火遊びはよくない   作:竹藪焼けた

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前回の続きからです。



第9話

 

目が覚めた時、肩に残った傷跡が痛む。

あの裂けた部分は傷口になっていた。

誰かに見られた瞬間、一発でただの傷ではないとバレるだろう。

 

憂鬱な気持ちのまま、自分の腕に絡みつくようにして眠る皐を見ながら。

男はゆっくりと起き上がる。

 

今日は休みだが…この肩の傷はどうしようか。

服を着ていれば隠れるが…イロと一緒に踊るハメになった時には、きっとすぐに露見してしまう。

 

それでは困る…というか、きっと彼女からとんでもなく詰められるだろう…どうやって誤魔化そう…。

内心そんな事を考えながら、男はそそくさとベッドから降りる。

巻きついた皐の腕は、眠っているとは思えないほど強く絡んでいたが、それを無理やり引き剥がして、洗面台で顔を洗うことにした。

 

熱病に浮かされて、いつも通り失態を犯したが…まぁなんとかなるだろうと思って、携帯を見ようとする。

そう言えば、昨日来たイロからのメッセージ…ちゃんと確認してなかった…。

 

携帯をカバンから出して、メッセージを確認すると。

 

【メッセージが14件、着信記録が7件】

 

…男はなんだかすごく嫌な予感がした。

戦々恐々としながら内容を確認すると…。

 

 

メッセージ記録の大半と、着信履歴の6件はイロからのものだった。

 

 

男の背中に冷や汗が垂れる。

送られたsnsのメッセージを抜粋すると以下の通り。

 

----------------

 

【先生、少し話したいことがあるのですが、電話を掛けてもいいでしょうか?】 10:21

<不在着信> 

【今は忙しいみたいですね、また後でかけ直します】10:30

 

【先生、既読すらつけないだなんて珍しいですね。 いつもだったらすぐに連絡を返してくれるのに】15:51

<不在着信> 

<不在着信> 

【まだ出ないつもりですか?…それとも、出れない状態とか?】15:57

【何かあるのなら、一言くらい連絡をくれてもいいと思いますが。】15:59

<不在着信>

【もう少ししてから、もう一度連絡します。

それまでには既読くらいつけておいてください】16:00

 

 

<不在着信> 

<不在着信> 

【結局、朝から夜までずっと、連絡を返してくれませんでしたね】21:22

【直接聞くつもりだったのですが、もういいです。予めここで質問しておきます】21:23

 

【…駅で、女性と肩を並べている先生の後姿を見かけました。

あの人とは、どういう関係ですか?】21:24

【納得のいく説明を、期待していますね。】21:24

 

 

----------------

 

男の背筋を、嫌なものがスルリと撫でていくのを感じる。

…やっべ、どうしよこれ。

どうやら見られていたらしい。

 

後姿を見られただけだ。だからまだ、ギリギリ言い訳が出来るだろう。

さて…どうやって言い訳を…しようか…。

男がそんな事を思考していると。

 

ピコン!

 

男の携帯から、聞きなじみのある通知音が鳴る。

ん?

男が、そこに視線を移すと。

 

----------------

 

 

【既読、つけましたね?】7:17

 

 

----------------

 

あ、まずい。

男は機内モードにするのを忘れていた。

そして、忘れていたが故に。イロから捕捉されてしまった。

 

prrrr!!!!!

 

男が何かをする間もなく、電話がかかってくる。

ここで出ないという選択肢はない。しかし、後ろの部屋にはまだ眠っている皐がいる。

どうにか、話を可及的速やかに終わらせたうえでいい感じに誤魔化さなければ…

 

男は震える指先で、コールを押した。

 

「…おはようございます、先生」

 

酷く冷たい、寒気のするような声が耳を突き刺す。できることならば、朝からこんな声は聞きたくなかった。

男は五月蠅く鼓動する心臓の脈動を感じながら、言葉を絞り出す。

 

おはよう、イロ。昨日の…事なんだが…

 

「はい、先生。どうぞ、納得のいく説明をしてください」

「私…先生の事を待つのは、それなりに得意ですから」

 

言葉の節々から怒気を滲ませながら、イロは言う。

男は必死に頭を回転させながら、この子の怒りを鎮められてかつ、自然な言い訳を考える。

…だが、思いつかない。全てをでっちあげようとしても、こんな数秒では考えられるわけもない。

 

そこで、彼は半分本当で半分真っ赤な嘘である話を作り上げることにした。

男は震える声を誤魔化しながら、必死に言い訳を積み上げていく。

 

 

