた。その手にした野太刀は目に映る者を問答無用で切り倒していく。
不可思議な術で意識を失っていた敵兵、領民たちは徐々に目覚め、自分たちに起きている事態が把握できないまま、城外へと逃げだそうとした。しかし乱心した北条兵はそれも許さず、追いかけては背中から切り倒し死体を城に引きずり戻す。深根城内は阿鼻叫喚に包まれた。
(ここからは、皆様にお見せできるものではありません)
映像は途切れた。
だが、カンナの右手には感触だけが残った。刀など握っていないはずなのに、掌が熱い。
何かを断った重さが、腕の奥にこびりついている。
(……やめろ。こんなの、お前が望んだことじゃねぇだろ……)
カンナが苦しげに呟く。
(紗冥流に惑わされた北条の兵は、城内の者をひとりとして生かしませんでした。それどころか深根城の周りにその遺体をさらしたのです。恐るべきことに、そこには兵はおろか女、子供、僧も含まれていました。
その惨状を目にした早雲様は……それまで早雲様は、戦場では紗冥流の声に惑わされながらも、日常ではかろうじて己を保っておられました。ですが、深根城の惨状を目にしたことで、その均衡は崩れました。己の仁義が、己の名のもとに踏みにじられた。その絶望こそが、紗冥流にとって最後の隙だったのでございます)
陰陽頭は悲しそうな声音で告げた。
もはや目の動きが定まらない状態で、早雲は酸鼻を極める情景のなか城へ入る。放心したように立ち尽くす見慣れた兵たち。奥へ行くと氏時と幻庵も、顔を伏せたまま呆然と立っている。そのふたりの間から、紗冥流が傲然と姿を現した。
「お前がやっていることは偽善だ。人は追い詰められれば、今日のことしか考えない獣よ。だから殺戮をくりかえし、憎しみをくりかえす。私は絶望と暗黒に震える世界をつくるためにこの地にやってきた。お前にそれを手伝わせてやろう」
(こいつ! 許さねぇ!)
カンナは絶叫する。しかし氏時はもう、心の中まで凍り付いていた。
その時、突如として大地が震えだした。
遠くで山鳴りのような音が響き渡り、早雲が引き連れた兵たちは動転した。それでも早雲を置いて行くわけにもいかず、腰を落としながら暴れる馬を宥めていた。そうしてようやく揺れが収まったときには、紗冥流の姿はどこにもなかった。
だが、早雲の周りにいた者は何が起きたのかがわかった。早雲の黒髪が白銀となり、その眼は紅く暗い輝きを灯していたのだ。しかし誰にも、何もできなかった。紗冥流に取り憑かれた早雲の言葉に、誰も抗うことができなかったのだ。
*
黒い靄に吸い込まれたさくらたちは、眼前で繰り広げられる歴史絵巻に初めこそ「降魔のルーツがわかるかもしれない」、「北条家を知ることで降魔皇への対抗策を見つけよう」と目を凝らし、耳を澄ましていた。しかし、今では陰惨極まる蛮行に言葉を失っている。
都度、陰陽頭の配慮で視界が遮られるものの、出来事自体がアイリスには刺激が強く、紅蘭もまた、幼い頃に見た燃える街の記憶を呼び起こされ、正気を保つのが精いっぱいだった。彼女たちは歴史を観ているのではなく、観せられていた。活動写真のように、視点が自由にならない。互いに呼びかけあうことで、なんとか懸命に意識と正気をつなぎ止めている。
「アイリス、歌でも歌うか? そうすりゃ気もまぎれるぞ」
カンナの気遣いに感謝しつつもアイリスは「それだと、大事なこと見逃しちゃうから」と気丈に振る舞う。呼びかけ合う
「ウチも、もう大丈夫。あんまり急やったから動揺しただけや」
紅蘭もカラ元気を見せた。
「ふたりとも、あまり細かいところに集中しないで、全体を見渡すの。役者として役に入り込むのではなく、舞台監督のように距離を保ってみて」
マリアの例えに、アイリスも紅蘭も納得したようだった。
「せめて霊力を繋げられれば、気持ちを落ち着かせることもできるのに……」
さくらが悔し気に呟く。互いに声をかけあうことはできるが、動くことはできない。霊力を高めようにも心の芯のようなものが見つからず、何もすることができない。無力感に打ちのめされるなか、北条家を襲った受難の物語は続くのだった。
四
花組の互いを思いやる姿に、陰陽頭は久しく忘れていた温かな感情を抱いていた。しかし彼が語るべき物語の核心はここからだった。花組は気づいていないようだが、彼は自身の魂を削りながらこの状況を創りあげている。降魔阿頼耶識の世界に捕らえられながらも、いつかこの状況を覆す日のためにサマエルに見つからないよう潜んでいた。かつて教えを授けた出口もそうしていることは知っていたが、共倒れになる危険性から繋がりは絶っていたのだ。後のことは出口に任せよう。陰陽頭は去来する想いを表に出すことなく、語り始めた。
(遠く深根城まで震わせたのは、武蔵、下総、上総の三国に面する海底が隆起するという、関東全体を揺るがした地殻変動によるものでした。周辺各国は、目の前にぶら下がった新天地を我がものにするため我先にと兵団を派遣しましたが、陸地は高くせり上がり、数か所ある上り坂には人の腕ほどの茨が覆い茂って先へ進むことを阻んでいました。
早雲様が当時治めていたのは、駿河、伊豆北方、相模であり、新たに生まれた陸地との接点はありませんでした。しかし紗冥流の術に導かれるように、北条一族も領民も、気づけば隆起した大地へ移されていたのです。徒歩であったのか、夢のような転移であったのか、もはや語れる者はおりませぬ。少なくとも、私の理解を超えた術でした。)
「ここは神が我らに与えたもうた、聖なる土地である。この地を関東十国の新しい国、大和と呼ぶ」
(早雲様――いえ、早雲様の姿をした紗冥流ははそう宣言すると、瞬く間に城と街、街道を築き上げました。そうして大和が国として動き始める準備が整ったところで他国からの介入を邪魔していた茨が萎れ、間髪入れず狂気に犯されたままの氏時、幻庵それぞれ率いる北条兵は飛び出して各国の防陣を攻め落とし、堅牢な関所を構えました。関所では食うことに窮した農民や漁師、商機を嗅ぎつけた商人を迎え入れ、それにより大和には人が溢れ、見る間に富み栄えました。
