その後は、取り留めのない世間話をして霊夢は帰っていった。
「じゃあ、もう行くわ。ごちそうさま」
「はい、ありがとうございました」
短いやり取りを残して、暖簾が揺れる。店の中には、またいつも通りの空気が戻っていった。
それからしばらくして、店は閉店の時間になる。暖簾をしまい、卓を拭き、使った皿を片付ける。父は帳面を付け、母は明日の仕込みを確認していた。澄も手伝いを終えてから夕食をとり、お風呂を済ませ、自分の部屋へ戻った。
布団に入り、天井をぼんやりと見上げる。
今日出会った妖怪かもしれない少女。たぶん妖怪。そのことを考えて、霊夢に妖怪の話を聞いた。けれど、思い返しても一番印象に残っているのは、だんごを頬張って笑っていた顔だった。
明るいのに、どこか遠い、不思議な子。
そう思っているうちに、澄の意識はゆっくり沈んでいった。
ーーーーー
次の日。
人里の朝は、またいつも通りに始まった。店の手伝いをして、昼前の落ち着いた時間になる。父にいつも通り「休んどけ」と言われ、澄は盆に菓子を乗せて裏口へ出た。
昨日と同じ縁側。同じ時間。澄は腰を下ろし、菓子を一つ手に取る。
「…今日は、いないのかな」
なんとなく、そう思った。その直後、すぐ隣に、気配がした。澄はため息もつかず、そのまま横を見る。案の定、こいしがいた。
いつの間にいたのかわからない顔で、昨日と同じように隣へ座っている。
「…いた」
「いたよ」
こいしは楽しそうに言った。
「また来たんだね」
「うん。なんとなく」
こいしらしい曖昧な返事だった。澄は気にせず、盆を少しこいしの方へ寄せる。
「食べる?」
「食べる!」
即答だった。
それから二人は、縁側に並んでいろいろな話をした。話す内容はくだらないものばかりだった。
だんごはどの味が好きか、妖怪はみんな夜型なのか、幽霊は寒さを感じるのか。時々、話が止まる時間もある。けれど、昨日のような気まずさは、もうなかった。黙っていても、ただ隣にいるだけで時間が過ぎていく。
こいしは菓子を食べ終えると、指先についた欠片を払いながら、ふと思い出したように言った。
「澄って、すぐ私を見つけてくれるよね」
「…そう?」
澄は首をかしげる。
「うん」
こいしは縁側の柱にもたれながら、足を揺らした。
「みんな、私のこと見えてないんだよ。そこにいても、いないみたいになるし」
明るい声だった。けれど、どこか他人事のような言い方だった。澄は少し考えてから答える。
「…確かに、こいしは影が薄いかも」
「影が薄いっていうんだ、それ」
こいしはくすっと笑う
嫌がっている様子はなく、むしろ面白がっているようだった。
「でもね」
こいしは少しだけ身を乗り出す。方が降れるか触れないかくらいの距離。こいしは少しだけ身を乗り出す。肩が降れるか触れないかくらいの距離。
「私を見つけられるのって、すごいことなんだよ?」
「…そうなの?」
急に近くなったことの方が気になったが、澄はひとまず言葉を返す。こいしは澄の顔を覗き込むようにして笑う。
「そうだよ」
こいしは胸を張るまでもなく、ただ事実みたいに言った。
澄には、いまいち実感がなかった。
見えているものを見つけただけ、そこにいるから気づいただけ。特別なことをした覚えはない。だから、こいしに言われても実感がわかなかった。
「…でも、私、昔からそういうのあるよ」
「そういうの?」
「見えないものが、なんとなく分かるというか」
こいしは楽しそうに首をかしげた。澄は言葉を探しながら続ける。
「危ない場所とか、触らない方がいいものとか」
「へえ」
「あと……自分にとって得になることも、たまに分かる」
「得になること?」
「こっちの道を通ったら、お菓子もらえるとか」
「あはは、なにそれ」
こいしは声を出して笑った。澄は真面目な顔のまま続ける。
「でも、自分で見ようとして見えるわけじゃない」
必要な時だけ、ふっと分かる。昔から、そうだった。だから澄にとっては、それが当たり前だった。
「だから、こいしが見えるのも普通だと思ってた」
その言葉に、こいしは少しだけ目を丸くする。それから、いつものように笑った。
「……やっぱり、澄って変だね」
「よく言われる」
気づけばこいしは、毎日同じ時間に現れるようになっていた。