あの、な。…その子は、昔の…サークルの後輩で、一緒にライブに行こうって誘われてさ。

電車とバスを使って、ライブに行ってたんだよ。

いや、安心して欲しい。お前が思ってるような関係じゃないから。

他の奴らも一緒だった、ちょっと羽目を外しすぎただけなんだ。

 

 

取り繕いながら、男は言い張る。

男は気づいていないが、これはかなり危険な賭けだった。

もしもイロが間近で皐を視認していたのなら、皐が大学生ではない事が直ぐにバレる。

纏う雰囲気がそれとは違うから。

 

だが、男は幸運だった。故に、その言葉が、一瞬で嘘だと看破されることはない。

 

「ふむ…じゃあ、連絡を返さなかった理由は…」

「携帯の電源をずっと切っていた理由はなぜですか?」

 

 

…モバイルバッテリーを忘れて。携帯の電池が切れてて連絡を見れなかった。

いや、分かる。言い訳みたいに聞こえるよな?

 

「はい、ものすごく嘘っぽく聞こえますね。というか嘘ですよね」

 

…だが、事実なんだよ。本当だ、嘘じゃない。

ライブに来て、興奮してたんだ。それで携帯を見るのを忘れるくらい熱中していたのもあって、そこまで重要に感じなかった…。

それで…久しぶりにはしゃぎすぎて、携帯も見ずにそのまま寝てしまっただけなんだ。

 

「…そのライブの名前を言ってください。なるべく詳しく」

「今すぐに」

 

あぁもちろん。

 

男は迷うことなく、そのライブの名を言う。覚えている限り明確に、場所も指定して。

ライブに行っていた事は、嘘ではなかったから胸を張って言うことが出来た。

 

イロはその言葉を聞いて、少し時間を空けて。

小さく。電話越しで微かに聞こえるくらいのため息をついた。

 

 

「はぁ…先生…分かりました。…信じてあげます」

「また、いつもみたいに、あの時みたいに。貴方の言葉を信じてみましょう」

「…ただし、何度も何度も。私が貴方の言葉を信じるとは思わないでください」

 

「私はいつでも、貴方と一緒に破滅できるって事。肝に銘じておいてください」

 

少女は強い語気で、男に釘をさす。

男は浅い呼吸を必死に抑えて黙り込む。

そして、少しクールダウンした様子でイロは言葉を続けた。

 

「ふぅ…今度は私も誘うか…そのような予定は、予め伝えておいてください」

「こんな風に問い詰めるのは。本意ではありませんから」

 

「…こんな気持ちにさせた埋め合わせは、しっかりとしてもらいますからね?」

 

あ…あぁ、勿論。任せとけ。

 

相も変わらず…無責任な言葉…

「…はぁ。それじゃあ先生、また明日。…部室で会いましょう」

 

おう、それじゃ。

 

それだけ言うと、イロはぶっきらぼうに電話を切る。

 

あぶねー!!

何とか生き残ったぞ!!

 

心臓の脈動を、確かに感じながら。何とか危険域を脱したと考えた男は。

解放感を感じながら、伸びをしようとして。

 

 

後ろから。

ひたひたと、誰かの足音を聞いた。

 

 

一難去って、また一難。

まだ伸びをするには、少し早かったようだ。

 

『…お兄さん、誰と話してたのかな』

 

微睡むような目つきで、けれど。どこか座った眼をした皐が。

男の少し後ろ、鏡に映る位置に立っている。その視線からは、懐疑がありありと見て取れる。

男が誤魔化そうとする前に…皐が先手を打つ。

 

『女性の声だった。…男友達じゃないね』

『…ねぇ、どんな人?…お友達かな?…それとも…ふふ…』

『…浮気相手、だったりする?』

 

皐の、寝起きとは思えないほど翳りを帯びた眼が、男を突き刺す。

その瞬間、男は彼女が次に言おうとしている言葉を予知できた。

 

付き合ってもない癖にその言葉を使うのはやめてもらいたいな。

そんな言葉が出そうになって、男はそれを飲みこんだ。

 

なんで朝からこんな血圧が上がるような体験を繰り返さなきゃならんのだ。

そう思いながら、男は次のごまかしを考える。

 

なるべく急いで、皐が何か言う前に言い訳をしなければ。

だってきっと、彼女が次に言うセリフは。

 

【携帯、見せてよ】

 

だろう。

 

それはまずい。そんな事をすれば、全てを巻き込む大惨事だ。

だからこそ、其れだけは避けなければならない。

 

皐が次の言葉を言う前に、男は急いで先手を撃ち込む。

危険な賭けだが、間違いなく死ぬ道に突っ込むよりはましだ。

それに、まだ詰みではないはずだ。

 

