『攻撃できないキャスターで聖杯戦争を勝ち抜く方法』 作:牛☆大権現
雨は、まだ降っていた。
焼けた街を冷やすように。
けれど。
焦げた臭いは消えない。
血の臭いも。
アレクセイは、舩坂弘を見ていた。
立っている。
いや。
“無理矢理立っている”。
そう表現する方が近い。
左脚は震えている。
折れた腕は、ヘレナの応急固定で辛うじて繋がっているだけ。
普通なら。
とっくに死んでいる。
「……何で」
気づけば、口から出ていた。
「何でそこまで戦えるんだ」
舩坂は少しだけ考えた。
本当に少しだけ。
「分からん」
即答だった。
アレクセイは固まる。
「は?」
「気づいたら、立ってた」
雨が軍服を濡らす。
「死ぬ暇がなかった」
その言葉に。
真澄の顔がわずかに曇る。
ヘレナは何も言わない。
ただ。
舩坂の脈を確認している。
「脈拍異常」
「出血継続」
「神経接続にズレ」
淡々と告げる。
「本来なら、今すぐ寝かせるべき状態よ」
「まだ動ける」
「だからそれをやめろと言ってる!」
怒鳴る。
本気で。
その瞬間。
舩坂が、不意に笑った。
弱々しく。
でも少しだけ。
「先生みたいだな」
ヘレナが止まる。
「……何」
「軍医殿だ」
舩坂は遠くを見る。
燃えた街。
雨。
瓦礫。
でも。
見ているのは別の場所だった。
「『休め』って、ずっと言ってた」
静かな声。
「でも、休んだ奴から死んだ」
空気が止まる。
アレクセイは息を呑んだ。
ヘレナが目を伏せる。
「……それは」
「戦場では、そういうこともある」
舩坂は淡々と言う。
感情を押し殺すみたいに。
「だから動く」
「動けるうちは」
「立てるうちは」
一拍。
「置いていけん」
その言葉に。
植芝盛平が、静かに目を閉じた。
「優しいのう」
舩坂は首を振る。
「違う」
「違わん」
老人の声は静かだった。
「お主は、“置いて帰れなかった”んじゃ」
その瞬間。
舩坂の目が、初めて揺れた。
ほんの一瞬だけ。
「……」
沈黙。
長い沈黙。
雨音だけが響く。
その時。
通信が入る。
『アレクセイ』
エルメロイⅡ世。
今度の声は低かった。
『すぐ移動しろ』
「何だ」
『ライダー陣営が再編している』
真澄の顔色が変わる。
「もう!?」
『地脈固定は止まった』
『だが、“戦争継続”そのものは止まっていない』
フラットが割り込む。
『しかもこれ、嫌な動きしてる』
『周辺の軍用通信とか、自衛隊レーダーに微妙なノイズ出始めてる』
「……は?」
『つまり』
ライネスの声。
『現実世界へ滲み始めてるのよ』
空気が凍る。
ヘレナが顔を上げた。
「霊的侵食……?」
『近い』
エルメロイが答える。
『ライダーの戦場形成が、“社会システム”へ干渉を始めている』
アレクセイの背筋に冷たいものが走る。
もう。
魔術師だけの戦争じゃない。
『放置すれば』
エルメロイの声が落ちる。
『現代日本の都市機能そのものが、“戦場として認識”され始める』
舩坂が、静かに顔を上げた。
「……空襲か」
その一言に。
誰も返事ができなかった。
彼だけは知っている。
“戦場が日常を侵食する”ということを。
「まずいわね」
ヘレナが立ち上がる。
「避難を急がないと」
『既に始めている』
グレイの声。
『ですが、人数が多すぎます』
『パニックも起き始めています』
アレクセイは歯を食いしばった。
戦争が広がっている。
人間社会へ。
日常へ。
その時。
舩坂が、ゆっくり立ち上がった。
骨が軋む音。
血。
それでも。
立つ。
「バーサーカー!」
ヘレナが怒鳴る。
「だから寝てなさい!」
「無理だ」
即答だった。
「空襲なら、動ける奴が動かなきゃならん」
ヘレナが唇を噛む。
止められない。
分かっている。
この男は。
“誰かを置いて休めない”。
それがもう、
魂に刻まれている。
「……何で」
アレクセイは呟いた。
「何でそこまでして戦うんだよ」
舩坂は少しだけ考えた。
雨の中で。
長く。
そして。
「帰ってほしいからだ」
その言葉に。
アレクセイは息を止めた。
「俺は、帰れなかった」
一拍。
「だから、せめて」
静かな声。
「他の奴には帰ってほしい」
雨が降る。
焼けた街に。
戦場の跡に。
その瞬間。
アレクセイは初めて理解した。
ルーデルと舩坂は、
似ている。
どちらも、
戦場に人生を壊された。
でも。
壊れ方が違う。
ルーデルは、
戦争の中に残った。
舩坂は、
戦争から人を帰そうとしている。
その違いが。
胸に重く残った。