それは、ひとつの勢力が新たに国を興した、という程度の話ではありません。地そのものが人の手を超えた理で組み替えられ、そこに城と国境と繁栄が一挙に生まれた時点で、大和はすでに『普通の国』ではなくなっていました。紗冥流は北方の山地にある一際巨大な岩山をくり抜いた奇城を築くと、それを聖魔城と名づけました)
聖魔城。その言葉に花組は反応した。かつての大和での戦いの中心は聖魔城であった。そこで仲間がひとり、またひとりと命を落としたのだ。ミカエルによる救済がなければ、そこで物語は終わっていただろう。複雑な気持ちを抱えつつ、皆は陰陽頭の言葉に耳を傾けていた。
(飛ぶ鳥を落とす勢いの早雲が旧関東十国すべてを手にすることも容易いと思われ、周辺諸国は大いに警戒しました。しかし紗冥流は大和の国境を兵で守るのみで領土の拡大には乗り出さず、私と部下の陰陽師、そして奇工匠を集め、本格的に霊子櫨の開発を指示したのです)
(霊子櫨……やっとそこまできたんやな)
紅蘭の声には、恐怖と好奇心が混じっていた。
(けど、おかしいで。兵器を作るだけなら、なんで国ごと作る必要があるんや)
(その通りでございます。大和は、国である前に霊子櫨を動かすための器でした。ですが、その全容を語る前に、少し寄り道をいたしましょう。早雲様の最期についてでございます。
次は、破邪の血を持つとお見受けします貴方様がよろしいでしょう。きっと血統ゆえに背負われているものも多いのではないでしょうか。なれば芳春様の耐えたものを受け止めていただけるかと存じます)
陰陽頭が指名したのは、さくらだった。
(わたしが……芳春さんを)
さくらが答えるより早く、闇が揺れた。
*
「芳春様、聖魔城よりお迎えが参っております」
聞こえた声に、さくらは目を開けた。いや、目を開けたのは自分ではない。さくらは今、北条氏綱の娘、芳春の内にいた。そして、芳春の動揺も同じように感じていた。
(芳春様は聖魔城への立ち入りを禁じられておりました。といいますか、氏綱様、氏時様、幻庵様のご子息はひとりずつ聖魔城へと招かれていました。しかしどなたも間を置かずに命を落とされていました。つまり、芳春様の順番が回ってきた、ということです)
陰陽頭の説明の間に、芳春は聖魔城へと案内されていた。通されたのは、聖魔城では珍しく畳で覆われた一室だった。襖を背後に三方が妖しく輝く紫水晶でできた壁に囲まれている。中央に座しているのは久しぶりに顔を合わせた祖父、早雲だ。その身は痩せ細っていたが、身体から放たれる異様な気配は薄れるどころか益々濃くなっている。双眸は緋色に光り、白く顎髭を垂らした口元は邪悪な笑みを浮かべている。
「殿、お久しゅうございます」
慌てて芳春は膝をおろし、手を突いて頭を垂れた。
芳春……氏綱の娘か。男の方が都合よいのだが、聖魔城の力に耐えられずみんな死んでしまっては仕方ない。まあ、この儀式が失敗したときの仮の依り代とするには充分か」
老人とは思えない瑞々しい声で、早雲は話し出した。が、それは芳春への言葉ではなく、独り言であった。芳春はその様子におびえながら、早雲を見上げる。
「おい、女……いや、芳春。ワシの魂はこれから息子、氏綱の身体に宿って一族の繁栄を見守る。ただ、しばらくは氏綱の身体が不自由であろうから、その世話をせよ」
そこで、初めて芳春は早雲の背後の壁の異物を認めた。それは紫水晶の壁に埋め込まれた父、氏綱の姿だった。氏綱は半目を開けてこちらを見ている。しかしそこからは何の感情も読み取れない。
「父上!」
芳春は駆け寄ろうと身体に力を入れたが、なぜかその場から動けなかった。
「ええい、静かにしろ」
早雲が言うと、芳春は喉が張り付いたように声が出せなくなった。膝をついて硬直した芳春の眼前で、早雲は緋色の目を閉じた。途端に早雲を包んでいた気配が薄れ、背後の氏綱へと流れ込んでいく。それとともに氏綱の眼が見開かれていき、その黒い瞳を緋色に変じていった。芳春に受け継がれたその艶やかな黒髪も、白銀と化していく。氏綱から黒い靄があふれ出すと、紫水晶の壁から身体が抜け出して宙に浮かび上がり、ゆっくりと畳の上に敷かれた夜具に横たわった。氏綱は初めからそこで眠っていたかのように、静かに寝息を立てている。
体の自由を取り戻したことに気づいた芳春は、倒れこんできた早雲の身体を支えた。氏綱の様子も気になるが、咳ごむ早雲の身も心配だ。
「殿、大丈夫ですか、殿!」
身体を支えつつ背中をさする。女の身でも支えられるほど、早雲の身体は軽かった。咳が収まったところで、早雲は芳春に話しかけた。
「おお、芳春。いつのまにか随分と大きくなったものだ」
その声は先ほどまでの瑞々しさとはうって変わってしゃがれていたが、芳春を温かく包み込んだ。驚いて目を向けると早雲の目から禍々しい紅い輝きが失せ、なじみ深い黒に戻っていた。
「殿、やはり何者かに操られていたのですね」
「うむ。紗冥流と名乗る男、彼奴は悪魔じゃ。悪魔の王じゃ。これより四百年ほど後にこの地に訪れる仲間のために、この地を我がものとし、悪心に染め上げた人々の力を吸い上げようとしておる」
そこまで一気に話すと、早雲は何度か咳払いした。
「芳春よ、右筆の出口はまだ生きておるか」
「はい、この城……聖魔城に殿が籠もられてから沙汰もなく、屋敷で運び込んだ書物の整理をしております」
「ではこれから話すことを出口に伝えてくれ。そしてそれを書物にし、周囲の国に伝えてほしい」
再び早雲は咳をする。口元を押さえる手から、赤黒い血がこぼれ出す。
「殿、まずはお休みになってください!」
芳春は気も狂わんばかりに早雲を抱きしめる。ようやく昔の姿に戻った祖父が、死の淵に居る。父は紗冥流に取り憑かれ、叔父は血を帯びている。兄、従弟はすべてこの世を去り、もはや残るは妹たちだけ。その絶望に、さくらも哀しみを抑えられない。
(陰陽頭さん、何とかできないのですか)