だって、もし先ほどの間でのイロとの一部始終の会話を聞かれていたのなら。

幾ら寝起きの彼女でも、男が二股をしていることくらいは察せられるはずだ。

仮に男の声しか聞こえなくとも、何か言い訳をしていることくらいは読み取れるはずだから。

 

 

いいや、そんな心配するような関係じゃない。女友達だよ。

飲み会に行かないかって、誘われてさ。昔の…大学の後輩なんだ。

嘘じゃない…少し待っとけ、もう一回かけ直すからさ…

 

男は必死に嘘を吐く。

その言葉に信ぴょう性はないだろうが、こう言えば皐はスマホを奪おうとはしてこないだろう。

 

 

男はスマホを弄り、大学時代からの知り合いに電話をかけることにした。

正直…うまく行くかは分からない、もしここで出なかったら…大人しく死ぬしかないだろう。

内心祈りながら、男は必死にコールをかける。

 

1コール 当然でない。 皐の目線は、変わらず。

2コール 出ない。 皐の目線が、男に向いた。

3コール 出ない。 その視線は、疑いを孕む。

4コール 出ない。 彼女が、何かを言おうと。口を開いて。

 

5コール目に、電話がとられる。

 

〔んぅ…先輩、朝っぱらに電話をかけ直さないでくださいよ…〕

〔まだ私…寝てたんですけど…〕

 

男は内心歓喜しながら、その言葉を皐に聞かれないように。

自分の耳元に電話を当てる。

 

そして、電話先の人物を壁にしながら寸劇を展開しようとして。

 

その刹那。

横から伸びてきた手が、男の携帯を掠め取った。

 

 

あっ、おい!

男の静止も聞かず、皐は男の携帯を掠め取り。

勝手に話し始める。

 

男は無理やり止めようとしたが…皐は言う。

 

『お兄さんの言っていることが正しいのなら…別に私が、この人と話しても問題ない。でしょ?』

『疑いが晴れたら…ちゃんと返してあげるよ』

 

 

男はその言葉を聞いて、手を止めざるを得ない。

もしここで、彼女から無理やり携帯を奪い返せば。

男が嘘をついていたと、暗に認めることになるぞと。

 

彼女はそう脅しているのだ。

 

終わった…。

 

内心絶望しながらも、一抹の希望に賭けて男は待ち続ける。

最早今の彼に出来ることは、祈る事だけになった。

 

一方、受話器の先に居る人物は。

何が起きているのかいまいち現状を掴めていないらしい。

 

〔…もしもし?…あの、先輩?すいませーん!何か言ってもらってもいいですか~!〕

 

皐は男に、近づかないように。そして静かにしているように人差し指を唇に当てると。

電話の先の人物と話始める。

 

『…もしもし』

 

〔ん…?あれ?先輩じゃないですね、えっと…どなたですか?〕

 

『アタシは…あの人の恋人で…。ごめんなさい、少し貴方に聞きたい事があるんだけど、聞いてもいいかな』

 

〔はい…?…はい!?え…は!?…先輩に恋人が出来たんですか!?…あ、すいません。少しびっくりしちゃって〕

〔ええと…あんまり飲み込めてないんですけど…どうぞ。…聞きたいことってなんでしょう?〕

 

『さっき、あの人に電話をかけた?…あの人、貴方から飲み会に誘われたって言ってるんだけど』

 

受話器越しの人物は、僅かに沈黙する。

男にとってそれは永遠のように感じられたし、処刑を待つ囚人のような気分になる。

だが、今回に限っては。運命は…いいや、彼の後輩は。男に味方をしてくれたようだ。

 

 

〔…はい、誘いましたよ。…いやー、実は昨日。電話をかけてたんですけどね?〕

〔さっき、こんな朝に先輩が掛け直してきたんですよ。それで少しだけ…話をしました〕

 

〔…ごめんなさい、彼女さん。まさか先輩に恋人が出来てるなんて思ってなくて〕

〔あ、でも。飲み会って言っても、彼女さんが心配するような物じゃないですからね。大学のOBの集まりで、今回は私が幹事なだけですから、心配不要ですよ」

 

…皐は少しだけ、考え込むような仕草を見せる。

そして、小さく息を吐いて。

 

『…そうなんだ。…ごめんなさい、勝手に電話を替わったりして』

 

〔いえいえ、お気になさらず…うちの先輩、かなりあれなところがありますからね。心配するのも無理ないと思います〕

〔…えと、それじゃあ。少しだけ、先輩に代わってもらっていいですか?〕

 

