初めて見る吸血鬼に、澄は完全に興味を持っていかれた。気づけば、どんどんフランの方へ近づいていき、フランの羽をじっと見つめる。七色に光るそれは、これまで見てきたどの種族とも違っていた。綺麗で、でもどこか不気味で、目を引き付けて離さない。
「その羽…すごく綺麗」
思わず、素直な感想が漏れる。
フランは少しだけ得意げに笑った。
「でしょ?」
澄はさらに近づいて、まじまじと見る。
「それ、飛べるの?」
「もちろん飛べるわよ!」
フランがそう言うと、パタパタと羽を動かし、ふわっと体が浮き上がる。そのまま、楽しそうに空中をくるっと回る。
「ほら!」
「おー」
澄の目がまた輝く。
フランはその反応がうれしいのか、少しだけ上機嫌になる。
「あなたは飛べないの?」
空中から見下ろしながら聞く。
「普通の人間は飛べない」
その返答に、フランはへぇーと小さく頷き、ふわりと地面に降りる。
「フランは普段、なにしてるの?」
今度は、さっきより落ち着いた声で言う。
フランはあっさりと答える。
「普段はこの部屋でお人形遊びとかしてるわ!」
「…ずっと?」
少しだけ意外そうに聞き返す。
「ずっとよ?」
即答だった。
その返事に、澄は一瞬だけ言葉を失う。ふと、部屋の中へ視線を巡らせた。そこら中に置かれている人形。棚の上や床などに無造作に並んでいる。数は多いがよく見ると、どれも少しずつおかしい。腕が取れていたり、頭がなかったり、目がくり抜かれているものもある。
綺麗に飾られているというより、壊れたまま放置されているようなものばかりだった。さっきまで思ってた“楽しいお人形遊び”のイメージと、ちょっとズレてる気がする。
でも――
(まぁ、いっか)
壊れたのはたまたまだろうし。遊んでたらこうなることもあるよね、うん。
……たぶん。
「……フランは、外には出ないの?」
少しだけ首をかしげながら聞く。フランは、特に気にした様子もなく答える。
「お姉様が出してくれないし、私もあんまり出ようと思わないの」
「お姉さん、いるんだ」
澄は少し興味を持ったように聞く。
「どんな人?」
「この館の主よ」
フランは少し誇らしげに胸を張る。
「とっても強いの!」
その言葉に、澄の中で何かが繋がる。
「主……ってことは」
少し考えてから、口に出す。
「あの霧を出したのも、そのお姉さん?」
フランはきょとんとした。
「霧?」
小さく首をかしげる。
「なにそれ」
まったく知らない様子だった。
澄は一瞬だけ黙る。
(……違う?)
考えてたその時。
「そんなことよりさ」
フランが一歩近づいてくる。
さっきまでとは少し違う距離感。
「楽しいことして遊びましょ?」
にこっと笑う。無邪気な誘いだが、どこか押しの強さも混じっていた。澄は少し迷ってから答える。
「……遊ぶ前に、そのお姉さんに会ってみたいな」
すると、空気がほんの少しだけ変わる。
「ふぅん?」
「遊んでくれないの?」
声の温度が、少しだけ下がる。その変化に、澄の背筋がぞくっとする。
(……やばい)
直感だった。
「じゃあ、いら──」
「いや、遊ぶ!」
フランがなにか言う前にすぐに言い直す。フランの表情が、ぱっと明るくなる。
「ほんと?」
「うん」
「やった!」
無邪気に喜ぶ。
そのギャップに、逆に少し怖さを感じる。
「何して遊ぶ?」
澄が聞く。
フランは迷いなく答えた。
「お人形遊び!」
その瞬間。
ぞわ、と。澄の背筋が凍る。さっきまでとは違う、重たい気配に澄は体が固まった。フランの周りに、黒いモヤが滲む。
(……人形遊び、ダメなやつだ)
本能がそう告げる。
(きっと、お人形さんはあなたね!って言われて、周りの人形と同じ結末を迎えるんだ…!)
