『攻撃できないキャスターで聖杯戦争を勝ち抜く方法』 作:牛☆大権現
静かだった。
さっきまで爆音で満ちていた世界が。
突然。
息を止めたみたいに。
空。
風。
煙。
全部が、一瞬だけ止まる。
アレクセイは息を呑んだ。
植芝盛平が、そこに立っている。
ただ、それだけ。
なのに。
空気が変わっていた。
「……キャスター」
声が掠れる。
老人は答えない。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと。
両手を上げる。
抱えるように。
迎え入れるように。
空へ。
その瞬間。
アレクセイは理解した。
(受ける気だ)
爆撃を。
空そのものを。
次の瞬間。
空が落ちた。
轟音。
無数の爆弾。
火炎。
衝撃。
死。
普通なら、それで終わる。
だが――
植芝は動いた。
速くない。
人間の動きだった。
だからこそ、おかしい。
老人の足が、地面を滑る。
半歩。
円を描く。
その瞬間。
風向きが変わった。
「――なっ」
真澄が目を見開く。
爆風が、曲がる。
あり得ない方向へ。
真正面から来た圧力が、渦を巻くように逸れていく。
受け止めていない。
弾いてもいない。
ただ――
“流れている”。
『これは……』
通信越しに、エルメロイⅡ世の声が低くなる。
『空間干渉か?』
『違うね』
珍しく、フラットが真面目な声を出した。
『もっと原始的だ』
植芝の動きは続く。
右。
左。
回転。
円。
風。
熱。
煙。
全部が、その動きに巻き込まれていく。
アレクセイは、息を忘れていた。
(何だ、これ)
魔術じゃない。
少なくとも、自分の知るものではない。
術式もない。
詠唱もない。
神秘の発動すら感じない。
なのに。
世界の“流れ”そのものが変わっている。
『……成程』
エルメロイが呟く。
『“対立”していないのか』
「何?」
アレクセイが叫ぶ。
『通常、魔術も戦闘も“衝突”で成立する』
一拍。
『だが、あの英霊は違う』
画面越しに、エルメロイの目が細くなる。
『最初から、“相手の流れの中”にいる』
その瞬間。
植芝の手が、空を切った。
爆風が、完全に逸れる。
森の横を通り過ぎる。
地面を削り。
空へ抜ける。
自分たちは、そこに立っている。
生きたまま。
「……嘘だろ」
アレクセイは呟いた。
ルーデルも、初めて笑みを消していた。
飛行機の上で。
じっと植芝を見ている。
「……面白い」
低い声。
だが、今までと違う。
評価だ。
本物の。
「戦場を、“止めない”か」
植芝は答えない。
ただ立っている。
静かに。
その姿を見ながら。
アレクセイは、不意に気づいた。
(この人……)
戦っていない。
最初から。
一度も。
返してもいない。
勝とうとしてもいない。
ただ。
“壊れない形”を作っている。
その時。
端末越しに、グレイが小さく呟いた。
『……綺麗』
静かな声。
『まるで、嵐の中に一本だけ道があるみたいです』
その表現が、妙にしっくり来た。
周囲は戦場。
爆炎。
死。
なのに。
植芝の周囲だけ、“生きられる”。
『アレクセイ』
エルメロイが低く呼ぶ。
「……ああ」
『見ろ』
一拍。
『これが、お前のキャスターだ』
アレクセイは、白い稽古帯を握った。
柔らかい。
汗を吸い。
土に汚れ。
何度も握った帯。
その感触が、不思議と落ち着く。
「……何で」
呟く。
「何で、この人は戦わないんだ」
植芝が、わずかに振り返った。
初めて。
ほんの少しだけ。
笑った。
「戦うからじゃ」
「は?」
「皆、“勝とう”とする」
風の中で、老人の声だけが静かに届く。
「だから壊れる」
空が唸る。
ルーデルが、さらに高度を上げる。
次を撃つ気だ。
だが。
今度は、アレクセイも逃げなかった。
怖い。
死にたくない。
それでも。
立つ。
「……キャスター」
「うむ」
「俺、少しだけ分かった」
白い稽古帯を締め直す。
「勝つとか、負けるとかじゃないんだな」
植芝は静かに頷いた。
「ようやく入口じゃ」
その瞬間。
ルーデルが、笑った。
今度は狂気じゃない。
本当に、楽しそうに。
「いい」
爆音の向こうで、声が響く。
「なら、もっと戦争を見せてやる」
上空。
さらに巨大な影が現れる。
空を埋めるほどの。
アレクセイの喉が鳴った。
まだ終わっていない。
むしろ。
本当の戦場は、これから始まる。