澄達をよそに、小さくなってしまったレミリアの前に霊夢と魔理沙がすたすたと近づいていった。
「……ちょっと、なによ」
ちんまりとした体で精一杯のカリスマを保とうとするレミリアだったが、二人の影にすっぽりと覆われてしまう。
「異変解決ってことで、最後はしっかり叩いておかないとね」
「悪く思うなよ、お嬢様。これがいつものルールだ」
「ちょっ、待ちなさい!? 今の私は本調子じゃ――ぎゃんっ!?」
霊夢のお札がレミリアの顔面へ直撃する。続けて魔理沙のミニ八卦炉が火を吹いた。小さくなったレミリアは普段ほどの力を出せず、空中でぎゃーぎゃー叫びながら逃げ回っている。
その光景を見ながら、澄は思った。
(……なんか締まらない…今回の異変)
フランはそんな姉を見て大笑いしていた。
「お姉様がんばれー!」
「貴女も止めなさいよぉ!?」
そんな感じで容赦のない巫女と魔法使いによって、弱り切ったレミリアを徹底的にボコボコにし、今回の「紅霧異変」は完全に終わりを迎えた。
その日の夜。人里にある自宅の布団の中で澄は今日起きた出来事をぼんやりと考えていた。新しい友達になった、吸血鬼の少女、フランドール・スカーレットのこと。
(人里を案内したら、喜んでくれるかも…)
そんな風にこれからの未来に胸を膨らませていた、その時だった。コン、コン。静かな部屋に、窓を叩く小さな音が響いた。泥棒か、あるいは新手の妖怪かと身を硬くしながら、恐る恐るカーテンを開ける。
「…え?」
窓の外には、七色の羽をパタパタと動かしながら、無邪気に手を振るフランの姿があった。澄は慌てて窓の鍵を開け、彼女を部屋の中へと引っ張り込む。
「フラン…なにしてるの」
「あはは、澄! 会いたくなっちゃったから、来ちゃった!」
昼間に別れたばかりなのに、もう会いに来るなんて。と澄は内心で冷や汗をかいた。
「なんで家わかったの…?」
「うーん、なんとなく? 澄の匂いというか、気配がこっちからしたから!」
(吸血鬼、すご……)
人間の常識を遥かに超えた探知能力に、澄は素直に戦慄する。
「霊夢に場所を聞いたんだけどね、教えるわけないでしょって怒られちゃった」
フランが不満そうに頬を膨らませてボソッと呟く。それを聞いて、澄は霊夢らしいと苦笑いした。だが、すぐに昼間のやり取りを思い出し、澄はハッとする。
「フラン…早速約束を破ってる…外に出る時は一緒に誰か連れていくって決めてた」
「えー、いいじゃーん! 誰いたら、澄と二人きりで遊べないもん!」
フランは悪びれる様子もなく、澄の手をぎゅっと握りしめた。
「ねぇ、澄。私と夜のお散歩に行こうよ!」
「夜は危ない…」
人間としての常識で諭そうとしたが、フランは「大丈夫だよ!」と笑うと、澄の体を軽々と持ち上げた。いわゆる、お姫様抱っこの体勢だ。
(…慣れてきた)
自分の驚異的な適応力に呆れる暇もなく、フランは背中の羽を大きく羽ばたかせた。窓から飛び出し、二人の体は一気に夜空へと舞い上がる。上へ、上へと、ものすごいスピードで登っていく。やがて視界が真っ白な霧に包まれ、次の瞬間、二人は分厚い雲を突き抜けた。
「…っ!」
あまりの高度とスピードに恐怖を感じ、澄はぎゅっと目を瞑ってフランの胸にしがみつく。
「もう大丈夫だよ。澄、目を開けてみて?」
耳元で優しく囁かれ、恐る恐る、ゆっくりと目を開ける。その瞬間、澄は息を呑んだ。
「おぉ……」
目の前には、言葉を失うほどに大きくて、吸い込まれそうなほどに美しい、満月が輝いていた。地上からは決して見ることのできない、幻想的な景色だった。
「ここに来る時ね、すっごく綺麗だったから……澄にも見せたいなって思ったんだ」
フランは嬉しそうに微笑む。澄もその優しさに胸が熱くなり、月を見上げながら微笑み返した。