想像しただけでも冷や汗が止まらない。澄は一瞬考えてから、口を開く。
「……あのさ」
「ん?」
「私、フランともっと話したい」
少しだけ緊張していて、声が震える。
フランはきょとんとする。
「話すの?」
「うん。フランのこと、もっと知りたい」
その言葉に、少しだけ戸惑う。
「私?」
自分を指さす。
「うん」
澄は頷く。
そしてフランから少し間があって。
「……まあ、いいけど」
それから、2人はぽつりぽつりと話し始める。基本は澄がフランに質問し、それに答えて、澄が興味深そうに頷く。
吸血鬼の種族のこと、メイド長の咲夜のこと、魔法使いのパチュリーのことや、門番の美鈴のこと。色んなことを話す時のフランは、幼い子供のように純粋で可愛らしい表情をしていた。
そして──
「お姉様ったらね、いつもカッコつけてるのよ」
「カリスマとか言ってるけど、実際は――」
「かりちゅまなの!」
くすっと笑う。
レミリアのことを話す時のフランは、本当に大切に想っていることが分かるほど、柔らかい表情をしていた。
そしてその話し方が妙に可笑しくて、澄もつい笑いそうになる。
その時、澄の腕がぐい、と引っ張られた。
「……え?」
振り向くと、こいしがぴったりとくっついていた。
「むー」
少し頬を膨らませている。
「私のこと、放ったらかしにしてー」
拗ねた声で話すこいしに、澄は一瞬固まって、すぐに焦る。
「あ、ごめん!」
完全に忘れていた。
「この子はね、こいし」
フランに紹介する。
「一緒に来たの」
フランはそちらを見る。
「…急に現れた」
こいしは、澄の腕から少しだけ離れると、フランの方へ一歩近づく。
「初めまして、フランちゃん!」
明るい声でそう言って、にこっと笑い、そのまますっと手を差し出した。
「私は古明地こいし。よろしくね!」
フランは少しきょとんとしたあと、差し出された手を見る。
それから、小さく笑って――
「……うん、よろしく!」
そう言って、こいしの手を取った。
「こいしはさっきまで居なかったのに、なんで急に現れたの?」
まさか瞬間移動!?なんてフランがキラキラとした目で問いかける。それに対し澄は簡単に説明する。
「こいしの能力で、みんなから見えなくなる」
「へぇ…こいしは凄いのね!」
フランは興味深そうにこいしを見る。
「ふふん、まぁーね?」
嬉しそうなこいし。
「じゃあ、あなたにも能力あるの?」
今度は澄に向けて聞く。澄は少しだけ言いにくそうにする。
「……見えないものが見える程度、かな」
「ふぅん?」
「でも、そんなに強くないし……あんまり好きじゃない」
少しだけ視線を逸らす。
すると。
「えー」
こいしが口を挟む。
「その力のおかげで、私のこと見えたんでしょ?」
「そんなこと言わないであげてよー」
軽く笑いながら言う。
澄は少しだけ言葉に詰まる。
「……そうだけどさ」
少し頬を赤らめて、照れくさそうにする澄。さっきまでの緊張した空間が少し和らぐ。そこで澄は、今度はフランに聞く。
「フランは?何か能力あるの?」
「うーん、私はなんでも破壊できるって感じかしら?」
フランがそう言った瞬間、澄の思考が一瞬止まる。
(なんでも……?)
それが本当ならだいぶ危険では?などと考えるが、全てを破壊できるのなら、周りの人形たちの姿にも説明ができる。
なにか言葉を返そうとする前に、隣から声が飛ぶ。
「えー!なにそれ!」
こいしがぱっと顔を輝かせる。
「なんでも破壊できるって、とってもかっこいい!」
一切の迷いもなく、純粋に褒めているこいしを澄はゆっくりと見る。
(……まじか)
温度差がすごい。
「ふふ、かっこいいって言ってくれたの貴方達が初めて」
「でも」
ぽつりと呟く。
「みんなすぐ壊れちゃうの」
「おもちゃも」
「ここに来た人間たちも」
少しだけ寂しそうな顔をしながら笑う。
そしてちょっと間が空いて――澄は、ぎこちなく笑った。
「……大丈夫」
自分に言い聞かせるみたいに、ぽつりと呟く。
「私たちは、簡単に壊れないから」
澄は少し強がるように言う。
でも――
(……たぶん)
内心で小さく付け足した。
フランは、澄の言葉をじっと聞いていた。だがまだ少しだけ、不安そうに目を揺らす。
「……ほんと?」
小さな声だった。その問いに、こいしがすぐに口を挟む。
「ほんとだよ!」
にこっと笑って、胸を張る。
「私って妖怪だし、こう見えても結構強いんだよ?」
自信満々に言い切ると、ちらっと澄を見る。
「澄だって普通の人間だけど、意外にしぶといから!」
「……その言い方どうなの」
澄が少しだけ眉をひそめる。でも、その言葉否定はしない。はぁ、と小さく息をついてから、フランを見る。
「……まぁ、そういうこと」
軽く肩をすくめる。
「だから安心して?」
フランは、しばらく黙ってふたりを見ていた。
それから――
「…うん」
小さく頷く。
「わかった」
まっすぐに、澄を見る。
「信じる」
その言葉は、思っていたよりも重かった。
――その瞬間。
ドォンッ!!
