『攻撃できないキャスターで聖杯戦争を勝ち抜く方法』   作:牛☆大権現

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アーチャー:ボブ・マンデン
真名
ボブ・マンデン
クラス
アーチャー
アメリカのエキシビション・シューターで、ファストドローの記録保持者として知られ、「Fastest Man with a Gun Who Ever Lived」とされた人物。記録には議論もあるが、その“速さの伝説”自体が英霊化の核になる。
スキル
早撃ち:EX
銃を抜く、撃鉄を起こす、照準、発射までを一動作化。
曲撃ち:A
見世物射撃・トリックショット由来。
反射、跳弾、二標的同時射撃に補正。
ガンスミス:B
銃の調整・改造に長ける。
宝具
「一瞬の西部劇」
ランク:A
種別:対人宝具
レンジ:1〜50
決闘形式に持ち込んだ瞬間、相手の認識より先に発砲が完了する。
「撃つ」という結果が、抜く動作に先行して見える。
ただし、これは決闘宝具。
奇襲には弱い
相手が決闘を拒否すると出力低下
広範囲殲滅はできない

アーチャーのマスター
名前
クララ・ウィンチェスター=ベル
所属
時計塔・鉱石科の傍流。アメリカ政府とも接点あり。
家系
西部開拓時代の銃職人・測量師・民間呪術師の混血。
ネイティブ由来の呪術を盗用・改変した負い目を持つ家系。
魔術
弾丸聖別魔術《カートリッジ・コンセクレーション》:
護符魔術
鉛・銀・鉄の民俗魔術
弾丸に祈りや呪いを込める戦場迷信
西洋魔術の惑星金属対応

弾丸を一発ごとに「小型礼装」にする。
弾種:
銀弾:怪異・霊体に有効
鉛弾:肉体破壊
鉄弾:妖精・精霊系への拒絶
水銀弾:魔術回路汚染
空包呪弾:音だけで精神干渉
性格は冷静なプロ。
アレクセイの軽さを嫌うが、実は彼の成長を見て少し評価を改める。



白い死神は撃たない

 雪が降っていた。

 

 地下であるはずなのに。

 

 鞍馬山の底であるはずなのに。

 

 空があった。

 

 灰色の空。

 

 鉛のように低く、雲が垂れ込めている。

 

 足元には雪。

 

 深い。

 

 一歩踏むたび、膝近くまで沈む。

 

 吐く息は白い。

 

 肌が痛む。

 

 耳の奥が凍るようだった。

 

 エイノ・ルーンベリは、最初にそれを確認した。

 

 これは本物の雪ではない。

 

 だが、偽物でもない。

 

 霊脈内の疑似霊場。

 

 観測塔の記録術式が、冬戦争の戦場記録と、シモ・ヘイヘの霊基残響を重ねている。

 

 白。

 

 静寂。

 

 遮蔽物。

 

 射線。

 

 風向き。

 

 足跡。

 

 狙撃手が生きるための条件が、完璧に近い密度で再現されている。

 

 そして。

 

 その雪原の中央に、場違いなものがあった。

 

 木造の建物。

 

 酒場。

 

 給水塔。

 

 乾いた砂の道。

 

 西部劇に出てくるような、決闘の町。

 

 雪原の中に、砂埃が舞っている。

 

 ボブ・マンデンは、その光景を見て笑った。

 

「こりゃまた、ずいぶん混ぜやがったな」

 

 クララ・ウィンチェスターは銃を抜きかけて、やめた。

 

 眉をひそめる。

 

「気持ち悪いわね」

 

 その声は低かった。

 

 怒りではない。

 

 嫌悪でもない。

 

 警戒だった。

 

 エイノは膝をつき、雪面に指を触れた。

 

 ルーンを刻む。

 

 風を読む。

 

 音を読む。

 

 雪の粒がどちらへ流れるか。

 

 自分たちの匂いがどこへ向かうか。

 

 どの木が視線を遮り、どの建物が射線を作るか。

 

 見えた。

 

 多すぎる。

 

 射線が多すぎる。

 

「囲まれている」

 

 エイノが言った。

 

