『攻撃できないキャスターで聖杯戦争を勝ち抜く方法』   作:牛☆大権現

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見えない剣は、既に振られている

 痛みは、遅れて来る。

 

 だが今は違った。

 

 “先に来た”。

 

 アレクセイの背中に、冷たいものが走る。

 

 まだ何も起きていない。

 

 それなのに、身体が「終わった」と理解している。

 

「……来るぞ」

 

 植芝の声が低く落ちる。

 

 その瞬間。

 

 何も見えなかった。

 

 音もない。

 

 風もない。

 

 ただ――

 

 アレクセイの視界が、わずかにズレた。

 

「っ!?」

 

 次の瞬間、床に倒れていた。

 

 呼吸が止まる。

 

 肺が空になる。

 

 遅れて、衝撃。

 

 背中に走る鈍い痛み。

 

(今、何が起きた)

 

 起き上がろうとする。

 

 身体が言うことを聞かない。

 

 視界の端に、男が立っていた。

 

 静かに。

 

 何もしていないように。

 

 刀を、持っている。

 

 ただそれだけ。

 

「……ほう」

 

 低い声。

 

 冷たいわけではない。

 だが、感情が削ぎ落とされている。

 

「今のを受けるか」

 

 アレクセイは理解した。

 

 “受けた”のではない。

 

 “もう終わっていた”のだ。

 

 斬られたのではない。

 

 “斬られていた”。

 

「セイバーか……!」

 

 声が震える。

 

 男はわずかに頷いた。

 

「黒田鉄山」

 

 名乗る。

 

 それだけで、空気が締まる。

 

 マンデンとは違う。

 

 あれは「速さ」だった。

 

 こいつは――

 

(存在そのものが、ズレてる)

 

「構えろ」

 

 黒田が言った。

 

「は?」

 

「立て。もう一度やる」

 

 意味が分からない。

 

 だが、身体が反応した。

 

 立つ。

 

 足が震える。

 

 白い稽古帯を握る。

 

「キャスター!」

 

 アレクセイは叫んだ。

 

「今の、見えたか!?」

 

「見えん」

 

 即答だった。

 

「だが、分かる」

 

「何がだ!」

 

「終わりが先に来ておる」

 

 マンデンと同じだ。

 

 だが違う。

 

 マンデンは“結果を早める”。

 

 こいつは――

 

(過程を消してる)

 

 予備動作がない。

 

 始まりがない。

 

 だから、終わりだけが存在する。

 

「行くぞ」

 

 黒田が一歩踏み出す。

 

 その一歩が、見えない。

 

 いや、見えている。

 

 だが、理解が追いつかない。

 

(来る)

 

 思った瞬間。

 

 もう倒れていた。

 

 今度は前に。

 

 胸が詰まる。

 

 息ができない。

 

「遅い」

 

 黒田の声。

 

 淡々とした事実。

 

「すべてが」

 

 アレクセイは歯を食いしばった。

 

(見ろ)

 

 植芝の言葉。

 

 息を見る。

 

 呼吸。

 

 リズム。

 

 だが――

 

(分からない)

 

 マンデンは分かった。

 

 こいつは違う。

 

 呼吸が見えない。

 

 いや、見えているのに意味がない。

 

 そこに“動き”が繋がっていない。

 

「キャスター!」

 

 叫ぶ。

 

「どうすればいい!」

 

「捨てろ」

 

「は?」

 

「見るな」

 

 意味が分からない。

 

「分かろうとするな」

 

 植芝の声が、静かに落ちる。

 

「身体で受けろ」

 

 その瞬間。

 

 黒田が動いた。

 

 見えない。

 

 だが――

 

(来る)

 

 分かった。

 

 頭じゃない。

 

 もっと下。

 

 腹の奥。

 

 そこが、動いた。

 

 アレクセイの身体が、わずかにズレる。

 

 次の瞬間。

 

 風が通った。

 

 斬られていない。

 

 初めて。

 

 初めて、当たらなかった。

 

 黒田の目が、わずかに細くなる。

 

「……なるほど」

 

 興味。

 

 ほんの少しだけ。

 

 それだけで、圧が増した。

 

「だが」

 

 次の瞬間。

 

 また倒れていた。

 

 今度は完全に。

 

 呼吸が止まる。

 

 視界が暗くなる。

 

 身体が動かない。

 

「甘い」

 

 黒田が言う。

 

「一度避けた程度で、勝った気になるな」

 

 違う。

 

 そんなつもりはない。

 

 だが、何もできない。

 

 圧倒的だった。

 

 マンデンとは違う意味で。

 

 勝負にすらなっていない。

 

「……終わりか」

 

 黒田が言った。

 

 その声に、殺意はない。

 

 ただ、判断だけがある。

 

 次の瞬間。

 

 アレクセイの背筋が凍った。

 

(死ぬ)

 

 本能が叫ぶ。

 

 黒田の手が、わずかに動く。

 

 それだけで、終わる。

 

 その時だった。

 

 植芝が一歩前に出た。

 

 静かに。

 

 ただ、それだけ。

 

 黒田の動きが止まる。

 

 ほんの一瞬。

 

 その“間”が、生まれる。

 

「ほう」

 

 黒田が言った。

 

「それか」

 

 刀を下ろす。

 

 戦意が消える。

 

「面白い」

 

 それだけ言って、背を向けた。

 

 去っていく。

 

 音もなく。

 

 気配もなく。

 

 ただ、いなくなる。

 

 静寂が戻る。

 

 アレクセイは動けなかった。

 

 息が戻るまで、時間がかかった。

 

「……何だ、あいつは」

 

 ようやく声が出る。

 

「完成しておる」

 

 植芝は言った。

 

「武が」

 

 アレクセイは白い稽古帯を見た。

 

 手の中で、ぐしゃりと歪んでいる。

 

 さっきまでの自信が、どこにもない。

 

(勝てない)

 

 はっきりと理解した。

 

 マンデンにも。

 

 あのセイバーにも。

 

 今の自分では、絶対に勝てない。

 

 だが――

 

「……でも」

 

 言葉が出る。

 

「負けない方法はある」

 

 自分でも驚いた。

 

 その言葉が出たことに。

 

 植芝は静かに頷いた。

 

「よろしい」

 

 アレクセイは立ち上がる。

 

 足はまだ震えている。

 

 身体はボロボロだ。

 

 だが、逃げない。

 

 白い稽古帯を握る。

 

 今度は、少しだけ柔らかかった。

 

「やる」

 

 息を整える。

 

「次は、当たらない」

 

 その宣言は、まだ弱い。

 

 だが、確かに変わっていた。

 

 彼はまだ知らない。

 

 この選択が、自分の戦い方を決定づけることを。

 

 そして――

 

 “勝たない戦い”が、最も過酷であることを。

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