これは過去の出来事をなぞっただけのもの。そうと頭では理解しつつも、さくらは芳春の絶望、そして妹たちを守らなければという想いに胸をかき乱された。しかし陰陽頭は答えない。いや、応える言葉がない。そんな中、早雲は芳春の手を取り、言葉を続けた。
「かまわん、ワシはもうじき死ぬ。だから紗冥流はワシの身体から出て、氏綱へ取り憑いている。紗冥流が氏綱の身体で目覚めるまでのわずかな時間が、彼奴を出し抜くための最後の機会なのだ」
そう言うと、早雲は紗冥流の……悪魔の計画を芳春に語った。
この大和の地で魔の力を呼び出し、蓄えること。
その力で周囲の国々を攻撃し、土地に呪いを与えて地に満ちる精霊たちを殺し尽くすこと。
そうしてこの地を悪魔のものとし、四百余年後に訪れる仲間に分け与えること。
「もはや彼奴の企みを防ぐことは難しいだろう。ましてや討ち取ることは不可能。だからどうか紗冥流が魔の力を呼び出すまでに、この地を封印してほしい」
そこまで話すと、早雲は言葉を止めた。息が荒い。芳春は慎重に早雲を畳の上に横たわらせ、血で汚れた口もとを着物の袖で拭く。少し呼吸が落ち着いたところで、早雲はうっすらと目を開け、芳春を見ながら口を動かした。声音が弱く、慌てて芳春は早雲の口元に耳をやる。
「枯るる樹に また花の木を植ゑそへて
もとの都に なしてこそみめ」
枯れてゆく木のそばに、また花の木を植え添えて、もとの都に戻してみせよう。
そして、それが北条早雲の最期の言葉となった。
早雲は最後まで、滅びではなく再生を願っていた。その願いを、希望として孫娘に託した。
さくらは、芳春の胸の奥で何かが折れる音を聞いた気がした。けれど芳春は泣き崩れなかった。託された思いが、かろうじて彼女を支えていた。祖父の亡骸を抱えたまま、父の姿をした悪魔が目覚めるのを待っている。泣くことさえ、今は許されないのだ。
(芳春さん……)
さくらは、芳春に託されたものの重さを彼女と共有していた。だから分かった。それは、ある意味で呪いだった。生き方を決められたのだ。しかし一方で、それは芳春自身の想いとも重なっている。妹たちを守り、北条家に端を発した禍を押しとどめる。拒みたいのに、拒めない。逃げたいのに、逃げることが自分を裏切ることになる。
さくらは、自分が真宮寺家の跡取りとして、そして破邪の血を持つ者として、命を捧げよと迫られた日のことを思い出した。そこに迷いはないはずだった。けれど、本能はそれを望んではいなかった。
大神が、花組の皆が支えてくれたから、新たな道が拓かれた。自分はこうして今も生きている。
だが、芳春は……。
すでに大和封印の結末を知るさくらは、芳春が迎える残酷な結末までも胸に抱え、我知らずうめき声をあげていた。
*
(さて、大和封印に至る、欠けていた最後の一片へと話を移しましょう。そう、霊子櫨です)
(霊子櫨のことなら奇工匠。ウチの出番か?)
紅蘭は食い気味に陰陽頭に声をかける。マリア、カンナ、さくらは、言葉にはしないものの疲弊していることが感じられた。一刻も早く核心を知り、この苦しみに満ちた時間を終わらせたい一心だった。しかし陰陽頭はやんわりと否定した。
(奇工匠の話には、霊子櫨の完成に至った経緯が外せません。今しばらくお待ちください。
さて霊子櫨の構造そのものの設営は順調に進みましたが、実は肝心のところが詰められていませんでした。最も重要な、霊力を霊子櫨の動力源として取り込む機構が難航していたのです。その実現の方向性が、練り上げられた術式か、精緻な絡繰かすらも定まらず、関係者は途方に暮れていました。奇工匠もそうしたものにはうとく、私も陰陽師としての知識はそれなりのものと自負していましたが、そのような術は古今東西存在していなかったのです。
その突破口となったのは、陰陽師たちが大和国内で行っていた霊能力者の捜索でした。霊能力はその発現方法や能力に規則性がなく、時に時代の技術を根底からひっくり返すようなものがありました。それを見つけて研究し、技術に転換することで国力を上げることを目的として行われた捜索でした。ところがそこで見いだされた者のなかに周囲の精神的な力を吸い込み、霊力へと変える力を持つ者が居たのです。しかも関係者にとって都合のよいことに、そのそばに居る者もまた希有な能力の持ち主でした。人の精神に入り込み、時にそれを操り、時に破壊する力。その発見は霊子櫨関係者を歓喜させました。が、私は頭を抱えました。
その適合者こそ、崎姫様と千夜様――芳春様の双子の妹だったのです)
*
(幼い時に霊力に目醒め、その力に翻弄されるふたりを見るのは貴方様が相応しい……しかし悲劇というにはあまりにも辛い現実。もはやここは語るだけでよいでしょう)
その陰陽頭の心配りに、否と答えた者が居た。アイリスである。陰陽頭の語り口から、それは自分のことだと理解したのである。
(アイリスが二人の中に入る!)
(しかし……)
(おいアイリス、無理しなくてもいいんだぞ。アタイたちは昔に何があったのかがわかればいいんだから)
難色を示す陰陽頭、説得しようとするカンナ。だが、アイリスは譲らなかった。
(この話は本当にあったことでしょ? それにみんな降魔になってる。アイリスたちはこの先、この人たちと闘わないといけない……だからちゃんと知っておきたいの)
(アイリス、あなたの言っていることは正しいわ。それにとても純粋な気持ちということもわかる。だからといって、無理に相手を理解する必要はない。今の私たちは、降魔と共存する道を持っていないのだから)
マリアの言葉に、アイリスは咄嗟に返すことができなかった。しかし意外なことに、助け船を出したのは紅蘭だった。
(マリアはん、アイリスの好きにさせたらええんちゃうか)
(紅蘭、あなた……)
(知ったら知るだけ、悩みは多くなる。それでも悩まないために知ることを止めるのはちゃうで。そりゃあ子供にさせる話やないのもわかるけど、アイリスはもう立派に戦ってる。それに、もう因縁が多すぎて今更やで)
(アイリス、子供じゃないもん!)