 ボブが帽子を傾ける。

 

「何人だ?」

 

「一人」

 

「なら囲まれてるってのは大げさじゃないかい?」

 

「一人で、全方向にいる」

 

 ボブの笑みが消えた。

 

 クララが弾丸を装填する。

 

 銀弾ではない。

 

 鉄弾でもない。

 

 空包呪弾。

 

 音だけで術式へ干渉する弾。

 

 シモ・ヘイヘは、最初から何も言っていなかった。

 

 白い迷彩の中で、彼は雪の一部になっている。

 

 呼吸さえ薄い。

 

 銃口はまだ上がっていない。

 

 だが、いつでも撃てる。

 

 雪原の奥。

 

 西部劇の町の向こう。

 

 白い人型が立っていた。

 

 観測霊基。

 

 空の霊基殻。

 

 顔はない。

 

 目もない。

 

 だが、見る。

 

 シモのように。

 

 ボブのように。

 

 狙撃手の沈黙と、決闘者の距離を同時に持っている。

 

 クララが奥歯を噛んだ。

 

「最悪ね」

 

 ボブが片眉を上げる。

 

「俺とシモの合わせ技ってとこか」

 

「そんな綺麗なものじゃない」

 

 クララは町の入口を見た。

 

 木の看板が揺れている。

 

 そこには文字が刻まれていた。

 

 読める。

 

 読めてしまう。

 

 DUEL.

 

 決闘。

 

「ここは、ただの雪原じゃない。決闘場でもある」

 

 エイノが言った。

 

「狙撃と決闘が、同時に成立している」

 

 ボブは苦笑した。

 

「狙撃で決闘とはね。ずいぶん礼儀知らずだ」

 

 雪が降る。

 

 風は左から右。

 

 距離はおよそ三百メートル。

 

 シモなら撃てる。

 

 問題なく撃てる。

 

 観測霊基も、それを知っている。

 

 だから動かない。

 

 撃たせようとしている。

 

 クララが気づいた。

 

「撃ったら駄目」

 

 シモは銃を構えたままだった。

 

 クララが続ける。

 

「この区画、撃つ瞬間に決闘条件を噛ませてくる。あなたが撃てば、あいつは“決闘に応じた”ことにする」

 

 ボブが細く息を吐く。

 

「で、決闘になれば?」

 

「早撃ちの記録が走る」

 

 クララは観測霊基の足元を見る。

 

 雪の上に、砂が混じっている。

 

 白と黄土色。

 

 冬戦争と西部劇。

 

 防衛戦と決闘。

 

 守るための殺しと、一瞬に人生を賭ける技術。

 

 それを、観測者はひとつの器に入れた。

 

 ボブの声が低くなる。

 

「撃てば負けか」

 

「撃たなくても、近づかれたら負ける」

 

 エイノが言った。

 

 観測霊基が一歩進んだ。

 

 たった一歩。

 

 だが、雪原全体が揺れた。

 

 足跡が増える。

 

 一つではない。

 

 あらゆる方向に。

 

 シモが初めて口を開いた。

 

「偽の足跡だ」

 

 短い言葉。

 

 それだけで十分だった。

 

 エイノが頷く。

 

「本体は動いていない」

 

 クララが目を細める。

 

「じゃあ、あの一歩は?」

 

 シモが答える。

 

「こちらに撃たせるため」

 

 観測霊基の足跡が、雪原に増えていく。

 

 左。

 

 右。

 

 建物の裏。

 

 木の陰。

 

 給水塔の上。

 

 雪の窪み。

 

 射線が交差する。

 

 シモの目は、それらをすべて見ていた。

 

 本物。

 

 偽物。

 

 誘い。

 

 罠。

 

 風向きの変化。

 

 雪の沈み方。

 

 空気の裂け目。

 

 銃口は動かない。

 

 だが、撃てる。

 

 撃てるがゆえに、撃ってはならない。

 

 クララが焦れた。

 

「長くは持たないわよ」

 

 エイノのルーンが雪に食われ始めている。

 

 観測塔の記録術式が、この疑似霊場を上書きし続けている。

 

