戦いに優劣はない。
挑戦に甲乙はない。
レースでの勝ちたいと、勉強での勝ちたいは同じ。
誰よりも絵を上手く描きたいし、誰よりも長くプールに潜っていたい。
私はいつだってなんだって、私が勝ちたいの。なのに……
「あなたってなんなの?」
「どういうことだ?」
私のトレーナーは今日も私のレースを見ている。
2020年の安田記念。距離の合ったマイルで完全敗北を喫したレース。前年の安田記念を3着に敗れ、辛酸を舐めた私は今度こそタイトルを取りたかったのに。
結局グランちゃんとは二度目の対決が叶わず、勝ち逃げされたまま。私の数少ない心残りになっている。
「また見てるの?」
「ああ、俺の心残りだからな」
これだ。
彼と駆け抜けたトゥインクルシリーズ。無敗の三冠馬2頭を退け勝利したジャパンカップで、私がG19勝目をあげた時、隣にいたはずの貴方は気づいたら私の心の内にいた。
『あなたのためにも』
なんて、アーモンドアイ らしくないのに……
「私ちょっと散歩に行ってくるわ」
「ああ、行ってらっしゃい」
「……トレーナー、隈ができてるわよ」
「え!?ほんとだ……」
「今更だけど睡眠は大事なのよ、もう……」
ボヤボヤとした不明瞭ななにかが私の心を襲う。こんな時、私は座って考えるより歩きながら考えた方が腑に落ちる答えが浮かびやすい。だからトレセン学園の校舎を歩いてまわってみるけど……
「う〜ん……」
「アイさん?」
その声は、
「ララ!」
「どないしたん?そない顔顰めながら歩いてはったんか?」
そうだ、彼女に聞いてみよう。ララはいつも私に強さをくれた。今度もなにか掴めるかもしれないわ。
「ララに聞きたいことがあるの」
「へえ、アイさんがうちに?」
「私とトレーナーって違うでしょ?」
「そらそやろなぁ」
「私とトレーナーって一心同体だと思う?」
「さぁ、アイさんはどう思ってはるん?」
「私?私は……」
一心同体。二人以上の人が心を一つにして行動する。なにか違う気がする。私とトレーナーはきっと心が一つになってるわけじゃない、はず。
「ララのトレーナーさんとララはどんな関係なの?」
「うちは、そやねぇ相方……ではなくて!うちが咲き誇るのを支えてくれる、言わば根っこと花弁、花のような関係やろうか」
「花のような……」
私のトレーナーも私を支えてくれている。でも根っこかと言われると、それは違う気がする。
「あんまりお役に立てなかったみたいやねぇ」
「ううん、貴方のことが知れて良かったわ。ありがとうララ」
その後もぶらりと歩き回り、レース場でトレーニングをしている子たちを眺めながら、どの子たちも私たちとは違うようで、結局良い考えは浮かばなかった。
「私はいちごのクレープが好きだけど、トレーナーは確かチョコバナナが好きだったわよね。私は先行か差し脚質が見ていてたくさん学べるから好きだけど、トレーナーは逃げか追い込み脚質の方がわくわくして好きって言ってたかしら……」
トレーナー室に帰りがてら私と彼の相違点を考えてみた。私とトレーナーはかなり好みが違うのかもしれない。
そもそもトレーナーと私は人とウマ娘。大人と子供で、生い立ちも食べてきたご飯も、世界を見る高さも違う。
このアプローチも行き詰まってしまった。
「ただいまトレー……」
ドアを開くと、私のトレーナーはデスクに突っ伏して寝息を立てていた。
「もう、せめてソファで寝ないとだめよ……?」
私はトレーナーの体を起こさないように持ち上げた。すると、
「懐中時計、珍しいわね。それに、レコードプレイヤー?」
トレーナーが覆い被さっていた場所には懐中時計と、レコードプレイヤーの種類と値段が書かれたメモ帳があった。懐中時計は磁気の影響を受けやすいから腕時計の方が使い勝手はいいだろうし、レコードなんて生まれてこの方使ってる人を見たことがない。それでも使っているなら、それは趣味だろう。レトロ趣味……
「私、あなたのことまだ全然知らないみたい」
トレーナーをソファに寝かせる。
「ねえ、あなたってなに?」
なんて、寝ている人に聞いても答えは返ってこないわね。
「絶対……勝ちたい……アイ……」
「……そう。あなたも勝ちたいのね」
私はトレーナーの額を撫でる。
「私、あなたのことがもっと知りたいわ」
額を撫でる指を耳に滑らせる。
耳たぶが大きいトレーナー。
そのまま首まで撫で下ろす。
右側の真ん中にポツンと小さいホクロがあるトレーナー。
鎖骨。
「んっ……」
優しく噛んでみる。皮膚と骨の感触。ちろりと舌を動かすと、皮膚がその分沈み込んだ。
「こんな味なのね」
彼から離れてブランケットをかけてあげる。
「私の勝ちよトレーナー。アーモンドアイに負けはないんだから」
「だから、起きたらもっと教えてね」
どれだけ力が違くても、どれだけ目線が違くても、何もかもが違ったとしても、私たちは同じゴールに辿り着く。
私の勝ちたいにはあなたの勝ちたいが入ってる。
きっとあなたもそう。
アイちゃんって自分が女性的魅力に満ち溢れていることに気づいているのでしょうか?