最後の落ちは不要だったが、最終的に皆も納得せざるを得なかった。
(アイリス、辛くなったら無理はしないでね。それだけ約束よ)
さくらが一同の気持ちを代弁し、アイリスを送り出すことになったのだった。
*
崎姫と千夜が陰陽師たちに案内されたのは、聖魔城の中ほどにある対面所――謁見の間だった。二人が聖魔城に入るのははじめてのことで、臆病な気質の千夜はもちろん、勝気な崎姫も城内の昏く冷えた空気に恐れを抱いた。岩を穿った城とはいえ部屋には板が敷き詰められており、二人は用意されていた絹の座布団の上に正座しているが、半刻は放置されている。元々離れて置かれていた座布団の通りに座っていたが、その頃には二人はそれを動かし、互いに身を寄せ合っていた。
「崎姫……」
元来臆病な千夜は崎姫の胸元に顔を押し当て、震えている。崎姫は彼女の、左右に髪を結わえて垂らした頭を撫でてやる。
「大丈夫じゃ、千夜。大丈夫……」
口では言いつつも、崎姫も先ほどまでの扱いに恐れを抱いていた。
そのふたりと同調しているアイリスは、胸が苦しくなった。アイリスは同調したことでおおよそ何が起きたのかを把握したが、他のメンバーへの補足だろう。陰陽頭が話し始めた。
(お二人は霊力者探しの陰陽師により、霊力を見出されました。普通は霊力を目醒めさせるなら、修行を行います。ただ危機的な状況に陥ることで、霊力が顕現することもあります。陰陽師は後者を取りました。言い訳ですが……彼らは部下ではありましたが、ワシは表向き紗冥流に服従を見せていたのでそうした行いを止めることはできなかったのです。崎姫様、千夜様は陰陽師から強い霊力を受ける苦しみの中で、自らを守るために霊力を呼び起こしたのです。
そこからはどのような特質の霊力を持っているのかを、ただただ試されていきます。物を動かしたり、自然を操ったり、あるいは霊力を武器としたり結界としたり……おふたりはそのいずれも扱うことができず、ただ霊力をもつだけで特質はないと判断されようとしていました。しかし……)
陰陽頭の言葉を、アイリスが哀し気に引き継いだ。
(崎姫は自分がお姉ちゃんだから、千夜よりも目立とうとして霊力を使いすぎて倒れたの。それを見た千夜が崎姫を抱きしめると、千夜は無意識に崎姫に霊力を移すことができてしまったの。それを見た陰陽師は何度も何度も崎姫に霊力を使わせて、千夜にそれを繰り返させたの……)
泣き声になるのを踏みとどまり、アイリスは深呼吸して続けた。
(疲れ果てたふたりは同じ布団で寝てたんだけど、うなされる千夜を抱いていた崎姫から霊力が千夜に流れたわ。それは悪夢を見ている千夜に、楽しかったころの思い出――氏綱、芳春と共に浄心が誕生したことを喜んでいた記憶を再現させたの。観察を続けていた陰陽師がそれに気づいて、今度は崎姫の術を調べるのに何度も何度も霊力を使わせた)
アイリスは特別強い感受性から、崎姫と千夜に行われた過酷な扱いを感じ取っていた。彼女たちが感じていた恐怖、苦しみ、悲しみを受け止めていた。
(もう、充分でございます)
陰陽頭の言葉で、アイリスは二人との同調が切られた。いつもなら駆け寄って介抱するところだが、さくらたちは実体を持たない意識だけの状態。心配の声、励ましの声をかけるのが精いっぱいだった。
(レニも、こんなことされてたのかな……)
アイリスがそう言ったのは、孤児だったレニがヴァックストゥーム計画という霊力者を集めた非人道的な実験と訓練を受けた話を思い出したからだった。そして、ここにレニが居なくてよかったとも思った。崎姫と千夜の立場に近いのは、むしろレニだった。陰陽頭は無理に見せようとはしなかったろうが、それでもレニなら必要と思えば自分のことは後回しにしたに違いない。そう思うと、さらに胸が苦しくなった。
(陰陽頭さん、続けて。アイリスは後から聞くから……)
(崎姫様と千夜様の苦しみを受け止めてくださり、感謝いたします。しばしお休みくだされ)
陰陽頭はそう言うと、アイリスの意識を睡眠に近い状態へ導いた。
(こうしてお二人は霊力と術を無理やり高められました。そうして一定の成果が見込まれたところで、その力を試すことになりました。試す相手は……芳春様でした)
『芳春、面白いものを見せてやろう。地下の丑の間に来い』
芳春の痛む頭に紗冥流の声が響いた。念話と言うらしいが、いつまで経っても慣れることができない。芳春の返事も待たずに念話を切られ、芳春は痛む頭を押さえながらすぐに支度を整えた。連れ去られた崎姫、千夜。そして紗冥流が霊力実験をするときに好んで使う丑の間。掻き立てられる不安を必死で押し殺し、芳春は聖魔城に向かった。
動揺を悟られぬよう扉の前で呼吸を整えて入った芳春を出迎えたのは、上機嫌の千夜だった。左右に結わえた豊かな黒髪を弾ませながら近づいてくる。
「芳春姉様、お越しくださったのね」
歳の割に幼い顔つきの妹は、芳春の手を取ると強引に部屋の中へと導いた。部屋には崎姫が座っているだけで、呼び出した紗冥流本人の姿が見えない。不審に思いながらも芳春は千夜に引かれるにまかせて崎姫の隣に腰を下ろした。
「芳春姉様、遅いよ」
不満顔で崎姫が言う。千夜と崎姫は双子である。千夜が姉にあたるが、面差しは似ていない。しかも千夜の爛漫な振る舞いと幼顔、対する崎姫の三白眼で圧の強い態度から姉妹が逆に思われることが多い。その態度がいつもと変わらないことから、安堵した芳春はにこやかに声をかける。
「あなたたちが陰陽師たちに連れて行かれたと聞いて、心配したのですよ」
芳春の言葉に、崎姫が朱い小袖を口元に当ててかすかに笑う。
