鋼の隣人 ―石の世界の副読本(バイブル)― 作:微糖コーヒー
1. 「微積分って何だ?」
科学王国の青空教室。そこには、難しい顔をして石板を見つめるクロム、あくびを噛み殺すマグマ、そして興味津々のカセキが座っていた。
教壇(切り株)に立つ蓮は、チョーク代わりの石灰を持ち、大きな数式を書きなぐっていた。
\frac{d}{dt} (mv) = F
「いいか、クロム。これが『運動方程式』だ。お前が投げた石が、どこに、どのくらいの威力で落ちるか。それは勘じゃない、この式で100億%予測できるんだよ」
「……れ、蓮。その『d』とか『t』とかいうミミズの這ったような文字はなんだ!? 妖術の呪文か!?」
クロムが目を回しながら叫ぶ。
「妖術なわけあるか。これは『微積分』……時間の経過とともに、何がどう変化するかを細かく刻んで見るための、エンジニアの『眼鏡』だ」
「蓮よ、そんなまどろっこしいことしなくても、俺がぶん投げりゃ石は飛ぶぜ!」
マグマが鼻で笑う。蓮は無言でマグマを指差した。
「マグマ、お前が今より『1.5倍遠く』に、かつ『ピンポイントで敵の眉間』に石を当てたいとする。その時、腕の力(パワー)だけに頼るのと、弾道計算(ロジック)を知ってるのと、どっちが確実だ?」
「……そりゃ、確実に当たる方だがよ」
「なら、この『ミミズ』を学べ。これはお前の筋力を、100億%の効率で結果に変えるための最強の武器だ」
2. 「現場」の算数
蓮はすぐに、抽象的な数学の授業を切り上げた。現場エンジニアである彼は、理論だけでは人が動かないことを知っている。
彼は村の広場に巨大な「投石機(カタパルト)」を持ち出した。
「いいか、今から実験(テスト)だ。カセキさん、アームの長さを変えたパターンを3つ用意してくれ。クロム、お前は石が飛んだ距離を記録しろ。マグマ、お前は……ひたすら引け(人力)」
「オウよ! 任せろ!」
蓮は、実験で得られたデータをその場でグラフ化し、先ほどの「微積分」の式に当てはめて解説した。
「見ろ。アームがこの長さの時、加速度は最大になり、射程が伸びる。……ほらな、計算通りの地点に落ちただろ?」
「……マジかよ! 本当に、計算した場所にぴったり落ちやがった!」
クロムが震える手でグラフをなぞる。彼にとって、それは「世界が数式で動いている」ことを初めて実感した瞬間だった。
「ホッホ……! 蓮くん。ワシが感覚で作っておった道具の『理屈』が、こうもはっきり目に見えるようになるとはな。……科学、唆るわい!」
3. 現場監督の「通信簿」
数週間の「蓮塾」を経て、村の住人たちには変化が現れていた。
クロムは、鉱石を探す際に地層の「傾斜角」を計算しようとし始め、マグマは、重い資材を運ぶ際に「摩擦係数」を減らすためのコロ(丸太)の配置を工夫するようになった。
蓮は、その様子を遠くから眺めながら、不敵に笑う。
「……千空。どうやら、この村の連中も『現場監督(エンジニア)』の素質が出てきたぞ」
「ククク、100億%てめーのスパルタ教育のおかげだな、現場監督。……これで俺の仕事が少しは減るか?」
「減るわけないだろ。……連中の精度が上がれば、俺はお前にもっと『えげつない納期』のプロジェクトを投げられるようになるんだからな」
「……ハッ! 唆るじゃねえか、現場監督!」
4. 継承される「現場の魂」
蓮は、最後にクロムへ一冊のノートを渡した。
そこには、彼が21世紀から持ち込んだ知識と、この石の世界で培った「現場の知恵」が凝縮されていた。
「クロム。いつか俺たちが消えても、この『計算(ロジック)』さえ残れば、人類は二度と迷わない。……お前が、この村の次の現場監督だ」
「……ああ! 任せとけ蓮! 100億%、この世界のバグを俺が直してやるぜ!」
夕暮れの石神村。
一人の現代人エンジニアが蒔いた「理性の種」は、原始の土壌で力強く芽吹き、未来という名の巨大なシステムを動かす歯車となって回り始めていた。