『攻撃できないキャスターで聖杯戦争を勝ち抜く方法』 作:牛☆大権現
サイレンが鳴っていた。
遠く。
近く。
幾重にも重なる。
赤色灯。
消防車。
救急車。
警察無線。
それら全部が、雨に滲んでいる。
なのに。
空気だけが、異様だった。
「……変だな」
アレクセイが呟く。
肌が粟立つ。
街全体が、
どこか“戦場の臭い”になっている。
植芝盛平が静かに空を見上げた。
「流れが変わったのう」
「ライダーの影響か」
真澄が低く言う。
『その可能性が高い』
通信。
エルメロイⅡ世。
『現地周辺で認識異常が増加している』
「認識異常?」
『ありもしない爆音を聞いたという通報』
『存在しない戦車の目撃情報』
『避難誘導中の警官が“伏せろ”と叫び始めた例もある』
アレクセイの背筋が冷える。
「……もう精神汚染じゃねぇか」
『近い』
ライネスが割り込む。
『ルーデルの霊基が、“戦争という現象”を周囲へ感染させ始めてる』
『やばいよこれ』
フラットの声。
『都市が“戦場だと思い込み始めてる”』
その表現が、一番しっくり来た。
アレクセイは周囲を見る。
人々が落ち着かない。
些細な音で振り返る。
怒鳴る。
走る。
押し合う。
恐怖が連鎖している。
まるで。
空襲前夜。
「……まずいな」
舩坂が呟いた。
全員が見る。
バーサーカーは、
崩れた建物にもたれながら空を見ていた。
「こうなると、人間は勝手に壊れる」
静かな声だった。
「爆弾が落ちる前からな」
ヘレナが目を伏せる。
彼女は知っている。
戦場外科医系統の魔術師として。
人間が、
“恐怖だけで壊れる”ことを。
「どうする」
アレクセイが問う。
エルメロイは即答しなかった。
数秒。
通信の向こうで何かを考えている。
『……二手に分かれる』
「何?」
『避難誘導組と、ライダー追跡組だ』
真澄が眉をひそめる。
「戦力分散は危険じゃない?」
『分かっている』
低い声。
『だが、このままでは都市全体が戦場化する』
一拍。
『今止めなければ、一般人被害が跳ね上がる』
沈黙。
誰も反論できない。
その時。
舩坂が立ち上がった。
また。
骨が軋む音。
「バーサーカー!」
ヘレナが怒鳴る。
「だから安静に――」
「避難誘導をやる」
即答。
「俺は街に残る」
「駄目よ」
「子供がいる」
ヘレナが言葉を詰まらせる。
「……あなた、本当に」
「軍人だからな」
疲れた笑みだった。
「逃がすのは、慣れてる」
その言葉が、
妙に重かった。
アレクセイは思わず舩坂を見る。
この男は。
多分。
何度も、
“自分だけ残った”のだ。
逃げ遅れた誰かのために。
死にかけながら。
「俺も残る」
気づけば口に出ていた。
真澄が振り返る。
「アレクセイ?」
「街を放置できない」
『却下だ』
即座にエルメロイ。
『お前はキャスターと共にライダーを追え』
「でも!」
『お前しか、“帰れ”を言えない』
その言葉に。
アレクセイは止まった。
『ルーデルは既にお前を認識している』
一拍。
『あれはもう、単なる戦闘ではない』
植芝が静かに頷く。
「縁が出来てしもうたのう」
「嬉しくねぇ……」
呻く。
でも。
少しだけ分かる。
ルーデルは、
アレクセイの言葉を聞いていた。
本当に少しだけ。
止まった。
『アレクセイ』
今度はグレイだった。
『怖いですか』
唐突な問い。
アレクセイは苦笑した。
「そりゃな」
『なら、まだ大丈夫です』
「は?」
『怖さが分からなくなった人から、壊れるので』
静かな声。
でも。
妙に胸へ残る。
その時だった。
空。
遠く。
低いエンジン音。
全員の顔が変わる。
「……来る」
真澄が呟く。
空気が変わった。
街全体がざわつく。
人々が空を見る。
恐怖が伝染する。
そして。
上空。
雲の向こうに、
黒い影が現れた。
『ライダー反応確認!』
カウレスの声。
『高速移動!』
『いや待ってこれ――』
フラットが途中で止まる。
『マズい』
「何だ!?」
『ルーデル、“単独”じゃない!』
アレクセイの背筋が凍る。
次の瞬間。
雲の向こうから、
無数の光が現れた。
ドローン。
戦闘機。
幻影。
いや違う。
全部、
“戦争の記憶”だ。
「……っ」
街がざわめく。
悲鳴。
パニック。
恐怖。
ルーデルが、
都市そのものを“戦場だと思い込ませようとしている”。
『アレクセイ!』
エルメロイが叫ぶ。
『止めろ!』
『ここで止めないと、都市が完全に呑まれる!』
アレクセイは白い稽古帯を握った。
柔らかい。
汗。
雨。
泥。
その感触だけが、
妙に現実だった。
そして。
空の向こう。
爆撃機の影が、
ゆっくりこちらを向いた。