『攻撃できないキャスターで聖杯戦争を勝ち抜く方法』 作:牛☆大権現
森が燃えていた。
夜の山中に、赤い火が広がっていく。
熱い。
肺が焼ける。
煙が喉に張り付く。
「っ……!」
アレクセイは木々の間を走った。
枝が頬を裂く。
足場が悪い。
それでも止まれない。
止まれば――
死ぬ。
轟音。
背後。
爆発。
地面が跳ねた。
衝撃波が背中を叩く。
身体が前へ投げ出される。
「アレクセイ!」
真澄の声。
次の瞬間、符が弾けた。
薄い結界。
爆風が逸れる。
完全ではない。
だが、“死なない”。
アレクセイは地面を転がりながら、歯を食いしばった。
(速い……!)
違う。
速いんじゃない。
(広い)
逃げ場そのものが消えていく。
「左です!」
グレイの声が端末から飛ぶ。
『三十秒後、北側斜面が崩れます!』
「何で分かるんだよ!」
『爆撃のパターンが規則的です!』
エルメロイ教室側が、リアルタイムで解析している。
アレクセイは反射的に左へ飛んだ。
次の瞬間。
背後の地面が吹き飛ぶ。
土砂崩れ。
木々が飲み込まれていく。
「……っ!」
冷や汗が止まらない。
『おいおい、本当に戦場になってるじゃん』
フラットの声。
妙に軽い。
『ライダー、完全に“戦争環境”作りに来てるね』
『感想を言ってる場合か』
エルメロイが即座に切り返す。
『アレクセイ、状況を確認しろ』
「逃げ場が減ってる!」
『違う』
即答。
『“誘導されている”』
アレクセイは息を呑んだ。
その瞬間。
視界が開けた。
森が終わる。
崖。
逃げ場がない。
「……あ」
理解した。
追い込まれた。
最初から。
ルーデルは爆撃でルートを削り、自分たちをここへ誘導していた。
その時。
空が唸る。
影。
上空。
月を背にして、“それ”が現れた。
巨大。
異様。
鋼鉄の怪鳥。
「……飛行機?」
アレクセイの声が掠れる。
ライダーが、その上に立っていた。
爆炎に照らされながら。
義足のまま。
狂気みたいな笑みを浮かべて。
「いい」
声が響く。
「実にいい」
爆音の中なのに、不思議とはっきり聞こえる。
「逃げる者の顔だ」
アレクセイの背筋が凍った。
ルーデルは、楽しんでいる。
戦争を。
追い詰めることを。
人が壊れる瞬間を。
「ライダー!」
真澄が叫ぶ。
「何が目的なの!」
ルーデルは笑う。
乾いた笑い。
「目的?」
一拍。
「戦場に目的などない」
次の瞬間。
機銃掃射。
空気が裂ける。
アレクセイは反射的に伏せた。
だが――
(避けられない)
範囲が広すぎる。
その時。
植芝が前へ出た。
静かに。
ただ一歩。
「キャスター!?」
アレクセイが叫ぶ。
老人は空を見ていた。
飛行機を。
戦場を。
そして。
「なるほど」
呟く。
「“流れ”か」
次の瞬間。
植芝が動いた。
速くない。
だが、自然だった。
地面。
風。
煙。
爆風。
全部に触れるように。
その瞬間。
機銃の軌道が、ほんのわずかにズレた。
「……何?」
真澄が目を見開く。
アレクセイも理解できなかった。
返していない。
止めてもいない。
ただ――
“流した”。
結果。
弾幕の密度が崩れる。
「そこだ!」
園部が動く。
薙刀が閃く。
空気が裂ける。
飛行機の翼が、わずかに揺れた。
ルーデルの笑みが深くなる。
「いい!」
歓喜。
本物の。
「それだ!」
爆撃。
さらに来る。
だが今度は違う。
アレクセイには見えていた。
風の流れ。
爆風の抜け。
死ぬ場所と、死なない場所。
「真澄!」
「分かってる!」
符が展開される。
結界が、“流れ”に合わせて変形する。
固定しない。
受け止めない。
逃がす。
その発想。
今までの魔術戦にはなかった。
『……なるほど』
エルメロイが通信越しに呟く。
『防御ではなく、“受け流し”か』
『うわ、合気道してる』
フラットが笑う。
『環境戦に対して“流れ”を使うの、かなり嫌らしいね』
「嫌らしいって言うな!」
アレクセイが叫ぶ。
だが。
少しだけ分かる。
これは勝利じゃない。
正面からの突破でもない。
ただ。
相手の“完成”を崩している。
その時。
ルーデルが、不意に笑みを消した。
初めて。
目が細くなる。
「……なるほど」
低い声。
「そう来るか」
空気が変わる。
嫌な予感。
『アレクセイ!』
エルメロイが叫ぶ。
『離れろ! 次は――』
間に合わない。
ルーデルが腕を上げた。
その瞬間。
上空に、“数”が現れた。
爆弾。
一つじゃない。
十。
二十。
それ以上。
空が埋まる。
アレクセイの呼吸が止まった。
(無理だ)
逃げ場がない。
流せない。
崩せない。
死ぬ。
本能が叫ぶ。
その瞬間。
植芝が、静かに前へ出た。
白髪が風に揺れる。
老人は空を見上げた。
そして。
初めて。
“構えた”。
空気が変わる。
本当に。
世界そのものが、静かになった。