――上空。
赤い月が静かに浮かび、紅い霧がゆっくり流れ、空を染めていた。綺麗だけど、どこか気味が悪い。その真ん中で、霊夢は目の前の少女を見ている。
「この霧はあんたの仕業ね」
はっきりと言い切る。少女はくすっと笑った。
「ええ、そうよ」
静かで、それでいてよく通る声。まるでこの空間をあの小さな少女が支配しているかのようだった。
「初めまして、紅白の巫女さん」
「私はレミリア・スカーレット」
名を告げると同時に、背の翼がゆっくりと大きく広がる。その翼は、レミリア本人よりも倍の大きさで、そこにいる小柄な少女は、もっと別の巨大な何かに見えた。
「この紅魔館の主よ」
静かで、それでいてよく通る声。ただそこにいるだけなのに、存在そのものが場を支配しているようで、じわじわとのしかかり、思わず息が浅くなるほどの威圧感。
けれど──
霊夢は1歩も引かない。真正面からその圧を受け止めていた。レミリアはそのまま、視線を霊夢へ向ける。逃がさないように、まっすぐに。
「あなたの名前は?」
「博麗霊夢」
霊夢も、視線を外さないまま続けた。
「今からあなたを退治する人間よ」
迷いのない、真っ直ぐな言葉。
その宣言をレミリアは、静かに受け止めた。否定も、驚きもしない、
ただ――
ほんのわずかに、口元が楽しげに歪んだ。
「どう?この景色。綺麗でしょう?」
「センスないし、目が悪くなるわ」
霊夢は一瞬で否定し、容赦なく言い切る。
レミリアは一瞬きょとんとしてから、くすっと笑う。
「あら、そう?」
「ごめんなさいね、センスがなくて」
わざとらしく謝る。でも次の瞬間、口元がにやりと歪む。
「でもね」
赤い霧を指でなぞるようにしながら言う。
「私たち吸血鬼にとっては、太陽を隠す赤い霧なんて、センスの塊だわ」
レミリアの言葉を聞いて、霊夢は大きく息を吐いた。完全に呆れた顔で、空を見上げる。こんなやり取りをしていても仕方がない、さっさと終わらせるしかないと、諦めていた。
その時だった。
「霊夢ー!」
遠くから、やたら元気な声が響いてくる。聞き慣れた声がする方向に視線を向けると、夜空を一直線に突っ切ってくる影があった。箒にまたがり、勢いよく風を切って飛んでくる姿。
「やっと追いついたぜ!」
魔理沙だった。
そのまま減速もろくにせず、霊夢のすぐ隣まで滑り込んでくる。風がぶわっと巻き起こり、霊夢の髪が揺れる
「遅い」
短く一言。
待っていたわけでもないのに、文句だけは出る霊夢に魔理沙は苦笑いしながら後頭部をかく。
「いやー、ちょっとな」
まるで大したことじゃないみたいな口ぶり
「魔導書を袋に詰め込んでたら遅くなっちまったぜ」
さらっと言う魔理沙に、霊夢は無言になる。
「…」
魔理沙は気にせず、指で下を指した。
「ほら、あそこ」
言われるまま視線を落とすと、地上にやたらと目立つデカい袋がある。どう見ても一つの袋で済む量じゃない本が無理やり押し込まれていて、今にも中からこぼれ落ちそうだった。
霊夢はしばらくそれを見てから、ゆっくりと顔を上げる
「……あんた相変わらずね」
呆れと諦めが混ざった声に、魔理沙は肩をすくめる。
「いいだろ、あれだけあるんだし少しくらい減っても困らないって」
まるで当然のように言う魔理沙。そのやり取りを聞いていたレミリアが、小さく息をついた
「……パチェには同情するわ」
視線だけを下に落として、庭に置かれた袋を一瞥する。本が溢れかけているそれを見ても、怒る様子はない。
むしろ、どこか楽しんでいるようですらある。そしてゆっくりと視線を上げる
霊夢と魔理沙を順に見て――
「ふふ」
「こんなにも面白い人間が2匹も来るなんて」
わずかに口元を歪める
「今日は、とってもいい夜ね」
赤い月を背に、そう言い放つ。それを聞いた魔理沙がぴたりと動きを止め、ゆっくりとレミリアの方へ顔を向ける。
「おっと」
にやっと笑う
「魔理沙様、わかっちゃったぜ!」
急にテンションが上がる魔理沙、そしてビシッとレミリアを指差す。
「お前が今回の異変の黒幕だろ!」
ドヤ顔でやけに自信満々な顔。
一瞬、空気が止まり、霊夢はまたも呆れ顔で魔理沙を見る。
「……今さら?」
ぼそっと呟く。
完全に呆れている霊夢に、魔理沙はそんなこと気にしていない。レミリアはその様子を見て、くすっと笑った。
「随分と恐れ知らずな人間ね」
