火遊びはよくない   作:竹藪焼けた

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今回は前回に引き続きイロの出番です。
お話書くのは難しいですね、どうしても文字が…


七話

 

そうして始まる新学期、男は板挟みに遭いながらも必死に生きようともがいている。

4月も終わり、新しく入った学生や進級した生徒たちの興奮も冷めやる頃。男は早速、とある問題とバッティングしていた。

 

そう、純粋にスケジュールがタイトになってきたのである。

 

少女たちは基本的に男の自由意志を尊重しない。

いや嘘。最低限の尊重はしてくれる。

 

ただお互いのことを認識してないので、男にとっては俄然苦しいスケジュールになってるだけの話だ。

 

snsで、『明日、午後。空いてるよね、そっち行くよ』とか、部活の帰りに「今日の夜9時に電話しますね、それじゃあ、お疲れ様でした」などと言ってはくるのだ。男に断らせる気などない。

半強制である。

 

んで、相手しないわけにもいかないので、やるべきことをやりながら仕事を済ませ、時間を捻出する。

今のところ、二人とも相手の予定を確認した上で拘束してやろうと言う気概がないから助かっているが、スケジュールに踏み込まれたら死ぬ。そんな気がしていた。

 

ブラフのカレンダーでも作っとくか…?

そんな考えすら男の頭に浮かぶ。

 

まるで大企業の要求を呑むしかない、悲しい下請け企業になった気分だ。

…まぁ、美人と一緒にいれるしそこまで悪い気持ちではないのだが。

些か執着的すぎるのがちょっと嫌かな…。

 

そんなことを思いながら、男は二人との連絡を捌いていた。

数日おきに部屋にこようとする皐に、部活動の影響で週2日は付きっきりで相手をしなければならないイロ。

 

二人とも連絡の頻度が同じくらいのおまけつきだし、双方デートなどのアクションを要求する。

どっちがマシかは議論の余地があるが、どのみちだいぶキツいのは変わらない。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

5月になり、人々の生活も落ち着き始める。

生徒たちは各々のやりたい部活に入ったり、ある程度グループが纏まってきたりするだろう。

 

そんな中、男は部活動中、実験に使用する薬品の整備をしながら居心地の悪さを噛み締めていた。

この部活動の活動日は主に週に二回。その度に化学実験を下校時間ぎりぎりまで二人で続ける。

…頭がおかしくなりそうになる。

 

いや、別にイロは何かを大っぴらに言う事はない。彼女は静かで、基本的には攻撃的な姿を見せない。

せいぜい軽いスキンシップをとるくらいで…いやダメなんですけどね。

 

仄かに怪しい言動をしては男をひやひやさせる。

ちょっぴり悪趣味な子供だった。

 

いつバレるかもわからない環境下で二人きりで危うい言動を繰り返されるとストレスがたまるのだ。

一度、あまりにきつかったので、彼女以外の部員募集をしようと、部員募集や張り紙を張ろうとしたこともあったが。

 

 

「…せんせ、ダメですよ。だめ、です」

 

 

その一言で制されてしまった。

何がダメなんだよ、と言ってやりたかったが。

言えない状況だったので仕方なかった。クソ、2時間くらいかけてわざわざビラを作ったのに…。

 

部活動に参加してる先輩たちに新しい部員が入ったことを伝えたけれど、あいつら無反応だし、こないし。

あんまり言いすぎるとイロから釘を刺されてしまう関係上、そこまで強くも言えなかった。

 

男は自身のメンタルヘルスにダメージが蓄積してるのをしっかりと感じとっている。

唯一良かった事は、彼女があの謎の約束に関する話を持ち込んでこなかったことくらいだろう。

結局今まで思い出せてないし、多分このままだと思い出せない気がしてるからそのまま一生黙ってて欲しい。

 

部活動の最中、そんなことを思いながら作業を続ける。

 

学生でも使うことが許可されている薬品と、実験用具に使う固定具を取り出し、机の上に運び出す。

イロは実験指南書を確認しながら、一つ一つ組み立てていくのだが。

急に気が変わったかのように、男の傍に近寄ってくる。

 

「ねぇセンセ。…いい加減、お家を教えてくれてもいいと思いませんか?」

「…おうちデート、っていうのも興味があるんですけど」

 

そんな、まるで世間話をするかの様なペースでイロは言う。

男のパーソナルスペースをがっつり侵害した状態で。

…男の指先に、自身の指を絡めながら。

 

俺は別に興味ないかな。そんなことしたらもっと面倒なことになるだけだろうし。

そんな本心が口から出そうになるのをぐっとこらえ、どうにか説得できないかと考える。正直、皐に自宅がバレている時点でも大分きついのに、イロにまでバレるとなると本当に洒落にならないような気がする。

 

と言うか、離してくれませんかね。

そんな風に揉む必要はあるんですか?

