『攻撃できないキャスターで聖杯戦争を勝ち抜く方法』   作:牛☆大権現

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勝負は始まる前に決まる

決闘は、もう終わっている

 

 夜の空気が、やけに軽い。

 

 火薬の匂いがない。

 

 さっきまであったはずの緊張が、ふっと抜けている。

 

 だからこそ、異様だった。

 

 音がした。

 

 コツ。

 

 乾いた靴音。

 

 蔵の外から、まっすぐこちらに向かってくる。

 

 隠す気がない。

 

 いや、違う。

 

 隠す必要がない。

 

 アレクセイの喉が鳴った。

 

(来る)

 

 さっきの狙撃とは、まるで質が違う。

 

 気配が軽いのに、圧だけが残る。

 

 扉の影から、男が現れた。

 

 長身。

 肩の力が抜けた立ち姿。

 腰にはリボルバーが一本。

 

 帽子に指をかけ、わずかに持ち上げる。

 

「いいねぇ」

 

 笑っていた。

 

「今の、見世物としては上出来だ」

 

 アレクセイの背中に、冷たい汗が流れた。

 

(近い)

 

 距離が近すぎる。

 

 魔術戦の距離じゃない。

 銃撃戦でもない。

 

 これは――

 

(決闘だ)

 

「アーチャー。ボブ・マンデン」

 

 男は名乗った。

 

「そっちは?」

 

 軽い口調。

 

 だが、その奥にあるものを、アレクセイは感じ取っていた。

 

 “終わっている”。

 

 まだ何も始まっていないのに。

 

 この場の勝敗が、すでにどこかで決まっているような違和感。

 

「……キャスターだ」

 

 アレクセイは絞り出すように言った。

 

「へえ」

 

 マンデンは視線を植芝へ向けた。

 

 老人を、値踏みする。

 

 だが、そこに侮りはなかった。

 

 むしろ――

 

「いいね。あんた、普通じゃない」

 

 楽しそうに言った。

 

「だからこそ、正面からやろう」

 

 ゆっくりと、一歩。

 

 距離を詰める。

 

 その一歩で、空気が変わった。

 

 軽さが消える。

 

 代わりに、鋭さが立つ。

 

 刃物みたいに。

 

「決闘だ」

 

 マンデンが言った。

 

 アレクセイの心臓が跳ねた。

 

 拒否すべきだ。

 

 理性はそう叫ぶ。

 

 だが――

 

(逃げるのか?)

 

 声がする。

 

 過去の自分の声。

 笑われた自分の記憶。

 

 白い稽古帯が、手の中で軋む。

 

 布の硬さが、妙に現実的だった。

 

「……受ける」

 

 言ってしまった。

 

 胃が締まる。

 

 だがもう、引けない。

 

 マンデンは満足そうに頷いた。

 

「いいね。そうでなきゃつまらない」

 

 腰に手を添える。

 

 抜かない。

 

 まだだ。

 

 その“まだ”が、恐ろしい。

 

「キャスター」

 

 アレクセイは小さく呼んだ。

 

「……さっきみたいに、返せるか」

 

「できる」

 

 植芝は静かに言った。

 

「ただし」

 

「ただし?」

 

「遅れる」

 

 アレクセイの喉が詰まった。

 

「何だと」

 

「この者は、速い」

 

 植芝はまっすぐマンデンを見た。

 

「いや、“速さ”ではないな」

 

 老人の目が細くなる。

 

「終わりを先に持ってくる」

 

 その言葉の意味を理解する前に――

 

 マンデンの指が動いた。

 

 わずかに。

 

 本当に、わずかに。

 

 次の瞬間。

 

 銃声。

 

 ――いや、違う。

 

 音が来たときには、もう終わっていた。

 

 アレクセイの胸に、衝撃。

 

(撃たれた)

 

 理解が遅れる。

 

 身体が事実を追いかける。

 

 血が滲む。

 

 遅れて、痛み。

 

 視界が揺れる。

 

「……っ!」

 

 植芝が動いた。

 

 遅い。

 

 半歩。

 

 空気が歪む。

 

 弾丸が――

 

 返る。

 

 遠くで、何かが弾けた。

 

 だが。

 

「遅いな」

 

 マンデンは、もう次の構えに入っていた。

 

 余裕の笑み。

 

「一発目はもらう。そういうタイプだろ?」

 

 アレクセイは歯を食いしばった。

 

