『攻撃できないキャスターで聖杯戦争を勝ち抜く方法』 作:牛☆大権現
空が割れた。
いや。
割れたように見えた。
京都全域の霊脈が唸る。
東山。
伏見。
鞍馬。
比叡。
嵐山。
無数の地脈が、
実験体へ流れ込んでいた。
その瞳が変わる。
さっきまでの迷いが消える。
困惑も。
苦悩も。
全部。
消えた。
『全員離れろ!!』
エルメロイⅡ世が叫ぶ。
『今見ているのは実験体じゃない!!』
『向こう側だ!!』
アレクセイの全身に悪寒が走る。
向こう側。
つまり。
黒幕本人。
実験体の口が開く。
「初めまして」
穏やかな声だった。
老人にも聞こえる。
若者にも聞こえる。
男にも。
女にも。
聞こえる。
不気味だった。
「ロード・エルメロイⅡ世」
「聖堂教会の代行者」
「植芝盛平」
「黒田鉄山」
「園部秀雄」
一人ずつ。
名前を呼ぶ。
まるで。
資料を読むみたいに。
最後に。
アレクセイを見る。
「そして」
一拍。
「観測対象アレクセイ」
その呼び方に。
植芝盛平の眉が動いた。
「対象ではない」
静かな声。
だが怒っている。
「人じゃ」
実験体が首を傾げる。
「違いが分かりません」
沈黙。
その一言で。
全員が理解した。
こいつ。
本当に分かっていない。
その時。
代行者が前へ出る。
「貴様は何者だ」
即座に問う。
実験体は笑う。
「研究者です」
「名前は」
「必要ですか?」
「答えろ」
一拍。
実験体は少し考える。
そして。
「名前は何度も変えました」
静かな声。
「所属も変えました」
「国も変えました」
「ですが」
その瞳が光る。
「目的だけは変わらない」
京都の霊脈が震える。
嫌な予感。
アレクセイは無意識に令呪へ手を伸ばしていた。
「私は」
一拍。
「英雄を理解したい」
沈黙。
静馬が呆れた顔をする。
「そのために街一つ壊したのか」
「はい」
即答。
誰も言葉を失った。
悪意が無い。
だから怖い。
「何故だ」
今度は黒田鉄山が問う。
「何故そこまで拘る」
実験体は答える。
「人類は弱いからです」
その瞬間。
空気が冷えた。
「人は死ぬ」
「技は失われる」
「思想は劣化する」
「文化は忘れられる」
一拍。
「だから保存する」
植芝盛平が静かに言う。
「死を否定するのか」
「いいえ」
即答。
「死は必要です」
今度は植芝が黙る。
実験体は続けた。
「ですが」
「効率の悪い死は不要です」
アレクセイの背筋が寒くなる。
どこかで聞いた。
この理屈。
ヴィクトール。
ルーデル。
全部の根っこにある。
「だから英雄を量産する」
実験体の声。
「だから武を保存する」
「だから再現する」
「だから」
一拍。
「人類を進化させる」
その瞬間。
植芝盛平が笑った。
穏やかに。
優しく。
悲しそうに。
「違うな」
実験体が止まる。
植芝は前へ出る。
「お主は」
一歩。
「人を愛しておらん」
沈黙。
「だから分からんのじゃ」
実験体が初めて眉をひそめる。
「愛?」
「そうじゃ」
「非合理的です」
「うむ」
「非効率です」
「うむ」
「だから不要です」
植芝は首を振った。
「だからお主は」
一拍。
「英雄を理解できん」
京都の夜が静まる。
その時。
通信越し。
エルメロイⅡ世が低く呟いた。
『……そういうことか』
「先生?」
アレクセイが振り向く。
Ⅱ世は重い声で言う。
『こいつは』
一拍。
『英雄を研究しているんじゃない』
全員が顔を上げる。
『英雄になれなかったんだ』
沈黙。
長い。
とても長い沈黙。
実験体の瞳が。
初めて揺れた。
ほんの一瞬だけ。
『だから集める』
『だから真似る』
『だから保存する』
『だから再現する』
『だが』
Ⅱ世の声が鋭くなる。
『一度も自分では歩いていない』
その瞬間。
実験体の周囲の魔力が暴走した。
怒り。
初めての感情。
「黙れ」
低い声。
「黙れ」
霊脈が悲鳴を上げる。
「黙れ!!」
京都全域が揺れた。
そして。
アレクセイは理解する。
今。
初めて。
黒幕が怒った。
つまり。
初めて。
核心へ触れたのだ。