誰かに見られたら面倒なことになるって。

 

側から見たら寄り添い合ってる男女にしか見えず、はっきり言って体面は最悪だ。

他の先生に見られでもしたら、懲戒処分は逃れられないだろう。

 

男がやんわりと、相手の気を立てない様にリスクを伝えるが。

 

「…別にいいと思いますけどね、バレちゃっても」

「あなたが私にしたことに比べれば…この程度で済ませてることが、寧ろ優しいと思いません?」

 

少女は微笑みながらそんなことを言う。

マジで洒落になってないからやめてほしい。

君は良くても俺失職だから。

 

男が思考を回しながら、どうやって彼女を説得しようか考えていた時。

 

コンコンと、ドア前から音がする。

 

男が反射的に強く彼女の指を振り解き、一歩後ろへ飛び退く。

 

パチっという、皮膚と皮膚がぶつかり合う嫌な音が響いた後。

イロは振り払われた指をさすり、男の様子を見て露骨に不愉快そうな表情を浮かべる。

だが。男にそんなことを気にする余裕はない。人生がかかってるのだから、そうなるのはさもありなん。

 

〔すいませーん、どなたかいらっしゃいますか?〕

 

ドア前からそんな声が聞こえてくる。

男子生徒らしき声だ。男がドアまで近づき、扉を開けると。

 

そこには体育祭のパンフレットを持った生徒がいた。

 

(こんにちは、先生。このパンフレットをどうぞ)

 

体育祭実行委員と書かれた腕章をした生徒から、パンフレットと一緒に、部活動対抗リレーの参加申請書などと書かれた紙を渡される。…運動部や文化部がごっちゃになってリレーを行う、体育祭のサブ企画だ。

毎年恒例なのだが…うちほとんど幽霊部員なんだよな…。

 

一応規則上は全ての部活動に参加資格がある。

そのため、自分達にも回ってきたのだろう…まぁ参加しないだろうが。

 

(あ、パンフレットを渡したので、次に行ってもいいですか?)

 

そう言われ、ありがとうとお礼を告げて見送る。

男が振り返ると、不機嫌そうな顔のイロが立っていた。

理由は聞かなくても分かる。

 

「…あんな風にすごい勢いで距離を取られてしまうと、少しムッとしてしまいますね」

「ほら。見てください。思いっきり手を振り払われたせいで、私の指がしっぺをされた後みたいになっちゃいました」

 

彼女は可愛らしい膨れっ面で男を非難する。ツラは可愛いが、中身は全然可愛くない。

仕方なかったんだって、許してくれよ。

 

まず謝罪。手を合わせて、申し訳なかったと謝る。

男にだって、申し訳なく思う気持ちくらいはあった。

 

だが…君はいいかもしれないが、私には職がかかってるんだ。仕方ないだろう。

そもそも教師と生徒があんなに近付くべきじゃないしな。

 

が、結局最後には弁明する。謝罪するだけましかもしれないが、結局保身に走ってしまうのだ。

 

イロは即座に反撃する。

 

「…再会した時に私の事を貪っておいて、よくそんなことを言えますね」

「時々…いえ、結構な頻度で。私、先生が本当にバカなんじゃないかと思う時があります」

「3日前、日曜日の午後1時、何をしてたか自分の口で言ってもらっていいですか?」

 

…男は黙る。

確かにその時間帯はイロと二人で一緒に、電車で1時間くらいかかる公園でデートしていたし、手も繋がされた。

二人で芝生の上でバトミントンをして、レジャーシートの上で彼女の手作り弁当も食べた。とてもおいしかった。

 

だが、あれはほぼ強制的なものだっただろう。断れない状況下で仕方なかったのだ。君から脅迫を受けているしな。まるでこっちが自分の意思でやってるみたいな言い草はやめてほしい。そう、不可抗力というものなのだよ。

醜い自己欺瞞が男の内側で展開される。

 

