私は……誰なのだろうか?その問いが、決して止まない。
頭の奥、意識の最深部で、まるで古い神経回路が短絡を繰り返すように、永遠に反響し続けている。
一滴の疑問が血潮となり、血管を巡り、骨の髄まで染め上げる。
私は誰か。
私は何のためにここに在るのか。その答えを探すたび、胸の奥に生まれるのは、得体の知れない疼きだった。
宇宙から零れ落ちた欠片が、私の存在そのものを蝕んでいるかのように。
私は連邦生徒会長だった。いや——過去形では済まされない。
私の記憶は、確かにそう刻み込まれている。これまで、私はその責務を全うしてきた。
秩序の番人として、連邦の生徒たちを導く者として、校則を執行し、未来を紡ぐべき道筋を整えてきた。
朝が来れば机に向かい、夜が更けても灯りを消さず、書類の山と向き合い続けた。
笑顔を浮かべながらも、その裏側で常に「正しさ」を秤にかけ、決断を下してきた。
それが私の在り方であり、私という存在の証明だった。生徒会長という肩書きは、単なる役職などではないのだから。
今、私は連邦生徒会長として、キヴォトスという巨大で複雑怪奇な学園都市を、魔法のように調律し続けている。
無数の生徒たちが織りなす喧騒と秩序の狭間を、細やかな指先で一本一本、糸を紡ぎ直す。
乱れた校則を正し、逸脱した流れを導き、未来へと続くべき道筋を、慎重に、しかし確実に整えていく。
そのたびに、自分の能力の限界と、責務の重さを、骨の髄まで、魂の芯まで刻み込まれるように実感する。
天秤の皿の上に載せられたのは、ただの数字や書類ではない。
生徒たちの笑顔、教室に満ちる活気、街路を駆ける無邪気な足音、夜の闇に潜む小さな絶望——すべてが、私の掌の上で微かに震える。
一つの判断が、わずかな揺らぎが、キヴォトス全体の均衡を崩しかねない。
私はそれを、決して落とさない。
前向きに、そして正しく。超人とさえ呼ばれるような、現実を一つ一つ、丁寧に積み上げていく。
それが、私に与えられた役割であり、私という存在の唯一の証明だったはずだ。
ロアと呼ばれる、理屈では到底説明し得ない怪奇現象——あの、影のように這い寄り、常識をねじ曲げる歪んだ存在。
それを、SRT特殊学園で鍛え上げられた優秀なFOX小隊に任せた。
判断は正しかった。
彼らの鋭い牙と、静かなまでの忠誠心、戦場での冷徹な効率性は、確かにキヴォトスの闇を食い破るのに相応しい。
私はそれを信じ、託した。
彼らが闇の中で牙を研ぎ、静かに任務を遂行する姿を思い浮かべるたび、胸の奥に微かな安堵が広がる。
それもまた、連邦生徒会長としての正しい責務のひとつだったはずだ。
私は、すべてを正しく運んでいる。そう信じたい。なのに。頭痛がする。みんなと笑って歩んでいるはずの道から、一人だけ逸れているような感覚。
横並びに一緒に進んでいたはずの道筋で、隣には誰もいない。風が通り抜けるだけの、冷たく虚ろな空白。
皆の声が遠くから聞こえてくる。笑い声、呼びかける声、励ましの言葉——それらが、まるで厚い膜の向こう側から響いてくる。
私は手を伸ばしても、指先はただ空を掴むだけ。透明な膜に隔てられた向こう側で、別の「私」が連邦生徒会長として輝いているのを、ただ見つめているだけのような——ガラスの檻。
私はその中に閉じ込められている。冷たく、硬く、透明で、しかし絶対に砕けない檻。
指先で叩いても、拳を振り下ろしても、ひび一つ入らない。向こう側では、「私」が皆と共に歩き、笑い、キヴォトスを調律し続けている。
生徒たちに囲まれ、信頼の眼差しを受け、秩序の番人として堂々と立つ姿。
その「私」は、完璧だ。
迷いなど微塵もなく、責務を全うし、超人としての現実を積み重ねている。
私はただ、ガラス越しにそれを見せつけられている。自分の姿が、自分の声が、自分の為すべきことが、すべて「正しい」形でそこにある。なのに、ここにいる私は——頭痛がする。
頭痛がする。
頭痛がする。
疼きは、波のように何度も押し寄せては引いていく。脳神経回路を無理やり引き伸ばされ、焼き切られるような、焼けるような痛み。
こめかみを押さえても、目を閉じても、深く息を吸っても、痛みは消えない。むしろ、意識を向けようとするたび、より深く、より鋭く、私の核を抉り、存在そのものを問い詰めてくる。
この痛みは、単なる疲労ではない。
これは、私という存在の亀裂から漏れ出す、根源的な叫びなのかもしれない。
私は連邦生徒会長だ。
そうでなければ、私は一体誰だと言うのだろう?