「心配だなんて……こんなに素敵な力に目覚めたのだから喜んでほしいくらいだわ」
崎姫は目を細めると、膝立ちになって芳春の耳元に小さな唇を近づけた。
「さあ、芳春姉様が苦しむところを見せてちょうだい」
それに千夜も同じように崎姫の反対に立ち、わずかに頬を上気させて話しかける。
「その苦しみを、紗冥流様のお力に変えるの」
「――!」
両腕を双子姉妹に絡め取られるが、振りほどくこともできずに芳春が狼狽えていると、双子の姿が徐々に変化していった。千夜は髪の色を銀色に変え、左右のこめかみから細長い角を生やした。そしてその背に、薄い翅のような銀の影が揺れたように見えた。
対する崎姫は金色の髪を振り乱し、眉間から太い一本角を伸ばしていく。彼女の周囲では、羽虫の羽音にも似た霊気が震えていた。
ふたりの笑う口元からは、獣のように上下の犬歯が存在を主張していた。
「ああ、ああ……」
その変化を目にして芳春の心臓が早鐘を打つ。遅かったのだ。ふたりはすでに人ではなくなっているのか、あの紗冥流のように。芳春は目の前が闇に染まるのを感じながら、北条家に降りかかった災難を呪った。
枯れ木のように痩せ細って死んだ祖父、緋色の眼を輝かせて嗤う父、城に戻るたびに血生臭い匂いを漂わせる無表情な叔父たち、そして頭に角を生やす双子の妹……そこまで頭をよぎったところで、まだ幼い浄心の無垢な笑顔が思い起こされた。そこで芳春は、世を恨むのをかろうじて踏みとどまった。しかし、生気を吸われたような脱力感のまま、その場に倒れ込む。
と、頭上から拍手が聞こえた。首を捻るようにして見上げると氏綱、いや紗冥流の姿が見えた。彼の目の前には、小さな黒い靄が漂っている。
「素晴らしい、実験は成功だ」
芳春は言葉の意味をはかりかねつつ、部屋を見回した。先ほどまで自分の両腕に取り付いていたはずの姉妹は、少し離れたところに肩を寄せ合って座っている。ふたりとも目は開いているが、生気が感じられない。
「芳春、覚えているか? お前は部屋に入った途端、そこに倒れ込んだのだ。崎姫が生み出した、負の感情を刺激する空気に感応してな。そうしてお前が何を想像したかは知らんが、負の感情を一気に膨らませたのだ」
いつになく饒舌な紗冥流の言葉を、芳春は遠い世界の出来事のように聞いていた。
「その感情を千夜が吸い込み、霊力を生み出したのだ。だいぶ妖力に近い色味だな」
再び紗冥流が嗤う。
「双子の霊能力は陰陽師たちに観察させておる。これを術式化させれば、霊子櫨の完成は間もなくだ。ああ心配するな。そやつらは、わたしが霊能力を無理矢理引っ張り出した反動で放心しているだけだ。半年もすれば元に戻るだろうよ。まあその頃にはお前たちは魔の力の祝福で魔物と化しているだろうが」
その後、芳春はどのようにして屋敷に戻ったのか記憶がなく、出口二郎に介抱されたところで我に返った。
(この出口という男は北条家の祐筆――手紙・命令書・記録・証文などを、主君や組織に代わって書くことを役目としていました。ただ縁あってワシは彼に陰陽術を教えていました。部下の陰陽師たちは皆、紗冥流に心酔するよう操られていたので、せめて信を置ける者を一人でも残したかったのです。芳春様とは早雲様の遺言を伝えたことが縁で、身動きがとりにくい芳春の願いや頼みごとを請け負っていたようです。そこでワシは出口を通じで芳春様と連絡を取り、今後のことについて密かに相談していたのです)
陰陽頭が語る間、出口は芳春を甲斐甲斐しく世話していた。ようやく正気に戻った芳春に、出口は絞り出すような声で伝えた。
「もはや霊子櫨による災厄は止められません。せめてこの地を封印し、四百年後に訪れる災厄への警告を残すほか、我々にできることはないでしょう」
出口は珍しく直接的な表現を口にした。いつもは周囲にいるであろう監視を意識して、こうしたやり取りは極力避けていた。しかしそうしなければ今の芳春の頭に響かない、と考えたのだ。芳春は目を閉じ、己が使命を思い起こした。
「そうですね。災厄への警告はあなたに任せます。私は彼奴を出し抜く準備を進め、この地の封印に全力を尽くします」
芳春はそれだけ言うと、疲れ切って再び意識を失った。闇に落ちそうな自分を踏み留めてくれた、幼い妹である浄心の笑顔を思い出しながら。
*
「なんでや。なんでこないに酷いことになるんや」
芳春に降りかかる数々の災難に、紅蘭は声を震わせた。
「アタイたちが戦ってるのは、この北条の一族なんだよな。なんか……複雑な気分だ」
「はい。幻庵も崎姫も、わたしが戦った時とはあまりに違いすぎて……」
「みんな、まずは最後まで見届けましょう。同情するためではない。救えるものと、止めなければならないものを見分けるために」
カンナとさくらの迷いを感じて、マリアは優しく声をかけた。それは自分自身に言い聞かせるための言葉でもあった。
五
(こうして、ついに霊子櫨が完成しました。
霊子櫨は、領民には関東十国を中心とした血を血で洗う戦乱の世を収めるための兵器と漏れ伝わっていました。紗冥流は領内で栽培された葡萄から大量に葡萄酒を造っており、それを振る舞い完成の祝祭を開きました。一方で北条一族は地下に設えた霊子櫨に集められていました)
暗い洞窟の中だが砲身の向けられた先に大きな穴が空けられており、そこから射し込んだ朝日を受けた霊子櫨が金色に輝いていた。その前面に半円を描くように畳床几――折り畳みの椅子――が並べられ、上を向いた砲身を見上げる位置には氏綱――紗冥流が、彼の左手には氏時、幻庵が座り、右手には浄心を膝に抱えた芳春、崎姫、千夜が並んでいる。芳春と浄心以外は皆、放心したように足元に目を向けている。
