『攻撃できないキャスターで聖杯戦争を勝ち抜く方法』 作:牛☆大権現
真名
黒田鉄山
クラス
セイバー
黒田鉄山は振武舘黒田道場の第15代宗家で、駒川改心流剣術、民弥流居合術、四心多久間流柔術、椿木小天狗流棒術、誠玉小栗流殺活術などを伝えた人物。公式道場サイトでも複数流儀が確認できる。
スキル
神速:A++
逸話由来。黒田鉄山の代名詞的な「消える動き」「神速」を霊基化。
無足之法:A
地面を蹴らず、予備動作なく移動する。
Fate的には「初動隠蔽」。
型は理論なり:A+
型を単なる手順ではなく、戦闘法則として展開する。
宝具
「無足神速・見えざる抜刀」
ランク:A+
種別:対人宝具
レンジ:1〜3
相手が「斬られた」と認識するより前に、すでに抜刀・斬撃・納刀が終わっている。
時間停止ではなく、予備動作が存在しないため認識できない。
弱点は、範囲攻撃と事前設置型の防御。
キャスター植芝とは似ているが、黒田は「先に斬る」、植芝は「斬らせない」。
セイバーのマスター
名前
神代 静馬(かみしろ しずま)
所属
時計塔・創造科から外れた日本分家。半ば野良魔術師。
家系
古神道・修験道・武家呪術の混血。
本家は時計塔に「東洋の猿真似」と見下されているが、実戦性能は異常。
魔術
身体神降ろし《カムナガラ・オーバーライド》
祝詞
禊
呼吸
歩法
筋骨操作
簡易神憑り
を組み合わせ、自身の肉体を一時的に「神域の器」にする。
魔術バフ込みなら素手でサーヴァントと渡り合える強者。
ただし条件付き。
3分だけ
肉体崩壊リスクあり
英霊相手に勝てるのではなく、数合だけ耐えられる
植芝から見ると「強いが、まだ我が強すぎる」人間。
衝突音は、拳の音ではなかった。
骨がぶつかった音でもない。
白い床の上で、何かがずれた音だった。
アレクセイには、そう聞こえた。
観測霊基の手が、植芝の胸元へ伸びていた。
速くはない。
少なくとも、黒田鉄山の神速とは違う。
けれど、妙だった。
届くはずのない位置から、すでに届いているように見える。
攻撃の前に、結果だけが置かれている。
植芝は動かなかった。
いや。
動いていないように見えただけだった。
観測霊基の手首が、わずかに沈んだ。
肘が浮く。
肩が崩れる。
重心が、足の外へ逃げる。
次の瞬間、白い人型は自分の足で床を蹴り、自分の力で転んだ。
アレクセイは息を呑んだ。
「今のは……」
植芝は答えない。
観測霊基が起き上がる。
痛みはない。
迷いもない。
崩されたという理解さえない。
ただ、床から立ち上がり、次の動作へ移る。
白い表面に術式が走った。
先ほどとは違う。
今度は、足運びが変わる。
踏み込みではない。
滑るような進み。
植芝の昔の映像をなぞったような、転換の形。
アレクセイの背筋が冷える。
「キャスターの動き……」
「似せておるだけじゃ」
植芝が言った。
観測霊基の両手が伸びる。
今度は掴みに来た。
ただの掴みではない。
触れた瞬間、相手の力を読むための手。
いや。
読んだふりをする手。
植芝は、その手に触れた。
アレクセイの目には、一瞬だけ二人が稽古をしているように見えた。
老人と、白い弟子。
けれど次の瞬間、その錯覚は壊れた。
観測霊基の腕が、ありえない角度で返った。
関節が壊れたわけではない。
壊れるという反応さえない。
ただ、術式が補正し、腕を元の位置へ戻す。
人間なら痛みで止まる。
人間なら恐怖で遅れる。
人間なら、なぜ崩れたのか考える。
だが、観測霊基は止まらない。
壊れた動きを、そのまま次の動きへ繋げた。
アレクセイは護符に手をかける。
火星護符。
筋力強化。
土星護符。
拘束。
水星護符。