館全体が揺れた。そして鈍く、重たい音が響き渡る。天井の方からも、震動が伝わってくる。
「っ!?」
体幹のない澄の体がぐらっと傾く。バランスを崩して、そのまま尻もちをつきそうになる――
その瞬間。
「澄!」
ぎゅと腕を引かれる。こいしが、当たり前みたいに支えていた。
「…ありがと」
澄は転びそうになったことが少し恥ずかしくなりながらも、なんとか体勢を立て直すが、まだ床が微かに震えている。
(……これ)
さっきよりもはっきりと分かる。
「…誰か上で戦ってるかも」
その考えが、自然と浮かび上がってくる。フランが不思議そうに聞く。
「それって誰?」
「霊夢と魔理沙だと思う…」
「れいむ?まりさ?」
聞き慣れない名前に、フランが首をかしげた。
「霊夢は、博麗神社の巫女で」
「異変が起きたら、だいたい解決しに来る人」
「妖怪退治とかもしてる」
霊夢は鬼巫女。怒らせたら怖いと追加して説明する。フランが面白そうに笑う。そのまま澄は続ける。
「で、魔理沙はその……」
少し言葉を選ぶ。
「霊夢の友達、かな」
「魔法使いで、一緒に異変解決してることが多い」
フランは、少し考えるように視線を上げる。
「澄とこいし以外にも人間が来てるのね?」
ぽつりと呟く。澄は軽く頷く。
「と言っても、私たちは勝手に来ただけなんだけどね」
澄が好奇心旺盛だから!と言ってこっちを見て笑いながら説明するこいし。そして、澄が少しだけ間を置いてから言う。
「…たぶん、フランのお姉さんと戦ってると思う」
フランがぴたりと止まる。
「……お姉様と?」
確証がないため、澄は自信なさげに言う。
「多分だけど、今回の異変の黒幕って、その人っぽいし…」
フランは少しだけ黙って――それから、ふっと頬を膨らませた。
「お姉様ってば、楽しそうなことは毎回私に内緒でするの!」
不満そうで少し拗ねた声だった。澄はその様子を見て、思わず苦笑する。
「まぁ…そういうもんなのかも」
適当なフォローしかできない。
でも――
(なんか、普通に姉妹…)
吸血鬼の姉妹だから、もっと殺伐としていると思ってた澄はそんなことを思う。まだどこか遠くで、鈍い音が響いている気がした。その余韻の中で、こいしがふと澄を見る。
「澄、そろそろ行かなくて平気?」
軽い調子だけど、ちゃんと確認するこいし。澄は一瞬だけ考えてから、頷く。
「…そうだね」
ちらっとフランを見る。
「そろそろ行こうかな」
その一言で、フランの表情が変わる。
「……え」
「もう行っちゃうの……?」
さっきよりもはっきりと、寂しさが滲んでいた。その顔を見て、澄は思い出す。
――この部屋から出してもらえない。
――自分から出ようとも思わない。
さっき、フランが言っていた言葉。その時は本心だっただろう。だが今は少し違うかもしれない。だから澄は確認の為に口を開く。
「…じゃあ」
一歩、フランに近づく。
「一緒に来る?」
フランが、目を見開く。
「……え?」
戸惑いが、そのまま表情に出る。
「でも……」
少しだけ視線を落とす。
「お姉様に怒られちゃう」
小さな声だった。澄は、それを聞いてもあまり気にした様子はない。
「別にいいと思う」
あっさりと言う。
「大事なのは、自分がどうしたいか」
その言葉のあとに、こいしが笑う。
「あはは!少し遅めの反抗期ってことで良いんじゃない?」
楽しそうに言うこいし。フランは、ふたりの言葉を黙って聞いていた。少しだけ考えるように、視線が揺れる。
迷っているのが分かる。澄は、急かさない。ただ、ゆっくりと手を差し出した。
「…どうする?」
優しく、問いかける。
「来る?」
一拍おいて。
「来ない?」
決めるのはフランだ、というように、穏やかな目で見つめる。フランは、その手を見る。それから、澄の顔を見る。しばらく、何も言わない。
でも――
「……行く」
小さく、しかしはっきりと呟くき、そのまま手を伸ばして、ぎゅっと、澄の手を握った。その瞬間澄の表情が、ふっと緩む。
「よし」
小さく笑う。
こいしも、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、行こう」
さっきこいしがぶち破ったままの扉を抜けて、三人はそのまま階段を上っていく。上では、まだ戦いの気配が続いていた。
いつかフランとこいしが戦うの書いてみたい……でもどっちが勝つとかまったく予想できないし、2人は勝敗が着かなそう…