百八人の陰陽師たちが北条一族と霊子櫨を中心に円陣を組み、座していた。十名ほどの技師たちが、霊子櫨の周囲を慌ただしく駆けている。奇工匠は技師に細かな指示を出していたが、ようやく準備が整ったのか霊子櫨の傍に技師たちを座らせた。
(陰陽頭はん、霊子櫨が完成したんやろ。そろそろ早よウチを奇工匠に同調させぇな)
紅蘭が不満げに口をはさんだ。霊子櫨の構造、機能を知ることは重要事項だった。もちろん彼女ならではの知的好奇心がうずいていることも間違いないが。
(では奇工匠とお繋しましょう。あと、心苦しいですが貴方様には再び芳春様と同調いただきたく)
紅蘭とさくらはその言葉を受け入れた。紅蘭は奇工匠へ、さくらは芳春へと意識を重ねる。丁度そこで奇工匠が声を張り上げた。
「皆さん、これまでのご尽力、ありがとうございます。この霊子櫨は土地から霊力を吸い上げることで力を蓄え、火石矢など足元にも及ばない威力の霊力の矢を放つことができます。神の怒りの如き力を放つ。これから行うは放神の儀にございます。フフッ、フフフフッ」
紅蘭は奇工匠の語りを聞きつつ、彼の意識から霊子櫨の情報を調べようとした。しかし彼の記憶にはいりこもうとするところで、何かの力に遮られる。
「しかし霊子櫨が真の力を発揮するのは、人の霊力です。そのためにこの櫨には、千夜様の術を用いて人からにじみ出る霊力をも取り込むことができるようになりました」
そこで奇工匠は言葉を切り、紗冥流へと目を向けた。
とはいえ、霊力を持つ人間はわずか。そのため百八人の陰陽師の力を結集し、霊子櫨に注ぎ込んでいただきたい。そこで氏綱様のお手を煩わせますが……」
「口上はそのくらいでよい」
紗冥流は奇工匠の言葉を遮り、立ち上がった。そして何事かつぶやき、霊子櫨の真上に小さな黒い球を生み出す。それは、見た目にはわかりにくいが実際には穴であった。穴の先は見通せない。その穴は陶器を砕くような音を響かせながら、徐々に大きさを増していく。
「さあ霊子櫨よ、我の力を呼び水にして目覚めるのだ!」
紗冥流の言葉に呼応するように、虚空の穴から墨汁のようなものが霊子櫨に滴り落ちた。それは徐々に量を増し、やがて滝のような勢いで砲身に降り注いだ。が、それは飛び散ることなく霊子櫨を黒く染め上げ、染みこんでいく。芳春は隣で震える浄心を後ろから抱きしめた。浄心は虚空の穴から目が離せない。
どれだけの時間が経ったのか、突然虚空の穴は姿を消した。
紗冥流がうなずくと、陰陽頭が何かを唱え始める。その呪言がゆっくりと止まると、それを合図に陰陽師たちが経のような歌のようなものを浪々と唱え始める。すると霊子櫨が震え始めた。しばらくすると陰陽師たちの身体から霊力が滲みだし、霊子櫨に向かって伸びていった。その霊力の糸の束が徐々に太さを増していく。
「三分が一!」
霊子櫨の基部にいた技師が叫んだ。その言葉に氏綱は満足そうにうなずく。陰陽師は霊力のすべてを注ぎ込もうと呪文を強めていく。先ほどよりも早いタイミングで技師が声を上げた。
「三分が二!」
いよいよ悲願が成就される悦びに満たされていた紗冥流は、その瞬間に起きたことが理解できなかった。
(あかん、なにもできへんのか!)
紅蘭は今しも殺戮の光を放とうとしている霊子櫨を前に、悲痛な叫びをあげた。それに奇工匠の奇矯な笑い声が重なる。
「ヒャハハハハッ、仕上げだ、出口ぃ!」
奇工匠が両手をあげた途端、霊子櫨の基部に居た出口の操作により、上部を向いていた砲身が支えを失った。
砲身は重力のままに下に傾き、紗冥流を正面に据えた。
(そういうことやったんか)
紅蘭は奇工匠の記憶を守る壁が消えたことで、何が起きたのかをようやく理解することができた。奇工匠は陰陽頭と同じく、紗冥流に従ったふりをしていただけだった。技術に対して善悪に頓着しない振る舞いは、どうやっても技術は使い手の意志で決まることに対する諦観だったのだ。だから彼は何でも作る。最初から危険とわかっているものも、希望につながることはあるからだ。
(奇工匠は、自分が道化と見られていることを利用して、紗冥流に疑われんようにしてた……。ここにきて、ようやっと本心を見せたんやな)
紅蘭は奇工匠の技術に対する想いに心打たれた。それは自分自身が抱いていた悩みでもあり、乗り越えたものだからだ。光武は兵器。今は降魔を相手にしているが、その力を人に向けることは容易い。それでも目の前の災厄から人々を守るためには必要な技術だ。それを悪用させないために出来ることも、自分の責務だと思う。それに最初から技術を悪用する者たち――京極が降魔に機械を融合させたり、パトリックが降魔の力でヤフキエルを動かし、その力で人々を支配しようとするような輩にも対抗しなければならないのだ。紅蘭の胸が熱くなるなか、陰陽頭が語りだした。
(奇工匠は、最初から霊子櫨が人には過ぎた力であることを懸念していました。人前での奇矯なふるまいは人と話すのが苦手な自分を奮い立たせすぎた結果で、落ち着かせれば普通に話すことができるのです。といっても六英雄のなかでもワシとしか話はできませんでしたが……。
話を戻しましょう。
ワシは紗冥流が現れたとき、その力が強大すぎて、太刀打ちできないと早々に見切りました。あれは悪神です。生半可な力では倒すことはできない。外部の伝手を頼ろうにも関東十国は荒れに荒れており、実力者の協力を得ることが難しい状況でした。そこで悩むワシに、奇工匠が話を持ち掛けてきたのです。いざとなれば霊子櫨で紗冥流を討てばいい。そのための準備と流れを考えるのがワシの役割だ、と。そのため、この場には仕掛けをしていました。霊子櫨の砲身は奇工匠が、その砲身の先に紗冥流の席を用意したのはワシ。そしてほかの一族の席にはもう一つ仕掛けをしていました。そして万が一、霊子櫨で紗冥流を討てなかった場合の策も……)