思考加速。
どれを切る。
どれなら間に合う。
だが。
「出すな」
植芝の声。
アレクセイの指が止まる。
「でも」
「見よ」
「見てます!」
「見えておらん」
その言葉は、叱責ではなかった。
ただ、事実だった。
アレクセイは奥歯を噛む。
観測霊基が再び迫る。
今度は、手だけではない。
足。
腰。
肩。
全身が、植芝の動きを模倣している。
映像で見れば、たしかに似ているのだろう。
稽古の記録として残せば、驚くほど正確なのだろう。
だが、目の前にすると違った。
気配がない。
殺意がないのではない。
生きているものが、相手に向かう時の揺れがない。
怖いほど滑らかで。
怖いほど空っぽだった。
植芝は一歩下がった。
それだけで、観測霊基の手が届かない。
もう一歩。
今度は、観測霊基が届きすぎる。
伸ばした腕が、伸びたまま置き去りになる。
植芝の手が、その肘に触れた。
軽く。
羽でも払うように。
観測霊基の身体が半回転し、床へ落ちる。
白い床が鳴った。
それでも立つ。
観測霊基は立つ。
表面の術式が、さらに密度を増す。
『見事だ』
観測者の声が響いた。
『やはり記録だけでは届かないか』
声は落胆していなかった。
むしろ、喜んでいた。
『ならば、差分を取れる』
アレクセイは顔を上げた。
「差分?」
『そうだ』
観測者の声は、白い回廊全体から聞こえる。
『模倣体が崩される。なぜ崩されたのかを記録する。補正する。再演する。再度崩される。さらに補正する』
観測霊基が立ち上がる。
『稽古とは反復だろう?』
植芝の目が、わずかに細くなった。
『ならば、私も稽古している』
観測霊基の足が、床を踏んだ。
今度は違う。
さっきより、わずかに自然だった。
アレクセイにも分かった。
ほんの少し。
白い人型の動きから、ぎこちなさが消えていた。
「成長してる……?」
『学習だ』
観測者が言う。
『人間が十年かけるものを、私は一瞬で行う』
観測霊基が迫る。
植芝が崩す。
だが、今度は倒れきらない。
観測霊基は片膝で踏みとどまり、逆の手を伸ばす。
植芝の袖に触れる。
アレクセイの胸が跳ねた。
触れた。
さっきまで、触れることさえできなかった。
植芝は袖を取られたまま、半身を変えた。
観測霊基の指が外れる。
そのまま床へ流れる。
だが、立つ。
また立つ。
何度でも。
アレクセイは、ようやく理解した。
これは勝負ではない。
観測だ。
観測霊基は、植芝を倒すためだけにいるのではない。
植芝に倒されるためにもいる。
崩されること。
失敗すること。
差分を取ること。
その全部が、観測者にとっては収穫だった。
「キャスター!」
アレクセイは叫んだ。
「これ、戦うほど学ばれます!」
「うむ」
「だったら、止めないと!」
「どう止める」
アレクセイは言葉に詰まった。
攻撃すれば記録される。
防御しても記録される。
逃げても記録される。
崩しても記録される。
勝っても、負けても、観測者の得になる。
それが、この塔の戦い方だった。
アレクセイは護符を握り締めた。
水星護符。
解析。
思考加速。
いけるか。
いや、違う。
外から足すな。
Ⅱ世の言葉が脳裏に戻る。
壊すな。
儀式は、意味を変えれば別物になる。
意味。
意味を変える。
観測塔は記録する。
なら、記録させなければいい。
いや、無理だ。
この場所では、立っているだけで記録される。
では、記録の意味を変える。
戦闘記録ではなく。
稽古記録に。
違う。
観測者はそれも利用する。
なら。
アレクセイは植芝を見た。
老人は、まだ観測霊基と向かい合っている。
息は乱れていない。
だが、アレクセイには分かった。
植芝は攻めていない。