「うん……すごく綺麗。ありがとう、フラン」
「ううん、私の方こそ。……私を外に連れ出してくれて、本当にありがとう、澄」
二人は静かに見つめ合った。その時、夜風がひゅっと二人の間を吹き抜ける。今の澄の格好は、寝巻きの薄い浴衣だ。風に煽られて襟元が少しだけはだけ、白い首筋が月の光に照らされた。それを見たフランの瞳が、一瞬だけ怪しく、深くきらめく。
「…っ」
小さな呟き。風の音にかき消され、よく聞こえなかった澄は聞き返した。
「…?なんかいった?」
「ううん! なんでもない!」
フランは慌ててブンブンと首を振り、いつもの無邪気な笑顔に戻った。
「…少し寒くなってきた…家に戻ろう」
「うん、そうね!」
帰り道、澄はもう目を瞑っていなかった。フランの腕の中でしっかりと目を開け、遠くに見える人里の小さな灯りや、幻想郷の広大な夜の景色をじっと眺めていた。静かに部屋の窓から滑り込み、澄を布団の上へと下ろす。フランは名残惜しそうに窓枠に手をかけ、振り返った。
「それじゃあ、私はそろそろ帰るね。……ねぇ、次はいつ紅魔館に来てくれる?」
「…家の手伝いがあるから、休みの日に行く」
「ほんと?絶対よ!」
そうして夜の秘密のデートを終え、二人の距離は、異変の時よりも少しだけ近くなっていた。
翌日、澄はいつも通り甘味処で働いていた。お盆を手にテキパキと動いていると、店の入り口の暖簾がくぐられる。
「いらっしゃいませ」
静かに声をかけると、そこにいたのは霊夢だった。しかも今日は珍しく、後ろに魔理沙を一緒に連れている。
「霊夢に魔理沙、いらっしゃい」
「よお、澄。今日も元気に働いてるな」
魔理沙がニシシと笑いながら手を挙げ、霊夢はいつもの定位置の席に腰を下ろした。
「いつもの、お願いね」
「…うん、すぐ持ってくる」
澄が急いでお茶と団子を用意して運ぶと、霊夢はそれを受け取りながら、じっと澄の顔を見つめて、はぁ……と深い溜息をついた。
「……なに」
「別に。ただ、まさかあんたが妖怪と友達になるなんてね、と思って」
霊夢はお団子を一口齧りながら、呆れたように、けれどどこか複雑そうな視線を向けてくる。
「ただの妖怪ならまだしも、あの紅魔館の吸血鬼の妹でしょう? あいつがどれだけ危険か、あんた本当に分かってんの? 全く、見てるこっちの身にもなってほしいわ」
文句を並べる霊夢だったが、その言葉の裏には、澄を心配する気持ちがこれでもかと詰まっているのが伝わってきた。普通の人間である澄が、もし万が一の目に遭ったら……そう考えると、霊夢としては気が気でないのだろう。
「まぁまぁ、霊夢。そんなにカリカリすんなって」
魔理沙がお茶をズズッとすすりながら、澄の肩を軽く叩いた。
「こいつには例の"見える能力"もあるし、なんだかんだ上手く立ち回れるさ。澄なら何とかなるから、大丈夫だろ」
魔理沙はそう言って澄を信頼するような笑みを浮かべると、思い出したようにポンと手を叩いた。
「そうだ! 澄、今日の夜、博麗神社で宴会をやるんだ。お前も来たらどうだ?」
「宴会?」
「あぁ。今回の異変解決のお祝いを兼ねてな。お前の親御さんにも『霊夢がついてるから大丈夫』って言って、もう許可は貰ってあるぜ」
私の親も、博麗の巫女である霊夢がその場にいるなら絶対に安全だと、深く信頼しているようだった。
「…妖怪も、行っていい?」
澄が少し遠慮がちに、フランやこいしの顔を思い浮かべながら尋ねると、霊夢は再び盛大に溜息をついた。
「……あいつらは、あんたが呼ばなくたって勝手に来るわよ。」
まぁ、来るなら来ればいいわ。そう締めくくると、澄はパッと顔を輝かせた。
「うん…絶対行く」
夜の宴会でまた賑やかになりそうな予感に胸を躍らせながら、澄は残りの仕事に精を出すのだった。