ただ、それを馬鹿正直に言うとイロが不機嫌になって何するかわかんないので。

男の脳を介して変換した結果、口から出てきたのはただの屁理屈だった。

 

その時間帯、俺は教師じゃないからな。勤務時間外なんでセーフだ。

仕事と私事はわけるタイプなもので。

 

男がそう言い張ると、あからさまに少女は青筋を浮かべる。

ただ…それは屁理屈に怒っているというより…もっと別のところに苛立っている様に見えた。

 

「…屁理屈ばっかりですね、先生。…はぁ…わかりました、もういいです。…ただ、あんな風に振り払うのはやめてください」

「…理由が分かってていても、少し…悲しいですから」

 

イロはそういうと、少しだけ寂しそうな目を男に向けて、そのまま実験器具に向き直る。そして台座などをセットし始めた。

男はその背中に対して、何を言うことも出来なくて。

 

嘘ばっかり…

家庭教師の時、あんなに私の内面に踏み込んできたくせに…

あれが全部、仕事だったとでも言いたいの…?

 

そんな少女の独り言を、聞き取ることもなかった。

男は気まずさを誤魔化す様に、パンフレットを手に取る。

 

そこには体育祭に関する情報などが書かれており、まぁ…教師なので知ってはいるのだが、改めて見ると色々なイベントがあると思う。

 

教師対抗リレーとか、騎馬戦とか…まぁいろいろ…。

ただ…体育祭に関しては、イロと一緒に何かをする事はないだろう。

クラスは違うし、この部活動で体育祭の行事に参加する事はない。文化祭は兎も角。

 

彼女にだって生活があるわけで、コミュニティがあるのだ。このような場面はこの部活よりもバドミントンの部活動の方が重要だろう。

というか、そっちで活躍できるんだからそっちで活躍してよ。

 

男はその部活動用のパンフレットを、自分の机の中に突っ込んでおいた。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

そんな風に日常は過ぎていく。

細かい口撃を受けることこそあれど、学生生活は忙しい。

放っておけばすぐにイベントだ。男の務める学園は5月の後半に体育祭があることもあり、暫くすればすぐにその時期がやってくる。

 

だが、男にとっては毎年のことだ。

これで3回目になる。今はもう慣れたもので。

 

 

 

特に劇的な何かが起こることもなく、似たり寄ったりのスローガンを掲げて、学園の体育祭は開幕する。

 

 

 

実行委員などと協力しながら、自分のクラスの生徒を鼓舞し、盛り上げつつ、裏方で教師としての仕事をこなす。

特に例年と変わりはしない。

 

男の仕事は丁寧とは言い難かったが、それでも他の教師や生徒から疑われないくらいには、しっかりとした仕事をしていた。

 

そうして、体育祭の最中。学祭たちの熱気と、5月にしては強い日差しに当てられながら。

水筒に入った水を飲み、学生たちを眺める。

 

女学生も、男子学生も。一所懸命に頑張っている。

私立なこともあり、親御さんの姿もそこそこ見える。

 

生徒たちを眺めるその行為に刺して意味はなく、教師として風景を眺める様なものなのだが…。

悲しいことに、邪推をされる事はあり。

背中に優しく、誰かの指先が触れた。

 

男はため息をつく。

そんなことをしてくるやつには一人しか心当たりがない。

 

 

「せんせい、何してるんですか?」

 

 

イロは、男の行動を疑問視するかの様に話しかけてくる。

少ない休憩時間でわざわざちょっかい出しにきたのかよこいつ。

 

男は内心、彼女の挙動に衝撃を受けながらも…ここで手ひどく当たったところでメリットもないので大人しく相手をする。

 

別に、生徒たちを見てただけだよ。

 

そう返すが。

 

「…ふーん、体育祭で他の子の品定めですか?」

「私というものがありながら、随分と楽しそうなことで」

 

不愉快そうな論調で少女は呟く。

 

…え、何こいつ。もしかして嫉妬?

思考回路どうなってんだ、教師として監督してただけだが。

男にだって、流石に勤めている学園の奴を狙わない分別くらいはある。

 

自分だって職場の生徒は狙わない様にする分別はあるぞ。

 

「は?」

 

そう主張すると、少女はすぐさま自分に向けて指先を向ける。

まるで、じゃあ自分はどうなんですか?とでも言わんばかりだ。

 

…いや、貴方は違いますやん。

確かにこっちが先に手は出したけど、その時はまだ君がうちの学園の新入生だとは気づいてなかったんだよ。

 

だからノーカンだろ?

