『攻撃できないキャスターで聖杯戦争を勝ち抜く方法』 作:牛☆大権現
雨だった。
火事の後の街に降る雨は、妙に冷たい。
焦げた臭い。
濡れた灰。
崩れたビル。
割れたガラス。
アレクセイは息を吐きながら、瓦礫の山を見上げた。
数時間前まで、人がいた場所だ。
「……酷いな」
「戦場ですから」
真澄が静かに答える。
軽口はない。
その横で、園部秀雄は崩れた道路を見ていた。
薙刀を杖のようにつきながら。
「まだ、生きている者がおります」
その一言で、全員が動いた。
瓦礫を退かす。
濡れた木材。
鉄骨。
コンクリート。
重い。
だが。
その時だった。
轟音。
いや。
違う。
何かを“引きずる”音。
アレクセイが顔を上げる。
雨の向こう。
赤黒い人影。
ゆっくり。
本当にゆっくり歩いてくる。
「……は?」
思わず声が漏れた。
男だった。
軍服。
泥。
血。
全身が傷だらけ。
左腕は折れている。
肩口には穴。
腹部から血が流れている。
なのに。
歩いている。
「そこ、退いてくれ」
低い声。
疲れた声だった。
男は瓦礫の前に立つ。
「バーサーカー……」
真澄が呟く。
その瞬間。
男が、瓦礫を持ち上げた。
鉄骨ごと。
片腕で。
筋肉が裂ける音がした。
普通なら。
絶対に動けない。
なのに。
「……まだ、動くのかよ」
アレクセイの声が掠れる。
男は答えない。
ただ。
瓦礫をどける。
その下から、小さな手が見えた。
子供。
生きている。
「大丈夫だ」
男が言う。
妙に優しい声だった。
「もう大丈夫だ」
子供を抱き上げる。
その瞬間。
男の膝が崩れた。
骨が砕ける音。
だが。
倒れない。
立つ。
また立つ。
「バーサーカー!」
遠くから女の声。
白衣。
銀髪。
細い身体。
だが目だけが鋭い。
「それ以上動いたら、本当に壊れる!」
ヘレナ・ヴァイスマン。
バーサーカーのマスター。
彼女は駆け寄ると、即座に術式を展開した。
緑色の光。
縫合。
骨格固定。
止血。
魔術回路が、まるで医療器具みたいに動く。
「……応急固定完了」
ヘレナが息を吐く。
「だから言ったでしょう」
「まだ戦える」
バーサーカー――舩坂弘は即答した。
ヘレナが額を押さえる。
「あなたは毎回それを言う」
「実際、動ける」
「動けると戦えるは違う!」
怒鳴る。
本気で。
アレクセイは、その光景を黙って見ていた。
なんだ、これ。
敵陣営のはずなのに。
戦場なのに。
妙に、人間臭い。
「……お前ら」
思わず口に出た。
「何やってるんだ」
ヘレナがこちらを見る。
警戒。
だが敵意だけじゃない。
「見れば分かるでしょう」
「患者の回収よ」
その瞬間。
アレクセイは固まった。
「患者?」
「当然でしょう」
ヘレナは即答した。
「戦場で壊れた人間は、全員患者よ」
その言葉に。
植芝盛平が、静かに目を細めた。
「良い医者じゃ」
ヘレナが一瞬、植芝を見る。
そして。
「……あなたは」
気づいた。
キャスターの異常性に。
植芝は小さく会釈する。
「ただの老人じゃ」
「そんな訳ないでしょう……」
ヘレナが呆れたように言う。
その時。
通信。
『アレクセイ』
エルメロイⅡ世。
『状況を確認しろ』
「バーサーカー陣営と接触した」
『交戦は』
「してない」
一拍。
『……珍しいな』
その時だった。
フラットの声が割り込む。
『うわ』
『これ舩坂弘!?』
『本当に死なないタイプじゃん!』
「軽いなぁ、お前!」
『いやだって超レアケースだよこれ!』
フラットの声が少し真面目になる。
『普通、“戦闘続行”って精神論補正なんだけど』
『この人、“肉体そのもの”が帰還拒否してる』
ヘレナが眉をひそめた。
「……何者?」
「エルメロイ教室の馬鹿」
「誰が馬鹿だ!」
『えー先生ぇ、ひどくない?』
少しだけ。
本当に少しだけ。
空気が緩む。
その時。
舩坂が、アレクセイを見た。
「お前」
低い声。
「学生か」
「……まあ」
「なら、生きろ」
即答だった。
アレクセイは目を瞬かせる。
「は?」
「戦場は、若いのから壊れる」
雨が降る。
血が流れる。
それでも。
舩坂弘は立っていた。
「だから、生きて帰れ」
その言葉に。
アレクセイは、一瞬だけ返事ができなかった。
何故だろう。
この男の言葉は。
ルーデルより。
ずっと重かった。