偽典サクラ大戦 ~我は花咲く木とならむ~ 改訂版 作:出口豊志朗
エピローグ
クラーケン・ベースNでは数日に及ぶ宴会が催された。
初日は互いの無事と再会を歓び、感情のままに振る舞った。
明けて興奮が少し落ち着くと、この十年の戦いの流れを振り返りながら静かに盃を傾けた。
その翌日は前日に語りきれなかった互いの武勇伝を披露し、至るところで歓声や拍手が止まなかった。
四日目は、誰が言うともなく休息日となった。
そして五日目。
ベースTに急遽設えられた舞台に皆が集められた。前日に一部の者が仕込んだらしい。何が始まるか知らされないまま舞台前に並べられた席に一同が腰をおろしたところで、舞台上のスクリーンに懐中時計のイラストが映し出された。その時計の針が逆方向に回ると、徐々にその形が歪み崩れていく。そうして秒針の刻む音が最高潮に達したところで、勇ましい音楽が会場全体を震わせた。そこからは大帝国劇場と帝国華撃団、シャノワールと巴里華撃団、リトルリップシアターと紐育華撃団のロゴが映し出され、観客を驚かせた。
それは、分岐世界で行われたサクラ大戦武道館2と冠されたライブを模した、一大公演だった。約三時間に渡り名曲の数々が披露され、演者も観客も心からそのひと時を楽しんだ。
帝都花組が、巴里花組が、紐育星組が、それぞれの持ち歌を披露し、ときには夢の競演を交えつつ舞台で輝きを放っていた。
最後の──本当に最後の一曲は『夢のつづき』。
この夢がずっとずっと つづいてほしい
わたしの恋は 輝いているわ
ともに過ごしあのとき 胸にたぐりよせて
歌いましょう さあ歌を あなたの 思いでの歌
三大歌劇団の全メンバーがひとつひとつのフレーズを、大切に、そして晴れやかに歌い上げていく。
演者はこみ上げる感動を堪えながら、歌い、踊った。
観客はこみ上げる感動を抑えきれず、手拍子を打った。一緒に歌うもの、声は出さずに口だけ動かすもの、音楽に乗せて首を振るもの。この夢が永遠に続いてほしいという思いで、胸中を満たしていた。だが無情にも終わりは刻一刻と迫る。繰り返された華やかなサビが止まり、曲中の静寂、さくらの独唱。
歌を さあ歌いましょ そして夢のおわり
あふれる涙を そっとぬぐって
続く歌劇団全員での合唱、ドラムロール。
歌を さあ歌いましょ だけど夢はつづく
さよならは 言わないの また会えるから
ラララ ラララララララ ラララララララララ
ララララララララ ラララララララ
春は めぐる いつも うつくしく
いつかまた この夢のつづきを
永遠に サクラよ 舞い踊れ
爆発音とともに紙吹雪──いや、桜の花びらにかたどられた桜吹雪が舞台から打ち出され、客席に舞い散った。観客たちは力の限り拍手を送る。舞台の上の乙女たちは、満面の笑みを浮かべながら客席に向かって手を振った。誰もが長く厳しい戦いから解き放たれ、新章の幕開けを確信した瞬間であった。
この日の映像は後日、発信元が不明なまま世界中に流れた。
いつ、どのような形で実現した公演なのか詳細は明らかにされなかったが、出演者の風貌から降魔大戦前後のものだろうとの意見が大半を占めた。すみれやラチェットは当時に寄せた見た目で舞台に立っていたせいか、それを不自然と思う者はいなかったようだ。
ファンにとっては夢のような公演で、しかも多く新曲を含んだ構成に沸き上がっていた。乙女たちの消息は杳として知れなかったが、誰もがその生存を信じて疑わなかった。
地上へと帰還した一同や十年間を裏舞台で過ごしていた面々は、会いたかった人と会い、友誼を重ねたことだろう。そのなかには皆が思い浮かべるような組み合わせがあっただろうし、あなたしか想像していなかった友情や愛情の交歓、因縁の対決もあっただろう。ここで書ききれなかったあの人やこの人の顛末については、もちろん本人たちにとって幸せな形で実現しているにちがいない。
初代帝都花組と新生帝都花組の交流はなかったかもしれないし、あっても語られないかもしれない。各都市の華撃団は再興されるかもしれないし、新たな組織が生まれるかもしれない。
確かなことは『サクラ大戦』を愛する人たちの想いを力にして華撃団メンバーが幻都から解放された結果、一同が地上に戻った時を起点とした未来に無限の白紙が差し込まれたことだ。
この先にどんな事件や語り尽くせぬまま終わりを迎える物語が生まれたとしても、その先には今しも言葉が紡がれようとする白紙が続いており、必ず皆が望む未来がその手に掴まれる。
だから、大丈夫。
私たちはただ、夢見ていよう。いずれ語られる物語を。
私たちはただ、夢見ていよう。皆の幸せな姿を。
いつだって彼女たち、彼たちは、夢のつづきに居るのだから。
偽典サクラ大戦 我は花咲く木とならむ 了