 森の精霊も、ここでは完全には届かない。

 

 雪はある。

 

 木もある。

 

 風もある。

 

 だが、それらは自然ではない。

 

 記録された自然だ。

 

 エイノは静かに言った。

 

「この雪は、覚えていない」

 

「どういう意味?」

 

「積もったばかりの雪ではない。長く降った雪でもない。誰かが歩いた雪でもない」

 

 一拍。

 

「ただ、白い」

 

 シモがわずかに頷いた。

 

 白ければよい。

 

 遮蔽になればよい。

 

 観測塔にとっては、そういうことなのだ。

 

 そこに寒さはない。

 

 飢えはない。

 

 恐怖もない。

 

 祖国を守るために雪の中へ伏せる理由もない。

 

 ただ、狙撃に有利な環境条件があるだけ。

 

 ボブがぽつりと言った。

 

「俺の町も同じだな」

 

 彼は雪に半分埋もれた木造の酒場を見る。

 

「砂埃がある。酒場がある。通りがある。決闘の距離がある」

 

 彼は笑わなかった。

 

「でも、誰も見てねえ」

 

 決闘には観客がいる。

 

 見届ける者がいる。

 

 相手がいる。

 

 震える指がある。

 

 先に抜けば殺せるという距離で、それでも相手を見る時間がある。

 

 ここにはそれがない。

 

 ただ、決闘条件だけがある。

 

 クララは口元を引き結んだ。

 

 自分の家も、似たようなことをしてきた。

 

 弾丸に祈りを込める。

 

 呪いを込める。

 

 鉛、銀、鉄、水銀。

 

 開拓時代の迷信。

 

 盗まれ、改変された呪術。

 

 技術は残った。

 

 けれど、誰から奪ったのかは曖昧になった。

 

 観測者のことを、完全には笑えない。

 

 クララは銃を握る手に力を込めた。

 

「保存は必要よ」

 

 誰に言うでもなく、彼女は呟いた。

 

「でも、持ち主を消した保存は、ただの盗品だわ」

 

 その時。

 

 観測霊基が消えた。

 

 いや。

 

 白に溶けた。

 

 シモの銃口が、わずかに動く。

 

 ボブの右手が、銃把の近くで止まる。

 

 クララは撃たない。

 

 エイノは目を閉じる。

 

 音。

 

 雪の沈み。

 

 呼吸。

 

 ない。

 

 何もない。

 

 観測霊基は、シモの記録を利用して気配を消している。

 

 スコープを使わない。

 

 光を反射させない。

 

 白い遮蔽物の中で、ただ待つ。

 

 次弾必中の条件を作る。

 

 だが、ボブの記録も混じっている。

 

 距離を詰める必要がある。

 

 決闘を成立させる必要がある。

 

 狙撃手としては遠くにいたい。

 

 決闘者としては近くに来たい。

 

 矛盾。

 

 そこに隙がある。

 

 エイノが低く言った。

 

「来る」

 

 風が止まった。

 

 シモが銃を上げる。

 

 西部劇の町。

 

 酒場の扉。

 

 そこがわずかに開いた。

 

 白い指。

 

 銃口。

 

 シモなら撃てる。

 

 相手が引き金を引く前に撃てる。

 

 銃声より早く、終わらせられる。

 

 しかし。

 

 町の通りに、見えない線が走った。

 

 決闘の線。

 

 撃てば、その線を踏む。

 

 シモの指が止まる。

 

 ボブが前に出た。

 

「ボブ!」

 

 クララが叫ぶ。

 

 ボブは振り返らない。

 

 雪の中を歩く。

 

 一歩。

 

 二歩。

 

 砂の通りへ入る。

 

 彼のブーツの下で、雪が砂に変わる。

 

 観測霊基の銃口が、ボブへ向いた。

 

 決闘距離。

 

 成立。

 

 クララは血の気が引いた。

 

「馬鹿!」

 

 ボブは笑った。

 

「よく言われる」

 

 彼はまだ銃を抜かない。

 

 右手は下がったまま。

 

 肩の力も抜けている。

 

 観測霊基が動かない。

 

