蒼き氷刃の事件目録 ―探偵達と歩む非日常的な執筆生活―   作:凜々

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第3話:新幹線大爆破事件

五月の晴天。東京駅の新幹線ホームは、旅の昂揚感に包まれていた。

友人の結婚式に出席するために新幹線へ乗り込もうとする毛利小五郎。だが、その後ろには当然のように蘭とコナン、さらには「僕たちも行く!」と息巻く、今日が初対面となる三人の子供たち――少年探偵団の姿があった。

 

「……で、どうして朱里お姉さんまでいるの?」

 

コナンが不思議そうに隣を見上げる。そこには、いつものライダースタイルではなく、長旅を意識した清潔感のあるサマーニットに身を包んだ朱里がいた。

 

「実はね、京都の出版社に少し用事があって。博士に相談したら、ちょうど毛利さんたちも行くっていうから、ご一緒させてもらうことにしたんだよ」

 

朱里はふわりと微笑み、新しく紹介された元太、光彦、歩美に向き直る。

 

「よろしくね、みんな。私は不二朱里。コナンくんの友達だよ」

「わあ、綺麗なお姉さんだ! 芸能人みたい!」

「お姉さん、コナンくんとどういう関係なんですか? 怪しいですねぇ」

 

好奇心旺盛な子供たちに対し、朱里は「ふふ、ただのライターだよ。今日はいっぱいお話を聞かせてね」と、穏やかなトーンで返した。

 

 

新幹線『のぞみ』が滑り出す。

車内では、昨晩の打ち合わせで疲れ果てた小五郎が、座席でヒゲを剃り始めるという失礼な行動に出て、蘭が必死にそれを窘めていた。

 

(……くそ。こんなことしてる場合じゃねーのに)

 

コナンは一人、窓の外を見つめていた。頭の中は自分を幼児化させた黒ずくめの男たちのことで一杯だ。

そんなコナンの焦燥を、通路側の席に座る朱里は静かに見つめていた。彼女は何も言わない。ただ、彼が抱えているものの重さを、その横顔から感じ取っていた。

 

その時だった。

 

自動ドアが開き、二人の男が車両に入ってきた。

全身を黒い服で固め、一人は冷酷な眼光を放つ銀色の長髪、もう一人はがっしりとした体格。

 

コナンの心臓が、早鐘を打った。

(……あいつらだ! ジンとウォッカ!)

 

朱里の瞳が、わずかに鋭くなった。

彼女は彼らを知らない。だが、その背中が放つ、血と硝煙の混じったような「澱んだ空気」を、武人としての本能が鋭く察知していた。

 

(……何だろう、あの人たち。まるで死そのものを纏っているような……)

 

朱里は無意識に、隣に座るコナンの異変に気づく。少年は震えを押し殺し、決死の表情で彼らの後を追おうとしていた。

 

朱里は瞬時に理解した。コナンはこの男たちを追わなければならない。そして、この男たちは「関わってはいけない」領域の住人であることも。

朱里はあえて何も聞かず、ただコナンが彼らの座席に盗聴器を仕掛けに行くのを黙って見送り、戻ってきた彼が震える手で受信機を耳に当てるのを隣で静かに支えた。

 

 

コナンが仕掛けた盗聴器から、衝撃の会話が漏れ聞こえてくる。

一億円の取引。アタッシュケース。そして、三時十分。

取引相手は何も知らずに爆弾のスイッチを押し、新幹線もろとも木っ端微塵になる――。

 

「……っ!」

 

顔を真っ青にするコナン。そんな彼に追い打ちをかけるように、男たちは名古屋駅で降りようとしていた。

コナンは必死に彼らを追おうとするが、通路で蘭に捕まってしまう。

 

「もう、コナンくん! 探偵ごっこはそれくらいにして!」

 

間一髪、男たちはホームへ消えていった。

残された時間はあと約四十分。コナンは必死に、黒ずくめと取引をした「アタッシュケースを持つ人物」を車内から探し出そうとする。

 

「ねえ、蘭ちゃん。コナンくん、何か探し物をしているみたい。私が見ておくから、蘭ちゃんはお父さんの世話をお願いできるかな?」

 