そう言いそうになって、結局彼は黙る。

 

沈黙は金だ、こういう場面でペラペラと喋ったところで反感を買うだけだろう。まぁ結局黙っても…。

 

「…ダンマリですかぁ……まぁ…いいですけど」

 

イロからはそんな風な言葉が飛んでくる。

…じゃあなんて言えば良かったんだ?君は特別だとでも言えば良かったのか?

そんな言葉を言ったところで、君はより不機嫌になるだけだろうに。

 

男はそう感じて、沈黙を貫いた。

この嫉妬深い少女に何か言葉をあげて余計に油を注ぐくらいならば、黙って燃え尽きるのを待った方がいい。

事実、体育祭のようなイベント中の、この瞬間ならば。

時間は男の味方をしてくれる。

 

 

すぐに次のアナウンスが響き、他の生徒たちがぞろぞろと移動を開始する。男は彼女に元の場所に戻る様に促して、自分の定位置へと戻っていく。イロも戻らざるおえない。

彼女は不満そうな目つきで歩いていった。…あれは後が怖いな、そんな事を男は思った。

 

 

 

その後は特に何もなく、教師と生徒対抗の綱引きに参加したり、急病者を抱き抱えてダッシュで運んだりしながら忙しなく駆けずり回る。生徒たちとのコミュニケーションも忘れずに!

 

その後、男が少し休憩していると。部活動対抗の競技になる。

参加予定がない男は、水を飲みながらぼーっとしていると、同僚の教師から声をかけられた。

 

[おい、何ぼーっとしてるんだ?部活動対抗の二人三脚レース、出場するんだろ?早くいったらどうだ?]

 

 

????

 

 

なんの話?

男は思わず首を傾げる、なんだって?部活動対抗?二人三脚?

誰かと間違えてないか?

 

男がそう反論しようとすると。

 

「あ、せんせい!こんなところにいた!もう整列準備始まってますよ!行きましょう!」

 

どこからともなく現れたイロが、男の腕をギュッと掴む。

おいこらやめろ。距離が近い!

 

というか何?

お前なんかした?

 

男は混乱しながらも、同僚達の視線から逃げるようにその場を移動する事にした。

 

彼女に引きずられる様に、男は歩き始める。

勿論手は振り解いた。体面悪すぎるし。

 

そして、男は説明を求めた。

君なんかしたのか?と。

 

そうするとイロは悪びれる様子もなく言う。

 

「せんせい、以前体育祭の実行委員からパンフレットもらってましたよね?机にしまったあれです」

 

…男は思案を巡らせ。そしてすぐに思い出した。

こいつ人の机を勝手に…。そう言いたいところだが、あの書類はそもそも部員全員に見せるべきものだったので、見せなかった事自体は男の落ち度である。でも勝手に机漁るのどうかしてるよ。

 

「あそこに文化部用レース参加の為の書類があったので、私が書いて出しちゃいました。あれ生徒だけでも提出はできますから」

 

うわこいつ人の机勝手に漁った挙句…こっちに許可なしで書類提出したのかよ。

 

そんな文句が頭に浮かび、吐き出される事なく消えていく。

受理されてしまった以上、もうどうにもならなかったし。

きっとイロに言われたら、こっそり取り消してたような気がするから。

 

うちの学園は変なところが柔軟なので、幽霊部員だらけの文化部でも一応対抗レースには参加できる。

 

部員が一人しかいない、あるいは一人以外が参加する意思を見せない場合、問答無用で顧問と組まされるのだ。性別とか関係なしに。

ある意味でいえば、それは一種の公開処刑のようなものである。

 

そんなんだから顧問は基本走らないのだが…イロにとってはそんな事は関係なかったらしい。

 

悪目立ちを避けなければならないというのに、なぜわざわざこんな事を…。

こんな事をすれば目立つだけだろう?

 

男はイロにそう質問を投げかけるが。

イロから帰ってきた答えは、思っていたのと違うものだった。

 

「私だって、分かってますよ。…こんなことしても、悪目立ちするだけだって」

「これで目立って、他の部員が出来たら…自分にとって益のないことだってのも、分かってます」

 

ならなぜ?