 条件は揃っている。

 

 距離。

 

 正面。

 

 銃。

 

 相手。

 

 決闘場。

 

 だが、決闘が始まらない。

 

 ボブは静かに言った。

 

「決闘ってのはな」

 

 雪が降る。

 

 砂が舞う。

 

「相手を見るもんだ」

 

 観測霊基の顔には、目がない。

 

 けれど、見ていないということは分かった。

 

 それは標的を認識している。

 

 距離を測っている。

 

 反応速度を計算している。

 

 射撃条件を満たしている。

 

 だが、相手を見てはいない。

 

 ボブ・マンデンという男を見ていない。

 

 彼の笑い方も、癖も、間合いも、遊びも、誇りも見ていない。

 

 ただ、早撃ちの条件だけを見ている。

 

 ボブは銃を抜かなかった。

 

 観測霊基も撃てなかった。

 

 決闘場の術式が震える。

 

 クララは理解した。

 

「今よ」

 

 彼女は空包呪弾を撃った。

 

 銃声だけが響く。

 

 弾丸はない。

 

 だが、音に込められた呪いが、決闘場の発動条件へ食い込む。

 

 決闘とは何か。

 

 相手を見ること。

 

 証人がいること。

 

 引き金の前に、沈黙があること。

 

 クララの空包呪弾は、観測塔の雑な定義を撃ち抜いた。

 

 決闘場がひび割れる。

 

 砂が雪へ戻る。

 

 ボブが横へ跳ぶ。

 

 その瞬間、観測霊基が撃った。

 

 遅い。

 

 いや。

 

 十分に速い。

 

 だが、決闘ではなかった。

 

 シモが撃った。

 

 銃声は一つ。

 

 観測霊基の銃が弾かれる。

 

 腕が砕ける。

 

 白い破片が雪に落ちた。

 

 シモは次弾を撃たない。

 

 観測霊基は片腕を失ったまま、後退する。

 

 雪に溶けようとする。

 

 エイノがルーンを刻んだ。

 

「ᛁᛋ」

 

 氷。

 

 雪面が固まる。

 

 足跡が消えない。

 

 観測霊基の位置が固定される。

 

 クララが次の弾を装填する。

 

 今度は鉄弾。

 

 妖精や精霊を拒む民俗の弾。

 

 だが狙うのは霊基ではない。

 

 足元の術式。

 

 撃つ。

 

 観測霊基の白い迷彩が剥がれる。

 

 ボブがそこで初めて銃を抜いた。

 

 速かった。

 

 アレクセイが見ていたなら、きっと銃声の前に結果だけを見ただろう。

 

 だがボブは、観測霊基を撃たなかった。

 

 その背後。

 

 酒場の看板を撃った。

 

 DUELの文字が砕ける。

 

 決闘場が完全に崩れた。

 

 雪原だけが残る。

 

 観測霊基は、シモの条件へ戻ろうとする。

 

 白。

 

 遮蔽。

 

 狙撃。

 

 だが、もう足跡は消えない。

 

 エイノの氷が、そこにあった。

 

 シモは銃を構える。

 

 撃てる。

 

 今度こそ、撃てる。

 

 観測霊基は片腕を失い、迷彩を失い、決闘条件を失っている。

 

 撃てば終わる。

 

 だが。

 

 シモは撃たなかった。

 

 クララが振り返る。

 

「シモ?」

 

 シモは静かに銃口を下げた。

 

 観測霊基は動かない。

 

 撃たれないことを、処理できていない。

 

 敵がいる。

 

 射線が通っている。

 

 勝てる。

 

 なのに撃たない。

 

 その選択が、空の霊基殻には読めない。

 

 エイノが小さく息を吐く。

 

「守るために撃つ」

 

 シモは頷いた。

 

 そして短く言う。

 

「今は、撃たなくていい」

 

 それだけだった。

 

 観測霊基の表面で術式が乱れる。

 

 狙撃ログが、次の動きを出せない。

 

 撃つべき条件は揃っている。

 

 だが、撃たない理由を持っていない。

 

 そこに、細い光が走った。

 

 白い雪原の端。

 