密かに唱えていた陰陽頭の呪文、その最後の一句が読み上げられる。それとともに霊子櫨からまばゆい光が閃き、紗冥流の全身を貫き、そのまま背後の岩壁までも穿った。地下空間が轟音と地響きと粉塵に満ちる。咳込む浄心の口元をおおいながら、芳春は紗冥流が居た辺りに目を走らせた。不安と期待が入り交じった表情が、数瞬の後に青ざめる。
「おのれぇ、人間ごときが我を謀るかぁ」
そこには、紅緋に染め上げた大紋直垂姿の男が浮かんでいた。表情は怒気で満たされ顔色は赤黒い。緋色の両眼は鬼火のごとく揺らめいている。
(しかし残念ながら霊子櫨の力だけでは、紗冥流を倒すことは出来ませんでした。しかし氏綱様から引きはがすことはできました。もう一押しあればいける、そのための策をワシは用意していました……ただ、それは人倫にもとる行い。ワシは出口を通じて芳春様に、酷いお願いをしていたのでございます)
目の前に浮かぶ紗冥流の実体に芳春は悔しさに顔を歪ませつつも、怨敵に向かって迷うことなく駆けだした。懐から護符を貼った短刀を取り出す。
視線の先、紗冥流の足下には氏綱の身体が倒れていることがわかった。そして短刀から護符を剥がすと、陰陽頭が新たに紡いだ呪文によって、隠していた霊力が刀身からあふれ出した。その霊力に感応して、氏時、幻庵、崎姫、千夜、浄心の足下に隠されていた霊符が作動し、それぞれの周囲に強力な結界が張られる。浄心以外は結界により、身体に染みこんだ紗冥流の妖力が剥がれる痛みで気を失ってその場に倒れた。幼い浄心には何がおきたかわからず、その場にへたり込んでいる。
あちこちで状況が変わるなか、出口は陰陽頭とは別の呪文を唱え終え、懐の珠を取り出して紗冥流に向かって投げつけた。紗冥流は向かってくる芳春の霊力が脅威でないことを見切るとその突進を無視し、飛んでくる珠に気を向けた。珠に向かって紗冥流が妖力を放つと、それが触れるや否や珠がはじけ、紗冥流を包む結界と化した。芳春はそれに構わず氏綱の元に駆け寄る。
(だめ、芳春さん……!)
さくらは叫んだつもりだった。けれど声は届かない。当の芳春は、氏綱の元にたどり着くと、ためらいなくその胸に短刀を突き刺した。芳春は刃が肉に食い込むおぞましい感触に耐えながら、身体ごと短刀を氏綱の心臓に押し込む。さくらにできるのは、芳春の覚悟と、刃が肉を裂く感触を、ただ同じ魂の奥で受け止めることだけだった。
「お許しください父上。ここに護符をおいては、紗冥流に気づかれる恐れがあったのです」
父の耳元に小さくつぶやくと、芳春は短刀を引き抜いた。
(ああ……)
さくらはもはや言葉も出ない。芳春は父をその手で刺した。しかし事はそれだけでは済まなかった。彼女は次いで短刀を逆手に持ち替え、自らの胸に突き立てる。刺さりきらない分を、地面に倒れ込む衝撃で埋める。その光景から目を逸らさず、出口は結界に捕らわれた紗冥流に向かって叫んだ。
「紗冥流、知っているぞ! お前は長く北条の血に馴染みすぎたせいで、他の人間の身体に潜ることができなくなっているんだろう! だが、これでお前の逃げ場はない。さあ、魔界へ還るがいい!」
その言葉に紗冥流は怒りの叫びを上げ、妖力を迸らせて結界を破壊した。が、そこで力尽きたようで、結界の欠片ごと地に落ちた。陰陽頭と出口は油断なく紗冥流を見据え、近づく。しかし、注意すべきはそちらではなかった。
『浄心よ……このままではお前の父と姉は死ぬぞ』
結界内で放心していた浄心の正面から、紗冥流の声がした。
「……え?」
まだ幼いため、北条家にまつわる不運を教えられずにいた浄心には、何が何だかわからない。
『だが今なら、お前が父と姉の元へ駆け寄ってやれば、助かるぞ』
浄心の目には紗冥流の邪悪さも、霊子櫨の脅威も写っていない。ただ、父と姉が息絶えようとしていることしかわからなかった。浄心は力が入らない足を無理矢理に立たせ、一歩、一歩と進んだ。そうしてその幼い身体が結界から出た瞬間を狙って、紗冥流は自身の魂魄を浄心に飛ばした。
「まさかっ!」
その気配で、ようやく出口は自分の失敗に気づいた。が、もう遅い。
浄心の表情から恐怖が消え、代わりに幼顔には馴染まぬ嘲笑が浮かんだ。そのまま指を鳴らすと、離れた氏綱、芳春のそばに身体が瞬時に移動した。膝を突いてふたりの身体にそれぞれに両の手をかざし、尽きかけていた命の灯火を燃え上がらせる。そうして紗冥流は、浄心から氏綱の身体へと再び自身の魂魄を戻した。氏綱は何事もなかったかのように立ち上がり、呆然して立ち尽くす陰陽頭と出口を見て笑い声を上げた。
「お前たちが何かを企んでいるのは知っていた。それも余興と思っていたが流石に油断が過ぎたようだ。しかし惜しかったな。傷ついた私では、死にかけの氏綱や芳春の身体には移れば共倒れになるところだった。浄心に取り憑いたところで、お前たちと戦うには心許なかったのも事実だ。だが、氏綱、芳春を癒やすには充分だ。浄心よ、お前の親を、姉を想う気持ちがその命を救ったのだ。喜ぶがいい」
皮肉に満ちた笑いを地下にこだまさせ、紗冥流は再び氏綱の身体を操り始めた。浄心は身を震わせながら、自分が不用意に結界を出たことで取り返しが付かないことになったのだと、幼心に悟っていた。