男は問い続ける。少女は少し恥ずかしそうに、両手を合わせ、口元を隠しながら言う。

 

「…だって、せっかく好きな人と同じ学校にいるんです」

「好きな人と一緒に、体育祭の競技に参加したいと思うのは、普通の事だと思いませんか?」 

 

「本来あり得ない事を、夢に描いても出来なかったことが…出来るのなら。ちょっとの悪目立ちぐらい…いいかなって思ったんです」

「だから、少し付き合ってくださいな」

 

少女は少しだけ、恥ずかしそうにはにかみながら。

昔のような優しい笑顔を浮かべて、正直に言う。

きっとその言葉に嘘はなく、偽りのない本心だったのだろう。

 

 

とても眩しい、そして素直な想いに男は弱かった。

…しょうがない、そう。起こってしまったことにうだうだ言ってもどうしようもないのだ。やるしかない。

 

 

やるなら勝とう!練習とかしてないけど!

 

男はイロに手を差し出し。

 

「そうですね、先生。勝ちましょう」

 

イロもその手を握り返した。

 

 

 

そして、二人がレース参加者の待機列に並ぶ。

当たり前だが、参加者はほとんど学生で、ちょっぴり視線が痛かった。

だが、他にも二組ほどだが教師と組んでいる生徒がいた。

 

まぁ…あのよそよそしい感じは…相方の生徒が倒れたか病欠にでもなったんだろうけど。それでも他にいるだけマシだ。

1組だけよりは違和感が少ない。

 

そして、校庭に入場し。

それぞれの部活動の名が読み上げられて、レースの最終準備が始まった。実行委員から紐が渡され、それをお互いの足に結びつける。

 

イロが小声で何か言ってくる。

 

…足じゃなくて小指にでも結んでみますか?

 

…勘弁してくれ、周りに人いるだろ。

男は彼女の爆弾発言が周囲の騒音でかき消されたことにほっと安堵した。

 

ふふ…ジョークですよ…ジョーク。そんなことしなくても、見えないだけですでに結ばれてますから

 

そんな事をボソボソと言いながら、イロは貰った紐を男の足にさっさと結びつける。

その手つきはどこか、うすら寒いものを感じさせる。

 

 

こいつさっきの清純な感じはどこに…

男は既にさっきの彼女を懐かしく感じていた。やっぱこいつ怖いわ。

 

 

そして、二人の出番になる。

他の選手が掛け声をしながら歩く中、二人は何も言わず、お互いの呼吸を合わせるようにして歩き始める。

 

男はイロの事を理解できない、なぜ彼女がこんなに自分に執着する理由も、彼女の大切にしている約束も。

理解できないが、それはそれとして。彼女と過ごした長い時間と、重なり合った感覚が。

二人の歩調を合わせている。少なくとも、歩くだけなら、わざわざ声を出す必要もない。

 

 

「先生、準備は出来ましたね?」

 

イロの確認が入り、男はうなづく。

ピストルの空砲が鳴り響き、二人三脚のレースが始まった。

 

スタートダッシュは出遅れることなく全員で走り出す。多くの参加者が、声を合わせ、お互いの歩調を合わせる努力をする中。

イロと男は小さく呼吸をしながら、声を出すこともなく、お互いの体を支え合うようにして走り始めた。

 

 

二人は速度を上げ、どんどんと他の走者と差をつけていく。

積み重なった過去の経験と、現在の爛れた関係は、巡り巡って二人の息を合わせていた。

 

そうして、誰よりも先にカーブに差し掛かる。

大きく離したリードによって、二人は観客席と放送席からの注目を浴びる。

 

〔リードを広げていきます、化学実験部、他の部活に大きく差をつけた!!〕

【蔡ちゃん頑張ってー!!!】

 

〈すっご、めちゃくちゃ早くね?運動部よりも早いじゃん、全然こけねーし〉

 

そんな風に、学生たちからの声が向けられる。

 

女学生から黄色い歓声を受け、気をよくした男は手を上げ、ファンサービスをしようとしてある事に気づいた。

 

 

…ここでアピールすれば、新しい部員を加入させられるのでは?

妙案じゃね?

 

そんな事を思い、手を挙げ。

勧誘の営業トークをしようと、【化学じ―】まで言い終えたあたりで。微かな舌打ちが横から聞こえてくる。

 

「チッ…あ、脚がスベッター」

 

ぐいっ。

 

わざとらしい声と共に、思い切り、結んでいた方の足が引かれる。

 

はぁ!?何してんのこの―うわぁぁ!