 一本の線。

 

 水星の青。

 

 土星の黒。

 

 見覚えのない西洋護符の光。

 

 クララが目を見開いた。

 

「アレクセイ?」

 

 光の線は、雪原に道を作っていた。

 

 戦闘の軌跡ではない。

 

 射線でもない。

 

 退避経路。

 

 帰還路。

 

 観測塔が記録した動きの意味を、誰かが変えている。

 

 ボブが笑った。

 

「坊主、やるじゃねえか」

 

 通信は繋がらない。

 

 声も届かない。

 

 だが、線だけは届いている。

 

 撃たなかったシモ。

 

 銃を抜かなかったボブ。

 

 術式だけを撃ったクララ。

 

 自然ではない雪に、自然の名前を刻んだエイノ。

 

 それらの動きが、戦闘記録ではなくなっていく。

 

 誰を殺したかではない。

 

 どこに逃がしたか。

 

 どこを空けたか。

 

 どこを守ったか。

 

 観測塔の記録が、別の意味へ傾く。

 

 観測霊基が震えた。

 

 白い身体の輪郭が薄くなる。

 

 クララは銃を向けた。

 

 だが、引き金は引かない。

 

「終わりよ」

 

 観測霊基は崩れた。

 

 砕けるのではない。

 

 霊脈へ溶けるように、白い粒となって雪へ落ちる。

 

 吹雪が弱まる。

 

 西部劇の町は消えていく。

 

 酒場も。

 

 給水塔も。

 

 砂の通りも。

 

 ただ、白い雪だけが残った。

 

 エイノが雪を手に取る。

 

 今度の雪は、少しだけ冷たかった。

 

 彼は言った。

 

「戻っている」

 

「何が?」

 

 クララが問う。

 

「場所が」

 

 シモは銃を背負った。

 

 ボブは銃を回してホルスターに戻す。

 

「じゃあ行こうぜ」

 

 クララは眉を上げる。

 

「どこへ?」

 

 ボブは、雪の上に伸びる細い光の道を見た。

 

「帰り道ってやつだろ」

 

 クララは少しだけ笑った。

 

「らしくないこと言うのね」

 

「俺はいつだって紳士だぜ」

 

「どこが」

 

 そのやり取りに、エイノは表情を変えなかった。

 

 シモも笑わなかった。

 

 だが、誰も急かさなかった。

 

 雪の向こうで、別の音がした。

 

 金属。

 

 爆音。

 

 何かが倒れる音。

 

 そして、女の声。

 

 ヘレナの声だった。

 

「駄目!」

 

 クララの表情が変わる。

 

 シモが即座に銃を構える。

 

 ボブが舌打ちした。

 

「次は戦場か」

 

 光の道は、雪原の奥で泥に変わっていた。

 

 白から、黒へ。

 

 砂から、血へ。

 

 エイノが歩き出す。

 

 シモが続く。

 

 クララも。

 

 ボブも。

 

 誰も、もう撃つことだけを考えてはいなかった。

 

 雪の区画を抜ける直前、シモが一度だけ振り返った。

 

 白い雪原。

 

 足跡。

 

 撃たなかった場所。

 

 そこに、何も残っていない。

 

 いや。

 

 残っている。

 

 撃たなかったという選択が、そこに残っている。

 

 観測塔は、それを記録できるだろうか。

 

 分からない。

 

 だが、シモはもう一度だけ銃を下げた。

 

 そして、前を向いた。

 

 泥の匂いが近づいてくる。

 

 次の区画で、舩坂弘が叫んでいた。

 

「離せ!」

 

 ヘレナが叫び返す。

 

「まだ動ける身体じゃない!」

 

「まだ動ける!」

 

 その言葉が、雪原の終わりまで響いた。

 

 ボブの笑みが消える。

 

 クララが小さく呟いた。

 

「最悪ね」

 

 光の道が震える。

 

 泥の向こうで、観測者の声がした。

 

『では次だ』

 

 一拍。

 

『死なない兵士は、救いか、呪いか』

 

 雪が止んだ。

 

 戦場の音が、四人を飲み込んだ。

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