『攻撃できないキャスターで聖杯戦争を勝ち抜く方法』 作:牛☆大権現
世界が静止した。
雨粒。
風。
霊脈。
京都の夜景。
全てが。
一瞬だけ。
止まる。
アレクセイは息を呑んだ。
植芝盛平。
その背中は小さい。
筋骨隆々でもない。
圧倒的な魔力もない。
だが。
今この場で。
誰よりも大きく見えた。
「――武産合気・天地因果返し」
静かな声。
叫びではない。
宣言でもない。
ただ。
当たり前のことを告げるような声。
その瞬間。
実験体の崩壊が止まった。
『な……』
Ⅱ世が息を呑む。
ライネスも絶句している。
『あり得ない』
『因果を固定した……!?』
実験体自身も驚いていた。
崩れていた腕。
消えかけていた霊基。
それらが維持されている。
植芝は静かに言う。
「まだじゃ」
「え?」
実験体が顔を上げる。
「まだ終わっておらん」
一歩。
老人が近づく。
「お主はまだ」
一拍。
「答えを出しておらん」
実験体が震える。
理解できない。
本当に理解できない。
「何故だ」
「何故助ける」
「私は敵だ」
「そうかもしれん」
「人を殺した」
「そうかもしれん」
「街を壊した」
「そうかもしれん」
一拍。
植芝は笑う。
「じゃが」
「今のお主は」
「迷っておる」
沈黙。
実験体は何も言えない。
植芝は続ける。
「武産合気とはな」
「敵を倒す技ではない」
アレクセイが目を見開く。
初めて聞く。
宝具の説明を。
「争いを終わらせる技じゃ」
静かな声。
「相手を倒して終わらせるのではない」
「相手を殺して終わらせるのでもない」
「互いが帰れる形を探す」
一拍。
「それが武産合気じゃ」
その時。
実験体の瞳から涙が溢れた。
「帰る……?」
「うむ」
「私は帰れない」
「何故じゃ」
「私は」
一拍。
「作り物だから」
沈黙。
その言葉に。
アレクセイは胸が痛んだ。
英雄になれなかった男。
英雄を作ろうとした男。
その失敗作。
生まれた瞬間から。
誰にもなれなかった存在。
だが。
植芝盛平は首を振った。
「違う」
「え」
「お主はお主じゃ」
実験体が固まる。
「黒田鉄山ではない」
「園部秀雄でもない」
「舩坂弘でもない」
「誰でもない」
一拍。
「だから」
「お主はお主になれる」
京都の夜が静まる。
その時だった。
実験体の瞳。
その奥。
観測者の気配が揺らぐ。
『……面白い』
あの声だった。
第42話。
実験体を通して語りかけてきた。
観測者本人の声。
低い。
冷たい。
だが。
前回とは少し違う。
そこには僅かな熱があった。
好奇心。
執着。
あるいは――迷い。
『植芝盛平』
『私は貴方を誤解していた』
霊脈が震える。
だが。
植芝は笑っている。
『貴方は武を捨てた人間だと思っていた』
『違う』
一拍。
『貴方は最後まで武人だ』
黒田鉄山が静かに目を細める。
園部秀雄も。
神代静馬も。
観測者の言葉に反応していた。
前回の会話とは違う。
今の観測者は。
植芝盛平そのものへ興味を持っている。
『だから知りたい』
観測者の声。
『武の果てとは何だ』
沈黙。
長い沈黙。
そして。
植芝盛平は答える。
「簡単じゃ」
本当に。
驚くほど簡単そうに。
「武の果てとは」
一拍。
「武が要らなくなることじゃ」
空気が止まった。
観測者も。
実験体も。
全員が言葉を失う。
植芝は続ける。
「剣は人を斬るためにある」
「じゃが」
「本当に目指すべきは」
「剣を抜かずに済む世界じゃ」
一拍。
「戦争も同じ」
「武術も同じ」
「力も同じ」
「全部」
老人は空を見る。
「使わずに済むなら」
「それが一番良い」
沈黙。
観測者は答えない。
だが。
第42話で見せた理知的な研究者の声とも。
第43話で激昂した声とも違う。
今は。
本当に考えていた。
初めて。
自分の理論の外側にある答えへ触れたように。
その時。
実験体が小さく笑った。
「……なるほど」
涙を流しながら。
「だから」
「私は失敗したのか」
その身体が再び崩れ始める。
今度は。
止められない。
いや。
止めない。
本人が受け入れた。
植芝は黙って見送る。
アレクセイも。
誰も止めない。
「ありがとう」
実験体が言う。
「初めて」
一拍。
「誰かに会えた気がする」
そして。
光になる。
静かに。
穏やかに。
消えていった。
その瞬間。
観測者の気配も遠ざかる。
だが。
完全には消えない。
『……植芝盛平』
最後の声。
『私はまだ納得していない』
植芝は笑った。
「そうか」
『だが』
一拍。
『初めて興味が湧いた』
沈黙。
『人が何故そこまで非合理でいられるのか』
そして。
気配が消える。
完全に。
今度こそ。
残ったのは。
一枚の紙。
黒い術式の断片。
観測者の署名。
そして。
座標。
Ⅱ世が息を呑む。
『これは……』
ライネスも顔色を変える。
『嘘でしょ』
「何だ?」
アレクセイが問う。
Ⅱ世は低く答えた。
『観測者の工房だ』
沈黙。
『本拠地が分かった』
京都の夜。
ついに。
敵へ辿り着く道が開かれた。
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第45話 「観測塔」
ついに始まる黒幕討伐。
エルメロイ教室総動員。
全サーヴァント陣営集結。
そして観測者が待つ最後の工房へ――。