面白がっているような声に、霊夢は軽く首を鳴らす。このまま話していても時間の無駄だと判断した顔。
ちらっと横を見る
「……で、どっちがやる?」
やる気のない確認。
するとレミリアがすぐに口を挟む。
「別にどっちでもいいわ」
余裕たっぷりに言いながら、空中で軽く体勢を変え、ふたりを見下ろす。
「人間が1匹増えたところで、何も変わらないもの」
「二人まとめてかかってきなさい」
完全に見下しているその一言にぴくり、と霊夢の眉が動く。さっきまでの面倒くさそうな空気が、ほんの少しだけ変わる。隣で魔理沙も、同じように表情を変えていた
「…おいおい、随分ナメられてるな」
苦笑いしながらも、声には少しだけ苛立ちが混ざる。霊夢は小さく息を吐く。
「ほんとにね」
短く返す。
それから、横目で魔理沙を見る。
「行くわよ」
それだけ言う霊夢に、魔理沙はにやっと笑う。
「おう!」
勢いよく答える。
「相棒!」
その一言で、空気が一気に切り替わった。次の瞬間3人が同時に動いた。赤い夜空に、弾幕が広がる。
夜空を埋める弾幕の中を、霊夢と魔理沙はギリギリ当たらない距離で避ける。赤い霧の中、光が幾重にも交差し、一瞬でも気を抜けば飲み込まれそうな密度。それでも二人は止まらない。
「っと……!」
魔理沙が身をひねって弾をかわし、霊夢も紙一重で抜ける。その様子を見てレミリアが、楽しそうに笑った。
「やるわね!」
まるで遊びがようやく面白くなってきたみたいに声が弾んでいて、次の瞬間、空気が変わる。
「――神罰 幼きデーモンロード」
宣言と同時に、空間が裂けるように光が走り、一気に密度が跳ね上がる。交差する無数のレーザーに、巨大な赤い弾が重なるように迫ってくる。逃げ場を削るように、角度を変えながら押し寄せる攻撃。
「チッ……!」
魔理沙が舌打ちする。
そのまま箒を強く踏み込み――
「恋符──ノンディレクショナルレーザー!」
次の瞬間、魔理沙を中心に光が爆発し、全方位に放たれるレーザーの光が、レミリアの弾幕と真正面からぶつかる。
空中で、光と光がぶつかり合い弾ける。
相殺され、道が一瞬だけ開く。だがそれと同時に霊夢のすぐ横を魔理沙のレーザーがかすめる。
「ちょ、あんた!当たるところだったでしょーが!」
一瞬、霊夢の表情が険しくなる。
「悪い悪い、余裕ねぇんだよ!」
全然悪びれていない魔理沙。そのやり取りにレミリアはさらに笑みを深めた。
「ふふ、まだいけるみたいね?」
そして――
「極符──千本の針の山」
その瞬間、レミリアの背後の翼から無数のナイフ弾が放たれた。目で追えないほどの速度で一直線に、しかし数で押し潰すように迫ってくる。
回避の余地が一気に狭まり、魔理沙の表情が引きつる。
「おいおい……」
「嘘ついたら針千本ってか?」
軽口を叩いてはいるが、余裕はない。次の瞬間、叫ぶ。
「霊夢!なんとかしろ!」
丸投げの魔理沙に霊夢は一瞬だけ舌打ちする
「……ほんっとに」
そう言いながらも、すぐに前に出る。逃げるんじゃなく、迎え撃つ構え
「宝具――」
両手を構え、力を集中させる
「陰陽鬼神玉!」
空間が歪むように、大きな陰陽玉が現れた。それは弾幕とは違う純粋な“塊”。圧倒的な質量と力をそのまま前へ押し出し、ナイフ弾と正面衝突。当然の次々と弾を押し潰し、光の塵へと変えていく。数で潰しに来る弾幕を、さらに上の“物量”でねじ伏せる。
「…くっ!」
そのまま止まらず、一直線に進み、レミリアへ叩きつける。鈍い衝撃が空に響き、赤い霧が大きく揺れる。
だが――
煙の中から、ゆっくりと影が現れる。レミリアは、崩れない。
むしろ、楽しそうに笑っていた。
「……いいわね」
口元が大きく歪む。
「あなた達、とっても面白いわ」
「もっと――楽しませてちょうだい」
その一言で、空気がさらに熱を帯びた。
「神術──吸血鬼幻─」
レミリアがスペルを宣言しようとした、その瞬間だった。
ドォンッ!!!
突如、紅魔館の壁が内側から爆ぜ、赤い霧を巻き上げながら、瓦礫が空へと吹き飛ぶ。
「!?」
霊夢と魔理沙、そしてレミリアが同時にそちらを見る。立ち込める煙から出てきたのは──
「……フラン?」
レミリアの声がわずかに揺れる。
そして――
「……え?」
霊夢の目が見開かれた。
「……は?」
魔理沙も固まる。そこにいたのは、明らかに場違いな存在。
「……澄?」
二人の声が、ぴたりと重なった。