『…分かった、急な質問に答えてくれてありがと』

 

〔どういたしまして~〕

 

皐は申し訳なさそうにしながら、男に携帯を返してくる。

男は電話の内容を殆ど聞き取れなかったが、奇跡的に助かったようだ。

必死に喜びと安堵を取り繕いながら、自分の手元に戻ってきた携帯を掴む。

 

耳に当てた直後、囁くような声で。電話越しの人物が囁く。

 

〔せ~んぱい?…これは貸しですからね〕

〔…今日の午後、暇ですよね?…というか、予定空けてください〕

 

…男はそう囁く彼女に対して、悪態をつこうとするが。

 

〔危機を救った、かわいい後輩の頼み。断りませんよね~?〕

〔いつもの場所で、二か月ぶりに会いましょ。海外プロジェクト帰りで、羽目外したい気分なので〕

〔じゃ、今日の午後4時。待ってますね~〕

 

クソッ…皐が見ている手前、そこまで強い返答をすることも出来ず。

そのまま男の後輩は電話を切ってしまう。

 

…今日の午後は確かに空いているが、一日くらい休暇が欲しかった。

 

イラつきながら携帯をポケットにねじ込むと、少しだけ申し訳なさそうに佇む皐と目が合う。

しかし、その態度とは裏腹に。彼女は男を未だに疑っているようだった。

 

男はそんな彼女の疑いに気が付かず、何食わぬ顔で諭す。

 

まぁ、勘違いは誰にでもあるものだから。

俺は気にしてない。

 

そんな風に諭せば、皐はバツが悪そうに返事をする。

 

『正直…全く納得できてないけど。…でも…疑いすぎるのはよくないか…』

『…ごめんなさい。勝手に携帯を奪ったのはやりすぎだった』

 

皐は丁寧に、男に謝罪の意を伝える。

どうやら彼女は疑わしきは罰せずのスタンスを取ってくれるらしい。

 

助かった、これでも引き下がらずに携帯を見られていたら死んでいたぜ。

 

男は心底ほっとしながら、彼女の謝罪を受け入れる。

 

いいんだよ。ただ…これからはしないでくれると嬉しいんだが。

 

男は彼女が約束してくれることを期待するが。

彼女の返答はあまり望ましくはない。

 

『…悪いけど、保証は出来ないかも。…大体さ…よくよく考えてみたら…私が寝てる時に、他の女に電話をかける方がおかしくない?』

『そんな事すれば、私が貴方を疑うってことくらい、予想出来ると思うし…だいたい、貴方は―』

 

おっと、逆切れからの説教が始まってしまった。

 

男は何も言えない。

確かに、よく考えてみると。

仮にも恋人のように振舞っている相手が家にいる時に、後輩とはいえ女性に電話をかけるのは…ちょっと人としてよろしくないかもしれない。

 

先程まで毅然と彼女を諭していたはずの男は。

皐の説教に対して、ごめんなさいと謝罪をすることしか出来なかった。

 

本当は自分が電話をかけた訳じゃないけど、イロとの関係がバレる訳にはいかなかったし。

ここで変に正当化して面倒くさい事になる方が嫌だったから。

男は必死に平身低頭を貫いた、出来る限り皐の機嫌が良くなるように。

 

その甲斐もあって、何とか皐の興味はあの電話から移ってくれた。

そうして、男は暫く皐の説教を聞いて。

男の腹が鳴り、二人は朝食を取っていない事を思い出す。

 

『…はぁ…ちょっと言い過ぎたかも。ごめん、私も冷静じゃなかった…』

 

『…朝から疲れた…ごはん食べよ。作るから、冷蔵庫借りるね』

『うげ…相変わらずぜんっぜん、栄養のある食材がない…タッパーと簡単な作り置きばっかじゃんか』

『あれだけ言ったのに…自分の身体大事にしなよ…』

 

ぶつぶつと文句を言いながら、皐は冷蔵庫を物色し始める。

どうやら朝食の準備をしてくれるらしい。

 

 

そんな彼女の後姿を見ながら。

男は大きく深呼吸をして、携帯の連絡がこれ以上増えない事を確認する。

そうして初めて、この朝の騒動が一息ついたことを実感したのだった。

 

 

顔を洗って、着替えるか。

後ろでコンロが点火した音を聞きながら、男は洗面台に向き直るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





この主人公、人から受ける説教の内容とかちゃんと聞いてるんでしょうかね?
なんだか、表面上しか理解してないような気がします。

SNSのメッセージの書き方を少しだけ工夫してみたんですけど…これ分かりにくいですかね?読みにくそうだったら、次からは控えてみようかな?
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