(そういうことか)

 

 ルールが見えた。

 

 この戦いの。

 

 試す。

 結果を見る。

 学ぶ。

 

 彼の魔術と同じだ。

 

 ただし――

 

(致命的に速い)

 

 マンデンの攻撃は、“発生”が存在しない。

 

 抜いた瞬間に、終わっている。

 

 だから、キャスターの“返し”は間に合わない。

 

 一拍、遅れる。

 

 その遅れが――

 

 致命傷になる。

 

「もう一発いくぞ」

 

 マンデンが軽く言った。

 

 余裕。

 

 完全に、こちらを理解している。

 

「キャスター!」

 

 アレクセイは叫んだ。

 

「どうすればいい!」

 

「見るな」

 

「は?」

 

「息を見ろ」

 

 またそれか。

 

 だが今度は、拒否できなかった。

 

 アレクセイはマンデンを見るのをやめた。

 

 代わりに、呼吸を見る。

 

 胸の上下。

 

 リズム。

 

 わずかな間。

 

 その瞬間――

 

(来る)

 

 分かった。

 

 見えたわけじゃない。

 

 だが、分かった。

 

 マンデンの指が動く前に。

 

 “終わり”が来る前に。

 

「――今!」

 

 叫ぶ。

 

 植芝が動く。

 

 今度は、間に合った。

 

 弾丸が、空中で歪む。

 

 返る。

 

 マンデンの頬を、かすめる。

 

 初めて。

 

 初めて、当たった。

 

 男の笑みが、少しだけ深くなった。

 

「いいね」

 

 心底楽しそうに言った。

 

「それだ」

 

 銃を下ろす。

 

 撃たない。

 

 その瞬間、緊張が切れた。

 

 植芝の気配も、静まる。

 

 アレクセイは膝をついた。

 

 息が荒い。

 

 心臓がうるさい。

 

「今日はここまでだ」

 

 マンデンは軽く手を振った。

 

「分かっただろ?」

 

 何も言い返せない。

 

「決闘ってのはな」

 

 男は笑った。

 

「撃ち合いじゃない。どっちが先に“終わらせるか”だ」

 

 帽子に触れる。

 

「じゃあな、坊主」

 

 踵を返す。

 

 去っていく。

 

 背中を見送りながら、アレクセイは何も言えなかった。

 

 完全に、負けた。

 

 勝負にすらなっていない。

 

 だが――

 

(分かった)

 

 ほんの少しだけ。

 

 ほんの、わずかに。

 

 何かが見えた。

 

「立て」

 

 植芝の声。

 

 逃げ場がない。

 

「……もう終わっただろ」

 

「終わっておらん」

 

 老人は言った。

 

「いまからじゃ」

 

「またそれか……」

 

「稽古じゃ」

 

 アレクセイは笑いそうになった。

 

 死にかけた直後だ。

 

 それでも、この老人は同じことを言う。

 

 だが。

 

 白い稽古帯を握る。

 

 さっきより、少し柔らかく感じた。

 

「……やる」

 

 立ち上がる。

 

 足が震える。

 

 だが、逃げない。

 

「何をする」

 

「同じことじゃ」

 

 植芝が一歩踏み出す。

 

 何も見えない。

 

 だが――

 

(来る)

 

 身体が反応する。

 

 崩される。

 

 投げられる。

 

 痛み。

 

 呼吸。

 

 繰り返し。

 

 繰り返し。

 

 その中で、ほんの少しだけ、ズレる。

 

 タイミングが。

 

 重心が。

 

 呼吸が。

 

「……分かった」

 

 息を整える。

 

「僕は、勝てない」

 

 言葉が出る。

 

「でも、負けない方法はある」

 

 植芝は静かに頷いた。

 

「よろしい」

 

 その時だった。

 

 蔵の外で、別の気配がした。

 

 今度は、隠していない。

 

 重い。

 

 鋭い。

 

 空気が冷える。

 

「……ほう」

 

 低い声。

 

 一歩。

 

 足音。

 

 その一歩で、温度が落ちた。

 

 アレクセイの本能が告げる。

 

(これは――さっきの男より、危険だ)

 

 植芝が、わずかに構える。

 

 珍しく、明確な警戒。

 

「来るぞ」

 

 次の瞬間。

 

 何も見えなかった。

 

 だが。

 

 斬られた。

 

 ――はずだった。

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