「さて、お前たちは霊子櫨に霊力がなくなったことで時間稼ぎができたと思っているだろうが……」
紗冥流は言いながら、妖力で霊子櫨の砲身を元の位置に戻し、固定した。そして地下の天井に、聖魔城付近で倒れている領民の姿を投影させた。それを眺めながら高らかに自らの悪業を披露する。
「葡萄酒は、殺人、姦通、姦淫、偽誓、盗みといった堕落の源である。神の園に現れた人の男にこの味を覚えさせ、神を裏切らせたのは私、サマエルの計略よ。あの時と同じように、お前たちも負の感情を巻き散らすがよい。そして霊子櫨を動かす力となるのだ!」
その言葉に弾かれるように、葡萄酒を呑んでいた大人たちは暴れ出した。かつて深根城で暴虐の限りを尽くした兵と、その様子は瓜二つであった。領民たちはある場所では暴れ、ある場所では乱れ、ある場所では狂ったように笑う。そうするうちに領民たちの身体からは赤黒い煙が噴き出して聖魔城近くの大穴に流れ込み、地底の霊子櫨に吸い込まれていった。サマエルが引き出した領民たちの霊力は、彼の妖力が混じった葡萄酒によるものである。そのため妖力に偏っていた。しかし霊子櫨は千夜の妖力を霊力に変換する力を使って問題なく力を蓄えていた。霊子櫨が震え始め、その振動で周囲の建物が崩れ始める程になった。
「さあ、ようやく放神の儀を取り行うときがきた。この霊子櫨を使って、この地に根付く古来の神々の悉くを討ち滅ぼし、我らが魔族の楽園を作り出す。そして、四百年後にこの地に現れると約束を交わした盟友とともに、神の国をも平らげるのだ!」
そう紗冥流――サマエルが叫ぶのと同時に、霊子櫨の振動とは別の揺れが加わった。それは大和全体を揺るがす地震であった。その激しい揺れは一向に収まらず、暴れていた領民も地に伏すしかなくなった。
「なんだこれは!」
それはサマエルにとっても予想外の出来事だった。動揺を隠せず、叫び声をあげる。お返しとばかりに、出口に支えられながら立ち上がった芳春が叫んだ。
「早雲様の魂を穢した悪鬼め、お前の思い通りにはさせません。この大和の地は封印します」
「貴様如きにそんな大それたことができようか!」
「河川浄化の法!」
その言葉に、サマエルは目を見開いた。
「荒武者殿、牙武者殿、影法師殿、玄軍師殿が国を出たのは、この日のため。私がお前を討てなかった場合にこの地を封印するための準備を行っていたのです。すでに数週間をかけて江戸川、荒川、多摩川の上流から聖水を流しこの地の周囲を清めてあります。そして……陰陽頭! 始めなさい」
その言葉を待っていたのだろう。霊子櫨の脇へと移動した陰陽頭の口から祝詞がつむがれると、青みを帯びた輝きが体から発せられる。それに合わせて四方八方の空から、大和の地を覆うように幾本もの青い光線が伸びてきた。それらは縦に横にと飛び交い、網目模様を成していった。
「関東十国を越えて集まってくれた五千余人の呪術師の力で、魔の力に汚染された大和の地を海下に沈めるのです」
「おのれ! 閉じ込められてたまるものか」
サマエルは天守閣に向かって空を駆けようとした。その前に立ちふさがったのは、いつの間にか正気を取り戻した氏時と幻庵だった。ふたりは手にした刀を振り下ろし、身体にわずかに残る妖力を振り絞ってサマエルの身体を押しとどめた。その背後からは千夜と崎姫が飛び出て、無理やり呼び起こされた霊力を浴びせかける。
「貴様らぁ……!」
憎々しげにサマエルが北条の一族をねめつける。その間にも地震は勢いを増している。そのとき天守閣にいた者は、大和の大地が海に沈む様が見えた。青い光の網のおかげか、海水が流れ込むことなく、徐々に、徐々に沈んでいく。
「ああ、もう面倒だ。貴様ら全員、魔界の力の餌になるがよい」
その言葉を合図に、霊子櫨の周辺から黒い靄がにじみ出したかと思うと、周囲に倒れていた陰陽師を包み込んでいった。その靄は収まることなく、揺れで倒れたままの領民、逃げようとしている子どもたちを包み込んでいく。
「私は一度魔界に戻る。いずれじっくりと後悔させてやるからな」
そう言うとサマエルは先ほど閉じた虚空の穴を再び開けると、あれほど固執していた氏綱の身体から飛び出て穴の中に姿を消した。
「読み通りだ。まさか紗冥流も、魔界への境界ごと封印しているとは思うまい。しばらくはそこで彷徨うがよいわ」
陰陽頭は言いながら、その場に倒れた。サマエルから解放された氏綱の元に、兄弟、娘達が駆け寄る。氏綱は肩で荒く息をしつつも、すでに我を取り戻していた。
氏綱はすぐには言葉を発せなかった。喉が震え、ようやく絞り出した声は、かつて国主として人を従えた男のものとは思えぬほど掠れていた。
「紗冥流に操られながらも、お前達のことはずっと見ていた。よくぞここまで頑張ってくれた。悪霊に目をつけられた不運に始まったことではあるが……それでもこれは北条家が負うべき罪である。苦労をかけるが、よろしく頼む」
氏綱の途切れ途切れの言葉に、弟、娘たちは力強くうなずく。
さくらは芳春の目を通して、沈んでいく大和を見つめていた。
芳春たちが守ろうとしたものは、失われたのか。それとも、失われたからこそ守られたのか。
その答えは、まだわからなかった。
城下では黒い靄の中から、紫色の爬虫類の卵のようなものが幾千、幾万と姿を現し始めた。卵には血管と瘤のようなものが張り巡らされ、心臓の鼓動のように脈打っている。黒い靄は瞬く間に大和全域を侵食し、生きとし生けるものすべては姿を消した。そうして海底に沈むとともに、封印により外界から姿も見えない状態となった。
こうして、大和の国は関東十国の記録から消し去られたのだった。