崩している。
返している。
止めている。
けれど、それだけでは観測者の記録は止まらない。
観測霊基がさらに踏み込む。
今度は、植芝の間合いの外から止まった。
待った。
アレクセイの喉が鳴る。
学んでいる。
不用意に踏み込まないことを、学んでいる。
観測者の声が少しだけ弾んだ。
『そうだ』
『そうだ』
『触れる前に読む』
『崩される前に止まる』
『なるほど』
観測霊基の腕が上がる。
植芝と同じ高さ。
同じ角度。
同じ形。
だが。
植芝は笑った。
「違うのう」
『何が違う』
観測者の声が冷えた。
「止まる理由じゃ」
観測霊基が動いた。
植芝も動く。
今度は、触れなかった。
観測霊基の手が空を切る。
植芝は、その横に立っている。
崩していない。
投げていない。
返していない。
ただ、そこにいない。
観測霊基の動きが、一瞬止まった。
初めてだった。
倒されたからではない。
術式補正のためでもない。
行動の次が、出なかった。
アレクセイは目を見開く。
植芝が言う。
「お前は、相手を倒すために止まった」
一拍。
「ワシは、相手とぶつからんために止まる」
白い回廊に沈黙が落ちた。
観測霊基の表面で、術式が激しく走る。
解析。
補正。
再演。
だが、うまくいかない。
同じ「止まる」でも、意味が違う。
戦闘最適化の停止と、争いを発生させない停止。
形は似ている。
結果も似ている。
だが、根が違う。
アレクセイの中で、何かが噛み合った。
型には理由がある。
昨日がある。
人がある。
そして。
止まるにも、理由がある。
彼は護符から手を離した。
火星護符ではない。
土星護符でもない。
水星護符でもない。
何も使わない。
代わりに、一歩下がった。
観測霊基の反応が、わずかに遅れた。
アレクセイは自分の足元を見る。
ただ下がっただけではない。
逃げたのでもない。
植芝の背中を見て。
自分と観測霊基と植芝の間に、線を引いた。
ぶつからない位置。
巻き込まれない位置。
しかし、見失わない位置。
そこへ下がった。
植芝が少しだけ振り返った。
目が合う。
何も言わない。
だが、アレクセイには伝わった。
見えたか。
そう問われた気がした。
観測者の声が低くなる。
『マスターが介入したな』
アレクセイは息を吸った。
「した」
『護符も使わず?』
「ああ」
『魔術師が?』
笑いが混じる。
『ただ下がっただけで?』
アレクセイの頬が熱くなる。
以前なら、怒鳴っていた。
名門を馬鹿にするな。
現代魔術科を舐めるな。
エルメロイ教室の生徒だぞ。
そう言っていたかもしれない。
だが今は違った。
「ただじゃない」
アレクセイは言った。
「帰るために下がった」
観測者は黙った。
観測霊基が、アレクセイへ向く。
植芝ではなく。
アレクセイへ。
白い腕が上がる。
標的を変えた。
アレクセイの身体が強張る。
怖い。
当然だ。
自分は英霊ではない。
達人でもない。
黒田のように斬れない。
園部のように待てない。
シモのように撃てない。
ボブのように笑えない。
舩坂のように立てない。
植芝のように受けられない。
だから。
アレクセイは、もう一歩下がった。
今度は、逃げるためではない。
植芝が入れる場所を作るために。
観測霊基が踏み込む。
植芝が入る。
白い腕は、アレクセイへ届かない。
植芝の手が、その腕に触れる。
だが投げない。
崩さない。
ただ、進路を変える。
観測霊基の身体は、アレクセイの横を通り過ぎた。
背中が見える。
その瞬間、アレクセイは水星護符を一枚だけ抜いた。
攻撃ではない。
解析でもない。
護符を床へ貼る。
回廊の術式が反応する。
観測者の声が鋭くなった。