 

そんな事を思いながら、声を上げることも出来ず。

男は砂埃を巻き上げながら地面に這いつくばる。地面と擦れ合った皮膚が痛い。

そしてその直後。

 

同じように態勢を崩したイロが、男を下敷きにするようにして倒れてきた。

程よい重みが速度を持って突っ込んでくる、当然ただではすまず、男はう”っ、と悲鳴を漏らす。

 

「わぁ、先生。ごめんなさい」

 

しかし、謝罪をしながらも、怪我をさせてきた張本人は汗をぬぐう仕草で口元を隠しながら。

男の耳元で小さく囁いた。

 

せーんせ、勧誘はだめですよ…私、言いましたよね?

…それに、私が見てる前で。他の子にヘラヘラしないでもらっていいですか?

 

酷い、他の女の子から歓声で気をよくして、ファンサービスしようと思っただけなのに。

この子本当に嫉妬深いし、目ざといな…。

目の前でこけたことにより、周りの視線はちょっと残念な物を見る目に代わる。

クソ、流石にここで勧誘は出来ないか…。ダサいし。

 

 

後続もどんどんと追い付いてきた上、転んだことによって一組に抜かされてしまった。

男はため息をつきながら、立ち上がる。

まだ負けてない、身内からの妨害にはあったが、まだ挽回できる。

 

そして、まだ地面に座っているイロにそっと手を差し出して。

嬉しそうに手を取り、微笑む彼女と共に、もう一度走り出した。

 

そうして、そのまま二人は加速していったけれど。

結果は二位に落ち着いてしまった。

 

けれど、イロはとっても満足そうで。

その笑顔だけはとても素敵に見えたから。

いつもこんな風に笑ってくれたら楽なのになぁ、と男は思った。

 

 

受ける必要のない傷は負ったし、砂だらけになってしまったけど…。

楽しそうに二位の列に並ぶ彼女を見ていれば。

怒ろうとか、そんな気概は一切起きなかった。

 

全く、美人というのは実にずるいな。

ふとそんな事を思い、男はそのまま列に並び続け、全てのレースの終了と共に紐を解いた。

アナウンスが響き渡り、競技は終わる。

 

 

各々の定位置に戻る途中、イロは少し気まずそうに話しかけてきた。

 

 

「…先生。大丈夫でしたか?」

「怪我、してませんか?…その、さっきは…ごめんなさい…」

「やりすぎました…すいません」

 

そう、頭を下げる彼女を見て。

 

男は内心驚く、こいつ恋愛関係の癇癪に対して謝罪できたんだ。

めちゃくちゃな嫉妬するし、脅迫もしてくるのに、さっきの行為に謝罪は出来るんだ。

純粋に男は驚き、そして彼女を宥めた。

 

まぁ…うん、次から気を付けてくれればいいよ。大丈夫さ、怪我はしてないしな。

 

そんなことを言って、彼女の心配を取り除く。

イロは男のそんな様子を見て、安心した様子で元の席へ戻っていく。

そして、思い出したかのように。

 

男の方に振り向いて。笑顔で言う。

 

「…そうだ、先生。…とっても楽しかったです」

「付き合ってくれて、ありがとうございました!」

 

飛び切りの笑顔でイロは笑う。

その笑顔を見届けた男も、満足げに戻っていった。

 

 

 

そうして二人は別れ、体育祭は終わりを迎える。

生徒たちが片づけをして、男たち教師陣もそれに加わる。

 

なんだかんだ言って、イロもそれなりに体育祭自体は楽しめたようで。

というより、疲れてしまったのだろうか。特に彼女が体育祭終わりにちょっかいをかけてくることはなかった。

男はホッと一息をつく。こんなに疲れた身体を引き摺って、彼女の相手をするのはごめんだ。

 

だが。イロがちょっかいをかけてくることはなくとも。

もう一人、男には面倒くさい知り合いがいる。

 

 

ある程度仕事に片を付け、教師陣も解散となった時。

電話がかかってくる。着信元は…皐からだ。

 

 

本当に、休む暇もないな。

男はそう思いながら、彼女からの電話に出ることにした。

 

 

 

 

 

 




クラス担任でもないし、運動部でもないと体育祭で絡みある教師ってそんなに多くないと思うんですよね。

このお話はこんな感じで男がヒロインとドタバタしていくコメディ(?)的な話で進んでいきます。
これコメディか…?
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