蘭が心配してコナンを追いかけようとするのを、朱里は自然な動作で制した。

 

「不二さん……すみません、お願いします!」

「いいよ。さあ、行こうか、コナンくん」

 

朱里はコナンに寄り添い、彼と共に車両を駆け出した。彼女はまだ爆弾の存在を確信しているわけではない。だが、コナンのあの必死な瞳が「嘘」をついていないことだけは分かっていた。

 

 

二階席のグリーン車を走り回り、アタッシュケースを持つ人物を絞り込もうとするコナン。

朱里はその後ろを走りながら、周囲の状況を把握していた。

 

(黒い服の男たちと取引した人物……。おそらく、取引の内容がバレるのを恐れて、人目を避けているはずだね)

 

朱里は、コナンが「四人の容疑者」に目星をつけたのを見届けると、彼が怪しまれないよう、あくまで「子供の遊びに付き合う年上の女性」を演じた。

 

「不二さん、この四人の中に爆弾を持ってる人がいるんだ! でも、あと三十分もない……!」

 

焦るコナン。その時、朱里はコナンの小さな手をぎゅっと握った。

 

「落ち着いて、コナンくん。君なら見つけられる。私は、君が蘭ちゃんに叱られないように、周りを見ておくからね」

 

朱里は、自分が直接爆弾を探すようなことはしなかった。それはコナンの領域であり、自分が踏み込むべきではない「戦い」だと直感していたからだ。

だが、蘭が「コナンくん、どこー!?」と探しに来るたびに、朱里は機転を利かせてコナンを隠し、彼が捜査に集中できる時間を稼いだ。

 

三時十分。

運命の時刻が迫る中、コナンはついに、アタッシュケースに仕掛けられた「電話」のトリックを見抜く。

 

「いた……あのおじさんだ!」

 

コナンが叫ぶと同時に、朱里は即座に動き出した。

男がアタッシュケースを開け、その中のスイッチを押そうとした瞬間、コナンが叫ぶ。

 

「だめだ! 押しちゃいけない!」

 

混乱する車内。コナンは必死に男からケースを取り上げようとするが、大人の力には及ばない。

その時、朱里が男の前に静かに立った。

 

「すみません。そのケース、少しだけ拝見してもいいかな?」

 

中性的な、けれど有無を言わせぬ威圧感。男が一瞬怯んだ隙に、コナンはケースを奪い取り、車両の端へと駆け出した。

 

「危ない、コナンくん!」

 

朱里の声が響く。コナンは開いた扉の外へ、爆発寸前のケースを蹴り出した。

直後、爆風が新幹線を揺らす。

 

 

立ち上る煙。騒然とする乗客たち。

幸いにも、爆発は列車の外で起きたため、死傷者は出なかった。

 

「……ふぅ。どうにかなったね、コナンくん」

 

朱里は、座り込むコナンの隣にしゃがみ込み、優しく微笑んだ。

その瞳には、彼が成し遂げたことへの賞賛と、それ以上に、彼が背負っているものの深さへの憂いが滲んでいた。

 

「……ありがとう、朱里お姉さん。お姉さんが蘭姉ちゃんを止めてくれなかったら、間に合わなかった」

「いいよ。私はただ、君がしたいことを手伝っただけだから」

 

朱里は立ち上がり、呆然としている小五郎や、心配そうに駆け寄ってくる蘭の方を見た。

 

「さあ、蘭ちゃんたちが来るよ。……今のうちに、普通の男の子の顔に戻っておこうか」

 

不二朱里は、あえて「黒ずくめの男たち」についてコナンに問い詰めることはしなかった。

彼女は知っている。言葉にするよりも確かな絆が、このスリルに満ちた数十分の間に生まれたことを。

 

京都へ向かう新幹線は、再び速度を上げ始めた。

窓の外には、何事もなかったかのような青空が広がっている。

朱里は隣で眠りについたコナンの頭をそっと撫で、自分もまた、静かに目を閉じた。

 

彼女の書く「物語」に、また一つ、忘れられない頁が加わった初夏の午後だった。

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