『何をした』
「記録の向きを変えた」
アレクセイは額に汗を浮かべながら言った。
「僕の魔術は、儀礼再演魔術だ」
水星護符が光る。
白い床に、細い線が走る。
「なら、戦闘記録としてではなく」
線は、植芝の足跡をなぞる。
だが途中で向きを変える。
アレクセイの下がった一歩へ。
さらに、観測霊基が通り過ぎた軌跡へ。
それらを繋ぐ。
「退避経路として再演する」
回廊が揺れた。
観測霊基の動きが、初めて明確に乱れた。
観測者が沈黙する。
アレクセイの術式は、観測塔を壊していない。
記録を消してもいない。
ただ、意味を変えている。
攻撃の軌跡。
回避の軌跡。
崩しの軌跡。
それを戦闘ログではなく、帰還路の線として読み替える。
小さなことだった。
塔全体から見れば、爪で壁を引っかいた程度。
だが、観測霊基にとっては違った。
它は戦闘記録を読む。
しかし、目の前の記録は戦闘として閉じていない。
倒すための動きではない。
勝つための動きでもない。
誰かを帰すために、空けた道。
その意味を、空の器は読めない。
観測霊基が停止する。
植芝が言った。
「今じゃ」
アレクセイは二枚目の護符を抜いた。
土星。
拘束ではない。
固定。
退避経路として読み替えた線を、床に固定する。
白い回廊に、一本の道が現れた。
細い。
頼りない。
だが、確かに道だった。
その先に、揺らぐ影が見える。
別の区画。
誰かの声。
真澄か。
静馬か。
分からない。
でも繋がった。
「キャスター!」
「うむ」
植芝が観測霊基へ歩く。
今度の観測霊基は、動けない。
壊されたからではない。
負けたからでもない。
判断できないのだ。
戦うべきか。
追うべきか。
記録すべきか。
退くべきか。
道を守るべきか。
道を壊すべきか。
その選択が、空の器にはできない。
植芝は観測霊基の前に立つ。
手を伸ばす。
額でも、胸でもなく。
ただ、肩に触れた。
「お前にも、帰るところがあればよかったのう」
観測霊基の術式が、一瞬だけ弱くなった。
アレクセイには、それが故障なのか、反応なのか分からなかった。
植芝が軽く押す。
観測霊基は倒れなかった。
崩れたのでもない。
ただ、白い道の外へ一歩ずれた。
それだけで、回廊の術式から外れる。
観測霊基の輪郭が揺らぎ始める。
『……興味深い』
観測者の声。
だが、先ほどまでの余裕はなかった。
『戦闘記録を、退避経路へ読み替えたか』
アレクセイは荒く息をした。
魔術回路が熱い。
たった二枚の護符。
たった一本の線。
それだけで、身体の奥が焼けるようだった。
『小賢しい』
「褒め言葉として受け取る」
『だが、その程度では塔は止まらない』
「知ってる」
アレクセイは膝に手をつきながら、それでも立っていた。
「でも、分かった」
『何がだ』
「この塔は、戦いを記録する」
一拍。
「なら、戦いじゃないものには弱い」
沈黙。
白い回廊の奥で、何かが軋んだ。
観測者の声が遠くなる。
『面白い』
そして、冷たく続けた。
『ならば、他の者たちにも見せてもらおう』
白い道の先で、景色が揺れた。
雪。
砂埃。
薙刀の音。
銃声。
爆音。
いくつもの区画が、一瞬だけ重なる。
アレクセイは顔を上げる。
仲間たちが戦っている。
いや。
戦わされている。
観測塔に、記録されながら。
植芝が言った。
「行くぞ」
「どこへ」
「皆のところじゃ」
アレクセイは水星護符の残りを握る。
白い道は、まだ細い。
途中で消えそうだった。
だが、続いている。
彼は一歩踏み出した。
勝つためではない。
倒すためでもない。
分断された誰かを、帰すために。
白い回廊の向こうで、今度は雪が降り始めた。