『攻撃できないキャスターで聖杯戦争を勝ち抜く方法』 作:牛☆大権現
指先が、まだ震えている。
白い稽古帯を握ると、それが少しだけ収まった。
さっきまでの戦いが、頭の中で何度も再生される。
銃は、始まる前に終わっていた。
剣は、見えた時には終わっていた。
どちらも、同じようで違う。
そして、自分はどちらにも何もできなかった。
「……クソ」
アレクセイは吐き捨てた。
蔵の床に、まだ残っている弾痕と、裂けた木材。
現実だ。
夢じゃない。
その時、ポケットの中で震動が走った。
端末。
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ロード・エルメロイⅡ世
喉が鳴る。
出るべきか。
いや、出なければもっと面倒になる。
「……もしもし」
『生きているか』
第一声がそれだった。
「何とか」
『ならいい。状況を説明しろ』
短い。
だが逃げ場がない。
アレクセイは言葉を探した。
だが、出てこない。
「……キャスターを召喚しました」
『それは知っている』
「戦闘になりました」
『当然だな』
「……攻撃してきません」
沈黙。
ノイズすらない、完全な無音。
やがて。
『……何だと?』
「攻撃しないんです」
自分で言っていても、意味が分からない。
『防御型か?』
「違います」
言葉が詰まる。
どう説明すればいい。
「……攻撃された時だけ、成立します」
また沈黙。
今度は長い。
『……それは』
一拍。
『最悪の部類だな』
アレクセイは目を見開いた。
「は?」
『条件付き無敵に近い』
淡々とした分析。
『攻撃を成立させた瞬間、敗北するタイプだ』
その言葉に、さっきの光景が蘇る。
弾丸が返る。
斬撃が止まる。
「でも、遅れるんです」
アレクセイは言った。
「一拍、遅れる。だから食らう」
『当然だ』
即答だった。
『“攻撃”という結果が先に来る相手には対応が遅れる』
マンデン。
黒田。
あの二人。
『いいか、アレクセイ』
声が低くなる。
『そのキャスターは、お前が扱える類の英霊じゃない』
心臓が跳ねる。
「……どういう意味ですか」
『理解しろ、という意味だ』
冷たいが、突き放してはいない。
『説明できないなら、まだ触れていないだけだ』
アレクセイは歯を食いしばった。
悔しい。
まただ。
また“分からない側”だ。
「……だったら、どうすればいい」
『単純だ』
一拍。
『死なずに観察しろ』
アレクセイは一瞬、言葉を失った。
『お前は天才ではない』
あっさり言う。
『だからこそ、生き残って情報を積め』
反論できない。
『あと一つ』
エルメロイの声が、少しだけ変わった。
『そのキャスターの真名は?』
アレクセイは、ちらりと老人を見た。
「……植芝盛平です」
沈黙。
今度の沈黙は、明確に意味があった。
『……なるほどな』
「知ってるんですか」
『名前だけはな』
短く答える。
『宗教と武術が混ざった厄介な系統だ』
それだけで終わる。
「それだけですか?」
『それ以上は現地で見ろ』
切り捨てる。
『お前が理解できなければ、意味がない』
通信が切れた。
ツー、という無機質な音。
アレクセイはその場に立ち尽くした。
「……何なんだよ」
自分に言っているのか、あの男に言っているのか分からない。
「理解しろって、何をだよ」
「それを探すのが修行じゃ」
植芝の声。
振り返る。
老人は、変わらずそこにいる。
「お主は、まだ見ておらん」
「何を」
「相手を」
意味が分からない。
だが――
その時だった。
空気が変わる。
さっきまでとは違う。
静かで、柔らかい。
だが、確実に“強い”。
足音。
今度は隠している。
だが隠しきれていない。
「……見つけた」
女の声。
振り向く。
蔵の入口に、一人の少女が立っていた。
和装に近い装い。
だが細部が違う。
古くて、新しい。
その隣に、もう一人。
長い柄の武器。
薙刀。
老女だった。
背筋が伸びている。
目だけが鋭い。
「……マスターか」
女が言う。
アレクセイをまっすぐ見た。
その瞬間。
「――あ?」
言葉が漏れた。
見覚えがある。
いや、あるどころじゃない。
「……真澄?」
少女が、わずかに目を細めた。
「……久しぶり」
蘆屋真澄。
エルメロイ教室で何度も顔を合わせた幼馴染。
そして。
「まさか、あんたが来てるとは思わなかった」
敵。
同じ聖杯戦争の参加者。
沈黙が落ちる。
妙に現実感のない再会。
だが、状況は変わらない。
「……ランサー」
真澄が静かに呼ぶ。
老女が一歩前に出た。
それだけで、空気が締まる。
「園部秀雄」
名乗る。
穏やかな声。
だが、圧が違う。
黒田とは違う。
マンデンとも違う。
これは――
(積み重ね)
時間。
反復。
型。
それらすべてが、そこにある。
「手合わせを」
園部が言った。
静かに。
だが、拒否は許さない。
アレクセイの喉が鳴る。
戦うのか。
また。
だが、植芝は一歩前に出た。
「よかろう」
その一言で、決まる。
戦いが始まる。
だが――
アレクセイは気づいていた。
これはさっきまでと違う。
殺し合いではない。
「……型を見るか」
植芝が呟く。
園部が頷く。
「ええ」
二人が、構える。
静かに。
ゆっくりと。
そして。
動いた。
速くない。
だが、遅くもない。
ただ、正確だった。
一撃。
受ける。
流す。
崩す。
戻る。
また一撃。
繰り返し。
それは戦いではない。
稽古だった。
だが――
(何だ、これ)
アレクセイは目を見開いた。
分からない。
だが、目が離せない。
さっきの戦いとは違う。
終わりが先に来るわけじゃない。
速さでもない。
なのに。
(全部、決まってる)
次が分かる。
いや、違う。
“そうなるしかない”動き。
真澄が隣で呟いた。
「……綺麗でしょ」
その声に、アレクセイは我に返る。
「……ああ」
悔しいが、否定できない。
「でもね」
真澄が続ける。
「これ、戦場じゃ使えないの」
その一言が、空気を変えた。
「は?」
「殺し合いになったら、こうはいかない」
現実。
突きつけられる。
「だから、どうする?」
真澄が見た。
まっすぐ。
逃げ場のない視線。
「あなたは」
一拍。
「戦うの? それとも」
アレクセイは、白い稽古帯を握った。
柔らかくなっている。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
だが確かに。
「……負けない」
口から出た。
自分でも驚くほど、自然に。
「勝てないなら、負けない」
真澄が、わずかに笑った。
「変わったね」
「うるさい」
アレクセイは視線を逸らした。
だが、逃げない。
初めて。
本当に初めて。
“戦い方”を選んだ。
その瞬間だった。
空気が、また変わる。
今度は――
冷たい。
静かで。
殺意が、ない。
なのに、背筋が凍る。
遠く。
見えない位置から。
“狙われている”。
アレクセイは息を止めた。
植芝が、わずかに目を細める。
「……増えたな」
呟く。
その意味を理解する前に。
雪のように静かな気配が、戦場に落ちた。
次の瞬間。
誰かが死ぬと、分かった。