『攻撃できないキャスターで聖杯戦争を勝ち抜く方法』   作:牛☆大権現

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それでも、立つ

山が唸っていた。

 

 低い振動。

 

 腹の底を揺らす音。

 

 空気が重い。

 

 アレクセイは境内に立ちながら、空を見上げた。

 

 曇天。

 

 その向こう。

 

 見えない場所で、“戦争”が近づいている。

 

「……来る」

 

 真澄が呟いた。

 

 符を握る指が、わずかに強張っている。

 

 園部は静かに薙刀を構えた。

 

 植芝は、動かない。

 

 ただ立っている。

 

 それだけなのに、不思議と場が崩れない。

 

 アレクセイは白い稽古帯を握った。

 

 柔らかい。

 

 最初の頃とは違う。

 

 少しだけ、自分の手に馴染んでいる。

 

『聞こえるか』

 

 端末。

 

 エルメロイⅡ世の声。

 

「繋がってる」

 

『状況が変わった』

 

 声が低い。

 

『ライダー陣営が動いている』

 

「知ってる」

 

『いや、“本格的に”だ』

 

 一拍。

 

『街ごと戦場化するつもりだ』

 

 本堂が静かになる。

 

「……は?」

 

 アレクセイは眉をひそめた。

 

『結界の外周で爆撃痕が確認された。魔術協会の監視網も乱れている』

 

 ライダー。

 

 ルーデル。

 

 あの男。

 

 個人ではなく、“戦争”を持ち込む英霊。

 

『おそらく目的は一つ』

 

 エルメロイの声が落ちる。

 

『局地的戦場形成』

 

 真澄が息を呑んだ。

 

「聖杯戦争を、“本物の戦争”に変える気……?」

 

『その可能性が高い』

 

 アレクセイの背筋に冷たいものが走った。

 

 今までは、まだ局地戦だった。

 

 サーヴァント同士の戦い。

 

 マスター同士の駆け引き。

 

 だが、それが崩れる。

 

「ふざけるな……」

 

 思わず漏れる。

 

「そんなの、関係ない人間まで巻き込まれるだろ」

 

『ああ』

 

 エルメロイは即答した。

 

『だから危険なんだ』

 

 その時。

 

 空気が揺れた。

 

 風。

 

 違う。

 

 圧。

 

 山の向こうから、何か巨大なものが近づいてくる。

 

「ランサー」

 

 真澄が低く言う。

 

「来ます」

 

 園部が頷く。

 

 静かに。

 

 だが、その背中は張っていた。

 

 次の瞬間。

 

 轟音。

 

 遠くの森が吹き飛ぶ。

 

 土煙。

 

 爆炎。

 

 木々が倒れる。

 

 距離がある。

 

 なのに、熱が届く。

 

「……っ」

 

 アレクセイは歯を食いしばった。

 

 恐怖。

 

 純粋な。

 

 個人ではどうにもならない力。

 

 だが――

 

 逃げない。

 

 前よりは。

 

「どうする」

 

 真澄が聞く。

 

 試すように。

 

 アレクセイは空を見る。

 

 考える。

 

 勝てない。

 

 真正面からなら。

 

 絶対に。

 

 でも。

 

(終わらせ方を考えろ)

 

 エルメロイの言葉。

 

(負け方を選べ)

 

 園部の言葉。

 

(攻撃はせん)

 

 植芝の言葉。

 

 全部が繋がる。

 

「……時間を稼ぐ」

 

 口から出た。

 

「何?」

 

「今のライダーは、“場”を作ろうとしてる」

 

 アレクセイは息を整える。

 

「なら、完成させる前に崩す」

 

 真澄の目が細くなる。

 

「具体的には?」

 

「逃げる」

 

 即答だった。

 

「徹底的に」

 

 一瞬、静寂。

 

 その後。

 

 真澄が吹き出した。

 

「ふふっ……」

 

「笑うな!」

 

「いや、ごめん」

 

 肩を震わせる。

 

「でも、それ、すごくあんたらしい」

 

 アレクセイは眉をしかめた。

 

「褒めてる?」

 

「半分」

 

 真澄が笑う。

 

 その時。

 

 植芝が静かに頷いた。

 

「良い」

 

 短い。

 

 だが重い。

 

「戦場は、“完成”した側が強い」

 

 植芝の目が遠くを見る。

 

「ならば、完成させねばよい」

 

 アレクセイは息を呑んだ。

 

 その発想。

 

 今までなら、絶対に出なかった。

 

「つまり」

 

 真澄が続ける。

 

「真正面から勝つんじゃなくて、“相手の形を崩す”」

 

『そういうことだ』

 

 エルメロイが通信越しに言う。

 

『ようやく分かってきたな』

 

 少しだけ。

 

 本当に少しだけ。

 

 教師の声に満足が混じっていた。

 

『フラット』

 

『はーい』

 

『ライダー陣営の移動予測を出せ』

 

『もう出してるよ』

 

 軽い声。

 

『多分このまま南側へ回る。地脈使ってる』

 

「何で分かるんだよ……」

 

『勘』

 

「ふざけんな!」

 

『でも合ってる』

 

 真澄が顔をしかめる。

 

「……本当に南から来てる」

 

 天才は理不尽だった。

 

『グレイ』

 

『はい』

 

『避難経路を』

 

『作成済みです』

 

 即答。

 

 地図データが送られてくる。

 

 アレクセイは一瞬、言葉を失った。

 

 後方が、強い。

 

 現場だけじゃない。

 

 支えている人間がいる。

 

 その事実が、妙に胸に残った。

 

『アレクセイ』

 

 エルメロイが最後に言う。

 

『お前は何をする』

 

 問われる。

 

 教師に。

 

 戦場で。

 

 今。

 

 アレクセイは白い稽古帯を握った。

 

 柔らかい。

 

 馴染んでいる。

 

 そして。

 

 ようやく少しだけ、分かった。

 

「……立つ」

 

 一拍。

 

「逃げるために」

 

 静寂。

 

 その後。

 

『上出来だ』

 

 エルメロイが言った。

 

 通信が切れる。

 

 その瞬間。

 

 空が裂けた。

 

 轟音。

 

 爆撃。

 

 森が吹き飛ぶ。

 

 熱風。

 

 だが。

 

 今度は、足が止まらない。

 

「行くぞ!」

 

 アレクセイが叫ぶ。

 

 全員が動く。

 

 逃げる。

 

 崩す。

 

 時間を奪う。

 

 戦場を完成させない。

 

 それが今の、自分たちの戦い方。

 

 遠くで。

 

 ルーデルが笑っていた。

 

 戦火の中で。

 

 壊れた兵士のように。

 

「いい」

 

 低い声。

 

「それでいい」

 

 空が燃える。

 

 戦争が始まる。

 

 それでも。

 

 アレクセイは立っていた。

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