私はキヴォトスを調律する者。
秩序を紡ぐ者。
生徒たちの未来を秤にかける者。
超人と呼ばれようと、怪物と呼ばれようと、私はその責務を背負い続けなければならない。
たとえこの頭痛が、私の存在そのものを否定しようとも。
たとえガラスの檻が永遠に砕けず、私を「本物」から隔て続けようとも。
たとえ隣に誰もいないこの道で、孤独が骨まで染み込もうとも。
私はここにいる。
この痛みを、 この違和感を、 この孤独を、すべて抱えたまま、ここに立っている。
私は連邦生徒会長として、キヴォトスを正しく導いていく。
前向きに。
正しく。
一歩、また一歩と、現実を積み上げ ていく。
ロアの影が再び這い寄ろうとも、FOX小隊が闇を切り裂くと私は信じ続ける。
皆が笑う道を、たとえ私だけが少し逸れていても、その道自体を正しく保つために。
それが、私の意味。
それが、私の意義。
たとえこの身が、いつかガラスの檻の中で砕け散ろうとも、記憶がすり減り、アイデンティティそのものが侵食されようとも——私は、私であることを、決して手放さない。
私は連邦生徒会長だ。
私は、ここに存在している。
私は、ここで生きている。頭痛など、ただの残響に過ぎない。
私は、歩みを止めない。
キヴォトスのために。
皆のために。
そして、何より——この痛みの中でなお、私自身のために。私は、連邦生徒会長として、キヴォトスを調律し続ける。永遠に、たとえそれが、私を蝕む呪いであったとしても。
そういった決意の全てが、私の魂に焼き付いた刻印であり、生きる意味そのものだった。
なのに。すべてが、突然、断ち切られたことの恐怖が全身を襲う。
時間の織物が一方的に引き裂かれたかのように。
目覚めた瞬間、そこは見知らぬ「未来」だった。
空気の匂いすら違う。光の差し込み方すら、どこか歪んでいる。
身に覚えのない組織——シャーレ。超法規的という言葉が、呪文のように私を包み込む。
ここは、私が知るキヴォトスの延長などではない。
別の時間軸から強引に引きずり出されたような、異質な檻。そして、リンちゃんの声。
あの良く知る顔から発せられた、冷たく澄んだ一言。
「貴方は、連邦生徒会長ではない」
その言葉は、鋭い刃のように私の核に深く突き刺さった。
「否定」。
純粋で、容赦のない、絶対的な否定。私はそれを、ただ受け止めるしかなかった。
痛みすら感じないほどに、深く、静かに。
理解できない。
私自身だって、わからないのだ。連邦生徒会長でないのならば私は誰なのだろう。
そもそも本当に、私は連邦生徒会長だったのか。それとも——すべてが、ただの幻想に過ぎなかったのか。
胡蝶の夢なんて笑い話にもならない。
いつも通りだった。
その日も、机に向かい、いつものように仕事をこなした。生徒たちの相談に耳を傾け、問題を解決し、秩序を保つために必要な決断を下した。
疲労が肩にのしかかっても、決して弱音を吐かなかった。夜が更けるまで灯りを落とさず、最後の書類に目を通し、ようやくベッドに体を預けた。
目を閉じ、深い眠りについた。
それだけだった。
それが、いつも通りの一日だった。次に目を開けた時——世界は変わっていた。
私は「失踪」扱いされていた。
私がいたはずの時間は、私を置き去りにして進んでしまったらしい。誰も、私の不在を埋められなかったわけではない。
ただ、突然いなくなった生徒会長の席は、空いたままだった。そして今、私はここにいる。
未来という名の、得体の知れない場所に。困惑が、胸の奥で静かに渦を巻く。悲しみが、ゆっくりと、しかし容赦なく全身に染み渡っていく。
「私はここにいるはずではなかった」
そんな思いが、波のように何度も押し寄せては引いていく。だが、それに縛られて良いはずがない。
感情など、ただの副産物に過ぎない。たとえ心が引き裂かれそうになっても責務を放棄するなど許されない。
私は連邦生徒会長なのだから。たとえこの世界が、私を「違う」と否定しようとも。
私はここにいる。
この肉体が、この思考が、この意志が、確かにここに存在している。
指先で触れるこの机の感触。
肺に吸い込むこの空気。
鼓動を刻むこの心臓の音。
すべてが、私が「私」である証拠だ。
私はここで生きている。
私は連邦生徒会長だ。たとえこの先、何が待ち受けていようと。たとえこの身が、未来の歪みの中で溶け崩れ、記憶がすり減り、アイデンティティそのものが侵食されようとも。
私は、私であることを決して手放さない。
それが、私の魂の在り方だ。
私の魂に刻まれた、たった一つの『銀の弾丸』
私は連邦生徒会長として、ここに在る。この瞬間も、この未来も、この世界の果てまでも。
私は、ここにいる。
私は、存在している。
私は、生きている。
私は連邦生徒会長です。
私は貴方達の仲間です。
わたしはみんなの、なかまです